ヤスの雑草日記(ヤスの創る癒しの場)

私の人生の総括集です。みなさんと共有出来ることがあれば幸いです。

完璧な人生なんて、ないんだ、と思う

2008-04-14 23:47:40 | 観想
○完璧な人生なんて、ないんだ、と思う

人の人生なんて、本当に頼りない、寄る辺なき存在ではなかろうか? 実社会に飛び出さんとしている学生諸氏の人生観などは、根拠のない自信や確信を無理矢理抱いての、社会進出だ。人生の船出と言うが、人の社会参加ほど、足場のない、殆ど中づり状態の存在はない、と僕は思う。どれほど優秀な学歴を持って社会へ巣立とうが、どんな優秀な私企業や国や地方自治体の職員になろうが、自分の未来図など、殆ど絵に描いた餅同然である。政治のあり方によって、あるいは世界の景気の変動によって、社会に飛び出した瞬間の、自分の地位に関する根拠など、一夜のうちに瓦解するなどというのも決して珍しくはない出来事ではないだろうか? ともあれ、一瞬先は闇、それが人生の真理ではなかろうか?

ただ、たとえ、人生が寄る辺なき、足場も危うい存在であるにせよ、その時々に襲ってくる高くて重苦しい壁に立ち向かう勇気さえあれば、かつて抱いたはずの未来図がどれほど変化しようが、人はその変化すら喜びに転化してしまうことも出来る。人生とは、このような変動的な世界の中を生き抜く醍醐味を味わうために用意されている、大切な道のりであるようにも思われる。人生に平坦な道などありはしない。それどころか、躓きのための要素に満ち溢れているものこそ、人生の正しい姿だとも言える。

極端に言ってしまえば、挫折するために在るような生なのである。だからこそ挫折して朽ち果ててしまうがごとき生になど、意味はない。だからと言って人は強靱でなければならないと言うのでもない。やせ細った体躯であってよいし、傷つきやすい精神であっていっこうに構いはしない。むしろ害悪なのは、強靱でもないのに、強靱さを装うような抗いが、生きる力を根底から剥奪することさえあるということである。卑近な例を出せば、人はなぜボディ・ビルディングなどというストイックな訓練をするのか? という疑問が湧く。なぜ、この例を出したのかは、人さまの行動を単に想像で物を言ってはならない、と思ったからである。僕は、40代の中頃、狂ったように自分の体を苛め抜いた。いまなら腕の骨が折れそうな重さのバーベルを持ち上げては、また次の目標に向けて訓練を積んでいたような気がする。行き過ぎた訓練の翌朝に残る耐えがたいほどの筋肉痛が、かえって心地よくもあった。体つきはみるみる変化していった。胸筋は大きくなり、腹筋は幾つにも割れた。理科室で見かける筋肉標本のごときになった。自分の体の変化を眺めては、自分が強くなったような錯覚を抱くようになった。次に鍛えるべき筋肉の目安をつけるのだ。いったい、あの頃の僕自身の精神のあり方はどうなっていたのだろうか?

40代の半ば頃、僕は、自分の生における抗いに限界を感じていた、と思う。政治的ラディカリズムに誇りを感じ、労働組合の、何とも言えない自己防衛的な生活向上のための運動論に嫌気がさしていたし、その一方で浄土真宗という宗教に楯ついてきたツケがそろそろ廻ってくるのをひしひしと皮膚感覚で、感じ取っていたからである。まわりには誰一人味方などいなかった。孤高といえば聞こえはよいが、人は集団の中からこぼれ落ちれば所詮弱いものなのである。僕は孤高を装いつつ、怯えていた。圧倒的な力の差を、闘う相手に対して抱いていた、と思う。自己破滅は日に日に迫っていることを感じ取っていたようにも思う。強さの確認を己れに向かってするしか方途が見つからなかっただけなのである。まるで怯えた犬同然だった、と思う。予想通りに僕は闘いに敗北し、職場を追われた。惨めだった。憑き物が落ちたように、体を鍛えることに興味を失った。いや、失うものなどない、と悟った瞬時に、鍛え抜いた筋肉がおぞましくなったのである。自分の恐れの跡を見ているようで、惨めさが増すだけだった。出来ることならナイフで自分の体の表面から、固く甲羅のようにまとわりついた筋肉を剥ぎとってしまいたいほどであった。

それからの僕の生活は自堕落を絵に描いたようなそれであった。過去の残滓である筋肉を削ぎ去ること。これが僕の生の目的になった。要するにどのような生産的な生きる活路も見えていなかったからである。極端な運動拒否とストレス食いによる体重増加は、みるみるうちに綿密な計画であるかのように鍛え抜いたはずの体の線を見事に崩していった。谷底に転落していくかのごとき成果? を得ることになった。醜悪であることが、自分の存在証明であるかのように感じられた。学校を去ってからは、失敗の連続であり、まさに人生の敗残者であった。いかなる展望も開けることはなかった。眼前には鬱蒼とした闇が広がっていた。人生など、こんなものか? という妙に納得する自分がいた。

決して絶望のどん底から這い上がった、などと嘯くつもりはない。むしろいまの自分と過去の自分との間に何らの脈絡もないほどである。闇の中を絶望しつつ手さぐりで息を繋いでいただけのことである。決して他者に自慢できるものなどない。なぜ、自分があれほどの転落に近い絶望の果てに、ずいぶんと長い年月を経てのち、こうした駄文を紡ぎ出しているのかも、その根拠たるや、定かではない。ただ、敢えて言えば、挫折をしようが、絶望の淵に立とうが、負け犬のようにドロ水を啜っていようが、自分の生を生き存える、という覚悟だけはしっかりと出来た、と感じる。また同時にそれ以外の獲得物は何一つない、と言って過言ではない。たとえ、人生における負け犬の遠吠えであれ、それがなん人かに対して、生きる知恵となり、こんな奴でも生きられるのだ、自分に出来ないはずがない、という見下しでもよい。そんなふうに人さまのお役に立てれば、残りの人生に僕なりの意味を見出せるというものだ。ありがたく生き抜こう、といまは思っている。今日の観想である。

○推薦図書「草の上の朝食」 保坂和志著。中公文庫。これからの僕自身の、考え方として意味ある書なので、紹介します。保坂の表現の中に「ぼくはさっき感じたズルズルと愛のようなものに自分が浸っていく気持ちを大事なもののように感じていたのだが、ズルズルがズルズルと一人で勝手に土俵を割っていったような気持ちになった・・・・・」という観想は、何となく愛というものの本質を突いているような気がするのです。これからの人生を生き抜くには、この種の、意識的と無意識的との総合的な意味合いにおける愛の存在が不可欠なような気がします。よろしければ、どうぞ。

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