AYUKO Soul Quest. "スピってるがフィジってる"

元気になってくれ。
自分にときめいてくれ。
そして愛を見つけてくれ。

相手の「本当」を知る

2025年02月19日 | 人との関わり(愛とか)
このところ、
とにかく映画『Pride and Prejudice(高慢と偏見)』
(19世紀イギリス作家Jane Austen原作)の世界に
ハマりにハマって、
日々、その風景と音楽(Youtube)に身を浸し、
「自分のおうち」に何度でも戻る、
そんなお話を一つ前のブログでしました。


主人公のエリザベス・ベネットについては、


『エリザベスのちょっと頑固でありながら、
社会や周りの人々の目を気にして、
自分を下げる、ということを決してせず、
上から目線の連中からの侮辱を断固として受け入れない在り方。
自分の価値というものを、
自分の中で、「不動のもの」として持っている。

そんなエリザベスから学ぶことはたくさんある。』


と、書きましたが、
タイトル&テーマである『高慢と偏見』というのが、
ここで意味をなしてきます。


原題『Pride and Prejudice』の
「Pride」なのですが、
日本語にする時に、
「高慢」と訳すか「プライド」と訳すかによって、
ちょっとニュアンスが変わってきますね。

映画の日本語タイトルは「プライドと偏見」となっています。


ここからは「プライド」というニュアンスでお話しします。


要は、
エリザベスは「プライドが高い」のです。
人からの見下しや侮辱を決して受け入れない、という気高さというのは
時に「不要なプライド」になることもあります。


プライドが高いというのは、
ある意味「自分を守るための壁」だと
私は思っていて、
同じPrideでも「自分に誇りを持つ」というのと違う。
(日本語も難しいけど、英語も難しいね)


エリザベスはその両方を持っているのだと思うのですが、
彼女のその「プライドの高さ」によって、
最初から自分の周りに壁を作ってしまう。

それが(最後には結ばれる)Mr. Darcyとの関係に
大きく影響を及ぼすのです。


簡単に言うと、
彼女のプライドの高さと、
「上流社会の人への偏見」によって、
彼女はMr.Darcyを「こういう人だ」と決めつけてしまうのです。


出会いは舞踏会であったのですが、
彼はニコリともしないし、
彼女をダンスに誘う(騎士道では礼儀とされている)こともしない。
おまけにエリザベスは、
彼が友人に「彼女(エリザベス)は魅力的でない」と言っているのも、
聞いてしまう。


感じ悪い、高慢ヤロー、失礼、
「あいつ、最悪」となったわけです。


でもそこには、
彼女のプライドの裏にある劣等感もあったのかもしれません。
そして、彼への偏見。


そうやって、エリザベスの怒りに火が付いてしまったのです。


その間に色々なことが起きるのです。
そこでエリザベスは益々Mr.Darcyを嫌うのです。


ですが、Mr.Darcyはエリザベスを愛しているのですね。


彼が彼女に愛を告白する美しいシーンがあるのですが、
彼女のプライドと偏見と怒りによって、
それはそれは激しく彼を拒絶します。


けれど、物語が展開していく中、
エリザベスは全て「誤解」であったことを知るのです。
誤解どころか、彼が彼女や彼女の家族のために、
人知れずしてくれていたことを知って、
愕然とするのです。


彼女のプライドと偏見が、
「彼の本当の姿」を見られなくしていた。


彼は彼女に素直に話します。

自分はものすごくシャイであること。
初めて会った人と、何を話したらいいか分からないこと。


決して、彼は高慢に振る舞っていたわけではないのです。
エリザベスにはそう見えてしまった。
そして、そのように「決めつけた」。


本当の彼は、
彼の誠実さ故に、多くの友人やお屋敷の使用人たちからも、
大変尊敬され信頼されている人であった。


そんなことを、
エリザベス自身が彼と関わっていく中で、
知るのですね。


自分はとんでもない誤解をしていたと気づくのです。



エンディングのシーンでは、
陽がちょうど上る頃、
彼はエリザベスの家へと向かいます。
エリザベスも同じ頃、
家の外に出ていきます。


霧がかった草原の向こうから、
彼の姿が現れ、エリザベスがそれに気づく。


彼が彼女のところに着き、
彼女が「眠れなかった」と言うと、
「僕もだ」と。
二人ともお互いを想って眠れぬ夜を過ごしたのです。


そこで彼はもう一度彼女に愛の告白をします。
僕の気持ちは全く変わっていない。
もしももしも、あの時から、
君の僕に対しての気持ちが変わっているのなら・・・


彼女は彼の手を取って、
そっとキスをします。
「Your hands are cold...」と言います。


その後のシーンも素敵でね。


もうね、
とにかく映画観て!ということしか言えません(笑)。



今日のタイトル『相手の「本当」を知る』というのは、
私たちもエリザベスのように、
時に誰かに対して「この人はこうだ」と
決めつけてしまう時はありませんか?
というお話。


