レースのカーテン越しに射し込む月明かりのせいで…西沢の横顔がはっきりと見て取れる…。
眠れないのか…ぼんやりと天上を見つめている…。
寝苦しさから時折…身体の位置を変えたり…仰け反ってみたり…。
西沢が動くたびに陰影も変化する…。
ついには…寝ていることすら嫌になったらしく…起き上がってしまった…。
モノクロの世界の中に…俯く西沢の項のラインがくっきりと映し出されて…滝川は思わず息を呑んだ…。
何気なく天を仰ぐ時の陰に縁取られる喉のラインも胸が締め付けられるほどに滝川の感性を刺激する…。
「紫苑…。 」
そっと手を差し伸べる…。
「ごめん…恭介…。 起こしちゃった…? 」
差し伸べられた手には答えない…。
起こされたわけではない…。
西沢の様子が気になって…眠れなかっただけだ…。
滝川もゆっくりと身を起こし…西沢のすぐ脇へと近寄った…。
「いっそ…直接…対決してみたらどうだ…?
おまえの偽りない気持ちを祥さんにぶつけてみたら…? 」
その勧めにも…答えはなかった…。
向こう向きにわざと頤を反らせる…。
喉フェチの滝川を挑発して話をはぐらかすつもりだ…。
内心…溜息ついても…その魅力には抗えない…。
ずるいぞ…。
そう思いながらも…身を寄せ…触れてしまう…。
唇を伝わる体温と曲線の感触…。
滝川だけが知る…この上ない至福と快感…。
「ん~っ! 最高っ! なっ! このまま一枚撮っていいか…? 」
馬鹿言え…と西沢は顔を顰めた…。
寝癖にパジャマで撮られて堪るか…!
「いい画になると思うんだけど…なぁ…。
ちょうどいい感じに…光が…。
パジャマ…嫌なら…脱いじゃえばぁ…。 」
おっと…そんな話をしている場合じゃなかったか…。
ふと我に返る…。
「とにかく…だ…。
祥さんの過ぎたる親切に悩むよりは…ん~っ…要らざる心配をするな…と…だな…。」
ごちゃごちゃ言いながらも…遊べるチャンスは逃さない…。
誘ったの…そっちだからな…。
「吸血鬼か…おまえは…。 幾つになってもホント…変わんねぇな…。
そんなんだから…いつまでも…輝に変態呼ばわりされるんだぜ…。 」
呆れたように西沢は苦笑した…。
だけど…ずっと…恭介に…救われてきたんだ…。
僕…を知っている…無二の存在…。
「あのな…紫苑…。 輝が何と言おうと…僕にはまったく関係ない…。
僕に言わせりゃ…輝の方がずっとおかしいぞ…。
愛情表現に決まった形なんぞ…あるわけないじゃないか…。
おまえの首の造作は…僕にとっちゃ至高の美…。
頭の天辺から爪先まで全部…文句のつけようがない完璧な被写体…。
そんで以って…おまえは食べちゃいたいくらい可愛い恋人なわけよ…。 」
誰が恋人だ…?
西沢が軽く睨んだ…。
ラブレター受け取ったろ…。
澄ました顔で滝川は言った…。
「だから…何があろうと絶対にひとりぼっちにはさせない…。
おまえがこれから何処で生きることになろうと…たとえ…それが新しい鳥籠の中であろうと…。
僕は二度と…同じ過ちを繰り返さない…。
おまえの受けた傷が再び開くことのないように…必ず傍に居る…! 」
そう言い切った滝川に…西沢は驚いたような眼を向けた…。
「気付かない…と思ったか…?
あの坊やのお蔭で疼きだしたおまえの古傷のこと…。
もう…考えるな…!
おまえは要らない子なんかじゃない…。
僕にとっちゃ命かけて愛しい紫苑なんだぜ…。
けど…他人の僕が何度そう言い聞かせたところで…納得しないだろう…。
あれほど口の堅い実父の有さんが、ようよう本音を吐き出してくれても、だめだったんだから…。
だから…祥さんと…ちゃんと話せ…って言ってるんだ…。 」
紫苑…西沢家には十分過ぎるほど恩を返したはずだ…。
これ以上…遠慮する必要が何処にある…?
