徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

最後の夢(第五十五話 宗主修と樹の御霊)

2005-12-19 23:38:24 | 夢の中のお話 『失われた日々』
 夜半過ぎ修は屋敷の周りに紫峰ではない者の気配を感じて目を覚ました。
紫峰家周辺の私道に何人もの能力者の気配がする。
まだ門を越えた者はいないものの確実に迫ってきている。

 隣で寝息を立てている雅人の寝顔に向かって幼子を見るように温かく微笑みかけると自分はひとりベッドを抜け出した。

 林道の途中、ソラの居た祠の辺りまで来ると修は目を閉じ全神経を集中させて屋敷の周りの様子を伺った。
 何人もの気配が表門を中心に屋敷の回りに散らばっていた。
おそらく四方八方から侵入しようとしているのだろう。

 この前紫峰本家に侵入した者たち…同じ気配がする。
再び瀾を殺しに来たか…それとも久遠が目当てか…?
何れにせよ…紫峰への再度の侵入は許さん…。

 広大な紫峰家の敷地のすべてを修はその意識の中に取り込み、あらゆる場所の封鎖を開始した。
 修の身体から次第に紫がかった青の焔が立ち上り始めた。
焔の色に多少なりと赤みが差すのは修の中にまだ怒気がない証拠である。
あくまで侵入者を拒絶するために軽い力を用いているだけだった。



 寝返りを打った手の先に何もないことに気付いた雅人は驚いて目を覚ました。
修が消えた。

しまった…のんびり寝てる場合じゃないぞ。

 雅人は慌てふためきベッドから転げ落ちんばかりの勢いで部屋を飛び出した。
ばたばたと騒がしい音を立てながら洋館のあちこちを捜しまわった。
どこにも見当たらなかった。

 久遠が居間の方へ降りて来た。
雅人は必死の形相で久遠に訊いた。

 「久遠さん! 修さん見なかった? 」

久遠はいいや…と答えながらあたりを探った。

 「でか兄ちゃん…落ち着け…。 よく探ってみな。 修は林の中だ…。 
屋敷の周辺に樋野の気配がするからそれで出て行ったんだ。
 俺も今…やつらの気配で目が覚めたところだ。
多分…何か祠のような物のあるところだ。 行ってみようぜ…。 」

久遠は簡単に修の居所をつき止めた。

 「ソラの祠…だ。 」

 雅人は慌てて取り乱したことを恥ずかしく思った。
落ち着いて探れば大騒ぎする必要もないことだったのだ。

 僕がしっかりしなくてどうするんだ…。
こんなふうにいつまでも僕が役立たずでいるから修さんに全部負担がかかってしまうんだ。
甘えてちゃいけないぞ雅人…。

雅人は自分にそう言い聞かせた。 
雅人と久遠は連れ立って修のいるソラの祠へと向かった。



 母屋の二階子ども部屋が並ぶ廊下を透が足早に隆平の部屋へと向かっていた。
階下では西野がなにやら配下の者に指令を下す声がしていた。
 
 「隆平…起きてる? 」

透は部屋の外から声を掛けた。

 「うん…何か外にいるね…。 」

透や雅人に比べると感度の落ちる隆平だが僅かに何か異種な気配を感じているようだった。

 瀾が一番奥の部屋から顔を覗かせた。
その顔を見ながら透は言った。

 「隆平…そんなに心配な相手ではないけれど結構人数がいるから瀾を連れてお祖父さまの部屋へ行って…。 
 僕は外へ出る…。 
修さんが力を使い始めた気配がしているから特に用はないかも知れないけどね。」

 「修さん元気になったんだね…? 良かった。 」

隆平が嬉しそうに言った。

 「症状が治まってるだけだよ。 
あのプルンプルンのお姉さまに迫られたら、どうなるか分かったもんじゃないよ。
じゃ…頼むよ…。 」

隆平の分かった…という返事を聞いて透は下へ降りていった。

 西野は配下の者を門や塀の内側に向かわせた。
修が既に塀の内と外を遮断しているので外には出られない。
内部に入り込んだ者がないかを調べに行かせたのだ。

 「透さん…多分…母屋の周辺にはやつらはまだ入ってきてません…。
表門の方は完全に閉鎖されています。洋館の方にもその気配はないようですね。」

西野は透にそう報告した。

 「それじゃあ修さんはよほど素早く動いたんだね。 
ひどく体調が悪いのに…大丈夫かなあ…? 」

 修の身体を心配しながら透は屋敷の外に出た。
しっかりしなきゃな…。
これ以上修さんに負担がいかないように僕がちゃんと宗主の役目を果たさなきゃ。
透は修の居場所を探り修のいる方へと向かった。



 表門の前に立つ敏の目に広大な敷地全体を覆っている紫っぽい焔が飛び込んできた。
以前この土地に侵入したときには、そんなものは影も形もなかった。
侵入防止の障壁なのか…?