それこそ「自分を守るためのプライド」や
「こうに決めっている」という偏見。


それらは、
過去に起きた出来事から組み立てられたデータであり、
それがいつの間にか「思い込み」となる。


そうやって、
私たちは人を勝手に「思い込みというメガネ」を通して、
見るようになってしまう。


「相手の本当を見る」というのは、
そのメガネに気づいて、外すこと。

誠実さと素直さを持って、
その人と関わること。

その人の話を「よく聴く」こと。

その人の表面ではなく、
「心」にフォーカスすること。


ハートからハートへ。


そして、時間をかけること。
そういう時間を許すこと。


相手を思いやること。



私の「Pride and Prejudice」ブームは
もうしばらく続くかもしれませんが、

美しい音楽や景色だけでなく、
ElizabethとMr.Darcyの物語からも、
私は「自分のおうち」を
もっともっと豊かにしたい、


そんな風に改めて思います。


霧の中から現れるMr.Darcy


Elizabeth(このシーンの音楽と壮大な映像は素晴らしい)


Finally!



3月7日より公開されます、大人気コミック『顔だけじゃ好きになりません』(通称"カオスキ”)の
劇中の楽曲の英語の歌詞を担当させていただきました!
よろしくね!
映画『顔だけじゃ好きになりません』|3.7 Fri

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2024年7月29日に『AYUKO & Fukubatch』の1st シングルが配信スタートしました。Ambient&Healingな優しい世界です。
これもまた、私の心地良いheart beat & rhythm です。
是非、お聴きになってみてください😊

It

It

Single • 2024 • 1 Song • 3 mins

TuneCore Japan

 

Lyrics/Vocals : AYUKO Soul Quest.
https://www.ayukosaito.com
Composed : Arranged : Fukubatch
http://fukubatchmusic.com
Mastering : Masato Morisaki at Artisans Mastering
(TinyVoice, Production)
https://artisansmastering.com




<AYUkO Soul Quest.の詳しいことについてはオフィシャル・ページへ!>
https://www.ayukosaito.com



<聴くブログ!?>
「Soul Quest Sound Blog」という
ラジオなようなものを勝手に作って展開しております!
このブログの調子が、そのまんま私のトークと音楽で展開されています。
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2024年12月29日のLIVE映像をアップいたしました!


I Love You

2024年06月11日 | 人との関わり(愛とか)
今日はあなた、
東京は29度まで行ったらしいの。
どおりで暑うございました。


でも、まだ夕方以降は
涼しい風が吹いたりして
窓を開けていれば
とても気持ちいい。


さっさとお夕飯をいただいて、
さっさとお風呂に入って、
今、風が涼しいマイ・ルームにて
こうやってブログが打てる幸せよ。


今日はね、
久しぶりに美容クリニックに
行って参りましたの。


あ、初めてお越しの方々へ
ご説明しますが、
「切った、貼った」じゃないから。
いや、切った、貼ったがダメって
いうんじゃないのよ、もちろん(汗)。

一応お伝えしておかなければ
「じゃあ、今のアー写は・・・」
とかってなるじゃない。


じゃないわよ。
切った、貼った、やってたら、
元々美女なんだけど、更に超美女になってるか、
蝋人形になっているかだわよ。


私はただの「雰囲気美女」なのよ。
パーツは大したことないの。
鼻は丸っこいし、顔も大きめだし、
今や、シミとたるみと戦う戦士よ。
自分でよくそんなこと言えるなと思うんだけど、
あなた、「雰囲気」出すっていうのも大変なんだから。


