池田信夫さんが今年の良書ベスト10を挙げておられた。
http://agora-web.jp/archives/1625184.html
ピケティは結構どうでもよくて、私としては、
筒井清忠『二・二六事件と青年将校』
川田稔『昭和陸軍全史』
二・二六事件と青年将校 (敗者の日本史) | |
筒井 清忠 | |
吉川弘文館 |
昭和陸軍全史 1 満州事変 (講談社現代新書) | |
川田 稔 | |
講談社 |
は両方とも非常に充実して面白かったので、挙げてくださってうれしい。
特に、川田稔『昭和陸軍全史』はお奨め。ドライで読みやすい本です。
池田さんがポイントをまとめてらしたので引用させていただきます。
『昭和陸軍の軌跡』で著者も書いているように、満州事変は突発事件ではなく、陸軍の中の一夕会と呼ばれる強硬派が計画的にしくんだ陸軍内クーデタのようなものだ。主流の宇垣派は不拡大方針だったが、永田鉄山と石原莞爾が組んで既成事実をつくったのだ。彼らの「満蒙領有方針」は1928年に決まっており、大恐慌とも関係ない。
よくも悪くも、満州事変は戦略的に計画された戦争だった。永田も石原も、満州を対ソ戦の橋頭堡とすることが目的で、それ以上拡大する意図はなかった。彼らは次に来る大戦は第一次大戦のような総力戦だと考え、そのための物資の補給基地として満州を領有したのだ。
永田鉄山、石原莞爾あたりの構想の是非はおいておいて、満洲事変は対処療法的に思い切って起こした話とかじゃなくて、方針があってそれに沿ったものだった。当時満蒙を巡る方針はだいたい4つあったらしい(wiki 満蒙問題)がそこを陸軍の一部が領有方針の方に突っ切った、と。
で、私が非常に興味深く思うのは、なんでそんな構想をしたのか。この本でもそこはあんまり詳しいとは言えないのだけど、永田鉄山がルーデンドルフに影響されていたというのは広く知られている。
そこから考え合わせると、実は非常に興味深いことが推測されると私は思ってる。
日本ではこれまで、永田は、ルーデンドルフの総力戦計画、政治支配に惹かれたと考えられているわけだけど、私は陸軍の中には確実にドイツ参謀本部が第一次世界大戦の、とりわけロシアとの関係で何をしたかに「惹かれた」人たちがいたんだろうと思うわけです。
それはどういうことかといえば、何度も書いている通り、いわゆる「ロシア革命」というのは、ユダヤの金持が資金を出して、ロシア周辺のよく言えば独立志向、悪くいえば他者の破壊を厭わない奴らをかき集めて行われたロシア簒奪だった。そしてそれはドイツ帝国の参謀本部の協力なしには成功していない。つまり、合作のクーデターによる政権奪取こそこの「ロシア革命」だったわけですね。
このへんの本が詳しい。
The Russian Revolution | |
Richard Pipes | |
Vintage |
で、関東軍の謀略、クーデター、政権奪取志向はここからヒントを得たのではないでしょうか? ヒントというか、これこそ現代の軍だ、ぐらい思ったんじゃないのかな、と思ったりするわけ。だって、それ以前の日本軍と全然趣が違う人たちになってるんだもの。
正直、これってボルシャビキと同じことをしようとしたわけで、それにもかかわらずこの後ずっと共産勢力による革命を防ぐためとか言うのも思えばちょっとなんか唖然とするものがあるけど、それはそれ。
さらに興味深く思うのは、対ソ戦の想定。満洲をベースにして対ソ戦を想定し、それが総力戦だというのなら、それは国境線や利権の場を巡るスカーミッシュ skirmish、小競り合いのことではない。つまり、攻められるにせよ攻めるにせよ本格戦争を考えていたということになるわけです。(後には改められていくが)
しかし、日本はいつからロシアと本格的に戦争をしようなどと考え始める気になったのか? このへんも相当に、当時日本の本州に住んでいた人たちの常識からすると、「へ?」じゃないでしょうか。
それはおそらく革命後の混乱期にシベリア出兵をしたことによってもたらされた体験と、ちょっとした自信のせいじゃないか。つまり日露戦争まではロシアは怖かったわけでしょ。さらに日露戦争だって本当はかなりヤバい戦いだったこともわかっていた。ところが誰が火をつけたにせよ革命で奴らは弱ってる、これはやれる、と発想できるようになったからこそロシア相手の「総力戦」を想定する気になったんだろうなぁと思うわけです。
さらに、西ではドイツ勢力が必ず出て来るという読みもあったのではなかろうか。
さてここで問題がある。これは日本の国防なんだろうか?
しかも、我が陸軍は共産勢力の南下を恐れてという理由から、モンゴル、チベット、ウイグルと連携して「防共回廊」を作ろうという構想まであったらしいんですよ。こうなると国防というより、共産主義を地球上から撲滅するための十字軍みたいじゃないかとさえ思うし、そんなの日本がやらないとならないわけ?とちょっと戸惑う私。しかも、西のドイツがそもそも促進したからこそ共産主義革命なるものがこの世に現れたというのに!
帝国陸軍 見果てぬ「防共回廊」 | |
関岡英之 | |
祥伝社 |
戦間期の帝国陸軍は実のところ、何かとっても野心的で、おそらくそれが故に今でもここらへんの事情があまり解明されていないのではないかと疑ってみたりもする。これじゃとても自衛戦争でしたとか言ってる場合じゃないから(笑)。
でもね、私はそれこそ自虐史観なんじゃないかと思うのよね。私たちの先人には実に稀有壮大、妄想的な人もいたということが受け入れられない弱さの方が私には、なんて肝っ玉の小さい人たちなんでしょうに見える。
で、現実にはおそらくこういう妄想組が敷いたレールが現実と合わなくなってくる過程を、いろんなところを伏せながら、内緒にしながらなんとかかんとかやりくりしていったために、あちこちで歯車が合わなくなっていったんじゃないかというのが現時点での戦間期日本に関する私の予想。
従来の日本の研究は日本と中国、アメリカぐらいしか登場させないことが多いけど、ドイツ、ロシアファクターは非常に重要だと思う。