 敏は一瞬触れるのを躊躇った。
その間に圭介の配下のひとりがこの焔の存在に気付かず、表門の脇の少し低くなっている部分を乗り越えようと柵に手を掛けた。
 その途端電撃を受けたようなショックを受けて大声を上げた。
男の手はまるで火傷を負ったように腫れ上がった。

 ただの障壁じゃない…と敏は思った。
相手を拒絶するだけじゃなく攻撃を仕掛けてくる…。屋敷全体がまるでひとつの生き物のように反応している。

 「どこか障壁の薄いところはないか? 或いは破れそうなところは? 」

 圭介がそう叫んだ。
しかし、問題の紫の障壁が見えるのは敏と圭介だけ…。 
他の者には気配で少しは感ずるもののまったく見えていない。

 圭介の配下の者たちは気配のする方へ闇雲に攻撃を始めた。

 「やめろ! 危険だ! 」

 慌てて敏は叫んだ…が遅かった。
意思を持つ障壁は攻撃したもの目掛けて反撃を開始した。
それも受けた攻撃と同じ程度の力で…。

 「圭介…この障壁は簡単には破れない…。 鏡のようなものだ…。
こちらの攻撃をそのまま跳ね返してくる。 攻撃すればするほど反撃を受ける。」

圭介は驚いたような顔で敏を見た。

 「こちらの自滅を促している…と? なんて奴だ。 紫峰の誰にそんな力が?」

分からん…と敏は首を横に振った。

 「この広い敷地全体を意思を持つ障壁で覆いつくしたうえに思うままに力の調節ができるんだ。
 おそらく…かなり手加減してのことだろう。
俺の知る限りではこんなことができるのは久遠さんくらいなものだが…久遠さんの気配ではない。 」

 この屋敷のどこかに久遠さんはいる。
昭二を殺した俺にどれほど激しい怒りを抱いていることだろう…。
俺を裏切り者と思っているかもしれない。
そう思うと敏の胸は無念さで締め付けられるようだった。

 

 祠近くの木の陰から久遠は修の様子をそっと窺っていた。
青い光を放つ修の姿は今にも月明かりの景色に溶け込んでしまいそうなほど透明な存在と化している。
 大きな力がこの紫峰家全体を覆いつくしているのが分かる。
しかしその力は比較的穏やかで怒気がない。
相手を叩きのめそうなどとは思っていないようだ。
  
 ここへ到着した時、すぐに声をかけようとしたが雅人に止められた。
あれは…樹の御霊…不用意に近づいてはだめだ…と。
樹…?樹は亡くなっているのでは…?と久遠は訊ねた。
千年前にね…でも修さんはその生まれ変わりだから…そう雅人は答えた。 

 修は祠の近くの大きな石に腰を下ろして何やら可笑しげに笑っていた。
塀の外で起きている樋野の者たちの混乱を楽しんででもいるかのようだった。

 青の光に包まれた修は久遠には静かに落ち着いて見えた。
ところが雅人は修を取り巻く焔は赤い方がまだ穏やかだと言う。
 赤には攻撃色のイメージがあるが、修の場合赤以上に青の焔は危険信号で冷酷さと残虐性の表れでもある…と。

 向こうから透が近づいてくるのが見えた。
透は恭しく膝をおり樹に挨拶をして伺いを立てた。

 「樹の御霊…門前に居りますあの者たちをほうっておいても宜しいのですか?」

樹は機嫌よく頷いた。

 「どう足掻いても紫峰家に侵入することはできん…。今回は諦めて帰るだろう。
だが…警戒を怠るな…いつ何時またやって来ようとも限らぬ。 」

 畏まりました…と透は答えた。
樹が久遠の方に目を向けた。

 雅人は久遠にもう近付いても大丈夫だと告げた。
雅人は樹の前に膝を屈し透と同じように挨拶をした。

 「樹の御霊…この男は城崎久遠でございます。 」

 樹が久遠を見た。久遠は不思議な感覚を覚えていた。
目の前にいるのはどう見ても修…樹と修はどう区別したらいいんだろう。
別人格なのか…同じ人物なのか…?

 「あれは…おまえの仲間だ…。 会いたかろうが…今は許すわけにはいかん…。
おまえを再び樋野に連れ戻すつもりのようだ。 
おまえは既に城崎に戻った人間なのだということを決して忘れてはならんぞ。 」

 樹は久遠を諭すように語った。
久遠は勿論忘れるつもりなどなかった。
目の前で家まで焼かれた自分が何で樋野に未練を持とうか…。

 やがて樹の言ったとおり侵入するのを諦めたのか門の外の気配がだんだんと消えていった。久遠はふいにその中に敏の気配を感じ取って唖然とした。
なぜ…なぜ…敏が樋野にいるんだ?

樹は…そらご覧…もう心は樋野に飛んでいる…と笑った。

樹の言う樋野とは…そういう意味だったのか…。

 青の焔が次第に薄れていき、樹はいつもの修の表情に戻った。
久遠はその瞬間を捉えることができたような気がした。
樹と修…彼らは別人格というわけではないように思えた。
 宗主として戦う時の修は同時に樹でもある。
当主として紫峰家に君臨する修は必ずしも樹ではない。
 
 不思議なことだが本人よりも周りが使い分けをしている。
修がそれに付き合っている…そんな感じだ…。

 真相は…それは修に聞くのが一番手っ取り早いだろう。
しかし久遠は今それを聞くのを避けた。
 ひょっとしたらまた修の心と身体を裂いてしまうようなことにならないとも限らないから…。
 



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