自己肯定ネタなのか、
自虐ネタなのか、
よく分かんなくなってきたから
やめるわね。


そう、
私はCMロゴも歌わせていただいおります、
湘南美容クリニックに通っているのです。


それはお肌をきれいにしていただく施術で、
ケミカル・ピーリングとピコ・トーニング。
前者はケミカルの力で肌のターンオーバーを促すもの、
後者は肝斑を撃退するもので、
最短で2週間に一度やれるのね。
これは一回じゃダメだから
ある程度通わなければいけないのです。


で、今日は久しぶりになってしまった。


毎度、看護士さんはどなたもとっても良い方で、
本日もとても丁寧で、
まるでエステか?と思うほどで。


至福の時間でございました。
(ほんの30分程度だけれど)


いやあ、
お顔をキレイにしていただいて、
もう気分はさっぱりこん。
久しぶりだったので尚更。


かと言って、
これで全部の肝斑やシミが
綺麗さっぱり無くなったわけではないけれど、
(多分一生完全には無くならない)


そういうのに一生懸命通っている
自分が愛おしい。



「AYUKO,頑張ってるね。
うんうん、とってもキレイだぉ❤️」


もうそれでいい。



それから
美容クリニックに行く時は
いつも実家に車を停めて
歩いていくのですけれど、
普段歩かない私にとっては
大事な「体の気分転換」になるのです。


今年の2月に腰を痛めて
寝たきりになったり、
なかなか回復しなかった頃を思い出すと、


今、こうやって歩いていることが
なんてありがたいことかと思えるのです。


よく言うじゃない?
周りにある「小さな幸せ」を見つけて
感謝しましょう、とかって。


思うに。
「小さな幸せ」なんてないと思うのよ。


全ての幸せはデカくて
ミラコーな幸せだと思うわけ。


注:Miracle→ミラコー→ミラクル→奇跡的な

そもそも二足歩行自体がミラコーよ!
だからね、今日も歩いていて、
私の体ってすごいわって思った。
そして、歩けて良かったと思った。


なんて感じで
ミラクル探しをしてゆくと


「この世はミラクルしかないじゃん」


となるわけ。



なんて感じでミラクル探しなんか
わざわざしなくてもいいのだけど、
そっちの方が楽しいと思わない?



そしてそれを突き詰めてゆくとですね、
究極の結論として、



私自身がミラコーだ!



っていうね、
もはや「畏怖の念」が湧いてくる。


なので、
皆さんもそこら中にある
ミラクル探しをやってみて。
そして最後には自分に辿り着いて、

おおぉぉーーーーー!


ってなってみてよ。



さて、今日のタイトル『I Love You』っていうのは、
なんなのか。


昨日からね、
私は「I Love You エクササイズ」たるものをし始めまして。



それってなんなのかというと、
鏡の前で自分の目を見て
ひたすら「I love you」「愛してるよ」って言う、
側から見たら気持ち悪いんだけど(笑)


やってるわけ。


で、突然大丈夫ですか?なんだけど、
昨夜、久しぶりに使ったオラクル・カードがあって、
私はよくカードのメッセージから洞察やアドバイスを
もらっているのだけど、


『Soul Love』


っていうカードが出たのね。

簡単に言えば、自分を無条件に愛する、って話なんだけど、
そこに「おすすめのエクササイズ」なんていうのも
ご丁寧に紹介されていて、
普段はそういうのめんどくさいから、
読みもせずにメッセージだけ読んで満足しちゃうんだけど、
昨夜は「騙されたと思ってやってみようじゃないか」ってんで
やってみたの。


最初は
なんだか冴えない表情で「棒読み」だったんだけど(笑)
そのうち「どうせ愛してるって言うんなら笑顔で言ってあげよう、私に」と思って
(ほんと、側から見たらキモいんだけど誰も見てないからいいってことで)

笑顔で言い始めたの。

I love youって言ってみたり、
愛してる、って言ってみたり。


ちゃんと自分の目を見てね。


そうしたらね。


自分に向かって「I love you」と言い続けながら、
「本当のI love you」になった時に、


ああ、そうか、こういうことか、
って思って、
私の人生にいてくれている、
私を愛してくれている人たちの顔が浮かんできたのです。


というか、
彼らは私を愛してくれているんだ、
そしてその感覚ってこれなんだ、
と思ったのです。


「本当のI love you」になった時、
それは、性格が、とか、言動が、とか、見た目が、
とかではないのです。


なんでしょう、

コアの部分から全部ひっくるめての「I love you」なのです。

そこは表面的な(性格とか言動とか見た目とか色々)ものは、
ある意味どうでもよくて、
もしくは「全部OK」で、


彼らは私をそうやって
愛してくれているのだ、って。


私が自分に向かって言った「I love you」「愛してる」も
同じものなんだって。


その「Soul Love」というカードの
エクササイズのところに書いてあったこと、


"You are learning to love yourself,
so you can recognize when another loves you.
If you don't love yourself,
you won't truly believe it when someone does."


