171228 農道のリスクと説明責任 <台風21号 県の農道整備「崩落誘発」>などを読んで
もう年の瀬ですね。今年一年の出来事もいろいろありました。昨今は貴乃花親方の処遇をめぐる報道が過熱気味ですね。私の方はしばらく新しい車シートにどう自分をなじませるかで日々悪戦苦闘していて、痛みをどう軽減するかという小さな悩みに難渋しています。
とはいえ今日のお題をと思ったら毎日の和歌山版で<台風21号県の農道整備「崩落誘発」 紀の川市被害、検討委が中間報告>という記事内容が気になりました。
台風は毎年のように異常さが目につきますが、温暖化が進むと、アメリカのハリケーン並に巨大化するとかの情報もありますね。時間雨量100mm超えも珍しくなくなった気がしますし、従前の安全基準の見直しが必要ではないかと思うこの頃です。
そんなとき、上記の毎日記事では、<10月の台風21号で住民1人が亡くなった紀の川市西脇の土砂崩れについて、県が設置した有識者らによる調査検討委員会は27日、県による農道整備が斜面崩落を誘発したとする中間報告を明らかにした。設計や工法に問題はなかったが、想定以上の大雨で土台部分の排水が追いつかなかったとして県の責任を認めた。>と稲生陽記者が報じています。
この記事は報告内容を簡潔に要約したためか、意味がよくわかりません。<設計や工法に問題はなかった>というのに、<県の責任を認めた>というのは責任をどう考えているのでしょうか。
<想定以上の大雨で土台部分の排水が追いつかなかった>ことが県の責任ということであれば、結果について無過失責任を認めたような説明ですね。大雨で、それが想定以上となれば、そのままとれば回避不可能な自然災害ともとれます。
検討委の説明自体が曖昧に聞こえます。<検討委は、通常の想定雨量通りなら問題はないが、史上最大レベルの大雨に対しては排水能力が足りず、地下水の圧力や流れが変わったとみられるとした。検討委の大西有三会長(京都大名誉教授)は「農道を造ったことで地下水の流れが変わったことは確か。これほどの雨は通常の設計では想定しないが、県にも責任がある」と述べた。>
ただ農道について、<史上最大レベルの大雨に対しては排水能力>を要求するのだとすると、一体いかなる技術基準なり法令根拠によっているのか、ここではわかりません。原子力発電と同じでないことは確かでしょう。他方で河川水害より高い安全基準が求められることは判例上確立していると思います。しかし、この検討委の説明だけでは一体いかなる根拠に基づいているのか不明です。
それで少しネット情報を調べてみたら、和歌山放送の記事が少し詳細でした。まず<斜面崩落事故で仁坂知事が謝罪>では、<仁坂知事は会見で「暫定的な結論が出た。さらなる調査が必要だが、盛り土の存在が斜面崩落につながった」と県の責任を認めました。>
この会見内容からは農道建設のための<盛り土の存在が斜面崩壊につながった>と因果関係を認める内容ですが、問題は国家賠償法2条1項にいう「道路の設置又は管理の瑕疵」があったことまで認める趣旨に読めますが、その内容は明らかでありません。
前日の記事<紀の川市西脇斜面崩落・調査検討会「農道の存在が斜面崩落を誘発」>にはその点少し具体的です。
<協議会会長の大西有三(おおにし・ゆうぞう)京都大学名誉教授は・・「いろいろな要因は考えられるが、農道の存在は少なくとも影響があったとみていて、一番の原因が大雨で、想定の130ミリを超える200ミリ以上の雨量に盛り土がもたなかったのではないか。通常、盛り土の部分には十分な排水システムが整備されるが、西脇は不十分だったと思われる。農道を作ったことで斜面の中の雨水の流れの変化に伴い、土中の圧力も変化したと考えられる。地元の方の意見が非常に役に立った」などと話し、今後も、盛り土の排水の整備を含めて検討を続ける考えを示しました。>
どうやら大西氏(別の記事では調査検討会会長とされています)の説明は発言内容をそのまま掲載されいるようですので、少なくとも大西氏が説明したのでしょう。ただ、中間報告なるものが和歌山県のホームページでも、担当部署と思われる県土整備部や農林水産部農林水産政策局などにも見当たりませんでした。和歌山県のホームページ自体がかなり簡素なもので、内容も充実しているとは言いがたいですね。予算がとれないのでしょうか。
ともかく記者会見の写真では文書化されたものが大西氏の前にあるわけですし、中間報告といえば暫定的でも、おおよそ最終報告書になりうる可能性が十分あるのですから、最近ではほとんどがネットで開示していると思います。これは改善してもらいたいですね。
