姉が一人います。 私とは、4歳違う姉です。
小さい頃は、賢い姉と、愚鈍な妹と 良く近所の人にも比較されてたような気がします。
昔の私は、本当に珍しい食べ物を食べたりするのがものすごく苦手で、いつだったか姉がチーズをたべてたのです。
その頃のチーズは、オレンジ色ので、今では、きっとゴーダーチーズが似た色をしているような気がします。
そのオレンジ色は昔の石鹸に色がそっくりで、確か三つ輪石鹸と言ったでしょうか?
私には、石鹸を食べてるようにしか見えず、見ているだけで気持ち悪くなったものです。
でも姉があまりにも美味しそうに食べるので、いつだったか、それを思いだして勇気を持って、私は石鹸にかじりついたのです。
きっと、すごい声を出したのでしょう。
風呂場に皆集まってきて、みんな、びっくりして、大騒ぎになり気付いた時は、病院と言うことがありました。
なんで、石鹸にかじりついたか、チーズが何で石鹸と思ったのか、ちょっとしたら私はやはり狂っていたのかも知れません。
母の言うようにとんまな子供だったのです。
ある日、母が病気で入院し、父も誰も私の面倒を看れず、(その頃幼稚園に行ってたはずですが、今で言う登園拒否です。
)
姉の学校について行った事があります。
昔はそんなこともありだったのです。
トトロの世界のメイちゃんとさつきちゃみたいですが本当にありだったのです。
もっともメイちゃんみたいに可愛くはありませんけど
その日はとてもお天気がよくて、きっと朝会か、何かだったのだと思うのですが、
教室に誰もいなくてガラ~~ンとしていて、最初は姉が「待ってるんだよ」と言ったので、
教室で、待っていたはずなのですが、
空があんまりきれいで、それと待つのがつまらなくなって、一人で表に出てそのまま帰ってきてしまったのです。
家に着いて その後は覚えていませんが、姉の学校では、大騒ぎになったようです。
校長先生も巻き込み、皆で学校中を探しまわったのだと思います。
トイレに落ちたと思ってバキュームカーまで来たらしいのです。
その頃のトイレは水洗ではなかったので。
でもまだ、電話が学校にもない時代の話ですから、きっと大変な騒ぎだったとは思います。
ひょっとしたらと、 家に帰ってきた姉が私を見つけて、ワンワン泣く姉を見て、私は、どうしたんだろう? 位の感想しかなくて、
ひどく姉を困らせたのだと思うのですが…
姉だってまだ、子どもで、小学4年生か5年生の頃でしたから、かわいそうなことしたと思います。
今回、母の病気で、姉と昔話をしていて、姉に、私を「羨ましかった」と言われて、
私は姉が自慢でもあったけど、皆から、お利口さんと言われてた姉が、羨ましくもあったので、ビックリして、
「えええっ、なんで~?」と尋ねたら「○○ちゃん、自由だったでしょう?」 「でも、怒られてばかりいたよ」
「それでも、あんたはいつも心ここにあらずで、雲みたいに空に浮かんでたでしょう?」 「う~ん、そうだったかな~」
「私は良い子でいなくちゃならなかったから、それに弟(私にとっては兄にあたる)を亡くして、跡取りと言う思いが強かったからね」と言われて
私がとんまだったので、姉には、実力以上の期待が両親からかけられていたのかもしれない。
もう一人弟が生まれたのは姉が中学に入ってですから、ずいぶんと年の離れた、弟なのです。
一人暮らししていた、母が一年前に大腿骨を骨折して以来、姉が母を引き取ってくれて、
近くの病院に入院させて毎日看病に通ってくれるのは、とても有難いことで、
奇しくも姉にはまた、『責任』と言う荷物を背負わせてしまう事になってしまい
ふがいない自分が、申し訳なく、済まない気持ちでいっぱいです。
ごめんね、 お姉ちゃん
小さい頃は、賢い姉と、愚鈍な妹と 良く近所の人にも比較されてたような気がします。
昔の私は、本当に珍しい食べ物を食べたりするのがものすごく苦手で、いつだったか姉がチーズをたべてたのです。
その頃のチーズは、オレンジ色ので、今では、きっとゴーダーチーズが似た色をしているような気がします。
そのオレンジ色は昔の石鹸に色がそっくりで、確か三つ輪石鹸と言ったでしょうか?
私には、石鹸を食べてるようにしか見えず、見ているだけで気持ち悪くなったものです。
でも姉があまりにも美味しそうに食べるので、いつだったか、それを思いだして勇気を持って、私は石鹸にかじりついたのです。
きっと、すごい声を出したのでしょう。