「あなたは自分を愛することを学んでいる、
それによって、誰かがあなたを愛する時、
あなたにそれが分かるからです。
もしあなたが自分を愛していなければ、
たとえ誰かがあなたを愛していたとしても、
あなたは本当にはそれを信じられないのです。」


この言葉は「腑に落ちた」とでも言うのでしょうか。

特に後半の

「もしあなたが自分を愛していなければ、
たとえ誰かがあなたを愛していたとしても、
あなたは本当にはそれを信じられないのです。」

は、これまでの私を全て語ってくれていると思ったのです。


よく「無条件の愛」と言いますが、
これまでよく分からなかった。

そもそも愛を言葉で説明するのは難しい。
愛は感情でもなければ、論理でもない。


キモいと思いながらも
この「I Love You エクササイズ」をやってみて
「感じること」」ができた瞬間があった。


人間としての不完全なところは
もう、どうでもいい。
もう、OKなの、それは。
私も。あなたも。

「Soul Love」という言葉のように、

魂で愛している、
その魂がやっている人間を愛している、


それがきっと無条件という意味で、
そしてそれは永遠で不動なのではないかと。


「人間やりながら」というのが
きっと私たちにとってのチャレンジで

でもやっぱりまずは
自分にとことんI Love You、
なのです。


このキモい、だけど、
やり続けると心ときめいてくる
「I Love You エクササイズ」を
しばらく続けてみようと思います。


なんなら、
愛してるよ、だけじゃなくて、

今日もイケてる!
今日も素敵!
ゴージャス!
サイコー!


とか、自分を褒め称えるのも良いかと。


そんな風に言い続けてれば
自分ではダメかと思っていた自分すらも、
愛おしく思え、


なんか、もぉ、


全部、好きだよ、しょうがねーな❤️


ってなって、
「本当のI Love You」を自分にも、
私の大切な人たちにも、
言えるようになるんじゃないかって。



今、そんな風に
愛において希望を持ち始めたところです。







そして!LIVEをします!
ご予約絶賛受付中よ!

各SNSでは6月22日(満月の日)に告知を開始しました!
今回の目標は「ブログを読んで来ました!」という方が
1名でもいらしてくださること!

それはあなたかも・・・?

AYUKO Soul Quest. LIVE 2024
“Ready To Be Loved?”
7月20日(土)@大塚Welcome Back

Open 18:15
Start 19:00
Charge ¥4500

AYUKO SAITO (Vo)
Kaz Nihonyanagi (Keys)
Izuru Asami (Gtr)
Shigeki Umezawa (Bass)
Kazufumi Watanabe (Ds)

ソウルでロックでポップなLIVEを
皆さんからの愛に100倍返しでお届けします!

パワーがほしい!愛されたい!
キュンキュンしたい!AYUKOに会いたい!
とにかく暇!
など、ピピンと来たらご予約を。

7月の暑苦しい夜に、
涼しいWelcome Backで、
熱い愛の夜を共に過ごしましょう。

待ってるよ〜!

*ご予約はWelcome Back HPの
『お問い合わせ・チケット予約」から
https://welcomeback.jp/





一旦、SNSを休止しましたが、
インスタを白紙から再開しました!

https://www.instagram.com/ayuko_soul_quest/

何を始めてみたかというと、
「写真と言葉」と題して、
自身の写真に数行のメッセージを添えています。

いつもの永遠に長いブログを数行に凝縮した
『珠玉の言葉』(のつもり、笑)をご紹介しています。

インスタのみでの公開ですので、是非是非フォローしてくださいね!

よろしくお願いします😊


<AYUKO Soul Quest.プロフィール!>
*落ち着くまで何かと改訂されます(いつ落ち着くのか?!)

