ヤスの雑草日記(ヤスの創る癒しの場)

私の人生の総括集です。みなさんと共有出来ることがあれば幸いです。

日常生活の中の冒険について語ろう、と思う

2008-04-28 23:11:21 | 観想
○日常生活の中の冒険について語ろう、と思う

僕のような個性の人間にとって、日常性とは如何ともし難い難問である。まずもって、人間の日常などは、もともと高が知れている。人は、飯を食らい、排泄し、仕事と称するルーティーンをこなしながら毎日をやり過ごしているのである。勿論、その中になにほどかの趣味や気晴らしが混じる。こうして人は日常というものを認知し、やり過ごしているのであろう。だからと言って、僕は危なげない日常生活をこつこつ送り、定年退職して余生を送る、という、多くのサラリーマン諸氏の日常を決して馬鹿になどしない。こういう生活人はむしろ凡庸な日常性の壁を日々打ち壊しつつ荒い息を吐きながら、生を生き抜いているのである。すばらしいことではないか! 非難されるべきは、僕のような中途半端な非日常を夢見ながら棲息している種類の人間たちである。いや、人間たち、などという傲慢な言い方はやめよう。中途半端な非日常を夢見ようとしている自分が、と言いなおす。

非凡な才能をもった少年だ、と言われていい気になった。何もかも思いのままに学校生活を送った、と思う。自分の前に立ちはだかる壁など、どこにも存在してはいなかった。全ては可能性に満ち溢れた未来へと繋がっている、と錯誤していた。ただ、その当時から僕の裡に根ざす癒しがたいほどの、非日常への憧憬の念はどうしても抑えることが出来なかった。中学生まではそれでもよかった。いちいちは書かないが、中学生に出来ることの殆どのことはやり尽くした、と思う。不登校で悩む中学生や高校生諸氏がいまやたくさんいるが、当時の僕にとっての学校とは自己表現の場、そのものであった。逆らう人間は文字どおり蹴散らした。成績? 勿論公立中学のそれなどは、思いのままだった。所謂表番を張る親友と、生徒会を牛耳り、陸上部と水泳部を牛耳る僕は裏番であった。怖いものなどあるはずがなかった。当時の日常は、そのままに非日常であった。僕にとっては幸福な時代だった、と思う。

高校生になると、社会が動き始めた。高校1年生の頃は退屈だった。勉強も進学校であり、これまでのようにはいかなかった。退屈なルーティーンワークをこなさねば、目立つことなど出来はしなかった。多くの凡庸な生徒のうちの一人として生きることなどまっぴらだったので、嫌々ながら毎日のルーティーンワークをこなした。まずまずの結果は出たが、自分の裡なる不全感には到底耐えられなかった。後2年頑張って、大学受験して何になる? という稚拙な疑問が常に裡で支配的だった。そんなとき、僕の眼前に学生運動という刺激に満ちた存在が立ち現れた。僕にとっては、思想など何でもよかった、といまは思う。別に社会主義や共産主義に興味があったのではない。ただ、当時はそれらの<イズム>こそが、僕にとっての非日常的思考を刺激して余りある存在であったからに過ぎない。マルクスもエンゲルスもあるいはヘーゲルも時としてニーチェも、退屈極まりない学校の教科書など比較すべくもなく、僕自身の生きる糧に刷り変わった。僕は学校のルーティーンワークから脱出し、マルクスを、エンゲルスを、ニーチェを何の脈絡もなく論じた。ついでにアメリカ帝国主義打倒、と叫んでいるうちに、あるセクトの長になった。苦しい勉学を勝ち抜いてきたはずの、地元の国立大学の学生たちが、高校2年生の僕の部下になった。こういう状況は限りなく僕の退屈感を紛らわせて余りあった。同時に学校の成績は急降下し、しかし、そのことに何の未練もなかった。生きているんだ、という実感だけが僕の裡を支配した。セクトを抜ける経緯については別のところで書いたので省くが、その後、僕に非日常が訪れることはなかった。かつての仲間の苦い挫折の果ての、退学という結果を見送った。自分の無力感を感じるばかりであった。何故自分が高校にしがみついているのかも分からないままに、卒業まではしたものの、大学受験など出来るはずもなかった。僕には仲間を見捨てた罪の意識と、再び訪れた日常性という単調な日々が待ち受けていただけだった。未練は微塵もなかったが、教室で受ける授業はまるで理解不能だった。数学や理科は特に僕にとっては殆ど外国語の世界に近しい存在になってしまっていた。もう逃げるしかなかった。逃げて、逃げて、逃げられるところへはどこにでも逃げぬく覚悟だった。行き着いた果ては、東京の秋葉原だった。つまらない結末だった。

その後の、僕が大学という場に立ち返るまでの期間のことは思い出したくもない。少し書けば、神戸に舞い戻った一時期、神戸そごうで婦人靴売場でバイトをして受験料を貯めるつもりだった。2カ月くらい働いていたら、デパートに店舗を出しているその職場の社長に、正社員にならないか、という誘いを受けた。ぐらついた。正直、もう靴屋の店員にでもなろうか? と思ったのである。デパートというところは裏表の激しい職場だ。休憩所に行けば、礼儀正しいはずの女性店員たちが煙草を吹かせながら、ため口を叩く。小奇麗な女性の数人に口説かれた。別にもてる男ではない。誰もが退屈していたのだろう、と思う。そんな安逸な誘いに乗っかろうか、と何度思ったか知れない。落ちるところまで落ちてやろうじゃないか、と自問したことは数えきれないほどだった。靴屋の店員で、デパートの女店員としけこむという構図も悪くはなかったが、辛うじてそのときの僕を支えていたのは、こういう生活だってやがては非日常に見えて、それはあられもない日常に変質するのだ、という確信のような感じであった。それならば、大学とやらに入ってみて、退屈な講義などには出ないで本でも読んで、その世界の中に耽溺していたい、と思っただけだ。もし、僕の中に日常性からの脱出感及び冒険譚があったとするなら、それは、短い間の学生運動への惑溺と、読書という世界観の中に身を浸したいっときの体験だけだった、と思う。

いかに非日常に憧れようとも、それが訪れてくるのはかなり覚醒した観念の冒険譚として、その人に特有の姿で向こうから訪れて来るものなのではなかろうか? 勿論、非日常に憧れるのであれば、何程か、自己の日常を打ち破る覚悟とそれに伴う犠牲も同時に訪れては来るだろう。さて、この歳になって訪れてくる非日常性とは如何なるものなのか? 密やかな期待を込めて筆を置く。

○推薦図書「クレイジーヘヴン」 垣根涼介著。幻冬舎文庫。ありふれた日常に抗うようにして生きる登場人物たちの紡ぎ出す物語りです。日常が非日常に変わることの怖さと興奮とが同時に読み取れるおもしろい書です。どうぞ。

文学ノートぼくはかつてここにいた
長野安晃