今回のウクライナ騒動を見ていて気づいたことは多いのだが、その中でも、アイデンティティを崩されていくことの怖さが一番気になっている。ウクライナのアイデンティティの変化がなければこの問題はこうはならなかっただろうという視点から考えてみる。
■ ウクライナなのかクリミアなのか
まずウクライナ騒動の動機または原因を整理すると
(1)表面に見える最も大きな原因はウクライナをEUに入れたい人たちとロシア経済圏に残りたい人たちの対立
(2)ウクライナをNATO軍に入れることにより、ロシアの安全保障に大手をかけようとする米のネオコン vs なんとかそれを阻止したいロシア
で、(2)の変奏として、ロシア海軍の黒海艦隊の基地であるセバストポリおよびその周辺であるクリミア半島をウクライナをEUに連れ出すと共にNATO軍に入れて、ロシアから完全に切り離したいというある種の妄想が見え隠れする。
で、アメリカ内の保守孤立派(概ね共和党支持者)がしつこくこの問題で、アメリカ内のネオコン+民主党を批判するのは(2)の「妄想」によって、万が一ロシアと本当に戦争になったらどうするんだという恐怖と、この妄想を追及するあまり、あちこちで革命もどきを焚き付けて結果的にアメリカの信用を損なっているだろう、それは危険だという理由から。
妄想が妄想でもなかったのだなぁとしみじみ思うのは、ロバート・ゲーツがいみじくも言ったように現実には「Crimea is gone(クリミアはもう行っちゃったよ)」なのだが、いわゆる西側諸国は「制裁」を課しつつ、なんとかしようとしている。
なんとかって何を?と考えると、クリミアの地位をせめて法的にはウクライナ帰属にしておこう、なんてことを考えているのではないかと思う。そうすれば、またどこかでチャンスがあるはずだ、と。そして、だからこそ、プーチンはクリミアをロシアに正式に編入して、軍港のあるセバストポリ市はモスクワ、レニングラードサンクトペテルブルクのような特別市にすることであらゆる意味でロシア共和国と一体化させようとしているものと思われる。この話はこれで終わりだ、と。
(1)のように見えて、実に執拗なのは(2)だっただろうことは、欧米諸国のリーダーたちは、クリミア帰属問題には熱心だが、ウクライナをどうやって立て直すかに熱心な人はあまり見られないことでもわかる。少なくともウクライナの治安を気にしている西側諸国はない。酷い話だ。
さらにいえば、EU加盟のための条件整備をすることとEU正式加盟は別だというのはトルコの例を見てもわかるのに、あたかもウクライナは希望すれば今すぐEUに加盟できるような、はっきりいえば詐欺が喧伝されていたことからも、(1)の動機も何かとてもあやしい。少なくとも一般ウクライナ人の生活のためではないだろう。
■ アイデンティティを作り変える・敵を刷り込む
ではなぜこれがアイデンティティの問題なのか。それは、もし、ベラルーシ、ウクライナ、ロシアが広義のロシアのままだったとしたら、ウクライナをNATOというロシアまたはロシア民族にとって敵の軍事同盟に加盟させようという話を現実的なものに見せることは難しかっただろうからだ。
日本に置き換えれば、日本各地がいくつかの独立性の高い行政区分となり、そのうちにその独立性がさらに高まり、緩やかな連合になった。さらにそのうち、何かの拍子に九州が独立した。するとしばらくたつと、九州人たちが、我々はもともと日本人とは異なるのだ、別の言語を持ち、昔から日本から苛められどうしでずっと独立したかったのだと言い出し、九州人としてのアイデンティティを強調し、中国が主導する東アジア経済圏に入り、同時に軍事同盟に入ると言い出した。福岡には対日ミサイル防衛施設を設置すべきという話も本格化している、といったところ。日本民族の源流たる高千穂が、と日本の保守派は嘆く。まさにロシアにとってのキエフ。
クリミアのケースは、この場合だと鹿児島あたりが、九州共和国に住民投票も禁じられ、九州語を学ぶよう誘導されつつも、日本の支援を受けつつ20年間それでも我々は日本人だと主張し続け、後手後手に回り続けた日本国にようやく強いリーダーが登場し、国際情勢の変化に乗じて鹿児島奪還に成功。この際、国際社会は日本が強くなることを嫌い、日本の行動を拡張主義、覇権主義、20世紀初頭の膨張主義を忘れるな、次に日本が狙うのは朝鮮だ、いや満洲等々と非難し、チャイニーズやコリアンがどんなに日本統治時代を恐ろしく思っていたかを涙ながらに話、それがBBCを通じて世界に流れる、といったところ。
