マーちゃんの数独日記

かっては数独解説。今はつれづれに旅行記や日常雑記など。

『快慶・定慶のみほとけ』展を観る

2018年12月11日 | 映画・美術・芝居・落語

 12月5日(水)、東博で「大報恩寺 快慶・定慶のみほとけ展」を観て来た。
 展示の中心は、快慶作の「十大弟子立像」(重文)と運慶の弟子・定慶作の「六観音菩薩像」(重文)。更には快慶の弟子行快作の寺宝「釈迦如来坐像」も展示されていた。こちらは寺外初公開とのこと。








 大報恩寺は俗に「千本釈迦堂」の名で親しまれている。その名の由来は、本尊の秘仏・釈迦如来坐像が祀られる本堂(国宝)が釈迦信仰の中心地であり、近くに京都を南北に縦断する千本通があることにもとずくそうな。私達は昨年の秋、名古屋・大阪・京都の3美術館をはしごした折、帰京する日の午後に千本通りを北上し大報恩寺を訪ねたのだった。(写真:大報恩寺本堂)




 その時のことから書き出すと、本堂隣の霊宝殿には今回展示の「十大弟子立像」も「六観音菩薩像」も展示されていた。午後の遅い時間であったからか拝観している人は私達以外には1組のみ。やや薄暗い霊宝殿内を心ゆくまでゆったりと拝観することが出来た。特に「六観音菩薩像」は神々しく感じられ、立去りがたく、六観音の配置順を記憶に留めておいたほど印象が強かった。(写真:参道)







 今回の展示はそのときと比較すると豪華で華やか感じがした。六観音菩薩像の配置順はすっかり忘れていたが、霊宝殿のそれと同じらしかった。後期のみだが、光背は外され背面からの鑑賞も可能だった。重文指定の唯一の六観音だそうでお美しい。このうちの聖観音菩薩立像のみ撮影が許されていて、用意怠りなかったカメラを向けた。(写真:六観音菩薩のうち聖観音菩薩像)









 「十大弟子立像」の中心に「釈迦如来坐像」。霊宝殿では拝観出来なかったと記憶している。「弟子立象」は実に写実的な彫刻だと思った。霊宝殿では気が付かなかったが、弟子の像の何体かは肋骨がはっきりと見えた。特に目犍連(もっけんれん)のそれは目を瞠るほどで、壮絶な修行の故に痩せているのかと理解した。目犍連は数学者であったことも知り、親しみさえ感じた(写真:絵葉書より十大弟子立像)

 霊宝殿では室内がやや暗くお参りするといった感じで拝観したが、東博では室内が明るく、”珠玉の鎌倉彫刻”を鑑賞しやすい構成だった。余計なお世話かもしれないが、京都に行かれたら時には、是非千本釈迦堂の霊宝殿をお勧めしたい。 


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