タジ・マハル
カジュラホからアグラに行く飛行機もフライトキャンセルになった。おかげでまた高級ホテルに泊まる事ができた。今度は、タジグループのチャンデラというリゾートホテルである。とても花壇の美しい広い庭を持ったホテルで、カジュラホではナンバーワンのホテルだという。それにしても、インディアン・エアラインの成績?は5回飛んで、フライトキャンセル2回、預かり手荷物忘れ1回という、すごい結果だった。
これでは計画のきっちりした旅行をしている人の場合、たいへんな事になってしまうだろう。事実、イスラエルから来ているという人は、他のグループとのデリーでの待ち合わせができなくなって弱っていた。
私のように、高級ホテルに泊まれて美味しいものが食べられるなどと思っているのは例外である。しかし、例外の私にとっては、こういったホテルで、ときどきノンベジタブルなバイキング式の食事を食べさせていただく事は、天の恵みであった。インドに来てからのにわか菜食主義と不規則な食事で、少しダイエットできたと喜んでいたが、実のところ体力も落ちはじめていた。
翌日も空港で一日待たされた。乗客の多くはドイツ人観光客で、結構陽気である。待たされたあげくにやっと飛行機が滑走路に入って来た時には歓声と拍手が起こった。そして夕日の沈む頃に目的地のアグラに着いた。空港から乗ったタクシーの運転手の名前はアリ。タジ・マハルのある土地だけあって、運転手もモスリムである。
宿泊を予定していた目当てのホテルはタジ・マハルの南門前であったが、満室で断られ、結局東門のそばのホテルに落ち着いた。タジマ・ハルの東門まで歩いて3分、庭がきれいで静かな良い宿だ。タジ・マハルといえば世界有数の観光名所のはずだが、その門前の一等地の宿が1泊120RSで泊まれるのだから、日本人の感覚から言えば嘘のようである。しかも隣の部屋の学生はそれを80RSにまけてもらったそうだから、日本の感覚とは全く違うのである。ただし、この宿の場合、お湯が出ない。2月も末だが、朝晩は思いのほか寒く、冷水のシャワーは少々こたえた。
タジ・マハルは夜明けとともに開門する。ただし朝早い時間帯は特別に100RSの入場料を取られるので、外国人の観光客が多い。入場の際のチェックは厳重である。カバンの中を調べ、金属探知器でチェックする。
正門を入ると、タジ・マハルがあった。
日の出を待ちながら、少しずつ建物の方に歩いてゆくのだが、建物との距離がなかなか縮まらない。それでタジ・マハルがイメージよりはるかに大きいことにはじめて気づく。建物の基壇の上に上がった人間がいかにも小さく見える。
大きいのに大きさを感じさせないのはたぶん玉ねぎ型のドームのせいだろう。そんなに巨大なドームがのっているはずがないという思いがある。
やがて、朝日が昇ると建物の全面を覆う白い大理石が薄っすらとピンク色に染まった。朝日にあたって大理石の壁面がところどころキラッと輝いたりする。インド人のガイドが「ジュエルが光っている」と説明しているのが聞こえた。
建物の基壇に上がってみて初めてわかった事だが、この建物は、右から見ても、後ろから見ても、左から見ても、全て正面と同じように作られているのだ。側面は少し手を抜くとか、裏面は模様を省略するとかしてもよさそうなものだが、そういった仕事の仕方ではなく、徹底的に完璧に作ってある。しかも、内壁外壁にある模様は全て大理石に色とりどりの貴石を埋め込んで作られている。だから300年以上たってもほとんど美しさが変わらない。その象眼細工は非常にすばらしいもので、たとえば花びらの一枚一枚まで、微妙な色の変化を考慮して石を選んで埋め込んである。
タジ・マハルは遠くから見て美しいだけでなく、10センチまで近寄ってしみじみ見ればなお美しいのである。巨大な宝石箱とでもいったらいちばん当たっているかもしれない。ムガール皇帝シャー・ジャハンは最愛の妃の亡骸を納めるために、巨大な宝石箱を作ったのだ。
象眼細工をほどこした大理石の美しさに取り付かれてしまうと、ぜひお土産に欲しくなってしまう。実際、土産物屋をのぞくと、大理石に象眼細工を施した小箱や皿がたくさん並んでいる。しかし、本物のタジ・マハルを見た後ではどうしても高価な物に目がいってしまい困った。