そう言いたいのを滝川はぐっと堪えた…。
対決を避ける理由が育ててくれた西沢家への遠慮だけじゃないことも…分かり過ぎるほど分かっていたから…。
「そうか…やっぱり…はっきり言っちゃった方がいいのかぁ…。
実際…住むとなったらすげぇ不便だし…どうしようかと…あんなでっけぇ家…。
チビたちが隠れんぼでもやらかした日にゃ…とてもじゃないけど…。 」
そう言って西沢は溜息をついた…。
滝川の顔が引きつった…。
…そういう話じゃねぇよ…。
まったく…人の話を半分も聞きゃしねぇ…。
溜息つきたいのはこっちだぜ…。
けど…。
誤魔化してるだけかも知れんからな…こいつの場合…。
「まぁ…いっか…。
そのうちに…祥さんの方から…何とか言ってくるだろう…。
勝手に人の土地に家だけ建てて黙ってる…なんてこたぁ有り得んからな…。
紫苑…眠れないんだろ…?
いい子にしてな…寝かせてやるからさ…。 」
Kホールの合作展は…滝川の全快を祝う意味で…新しい写真集と同じ『ラビリンス』…を共通のテーマとしていた…。
単に…作品の合同展示の場…というだけでなく…趣向を凝らした遊び心たっぷりの演出がなされていて…訪う人々の心を楽しませた…。
展示場全体が迷路のように作られてあり…迷宮の小部屋を模した幾つもの展示室の至る所に…室内装飾や調度品として仲間たちの作品が展示されてある…。
あらゆるところに多様な姿で飾られてある花々…まるで夢でも見ているような気分にさせられる…。
作品鑑賞だけが目的の人には顰蹙を買う懼れもあったが…この合作展は自分たちが楽しむ目的で開催するのだから大いに遊ぶべし…ということで宣伝・広告にもその旨をはっきりと明記した…。
蓋を開けてみれば何のことはない。
Kホールは連日…大勢の客で賑わっている。
年齢層も様々…なかなかに好評…グッズの売上も好調…。
添田の書いた前評がお堅い層をも懐柔したからだ…と…言えなくはないが…。
「それじゃぁ…紅村先生は…初日からずっとここに詰めていらっしゃるんですか…? 」
半ば呆れながらも…如何にも実直な紅村らしい…と西沢は思った…。
西沢たち中心のスタッフは初日と最終日を除いては交代制になっていて、西沢自身は中日と他二日ほどを担当していたが、紅村は毎日会場に来ているという。
何人もの弟子たちに、ある程度作品の管理を任せてはいても、やはり自分の眼で確認せずには居られないらしい…。
「いえいえ…毎日顔を出してはおりますけれど…ずっと詰めているわけではありません…。
花は生き物なので…放っておけないだけなんですよ…。
ひと通り見て回って異常がなければ帰ります…。
それに…何と言っても今回は僕が言いだしっぺなんですから…。 」
当然のことです…と紅村は穏やかに微笑んだ…。
元が取れれば御の字…というくらいの企画だと…誰もが承知で参加している…。
心楽しければ…遊べれば…それで…いいじゃないか…。
それでも中心になって計画を進めてきた生真面目な紅村としては…参加者にできるだけ損害を与えないように…と気を使っているのだろう…。
花も気になるが…集客状況も気になるのだ…。
紅村とは迷路の途中の展示室で別れて、滝川と西沢自身の作品の間へ向かう…。
途中…何人かのスタッフと挨拶を交わしながら…。
すでに開館時間からは数分過ぎているので、それぞれの展示室には客の姿もちらほら…。
あら…西沢紫苑だわ…。
ほんとだ…西沢紫苑だ…。
行く先々で繰り返される言葉…。
たまたま眼の合った相手には笑顔で軽く会釈をして…先を急ぐ…。
迷宮の最後の部屋…へ辿り着くと…そこにもすで客が居た…。
見慣れた後姿は…西沢の養父…祥…。
「お父さん…。 」
西沢は足早に祥の許に駆け寄った…。
「お忙しいのに…わざわざ…いらしてくださったんですね…。 」
嬉しそうな西沢の笑顔に、祥は満足げに頷いた。
「なぁに…紫苑の仕事を見ておくのも…良かろうと思ってな…。 」
そう…祥はこれまで滅多に西沢の作品展に足を運んだことはなかった…。
西沢の描く絵が国際的権威のある賞を幾つ獲ろうと、メディアで売れっ子のエッセイストであろうと、30越えても仕事の取れる元モデルであろうと、祥にとっては西沢の仕事のすべてが遊びでしかない…。
いい齢をした息子の遊びに親が付き合う必要もあるまい…と考えていた…。
それでいて祥は…怜雄や英武に課したような西沢家の生業への従事…を求めることもしなかった…。
そうやって…ぶらぶらと遊んでいてくれる方が…都合がいい…。
手の中から逃げ出す危険性が薄れる…。
紫苑には何でも好きなことをさせておけばいい…。
「あの海の絵は…よく描けておるようだ…。
恭介の撮った写真も…まあまあだな…。 」
お褒めに与りまして…と西沢は答えた…。
西沢を御供にしばらく、あれやこれやと作品を眺めた後で、祥はふいに、思いついたように口を開いた…。
「近々…遊びに出ようと思っているのだが…おまえ…一緒に来んか…?
