重文・鶴岡カトリック教会天主堂。山形県鶴岡市馬場町。
庄内藩家老末松十蔵屋敷跡の武家門の中に建つ聖堂は、異彩を放ちながらもこの街の風情と調和し、布教活動の拠点となり、また、市のシンボル的建築物となった。
高さ23.7m、正面の幅10.8m、主棟奥行き23.75m、木造瓦葺きの瀟洒な天主堂は、フランスのデリヴランド教会をイメージして建てられたといわれる。
2024年9月11日(水)。
16時過ぎに致道博物館を出て、東近くの鶴岡カトリック教会天主堂へ向かった。マリア幼稚園を併設しているらしく幼稚園児が帰る送迎時間と重なって駐車場が満車だった。周囲を一周して戻っても駐車できなかったので、16時20分頃に路上駐車して敷地に入り、帰路に着く園児たちを見ながら教会の中に入った。
鶴岡カトリック教会天主堂は、フランス人ダリベル神父の全財産と寄付により庄内藩家老屋敷跡に1903年(明治36年)に建てられた。
ヨーロッパ中世のロマネスク様式教会建築の傑作として国の重要文化財に指定された教会で、赤い塔屋がひときわ目を引く白亜の教会である。天主堂には、高い天井の曲面(リブ・ヴォールト天井)が設けられている。
バジリカ型三廊敷きロマネスク様式の教会建築物は、東北地方ではこの様式最古のものとされる。
設計は、日本における教会堂の建築設計を数多く手掛け、宣教師としても精力的な活動をしたフランス人パピノ神父最後の設計によるもので、日本人大工の相馬富太郎が棟梁となって建築したと言われている。
パピノ神父は、佐渡の両津教会や1889年7月に竣工し博物館明治村へ移築された聖ザビエル天主堂として現存する初代京都河原町教会聖堂「聖フランシスコ・ザビエル大聖堂」の設計者として知られる。
入口上のパイプオルガン。
日本で唯一黒い聖母像の「黒い聖母マリア像」がある天主堂として知られる。
聖堂の左側にある副祭壇には、聖母マリアがイエスを抱きかかえている日本でただ一体の「黒いマリア像」が安置されている。
1903年に天主堂ができた記念にフランス、ノルマンディー州、ドーバー・ラ・デリヴランデのデリブランド修道院から寄贈された「黒いマリア像」で、ノートルダム・ド・ラ・デリヴランデ聖堂にある黒い聖母像の複製として、フランスで作られた木の芯に石膏を被せたものである。
窓絵。
窓にはステンドグラスではなく、絵が描かれた透明な紙を2枚のガラスで挟んだ絵窓と呼ばれるものが使用されている。日本で絵窓が使われているのは、この建物が唯一である。
左右には12枚のキリスト殉教図「十字架の道行」が並べられている。
路上駐車だったので5分もたたずに車に帰った。本日の見学を終え、定宿となった三川町の道の駅「庄内みかわ」へ向かった。翌朝は酒田港から離島の「飛島」への日帰り観光から始まる。