180407 5時間後の蘇生 <心肺停止5時間後蘇生したフランス救急チームの奇跡>を考えてみる
今朝は少し寒さを感じる朝でした。今日はNHKBS3では、田中陽希のグレートトラバースがお休みで、「きしゅう」を舞台にした映像が流れました。<桃源紀行「中国・喜州(雲南省)」>の再放送のようです。
その若い女性がどこか山岳地帯の民族衣装をまとって、きしゅうのまちがよく見えますよというところから、見たのです。はじめ「きしゅう」というと「紀州」のことか、でもいまどき紀州という名前の地域があったかしらと不思議に思っていました。
それが雲南省にある喜州(きしゅう)という地域の名前だとわかりました。案内役は、この喜州出身で、大学を卒業したばかりの女性でした。白(ぺい)族という民族が古くから住んでいるそうで、ピザのような食べ物が「ババ」という名前だったと思います。焼き方が上下に焼けている炭がいっぱい入った入れ物で暖めるのですね。当然、いまなお木は重要な燃料なのでしょう。
この話をしていると本題に入れないので、この程度にしますが、喜州と紀州になにか縁がありそうな気がしています。ジャポニカも雲南省が発祥地で、それが日本に伝来してきたとか。
だいたい紀州という名前、どこからつけられたのでしょう。紀の臣が軍事的にも文化的にも大和政権発祥当時、有力部族とか、大王の一人だったとかの話もありますが、紀家が紀州とどのような縁があるのか、これまた諸説あるようですが、平群など大和あたりの本拠とどう関係するのか、気になります(最近、読んでいないので記憶があいまいですが)。
紀の国の名前だとしても、紀州と呼ぶのはなぜでしょう。紀伊が正式名で紀州は俗称とも言われていますが、なぜ紀州というのかはわかりません。中華人民共和国甘粛省にかつて置かれた州の名前として現存したそうですが、古代の紀州とは直接関係しないでしょう。
地名の由来は和歌山に来て、いろいろ気になっていますが、ほとんど解明できないまま、いつかひもといてみたいと思っています。
関係のない前置きが長くなったついでに、4月の番組編成で、報道2001の須田キャスター、プライムニュースの反町キャスターが退任されたのは、残念です。4月になってだいぶ変わったようですが、ま、これも仕方がないと思わないといけませんね。
で、本題は、NHKBS1の国際ニュースの一コマです。
フランスの国際報道でした。たしかどこかの山間地のようなところ、ただ散策用の階段があり、その脇で人が倒れていた人が、すぐに救急連絡をしたのです。救急隊が倒れている男性を平坦な場所に運んだところ、心肺停止になったのです。病院まではかなり離れた位置にあったようです。
それから救急隊、次に医師が5時間にわたって心臓マッサージを施行したのです。私自身、指導を受けたことがありますが、実際にマッサージをしたのは見たことがありません。5時間も継続するなんてことは大変なことでしょう。
それに一般に心肺停止で蘇生術を施しても、蘇生する可能性は時間が経過すればどんどん低くなるのはよくいわれることですね。私がAEDを使って学んだときもそんな長時間を想定している話ではかったと思います。
ところが、このフランスでの心臓マッサージでは病院に移送し、5時間後に無事、蘇生に成功し、後遺症もなかったというのです。
どうしてという疑問が起きますが、それは低体温症だったことが幸いしたようです。発見当時、たしか体温が22度でしたか。心臓も含めいわば休眠状態になっているのですね。ある意味仮死状態に近いのでしょうか。
その低体温状態から、救急設備のある病院では、体を温めて体温を元に戻し、そこで心臓マッサージを施行したようです。私もニュース報道を見ながら、すごいなと思って、何時間後に思い出しながら書いていますので、正確でないかもしれません。
低体温状態では心臓も止まっているのであれば、心臓マッサージも意味がない?わけでしょうから、その間は安静にして、移送することに重点がおかれたかもしれません。低体温状態に人工的にして手術するやり方は従来からありますので、体温管理を含め適切なバイタルチェックがなされていれば、5時間後の蘇生も不思議ではないのでしょうか。
この点について、医学的なコメントなり解説があるといいのですが。ニュースで期待できないので、どこかのTV番組とか新聞で取り上げないでしょうかね。
心肺停止に関する基本的知識は<心肺停止とは?原因、蘇生確率、後遺症、「心停止」「死亡」との違い 蘇生方法や「心停止後症候群」も解説>がわかりやすく説明しているので、興味のある方は参考にしてください。
ともかく人間の体の不思議と、救急・医療チームの活躍には頭が下がる思いです。そういえば、土俵上で倒れた舞鶴市長に心臓マッサージなど施行したり、協力しようとかけつけた女性陣(看護師のようですね)に、場内にいた観客でしょうか異議を述べる感覚もどうかと思いますが、それを真に受けて、女性は土俵に上がらないでくださいなんてアナウンスする感覚、これは相撲界全体でもう一度考え直してもらいたいです。
西宮市の女性市長が女性も土俵上で挨拶をという言い分も、わからないではありませんね。それは男女の差別だけでなく、相撲界にある上下関係、指導のあり方、親方と弟子の関係も含めて、伝統文化の維持とどう折り合い、調整できるか、本格的な議論を期待したいと思います。
ついでに脱線すると、レスリング協会のパワハラなどの問題は、文化や伝統、あるいは宗教の世界など、これまでタブー視してきた各分野で検討されないといけないことかと思います。労働という言い方が適切かどうかはありますが、たとえば宗教法人では、あるお寺の住職が本山などの寺で勤務僧として給料をもらって職員として働いています。そのような労働環境が現実に存在するとき、いままで見えないベールに包まれていた労働条件の適切さやパワハラ、性差の問題など、近代合理主義という光を入れて、検討する時代ではないかと思うのです。
どんどん脱線して脈略がなくりましたので、このへんでこのテーマは終わります。
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