AYUKO Soul Quest. シンガーソングライター
ソウルでロックでポップなLIVEを展開中。
音楽・歌・言葉を通して皆さんに元気とトキメキをお裾分け。
大好評ブログ"スピってるがフィジってる”



<オフィシャル・ページ>
https://www.ayukosaito.com



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光る君へ

2024年03月11日 | 人との関わり(愛とか)
今年の大河ドラマは
「光る君へ」、
源氏物語の作者、紫式部の生涯を描いたものであります。


そもそも私は昔から歴史に興味がなく、
正しくは歴史の授業が面白いと思ったことが一度もなく、
私は世界史を選びましたが、
日本史にしろ、世界史にしろ、
要は「男たちの権力争い」の歴史なわけで、
誰と誰が戦って、どこの国とどこの国が戦って、
誰がトップに立って、以下、どーのこーのというのが、
私にとっては本当に退屈でしょうがない。
(歴史好きの方にとってみれば
「ちょっと待ったー!それだけじゃない!」かもしれませんが、
今日のところはお許しくださいませ。)


そんな「男たちの権力争い」に全く興味のない私にとって、
今年の大河ドラマに関しては始まる前から興味津々でした。
だいたい「光る君へ」というタイトルに既にうっとりする。


男たちの権力争い「以外」の何かが展開するに違いない!


そしてドラマは始まり、
私は今、毎週日曜日を楽しみにしている。


大河ドラマと言えば、
まずはオープニングテーマですが、
赤い花がフワーッと開いてゆく、
なんとも官能的な映像と共に、
美しい弦楽器の旋律で始まる。


まさに・・・雅(みやび)!!!


いわゆる戦いものの猛々しさではなく、
曲を通して、とにかく「官能的で優美」である。
メロディーやオーケストレーションが、
ドビュッシーの「月の光」を思わせ、
(確かに劇中には「月」がモチーフとして出てくる)
よく聞くと、ジョージ・ガーシュウィンの雰囲気もある。



ふむふむ、こう来るのか!と思うと、
劇中に流れる音楽も時にはジャジーであったりして、
平安時代の優美さと洗練されたジャズのコンビネーションが
なんともおしゃれである。


そんな音楽に魅せられながら、
雅な平安時代へと誘(いざな)われるのであります。

そしてお衣装の美しさと色の艶やかさにはため息が出る。
ただ華やか、鮮やかという言葉では形容し難い、
「ただの赤じゃない」「ただの黄色じゃない」という、
日本ならではの色の奥深さを感じる。


そして、そして、やはりなんと言っても、
主役まひろ(紫式部)を演じる吉高由里子さんと、
藤原道長を演じる柄本佑さんの二人の愛の物語の演出の美しさと言ったら!

実は吉高由里子さんにはこれまで興味がなかったのですが、
このまひろをものすごく素敵に演じていらっしゃる。

柄本佑さんに至っては「これほどの当たり役はないんじゃないか」と思うほどで、
スッとした目元と凛々しさはまさに平安時代の藤原の貴公子、と言った感じで、
彼の目の演技力というのでしょうか・・・ドキュン、であります。


あらすじの詳細は割愛するとして、
この二人は幼い時に出会っていまして、
(まひろは多分、10歳くらいで、道長は14〜15歳くらいではないか)
お互いに出所は隠しながら毎週のように村の川の近くで会って、
色々なお話をするのですね。(デートのようなね。)

その頃から二人はお互いをとても好きだったのです。

ある事件が起こることで会えなくなり、
その6年後に二人は偶然に村で再会するのです。
「あなたは(君は)・・・もしかして?」ってね。

そこから二人の愛の物語が進行してゆくのですが、
もちろん同時に宮では凄まじい権力争い、
藤原一族による(権力を得るための)陰謀などなど、
当時の「男たちの物語」も入っていきます。


そんなことはどうでも良い私は、
ただただ、まひろと道長を見ていたいわけでして(笑)
お互いの出所が分かり、
まひろはかつては「三郎」と呼んでいた少年が、
藤原家の三男である「道長さま」であること知り、
どんなに好きでも、自分のような位の低い家の出の娘には
到底許されない恋である、と一旦、諦めるのですが、


道長は諦めない。


先ほど、柄本佑さんの「目の演技力」なんて言いましたけれど、
彼のまひろを見つめる目というのが、


全てを語っている。


堪えきれないほどの、まひろへの愛おしさ、燃えるような思いが
その涼しけな目の中に隠されている。


なんとかして彼女に会おうとする。


二人が再会してからのお話はここでは割愛していますが、
当然ながら色々なことが宮中でも村でも二人の間でも起きています。


昨日のお話というのは、
道長も、まひろも「もう気持ちを押し殺すことなどできない」、
そんな気持ちで、いつも二人が会っている場所で会う約束をして・・・


その先はですね、
もうそれはそれは美しい愛のシーンでありましたよ。
(見逃した方は、是非、今度の土曜日の再放送を!)