なに…そんなに御大層なところじゃない…。
そうそう長くは留守にできんので…どこぞ…近場の湯にでも…な…。 」
瞬時…西沢の顔が強張った…。
が…祥の眼には…いつもの人懐こい笑顔としか映らなかった…。
「喜んで…御供致します…。 お邪魔でなければ…。 」
西沢は冗談っぽく…答えた…。
再び…満足げに…祥は頷いた…。
「ふむ…それなら…また後で…連絡するとしよう…。
紫苑の仕事の都合もあることだからな…。 」
そう告げると…まるで用件は終わった…と言わんばかりに…残りの作品には目もくれず…出口の方へと向かった…。
グッズの置いてある最終コーナーのところでしばし立ち止まり…西沢の画集と滝川の写真集を手に取った…。
「母さんにひとつ…な…。 」
誰にともなく…そう呟くとと…売り場のスタッフに手渡した…。
内ポケットからブライドルレザーの長財布を取り出し、代金を払おうとする祥の手を止めて、如何にも可笑しそうに笑いながら西沢が言った…。
「そのくらい…プレゼントさせて頂きますよ…。
わざわざ買って頂くほど…僕の財布も寂しくはありません…。 」
スタッフから袋詰めにした二冊の本を受け取ると、西沢はそれを恭しく差し出し、誇らしげな笑顔で受け取った祥に対して深々とお辞儀をした…。
次回へ
眠れないのか…ぼんやりと天上を見つめている…。
寝苦しさから時折…身体の位置を変えたり…仰け反ってみたり…。
西沢が動くたびに陰影も変化する…。
ついには…寝ていることすら嫌になったらしく…起き上がってしまった…。
モノクロの世界の中に…俯く西沢の項のラインがくっきりと映し出されて…滝川は思わず息を呑んだ…。
何気なく天を仰ぐ時の陰に縁取られる喉のラインも胸が締め付けられるほどに滝川の感性を刺激する…。
「紫苑…。 」
そっと手を差し伸べる…。
「ごめん…恭介…。 起こしちゃった…? 」
差し伸べられた手には答えない…。
起こされたわけではない…。
西沢の様子が気になって…眠れなかっただけだ…。
滝川もゆっくりと身を起こし…西沢のすぐ脇へと近寄った…。
「いっそ…直接…対決してみたらどうだ…?
おまえの偽りない気持ちを祥さんにぶつけてみたら…? 」
その勧めにも…答えはなかった…。
向こう向きにわざと頤を反らせる…。
喉フェチの滝川を挑発して話をはぐらかすつもりだ…。
内心…溜息ついても…その魅力には抗えない…。
ずるいぞ…。
そう思いながらも…身を寄せ…触れてしまう…。
唇を伝わる体温と曲線の感触…。
滝川だけが知る…この上ない至福と快感…。
「ん~っ! 最高っ! なっ! このまま一枚撮っていいか…? 」
馬鹿言え…と西沢は顔を顰めた…。
寝癖にパジャマで撮られて堪るか…!