風呂場に皆集まってきて、みんな、びっくりして、大騒ぎになり気付いた時は、病院と言うことがありました。

なんで、石鹸にかじりついたか、チーズが何で石鹸と思ったのか、ちょっとしたら私はやはり狂っていたのかも知れません。
母の言うようにとんまな子供だったのです。

ある日、母が病気で入院し、父も誰も私の面倒を看れず、(その頃幼稚園に行ってたはずですが、今で言う登園拒否です。

姉の学校について行った事があります。
昔はそんなこともありだったのです。
トトロの世界のメイちゃんとさつきちゃみたいですが本当にありだったのです。
もっともメイちゃんみたいに可愛くはありませんけど

その日はとてもお天気がよくて、きっと朝会か、何かだったのだと思うのですが、
教室に誰もいなくてガラ~~ンとしていて、最初は姉が「待ってるんだよ」と言ったので、
教室で、待っていたはずなのですが、
空があんまりきれいで、それと待つのがつまらなくなって、一人で表に出てそのまま帰ってきてしまったのです。
家に着いて その後は覚えていませんが、姉の学校では、大騒ぎになったようです。
校長先生も巻き込み、皆で学校中を探しまわったのだと思います。
トイレに落ちたと思ってバキュームカーまで来たらしいのです。
その頃のトイレは水洗ではなかったので。

でもまだ、電話が学校にもない時代の話ですから、きっと大変な騒ぎだったとは思います。
ひょっとしたらと、 家に帰ってきた姉が私を見つけて、ワンワン泣く姉を見て、私は、どうしたんだろう? 位の感想しかなくて、
ひどく姉を困らせたのだと思うのですが…

姉だってまだ、子どもで、小学4年生か5年生の頃でしたから、かわいそうなことしたと思います。
今回、母の病気で、姉と昔話をしていて、姉に、私を「羨ましかった」と言われて、
私は姉が自慢でもあったけど、皆から、お利口さんと言われてた姉が、羨ましくもあったので、ビックリして、
「えええっ、なんで~?」と尋ねたら「○○ちゃん、自由だったでしょう?」 「でも、怒られてばかりいたよ」
「それでも、あんたはいつも心ここにあらずで、雲みたいに空に浮かんでたでしょう?」 「う~ん、そうだったかな~」
「私は良い子でいなくちゃならなかったから、それに弟(私にとっては兄にあたる)を亡くして、跡取りと言う思いが強かったからね」と言われて
私がとんまだったので、姉には、実力以上の期待が両親からかけられていたのかもしれない。

もう一人弟が生まれたのは姉が中学に入ってですから、ずいぶんと年の離れた、弟なのです。
一人暮らししていた、母が一年前に大腿骨を骨折して以来、姉が母を引き取ってくれて、
近くの病院に入院させて毎日看病に通ってくれるのは、とても有難いことで、
奇しくも姉にはまた、『責任』と言う荷物を背負わせてしまう事になってしまい
ふがいない自分が、申し訳なく、済まない気持ちでいっぱいです。