しばらく私も放心状態になる程、
「あの二人の世界」に引き込まれてしまいました。


私が見る「あの二人の世界」・・・とはなんでありましょうか。



道長の純粋で真っ直ぐな愛。
まひろはそれがあまりにも真っ直ぐで怖かったであろうと。
でも、それに何度抗っても無理だった。
そして、ドラマのオープニングの開いてゆく真っ赤な花のように、
彼女は彼に身を委ね、彼を受け入れたのです。


でも、そのシーンには先があって。


道長は、自分は藤原家を捨てる、僕と一緒に遠い海の国へ行って、
二人で暮らそう、と。
でも、まひろは、高貴な家に生まれたあなたが畑を耕すような生活を
している想像ができない、あなたの人生は私と二人でひっそりと暮らすような
ささやかなものではなく、あなたはこの国を良き国にする大きな使命がある人だ、
そして私は死ぬまで、そのあなたをずっと見続ける、と。


道長と一緒になれたらどれだけ幸せだろう、
でも、まひろは「分かって」いたのですね、彼が行かなければならない道を。
そして、自分はその道へと彼の背を押さなければならない、と。


道長と体を重ねた後、
まひろは涙を流すのです。
道長が、それはなんの涙なのか、と聞くと、
幸せで悲しい涙です、と。


そこで昨日のお話は終わり、予告編が流れ、
道長が「妻になってくれ」というシーンがありましたが、
一筋縄では行かないのであろう、というのが想像できます。
(この先のストーリーは全く分かりませんが、
この二人はどんな形であっても、愛を貫くのであろうと、
そうあってほしいと願います。)



道長のブレない真っ直ぐな愛、想い。


このドラマを観る度にいつもそれが心に残る。


それを差し出すことも、
それを受け取ることも、
とても勇気がいることだろう、と。


なぜ人は純粋で真っ直ぐなものを怖れるのだろうか。


人・・・じゃない、「大人」は。


あまりにも多くを経験し、
あまりにも純粋でないものを経験し、
それらに裏切られ、傷ついてきたからだろうか。


そういうものを信じられなくなったからだろうか。


自分もかつて持っていた「純粋で真っ直ぐなもの」が
いとも簡単に「大人の世界」で否定されたからだろうか。


大人の世界で生き抜くということは、
それを捨てることなのだろうか。



「大人の恋」という言い方がありますが、
そんなものはないと思っている。

正確に言うならば「大人の(フリをした)恋」だ。


恋に子供も大人もない。
あの「抑えられないような気持ち」は
どんな年齢でも同じだ。


ただ、抑えられないような気持ちを上手に隠して、
波風立てずに、上っ面の洗練さと思いやりという大義名分で、
本当の気持ち、燃えるような想いを隠し通すのが、
世間でいう「大人の恋」であろうと私は思っている。


なぜなら

「純粋で真っ直ぐな愛」は傷つくから・・・ね?
そして、それは「恥ずかしいこと」と思っている。



自分を守るために気持ちを隠す、というのが
そもそもの大人の恋だ。


「恋ごっこ」をしたいならそれでもいい。
そういう選択もある。


けれども、
相手とは決して本当の意味では繋がることはないだろう。
そういうのを「趣味」という。


でも、
誰かを、「この歳で?恥ずかしい」と思うほど好きになったのなら、
その時こそ、大人をやることをやめることだ。


失ったと思っていた「純粋で真っ直ぐな愛」を試してみることだ。


傷つきやすくて、柔らかいあなたのハートを
相手に差し出してみることだ。


少年のように。
少女のように。


それは、決して「未熟」なことではない。
未だ隠していることこそが未熟なのだ。

敢えて言うなら、
色々な経験をしてきてしまったからこそ、
大人には勇気がいることだ。


でも、だからこそ「大人のフリ」をやめることが、
あなたが本当の意味で成熟した強い大人になることなのではないだろうか。


自分の中の少年を、少女を、かつて否定されたように、
自分も否定し続けることをやめて、
真っ直ぐで純粋な彼らを、大人のあなたがしっかりと抱きしめた時、
その純粋性から本当の力を得ることができるのではないだろうか。



あなたがずっと怖れてきた
真っ直ぐで純粋な愛は、
あなたそのものなのですから。



「光る君へ」のテーマ曲のタイトル『Amethyst』。
紫式部から紫の石、アメジスト・・・なのですね。



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Valentine's Day EveにLove on stage!

