天皇、皇后両陛下が秋の一日旅行を楽しまれた由。よろこばしいことです。
が、しかし、これを巡って多少の紛糾はあるようだ。
両陛下が埼玉へ私的旅行 日高の高麗神社、見頃のヒガンバナを見て回られる 大勢の市民ら歓迎
http://www.saitama-np.co.jp/news/2017/09/21/01.html
高麗神社は朝鮮半島の高句麗が7世紀に滅亡した前後に、日高市を中心とする地域に移り住んだ渡来人ゆかりの神社で、高句麗の王族が祭られている。両陛下は高麗文康宮司(50)から、高句麗の人々が渡来した歴史などについて熱心に説明を聴き、参拝を済ませた。
曼珠沙華が見たいわ、そうだね、との会話と共にお二人が小旅行を楽しまれた、で終わりにしたいが、やっぱり折からの朝鮮半島危機、特に北朝鮮との問題についての一つのサジェスチョンをされたということなのでしょう。
我が国と彼の国とのゆかりを思って、謹んで行動したいものです、というところか。
実際、日本というのはこうやって大陸の人たち、特に漢が崩れてからの遺臣とか、あるいは漢で文化を吸収し後に極東域に散らばった人たちと共に、あるいはこっちからあっちに行ってまた帰ってといった人たちと共に築かれていったと言っていいんじゃないですかね。朝鮮という枠でも日本という枠でもない頃のお話。極東アジアのコスモポリタンがあちこちで活躍していたって感じ。
と、そんなこんなを含めて日本の歴史なのだが、明治維新の時に、いきなり、神武以来万系一世の天皇が我が国を治めているのであるとかいうストーリーを作って流布させた。というより迂闊にそれに疑問なんか抱けない教育体制を作った。この知的に不幸な体制は1945年の敗戦と共に一端チャラになったはずなのだが、よく考えてみるとこのストーリー自体を否定はしていなかったと思う。それは民族の神話として、みたいなつもりだったのかもしれないが、今となってはこの処遇は半端だったなぁと近頃しみじみそう思う。
もう20年以上、韓国、朝鮮、中国を嫌うというモチベーションから派生した各種の出鱈目な言説がはびこっているので、要するに一世代まるまる今後に懸念を持たざるを得ない歴史観を持っている人が生まれたということだすよ。
そこで、タイムリーに、岩上さんが倉本一宏先生と日本史についてお話されていた。
【イントロ】現代の反日・嫌韓意識の根はどこにあるのか?歴史をひも解き、現代につながる「神話」の背景を探る! 岩上安身による国際日本文化研究センター教授・倉本一宏氏インタビュー2017.9.11
このイントロだけでは嫌韓にはたどり着いていないのだが、白村江の戦いの重要性問題もさることながら、ハクスキノエの戦いなのか、ハクソンコウなのか、なぜ最近はハクソンコウと呼ぶことにしているのか、あたりの話も重要だと思う。
で、この動画の中で、岩上さんが、いやもう、白村江とか言ってもピンとくる人なんかそうはいない、それどころか神武天皇生存説まで信じている人がいるわけで云々とおっしゃっている。私もホントに、世の中びっくりするほどへんなストーリーを信じている人がいて驚く。
ネトウヨが益体もない話を信じているのはいいんだが、三原じゅん子なんとかしてくださいよ、ほんと。でもこの人に知性は期待しないから、まぁどうでもいいっちゃどうでもいいんだけど、普通に他の部分では良識、知識、経験等々のありそうなブロガーの方が、いずれにしても我が国は2000有余年天皇を抱き、とか、125代もの長きに渡って存続させていますから云々とか書いているのを見ると、いやそれ、その2000年スケールは多分皇紀の影響だろうけど、とか、いやそれよりも、天皇の数え方125代というのは、それこそ明治になってから決めた話ですので・・・とか困惑させられる。
天皇が一体何代なのかに興味関心のあった人は江戸時代以前には公家、朝廷回り以外にはほとんどいないので、そもそもこれはパブリックなことではない。だから、本当は天皇を輩出する一族でどう考えていたのかというのは、多分一般人に知らされていないのでは?