大西氏の説明は少しわかりにくいです。大雨が想定外であったことを指摘しています。<一番の原因が大雨で、想定の130ミリを超える200ミリ以上の雨量>と発言しています。設計基準を超えるわけですから<盛り土がもたなかったのではないか>との推測は合理的なものですね。だからといって責任問題に直結するとは言えませんね。
しかし、次の発言は瑕疵を認める趣旨となっています。災害が発生した西脇地区は排水システムが不十分というのです。<通常、盛り土の部分には十分な排水システムが整備されるが、西脇は不十分だったと思われる。>もう一つの原因に関わる発言があります。<農道を作ったことで斜面の中の雨水の流れの変化に伴い、土中の圧力も変化したと考えられる。>
この2つの点は、定性的な判断と言えるかと思いますが、いかなる科学的な根拠に基づいているのか、ここでは明らかでありません。とくに後者は地山に盛り土・切り土を行えば通常生じる可能性があり、こういった一般論がいかなる意味をもつのかよくわかりません。
最後の言葉が気になります。<地元の方の意見が非常に役に立った>という大西氏の発言です。それはこの記事の最初に指摘していますね。<今日の検討会では、死亡した住民の50代の長男と60代の農業の男性1人の西脇地区の住民2人の意見聴取が初めて行われました。そして「県が整備した農道の斜面の土台となる盛り土の中の排水が不十分なため、大量の雨水の逃げ場が無くなって斜面の崩落を引き起こした」と指摘したということです。>
調査検討会はこの日、地元のヒアリングを行ったようです。たしかに遺族の方や農業者は農道開設による土砂流出や排水の変化などは定性的に把握しているでしょうから、体験に基づいた発言として貴重であることは確かです。しかし、そのことから農道の設置・管理に瑕疵があったと言えるかは別の話ですね。
ここで災害内容を確認しておきます。和歌山放送の記事<紀の川市西脇土砂崩れ・県が調査委員会設置へ>では、以下のように報道されています。
<崩れたのは、県が紀の川南岸の紀の川市北涌(きたわき)から荒見(あらみ)にかけて、来年度(2018年度)の完成を目指して整備中の「広域農道・紀の里(きのさと)地区」6・4キロの一部で、22日の午後8時半ごろ、紀の川市西脇の民家から14~15メートルほど上の部分が崩れて土砂が民家を直撃し、住民の82歳の男性が死亡しました。>
この農道についての情報自体あまりなく、ちょっと検索しただけですが<紀の川フルーツライン(広域農道紀の川左岸地区)の高野山関連区間の開通について>くらいでした。たしかに上記記事にある「紀の里地区」の記載がありますので、この広域農道であることは確かでしょう。
ところで、農道も道路ですので、こういった場合国交省の道路構造令や具体的な施工基準を示している日本道路協会作成の「道路土工要綱」などに基づいて(あるいは準じて)設計・施工しているのかもしれません。ここはまだ確認がとれていませんが、一般に農道(といっても広域農道などのような大規模なもの)のそういった基準を示したものを見たことがありませんので。
この要綱に依拠して、以前道路の瑕疵をめぐる裁判を担当したことがあります。計算がややこしいというか、裁量的な部分が結構ありまして、その具体的な当てはめはより専門性を要するかなと思っています。
さて、農道と道路法が適応となる国交省管轄の道路はかなり違う印象があります。前者は後者と比べ、法面養生や排水設備などが十分とは言えないように感じるのです。
たとえば道路の構造要素となる砂利などが下方に容易に流れ出すことが普通に見られるように思います。むろん私が農道をたくさん見ているわけではないので、具体の農道はしっかりと整備されているのが大半かもしれませんので、ここは私が見た体験のみの発言です。
ところで、道路についてはこれまで多くの災害が発生しており、裁判例も少なくありません。といっても瑕疵を認めた例はそれほど多くないと思います。著名な裁判例の一つは、地附山地すべり国賠訴訟(平成9年6月27日長野地裁判決・判例タイムズ956号58頁など)は、TV放映もずいぶんあった事件ですね。
そのほか、平成13年12月25日仙台高裁判決(出典ははっきりしませんが判例秘書データベースかもしれません)は、あまり有名ではないですが、女川原発に通じる道路災害で、道路瑕疵を比定した一審判決を覆してこれを認めたケースで、私が参考にしたケースです。
ここでそれぞれの判決解説をするだけの気力は残っていませんのと、一時間が過ぎましたので、ここらで打ち止めとします。要は、調査検討会も県知事も、当該農道が「通常具有すべき安全性」を欠いていたとまでいうのであるかどうかをはっきりさせる必要があるし、その根拠をも示す必要があると思うのです。おそらくは報告書の中でその当たりはきっちり説明するのでしょうから、それを早急に開示することが必要でしょう。
今日はこれでおしまい。また明日。