2024年02月13日 | 人との関わり(愛とか)
前回のブログは1月25日にアップしましたが、
思えばそれは満月の前日でありました。


前回のブログ『幼い愛が成長する時』は
思いがけず大変多くの方が読んでくださったのです。
2〜3日で500人以上の方が読んでくださって、
私にとってはとても大きな数字でして、
「皆様、それぞれどんな風に感じられたのだろう」と
知る由もないのですが、
心の中で驚きと、感謝の気持ちが湧くのでした。


あれを書いていた時というのは、
私は必死でした。
苦しくて苦しくて、毎日泣いていました。


「それでも」、
在るものは在り続け、
それが愛というものであるのならば、
そこからは逃げられない、
そういう「厳しい愛」というもの、
そもそも人間は愛からは逃げられない、
そんなことを体験していた真っ最中で、
そこから、どうにかこうにかしながら書いたものでした。


人間は愛からは逃げられない。。。


って、ちょっとおかしな表現です。
誰が愛から逃げたいと思うのでしょう?


愛は素晴らしいはずなのに!


愛から逃げている、ということはそこに「闘い」があるわけですが、
一体、何を持って何に対して闘うのでしょう?


なぜ、人は愛を怖れるのでしょう?


なぜ、人は愛を信じることができないのでしょう?


なぜ、人は「愛をすれば必ず傷つく」と思うのでしょう?


なぜ、人は「愛をしている自分」を信じられないのでしょう?


なぜ・・・私は私を信じてあげられないのだろう・・・


そんなようなことを問いながら、
前回のブログからも私は深い旅を続けてきました。



あれから2週間以上経ちました。
先週末はちょうど新月を迎えて、
そろそろ新しいブログを書こうかと思ったのですが、
ちょうど「今」タイミングが来たようです。



そんな「心のお籠もり生活」をしていたので、
娑婆(しゃば、笑)に足が向くことなどほとんどなく、
バレンタインデーが近づいていることすら
気づかんかっただよ。


先週末に娘が、
TikTokで見つけたチョコレート菓子を作りたい、
と言い出して、初めて気づいたよ。


そうか、バレンタインデーたるものがやって来るのか、今年も。


毎年バレンタインデーとなると、
チョコレートが好きな私は、夫にあげるという大義名分のもと、
本心は自分が食べたいから、という理由で、
かと言って、娑婆まで出ておしゃれで高級なチョコレートを買うのも面倒なので、
この時期だけスーパーで売り出される、
「Mary's」の一番大きい箱のやつを買うというのが恒例となっています。


しかし、心のお籠もり中の私は、
そんなことすらも忘れていて、
毎日スーパーは行っているにも関わらず、
バレンタインコーナーに気づかなかったのは、



よほどのことよ!



「厳しい愛」はバレンタインデーのことすらも忘れさせる!
という、「愛繋がり」にも関わらず、
なんというこの矛盾。。。



そんなバレンタインデー・イブの今宵、
私は何を話したいのだろう。



結論としては・・・



とりあえず飛び込め。



現在、ある本を読んでいるのですがね、
その中に「自分のエネルギーの質を高める方法」というのがあって、
その一つに


「こわいことをやる」


というのがありまして。


今の私にとって最も怖いことは
「愛に飛び込む」ということです。


最初の方で
「なぜ、〜〜〜〜?」というのを
やたら生真面目に羅列していますが、
そんなのもうどうでもいいから、


とにかく、飛び込め、ということです。



バンジージャンプのようなもので、
(やったことないし、絶対やらないけど)
あーだこーだ言わずに、
飛べ!