ごめんね、 お姉ちゃん

基地の町 何処から流れ出るのか(基地からは持ち出せません)見る事がありました
私も「あんな石鹸の様な物食べれない」でした
それとハム類も同じでした
兄弟姉妹ってそんなものと思っています
やはり上の子には負担が掛かってくると思います
バジルさんは幸せだった(今もそのようにお見受けしていますが)
ご本人は怒られてばっかりの思い出でしょうが
読む限りではそのように受け取れます
お姉さまとの会話 いいですね
姉妹って最高です
お母様如何ですか?お大事にね
不思議なたべものでしたね?
でも今はチーズ大好きです。
私もほどほどの、幸せ者と思います。
姉は10年ほど前に夫(私の義兄)を交通事故で失ってから娘(私の姪)と二人暮らしをしています。
たくさん苦労をしてきたはずなのになんにも言いません。
姉には、頭がさがります。
ホント、まるでトトロのさつきとメイちゃんみたいですね
バジルさんのお茶目で可愛い資質はその頃からのものなのですね
バジルさんのお姉様もとても素敵な方ですね
お二人の仲の良さがほんわりと伝わってきます♪
優しくて頼りがいのあるお姉様、明るくてお茶目なバジルさん、
お二人の娘さんにきっとお母様は心強いお気持ちを持っていらっしゃると思います。
お母様の順調な回復を心よりお祈りいたします
私の母は姉と二人姉妹でした。
まさにバジルさんのところと同じような関係で
しっかり者で努力家勤勉家の姉(伯母ちゃん)
そして天真爛漫な妹(母)
結局伯母は一生独身で昨年の5月に他界しました。
喧嘩ばかりしていた仲の悪い姉妹でしたが
伯母が病気で入院してからは看病し続けていました。
私は、その伯母に小学校に上がるまで育てられそのあと母と暮らしましたが・・・
バジルさんがお姉さんに「ごめんね、お姉ちゃん」と言えるのは素晴らしいわ~~
やはり血のつながった姉妹ですね。
ふたりでお母様を見守って差し上げてください。
私の場合は3人で姉と弟と私です。
私は家族ともあまり順応できなくて、母にとってはきっと悩みの種だったとおもうのです。
いつも一人でいるのが大好きで、姉が「あんたはいつも、空を飛んでた。」と言うのも分かるような子でした。
suzuranさんの時代には、もう自分の妹や弟を、学校に同伴(?)する子はいませんでしたか?
私は田舎町だったからか、そう言う子が結構いたのですよ。
でも黙って帰ってきたのはやはり大変な事をしたのかもしれません。
姉の立場がなくなったのかも・・・。
一緒にスーパーに行っても「おねえちゃ~ん」と大きな声で呼んでしまいます。
この年になるとちょっと恥ずかしいんですが
明日母の所へ行って様子を見てきます。
姉から様子は知らせてくるのですがやはり行って様子を見るのとは違うので・・・。
そのあとメールのお返事させてもらおうと・・・。もう少しまってください。
私は遠くに嫁いでいますので何もできませんが、常日頃兄夫婦と暮らしている母を、車で30分程の所に住んでいる姉が実に良く気にかけてくれ感謝しています。(父は3ヶ月前に亡くなりました)
姉の旦那さんも理解があるので有難いのですよ。
私もず~~~っと何十年も姉に聞きたかったこと昨年 聞く事が出来 姉との距離がグンと近くなりました。
これからお姉さまとバジルさん
今まで以上に仲良くされるでしょうね。
お母様も幸せですね
お近くに娘さんがお二人いらっしゃって。
きっとお元気になられますよ。
チーズの思い出は、母と当時一緒に住んでいた叔母が「石鹸みたい・・・」と嫌って食べませんでした。私といえば、めずらしい物好きで、そのころから、今までチーズ大好きです。
私は三人兄弟の一番上で、女は一人でしたので、お姉ちゃんかお兄ちゃんがほしくてなりませんでした。
それこそ、ないものねだりですが・・・
兄弟の何番目に生まれるかというのも、その子の境遇だと思います。
バジルさん、お姉ちゃんがいて幸せ!よかったですね。