「いい画になると思うんだけど…なぁ…。
ちょうどいい感じに…光が…。
パジャマ…嫌なら…脱いじゃえばぁ…。 」
おっと…そんな話をしている場合じゃなかったか…。
ふと我に返る…。
「とにかく…だ…。
祥さんの過ぎたる親切に悩むよりは…ん~っ…要らざる心配をするな…と…だな…。」
ごちゃごちゃ言いながらも…遊べるチャンスは逃さない…。
誘ったの…そっちだからな…。
「吸血鬼か…おまえは…。 幾つになってもホント…変わんねぇな…。
そんなんだから…いつまでも…輝に変態呼ばわりされるんだぜ…。 」
呆れたように西沢は苦笑した…。
だけど…ずっと…恭介に…救われてきたんだ…。
僕…を知っている…無二の存在…。
「あのな…紫苑…。 輝が何と言おうと…僕にはまったく関係ない…。
僕に言わせりゃ…輝の方がずっとおかしいぞ…。
愛情表現に決まった形なんぞ…あるわけないじゃないか…。
おまえの首の造作は…僕にとっちゃ至高の美…。
頭の天辺から爪先まで全部…文句のつけようがない完璧な被写体…。
そんで以って…おまえは食べちゃいたいくらい可愛い恋人なわけよ…。 」
誰が恋人だ…?
西沢が軽く睨んだ…。
ラブレター受け取ったろ…。
澄ました顔で滝川は言った…。
「だから…何があろうと絶対にひとりぼっちにはさせない…。
おまえがこれから何処で生きることになろうと…たとえ…それが新しい鳥籠の中であろうと…。
僕は二度と…同じ過ちを繰り返さない…。
おまえの受けた傷が再び開くことのないように…必ず傍に居る…! 」
そう言い切った滝川に…西沢は驚いたような眼を向けた…。
「気付かない…と思ったか…?
あの坊やのお蔭で疼きだしたおまえの古傷のこと…。
もう…考えるな…!
おまえは要らない子なんかじゃない…。
僕にとっちゃ命かけて愛しい紫苑なんだぜ…。
けど…他人の僕が何度そう言い聞かせたところで…納得しないだろう…。
あれほど口の堅い実父の有さんが、ようよう本音を吐き出してくれても、だめだったんだから…。
だから…祥さんと…ちゃんと話せ…って言ってるんだ…。 」
紫苑…西沢家には十分過ぎるほど恩を返したはずだ…。
これ以上…遠慮する必要が何処にある…?
そう言いたいのを滝川はぐっと堪えた…。
対決を避ける理由が育ててくれた西沢家への遠慮だけじゃないことも…分かり過ぎるほど分かっていたから…。
「そうか…やっぱり…はっきり言っちゃった方がいいのかぁ…。
実際…住むとなったらすげぇ不便だし…どうしようかと…あんなでっけぇ家…。
チビたちが隠れんぼでもやらかした日にゃ…とてもじゃないけど…。 」
そう言って西沢は溜息をついた…。
滝川の顔が引きつった…。
…そういう話じゃねぇよ…。
まったく…人の話を半分も聞きゃしねぇ…。
溜息つきたいのはこっちだぜ…。
けど…。
誤魔化してるだけかも知れんからな…こいつの場合…。
「まぁ…いっか…。
そのうちに…祥さんの方から…何とか言ってくるだろう…。
勝手に人の土地に家だけ建てて黙ってる…なんてこたぁ有り得んからな…。
紫苑…眠れないんだろ…?
いい子にしてな…寝かせてやるからさ…。 」
Kホールの合作展は…滝川の全快を祝う意味で…新しい写真集と同じ『ラビリンス』…を共通のテーマとしていた…。
単に…作品の合同展示の場…というだけでなく…趣向を凝らした遊び心たっぷりの演出がなされていて…訪う人々の心を楽しませた…。
展示場全体が迷路のように作られてあり…迷宮の小部屋を模した幾つもの展示室の至る所に…室内装飾や調度品として仲間たちの作品が展示されてある…。
あらゆるところに多様な姿で飾られてある花々…まるで夢でも見ているような気分にさせられる…。
作品鑑賞だけが目的の人には顰蹙を買う懼れもあったが…この合作展は自分たちが楽しむ目的で開催するのだから大いに遊ぶべし…ということで宣伝・広告にもその旨をはっきりと明記した…。
蓋を開けてみれば何のことはない。
Kホールは連日…大勢の客で賑わっている。
年齢層も様々…なかなかに好評…グッズの売上も好調…。
添田の書いた前評がお堅い層をも懐柔したからだ…と…言えなくはないが…。
「それじゃぁ…紅村先生は…初日からずっとここに詰めていらっしゃるんですか…? 」