そういうところに今、います。



後は飛ぶだけ。
大丈夫、死なないから。


愛に飛び込んだことがないだけで、
愛に飛び込んで死んだ人は聞いたことがない。



未経験故の恐怖でありまして、
でも、もう後戻りできないところまで来ちゃって、
つまり、ジャンプ台のところまで
「幼い愛は成長」したというわけですから、



へっぴり腰でもなんでも、
飛び方が華麗でなくても、



飛んじゃえばおんなじさ。




これで思い出すのは・・・
2016年に5年間の休業を経て、
10年以上ぶりに自分のソロ・ライブをやる時、
「もう本番」という時に、
怖くて怖くて楽屋から出られなくなっちゃった事件があり、
私のLIVE史上、そんな事態は初めてだったのですが、
ピアノの二本柳君の前で半泣きになり、
「怖い!無理!」とか言いながらも、
もうステージに出る以外の選択はなくって、
二本ちゃんに後ろを押されながら、
ガチガチの緊張と恐怖のままステージに立ったわけですが、



「もう、やるしかなかった」訳でして、



でも、ちゃんとやり切れた。
あの時の私がいたから、
今の私がいる。



腰が引けてる感じは、
あの時の私とおんなじで(笑)
同じく「行け!飛べ!」以外の選択肢もなくて、


怖い!無理!とか言いながら、



今度は


「愛のステージ」へ飛び込むのです。



泣いても笑っても、
そのステージは私に差し出されていて、
私のためにあるのですから。









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幼い愛が成長する時

2024年01月25日 | 人との関わり(愛とか)
Love stretches you from within...
愛はあなたを内側からいっぱいに引き伸ばす・・・


甘く優しい愛もあるけれど、
それはまだ幼い愛なのかもしれない。

When you're ready to grow and expand,
あなたが成長し広がってゆく準備ができると、

幼い愛からもっともっと、
その愛を広げるために、
もっと大きく頑丈なものにするために、
「訓練」させられる時が来る。


身体のストレッチと同じように、
そこが温まり、柔軟になるまでに、
「痛い」思いをしないといけない。


だって、いっぱいに引き伸ばして、
広げるのですから、
そりゃあ、痛いですわ。


これまでの
小さな幼い愛、
もちろんそれだって純粋なものであるけれど、
それはあまり耐久力はないのです。


すぐにビクビクしちゃうし、
すぐに不安になってしまう。
「ママ〜ママ〜!」という子供のように、
いつも一人で立っていられるわけではない。


「幼い、甘く優しい愛」というのは、
多分一方的なもので、
自分も相手も何もかも、全部丸ごと、抱きしめる、
そういうことをするには小さすぎて、


でも、「成長した、甘く優しい愛」というのは、
きっとそれらができるような愛で、
引っ張られ、広げられ、
その痛みにも耐えた先のものですから、
それはそれは極上の甘さと優しさでありましょう。


引っ張られ、広げられる時の痛みとは、
自分の忍耐が試されるから起こるのです。


条件付きの愛の殻を破り、
「それでもなお」という
たくさんの「それでも」を受け入れ、
それでもなお、
自分にとっての真実の愛に背を向けない、
正直でい続ける、
どんなことが起きても、
ブレない。


引っ張られ、広げられる、というのは、
無条件でブレない愛を体験すること、
これまでの条件にしがみつこうものなら、
ものすごく痛い。


それでも、
一度その成長が始まると、
それは、「魂がゴーサインを出した」時だと思うのですが、
もうその道を引き返すことはできないのです。
どんだけ人間の自分が、「痛い、痛い、もうやだ、やめる!」
と叫んでも。


どのような期待や計画も捨てる。
それだって条件。
自分本位の条件なのです。
そんなものを持っても、
簡単に打ち砕かれる。
そして、また突き落とされる。


自分も相手も、全部丸ごと愛するということは、
ある意味、完全に愛に委ねる、ということなのだと思います。


愛がプランしたプランに従う、ということ。


どれだけの時間がかかろうが、
どれだけ月日が流れようが、
自分にとっての真実の愛から離れない。
逃げない。


誰かを愛し続けるということは、
覚悟がいる。
無条件である、ということは、
完全にそうなるまで、
痛みが伴う。


でも、そうやって、
幼い愛は成長する。
頑丈になり、怖いものがなくなり、
真っ直ぐな強い愛になる。



これまで知り得なかった
極上の愛を、
自分の中で体験するのです。
自分がそれを体現するのです。


成熟した愛は
きっととめどなく溢れ
尽きることはないでしょう。


誰かを本当に愛する、ということは、
きっとそういうことなのでしょう。


それができた時に初めて、
今度は本当の愛を「受け取る」、
そういう体験が待っているのかもしれません。


なぜなら、
愛とは永遠に循環するものだからです。


♾️






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