が、ともあれ、明治になって公式には天皇の位についた人とは認められていなかった3人を加えた、というのは知られている事実。これによって現在125と言える形になった。
で、この3人の中で、万世一系天皇最強説にとって問題なのは、多分、仲恭天皇、すなわち九条廃帝のことかな、など思ってみる。というのは、この九条さんは、1221年承久の乱で鎌倉幕府側が勝って、天皇側が負けた時、幕府方に下ろされたから。
wikiにはこうある。仲恭天皇
同年、祖父の後鳥羽上皇が承久の乱を起こしたが、北条泰時率いる幕府軍に敗北。後鳥羽上皇・順徳上皇はそれぞれ隠岐・佐渡に、土御門上皇も自ら望んで土佐に配流された。7月9日に幕府の手によって仲恭天皇は皇位を廃され、高倉天皇の第二皇子である守貞親王(後高倉院)の皇子・茂仁王(後堀河天皇)が即位した。
で、子どもだったし3カ月も在位ししてないし、即位式もやってないので半帝とか酷いことを言われていた。それを明治になって復活させた。やっぱりこれは、鎌倉幕府に負けたわけやない、という明治朝日本の意思なんですかね。
承久の乱の処分は、鎌倉方の圧勝なので、仕掛けてきた後鳥羽上皇が処分されるというのはわからないことはない。後鳥羽は当時一番偉い人ではあったろうが、しかしあくまで退位した人。が、九条帝は現職の天皇なわけで、これを鎌倉幕府、それも源氏じゃなくて北条氏に廃止されたというのはなかなか凄い、と書きたくなるのはそれは私が万系一世、天皇はずっとエライ説に引っ張られて慣行的に書きたくなるだけであって、客観的にみれば、まぁなんてか、「朝敵」とかなかったんや、って話だと思うんですよね。
あと、ここまで大っぴらではないが、武家の側が注文付けてその人は天皇にしないように、という事例はあるが、その逆、天皇が武家の相続に口出すことはないそうだ。
とかとか、中世史を考えると、まぁ一つのお家がかなり大枠の一族でかなり長期間つないだというのは本当だとしても、それを頂点にすべてが回ってたみたいな話はないから、という結論以外出ないと思う。
にもかかわらず、どうしても万系一世的プロジェクション(ものの見方)に負けちゃう私たち。
これではいかんだろう、と中世史の諸先生方も思い、中世史ファンの私もそう思う。
もう少し、フラットにものを見られるような環境にしないとだわ。
が、しかし、これって実は今上陛下のような知性のある方の御代に、そして日本にも結構余裕のある時代にアカデミズムをあげてやっておくべきだったんじゃないのかなぁと今さらながらそう思う。
いやしかし、諦めてはいかんね。諦める必要もない。諦めず、普通に、日本を語ろう。
私はこの老夫婦を心から尊敬する。皇室だからではない。今の日本で、この老夫婦程、良心を体現している人がいるか。
訪韓は天皇の悲願だろう。退位前にぜひ、訪韓させてあげたい。訪韓しなければ、この人の天皇人生が完結しないのではないかと思う。この人だったら、朝鮮半島の人々も受け入れる。そう確信する。
訪韓はどうでしょうか。基本的に韓国というのは日本が支配した朝鮮の半分ですから、これでは半端でしょう。
今回、高麗神社という半島部というより半島の付け根側の高句麗を思わせる方に行かれたのは、陛下は、朝鮮というい全体を隣人と思ってらっしゃるというメッセージじゃないでしょうか。
いやほんと。最終的にナチ関連商品になって終わったけど、これって結局満蒙商品ですよね(笑)。もうこの反・地政学的とでもいうべき満蒙商品を市場から追放してほしい。トチ狂ってますからから、ほんと。
神武天皇即位の時に三本足の烏が・・・・・という伝説を聞いていた私は、
韓国ドラマで、 高麗の初代チュモン大王の伝記に、チュモン大王の即位時三本足の烏が出てくることを知りました。
その時、日本と半島とは密接な繋がりが有るのだろうと思いました。
もしかしたら日本で3本足の烏の話を、神武天皇即位時の伝説としているのは、
天皇の先祖は、高麗チュモン大王であるとの主張なのかも・・・・・
日本と半島というより、日本列島と半島には当然密接な関係がありますが、チャイナ中央とその東西南北との関係、動乱による変数のようでもあるわけで、ピクチャーを2つの集団(そもそも2つの集団になってもいないわけで)に限定して考えない方がbetter pictureを得られるだろう、など考えます。
3本足の烏の話は、後に天皇という称号を自称するようになった種族の祖先神話に高麗の影響が強くみられる、というのと、日本の天皇の先祖は高麗出身者である、の間にはまだ大きな溝があると私は考えます。いや、別にそれで悪いとも思ってないですが。
公開第一弾がとうとう始まりました! スプートニクの記事によると、まずは米国国立公文書館が今年7月に3,810もの文書を初公開しています。
https://sputniknews.com/military/201707251055864292-kennedy-assasination-documents-release/
Thousands of CIA, FBI Documents on JFK Assassination Released for First Time
17:28 25.07.2017