半ば呆れながらも…如何にも実直な紅村らしい…と西沢は思った…。
西沢たち中心のスタッフは初日と最終日を除いては交代制になっていて、西沢自身は中日と他二日ほどを担当していたが、紅村は毎日会場に来ているという。
何人もの弟子たちに、ある程度作品の管理を任せてはいても、やはり自分の眼で確認せずには居られないらしい…。
「いえいえ…毎日顔を出してはおりますけれど…ずっと詰めているわけではありません…。
花は生き物なので…放っておけないだけなんですよ…。
ひと通り見て回って異常がなければ帰ります…。
それに…何と言っても今回は僕が言いだしっぺなんですから…。 」
当然のことです…と紅村は穏やかに微笑んだ…。
元が取れれば御の字…というくらいの企画だと…誰もが承知で参加している…。
心楽しければ…遊べれば…それで…いいじゃないか…。
それでも中心になって計画を進めてきた生真面目な紅村としては…参加者にできるだけ損害を与えないように…と気を使っているのだろう…。
花も気になるが…集客状況も気になるのだ…。
紅村とは迷路の途中の展示室で別れて、滝川と西沢自身の作品の間へ向かう…。
途中…何人かのスタッフと挨拶を交わしながら…。
すでに開館時間からは数分過ぎているので、それぞれの展示室には客の姿もちらほら…。
あら…西沢紫苑だわ…。
ほんとだ…西沢紫苑だ…。
行く先々で繰り返される言葉…。
たまたま眼の合った相手には笑顔で軽く会釈をして…先を急ぐ…。
迷宮の最後の部屋…へ辿り着くと…そこにもすで客が居た…。
見慣れた後姿は…西沢の養父…祥…。
「お父さん…。 」
西沢は足早に祥の許に駆け寄った…。
「お忙しいのに…わざわざ…いらしてくださったんですね…。 」
嬉しそうな西沢の笑顔に、祥は満足げに頷いた。
「なぁに…紫苑の仕事を見ておくのも…良かろうと思ってな…。 」
そう…祥はこれまで滅多に西沢の作品展に足を運んだことはなかった…。
西沢の描く絵が国際的権威のある賞を幾つ獲ろうと、メディアで売れっ子のエッセイストであろうと、30越えても仕事の取れる元モデルであろうと、祥にとっては西沢の仕事のすべてが遊びでしかない…。
いい齢をした息子の遊びに親が付き合う必要もあるまい…と考えていた…。
それでいて祥は…怜雄や英武に課したような西沢家の生業への従事…を求めることもしなかった…。
そうやって…ぶらぶらと遊んでいてくれる方が…都合がいい…。
手の中から逃げ出す危険性が薄れる…。
紫苑には何でも好きなことをさせておけばいい…。
「あの海の絵は…よく描けておるようだ…。
恭介の撮った写真も…まあまあだな…。 」
お褒めに与りまして…と西沢は答えた…。
西沢を御供にしばらく、あれやこれやと作品を眺めた後で、祥はふいに、思いついたように口を開いた…。
「近々…遊びに出ようと思っているのだが…おまえ…一緒に来んか…?
なに…そんなに御大層なところじゃない…。
そうそう長くは留守にできんので…どこぞ…近場の湯にでも…な…。 」
瞬時…西沢の顔が強張った…。
が…祥の眼には…いつもの人懐こい笑顔としか映らなかった…。
「喜んで…御供致します…。 お邪魔でなければ…。 」
西沢は冗談っぽく…答えた…。
再び…満足げに…祥は頷いた…。
「ふむ…それなら…また後で…連絡するとしよう…。
紫苑の仕事の都合もあることだからな…。 」
そう告げると…まるで用件は終わった…と言わんばかりに…残りの作品には目もくれず…出口の方へと向かった…。
グッズの置いてある最終コーナーのところでしばし立ち止まり…西沢の画集と滝川の写真集を手に取った…。
「母さんにひとつ…な…。 」
誰にともなく…そう呟くとと…売り場のスタッフに手渡した…。
内ポケットからブライドルレザーの長財布を取り出し、代金を払おうとする祥の手を止めて、如何にも可笑しそうに笑いながら西沢が言った…。
「そのくらい…プレゼントさせて頂きますよ…。
わざわざ買って頂くほど…僕の財布も寂しくはありません…。 」
スタッフから袋詰めにした二冊の本を受け取ると、西沢はそれを恭しく差し出し、誇らしげな笑顔で受け取った祥に対して深々とお辞儀をした…。
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