「対馬夜話」の怪奇な話 その7 忠義の鶏と、悪猫
渡嶋夘介の家に、語り伝えている怪談がある。
ある時、家に飼っていた鶏が、二三夜続けて宵鳴きしたことがあった。
家人は不吉だとして、鶏を夷崎(えびすざき)の海に沈めた。
子供がそれを見て急いで助け上げようとしたが、死んでしまった。
それで、海岸寺の裏門の辺りに捨てた。
その夜、海岸寺の住持の夢に、朱冠黄衣のものが現れ、 「私は、渡嶋氏の家に飼われていたものです。
このごろ、家の飼い猫が、家の人を害しようとする事を知って、宵々に鳴いて、危険を知らせようとしたのです。
しかし、かえって不吉である、と私を海に沈めました。
和尚様は、渡嶋家の旦寺で、明日はその家の忌み日です。
必ず、招かれるでしょう。
お願いです。 猫が害を無そうとしていることを告げて、猫の行動に気をつけて下さい。」 と言った。
果たして、翌朝、和尚は、渡嶋家に招かれた。
和尚は、早速行って、様子を見たが、いつもと変わることはなかった。
読経が終わって、斉(とき)の膳が出され、家の者も、膳に向かってすわった。
すると、その家の女子の膳の上を、赤い猫が走ってきて、飛び越えた。
和尚は、これを見て、「膳部を、調べて下さい。」と言った。
近づいてそれを見ると、汁の中に小さい青蛙が入っていた。
それを、犬に食べさせたところ、犬は死んでしまった。
そこで、和尚は昨日の夢のことを話した。 すぐに、猫を殺した。
鶏が、主人に忠義であったのを讃えて、海岸寺の境内に埋めて塚を築いたが、それは今もある。
渡嶋治平の話である。 弘化三年(1846年)七月一日 記す。