カジュラホからアグラに行く飛行機もフライトキャンセルになった。おかげでまた高級ホテルに泊まる事ができた。今度は、タジグループのチャンデラというリゾートホテルである。とても花壇の美しい広い庭を持ったホテルで、カジュラホではナンバーワンのホテルだという。それにしても、インディアン・エアラインの成績?は5回飛んで、フライトキャンセル2回、預かり手荷物忘れ1回という、すごい結果だった。
これでは計画のきっちりした旅行をしている人の場合、たいへんな事になってしまうだろう。事実、イスラエルから来ているという人は、他のグループとのデリーでの待ち合わせができなくなって弱っていた。
私のように、高級ホテルに泊まれて美味しいものが食べられるなどと思っているのは例外である。しかし、例外の私にとっては、こういったホテルで、ときどきノンベジタブルなバイキング式の食事を食べさせていただく事は、天の恵みであった。インドに来てからのにわか菜食主義と不規則な食事で、少しダイエットできたと喜んでいたが、実のところ体力も落ちはじめていた。
翌日も空港で一日待たされた。乗客の多くはドイツ人観光客で、結構陽気である。待たされたあげくにやっと飛行機が滑走路に入って来た時には歓声と拍手が起こった。そして夕日の沈む頃に目的地のアグラに着いた。空港から乗ったタクシーの運転手の名前はアリ。タジ・マハルのある土地だけあって、運転手もモスリムである。
宿泊を予定していた目当てのホテルはタジ・マハルの南門前であったが、満室で断られ、結局東門のそばのホテルに落ち着いた。タジマ・ハルの東門まで歩いて3分、庭がきれいで静かな良い宿だ。タジ・マハルといえば世界有数の観光名所のはずだが、その門前の一等地の宿が1泊120RSで泊まれるのだから、日本人の感覚から言えば嘘のようである。しかも隣の部屋の学生はそれを80RSにまけてもらったそうだから、日本の感覚とは全く違うのである。ただし、この宿の場合、お湯が出ない。2月も末だが、朝晩は思いのほか寒く、冷水のシャワーは少々こたえた。
タジ・マハルは夜明けとともに開門する。ただし朝早い時間帯は特別に100RSの入場料を取られるので、外国人の観光客が多い。入場の際のチェックは厳重である。カバンの中を調べ、金属探知器でチェックする。
正門を入ると、タジ・マハルがあった。
日の出を待ちながら、少しずつ建物の方に歩いてゆくのだが、建物との距離がなかなか縮まらない。それでタジ・マハルがイメージよりはるかに大きいことにはじめて気づく。建物の基壇の上に上がった人間がいかにも小さく見える。
大きいのに大きさを感じさせないのはたぶん玉ねぎ型のドームのせいだろう。そんなに巨大なドームがのっているはずがないという思いがある。
やがて、朝日が昇ると建物の全面を覆う白い大理石が薄っすらとピンク色に染まった。朝日にあたって大理石の壁面がところどころキラッと輝いたりする。インド人のガイドが「ジュエルが光っている」と説明しているのが聞こえた。
建物の基壇に上がってみて初めてわかった事だが、この建物は、右から見ても、後ろから見ても、左から見ても、全て正面と同じように作られているのだ。側面は少し手を抜くとか、裏面は模様を省略するとかしてもよさそうなものだが、そういった仕事の仕方ではなく、徹底的に完璧に作ってある。しかも、内壁外壁にある模様は全て大理石に色とりどりの貴石を埋め込んで作られている。だから300年以上たってもほとんど美しさが変わらない。その象眼細工は非常にすばらしいもので、たとえば花びらの一枚一枚まで、微妙な色の変化を考慮して石を選んで埋め込んである。
タジ・マハルは遠くから見て美しいだけでなく、10センチまで近寄ってしみじみ見ればなお美しいのである。巨大な宝石箱とでもいったらいちばん当たっているかもしれない。ムガール皇帝シャー・ジャハンは最愛の妃の亡骸を納めるために、巨大な宝石箱を作ったのだ。
象眼細工をほどこした大理石の美しさに取り付かれてしまうと、ぜひお土産に欲しくなってしまう。実際、土産物屋をのぞくと、大理石に象眼細工を施した小箱や皿がたくさん並んでいる。しかし、本物のタジ・マハルを見た後ではどうしても高価な物に目がいってしまい困った。