いや日本は民族と国家が一体となった稀有な例だからその例は当てはまらないと思うかもしれないが、ロシアおよびロシア人というのも実に古くからあのへんに存在していたには違いない。そもそもロシア人って誰?という感じで各種の人々が混じり合った結果がそこにあるだけで明確化していなかったことも混乱の原因か。
また、ロシア人とウクライナ人の違い(最西部の地方を除く)は、今ではすごく異なる人のように言う言説が欧米メディアにあふれ、日本の保守派の中には、ウクライナをソビエトの衛星国だった、などと言い出す人がいるぐらいになっているが(間違ってます)、実のところ、九州の人と東北の人との違いよりも小さいとも言える。九州と東北は長い間基本的に通婚圏でないが、ロシアとウクライナは別にソ連が介在せずとも長いこと移動、通婚してるし、言語的にも地域によってはもっと近いかもしれない。
いずれにしても、人のアイデンティティは20年もすればかなり変わるようなのだ。これを阻止しようとすれば、まず史実に基づく歴史が手近に、ふと疑問に思ったらすぐ見られるようになっていることが必要だ。というのは、どうやらアイデンティティ崩しのためには、まず歴史を捏造してくるように見えるから。EUがちらつかせる経済的利益だけでは決して測れない流れはそれを基にしている。つまり心理的傾向を先に刷り込む。
ウクライナの場合は、ロシアとソ連を同一視して、ソ連時代に起こった不幸はみんなロシアのせい、と読み替えるようなへんな歴史を作っていって、人々の頭の中を変えていったように思う。トロツキーはウクライナ人なんだか・・・。
この際のツールは、テレビと学校教育、そして、在米、在カナダの大きなウクライナ人コミュニティが手足。
日本の場合でいえば、陰鬱な話だけど、沖縄はなんらかの手が入ってますよね、やっぱりと思う。もっとなんとかしないと困ったことになると思うんだなぁ・・・。
■ おまけ:日本には保守派はいないのか?
おまけだけど、日本の保守派は現在、ウクライナ情勢について、ロシアがクリミアを取ったのはいかん、住民投票を利用しての独立は怖い云々といった点からのみ見ているように思う。それはその限りにおいて有意義な部分もあるだろう。
しかし、いわゆるアメリカの覇権体制においては、日本は崩す側ではなく、崩される側です。であれば、現在の政治上の発言とは別に、本質的に日本に降りかかる恐れのある問題を見るべきじゃないでしょうか。私たちはthe Westのようでいてthe Westじゃないんです。
■ おまけ2:チャーチルでさえクリミアのロシア性を疑っていない
アメリカの保守孤立派系のサイト(パット・ブキャナンとその周辺の人という感じのサイトではないかと見える)にあった論考が興味深かった。クリミアといえばヤルタがある、ヤルタといえばチャーチル、ルーズベルト、スターリンが会談したそこだ。チャーチルはクリミアの気候とか場所がどうした、イギリス人建築家がロシア貴族のために建てた建物がどうしたとかいろいろ書いている。そのチャーチルにとって、クリミアがロシアでないなんて馬鹿げたことは思いもよらなかっただろう、と。
それなのに、いつしか、クリミアをロシアから引き離して、いつかアメリカ主導の反モスクワのグループに編入しよという考えが実のところアメリカの政策になっている。アラブの春だかなんだか不穏な情勢を作って、キエフでクーデターを起こして、最後にはロシアでプーチン妥当のクーデータでも起こすつもりなのか、これは一体何なんだと著者は指摘する、というか怒ってる。
A Coup in Crimea—or in Russia?
By Scott McConnell • March 19, 2014
http://www.theamericanconservative.com/articles/a-coup-in-crimea-or-in-russia/
アメリカの保守孤立派は、クリミアに米軍基地を!的なこの妄想の危険性をずっと指摘しているが、その意味で、プーチンのクリミアのロシア本土編入はこの妄想に大打撃を与えたことになるので、保守孤立派にとっては喜ばしい展開なんだろうと思う。また一つプーチンがアメリカ保守孤立派の希望の星になる理由が増えた。
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