南野島男のGood Times

日常感じたことを面白おかしくエッセイ風に書きつづります。
これぞ笑いと勇気の玉手箱!

『駅』 chiwata station

2016-12-07 00:54:41 | Weblog

長崎県の東彼杵町にある千綿駅。

大村湾沿いにある千綿駅は昭和3年に建てられた木造のレトロな駅舎がとても味わい深い。

一日に何本かの上り列車と下り列車が行き交う静かな無人駅だ。

ホームの向こうは海。夕日が沈む頃には水平線の向こうから夕日が駅舎を照らす。

誰もいない駅舎が紅く染まる。

 

この駅を出て行く人、この駅に帰って来る人。

様々な人たちの人生をこの駅は見続けてきた。

そんな千綿駅のために歌を作った。

タイトルは「駅」

この歌が入ったCDは千綿駅の駅舎に置いてあります。

カップリングには福島を応援するために作った「UROKOGUMO」が入っています。

https://www.youtube.com/edit?o=U&video_id=YLiEmOwr0OU

 


UROKOGUMO~福島の空へ~

2016-11-29 00:50:22 | Weblog

UROKOGUMOという歌が完成した。

https://www.youtube.com/watch?v=D_qrG6RKqjo

東日本大震災の福島原発事故から5年が経つのに未だに故郷へ帰れないでいる人たちが17万人もいることは知られていない。というよりもう福島の原発事故は忘れ去られようとしている。

子供の頃から住み慣れた自分たちの故郷を奪われ二度と帰れないかもしれない悲しみを抱きながら生きてゆく人たちのことを思うと胸が痛む。

UROKOGUMOのCDを作り1枚500円で販売し売り上げの全額を福島支援のために寄付しようと思う。微力かもしれないがこれから始める。

我々同じ日本人は優しさをつないで行かねばならないと思う。一人でも多くの人に賛同いただけばと思います。

 

 


帰れない故郷福島を思う歌『UROKOGUMO』

2016-10-25 15:45:47 | Weblog
UROKOGUMO 
 

見上げた空に続いている

故郷の空を思えば

秋風にたなびく黄金色の大地と川のせせらぎ

 
帰れない日々の悔しさを
 
誰もが忍んで生きている
 
会えない時がこのまま続いても心はいつでも
 
あの頃のまま君を忘れずに
 
離れ離れの距離が遠くても
 
この空の向こう繋がってる僕らはいつでも
 
瞳の奥で涙こぼれても
 
決して気づかれない様に
 
口笛吹きながら見上げた紅いうろこ雲
 
 
失くした時間は戻らない
 
傷ついた心も癒えぬまま
 
忘れ去られる悲しみ抱いて君はつぶやく
 
もう一度だけあの日の笑顔で
 
暮らせる時が来るなら
 
寂しさも悲しみも全てを乗り越える
 
 
風に吹かれて
瞳閉じれば
聞こえてくるのは
昔母の背中で聴いていたあの歌
 
忘れはしない時が流れても
 
固い絆で結ばれた
 
僕らの思いを乗せた紅いうろこ雲
 
同じ空へ続いてる

言論の自由と知る権利を守る長崎市民の会

2016-10-23 18:32:22 | Weblog

 

『言論の自由と知る権利を守ろう』
 
いつの頃かこの国が たまらなく息苦しくなって
当たり前の自由平和 知らぬ内に 変えられてしまう
 
権力にひれ伏して見えない力におびえ
監視する使命さえも忘れてしまえるものか
 
言論の自由と知る権利守ろう
一人一人の  未来のため暗い時代に戻さないために
許されぬ流れを止めるため今 立ち上がる 勇気を
心に刻み込んで
 
 
真実を隠すため偽りの話に変える
物言わせぬ 圧力で世論さえ操られている
 
本当のこと知る権利 本当のこと伝える使命
奪われるその先に 戦いの足音が聞こえる
 
言論の自由と知る権利守ろう
永久に誓った平和のため 過去の時代に戻さないために
許されぬ流れを止めるため今立ち上がる勇気を心に刻み込んで
 
権力の暴走 止めるため今立ち上がる勇気を
心に刻み込んで
 

海辺のカフェテラス

2016-07-11 00:05:22 | Weblog

先月長崎半島の最先端にある野母崎の海辺に佇むリップルというお店にたまたま入り、波の音を聴きながらカフェテラスで過ごした長閑な昼下がりは正にゴールデンスランバーでした。その日に書いた歌です。

 

『海辺のカフェテラス』

6月の潮騒がどことなく懐かしい
波間にきらめく思い出のかけらは
あの日の輝き今も覚えている

岬を渡る風はいつしか
海辺のカフェテラスまで
あの頃と同じ夏の匂いを運んでくる
グラスの隙間から覗いた海に
誰かが残したままの足跡を
波がかき消して行く

貝殻の風鈴が優しく風を集め
木漏れ日浴びながらまどろみの昼下り
聞こえていたのは波音のボサノバ

岬を渡る風はいつしか
海辺のカフェテラスまで
あの頃に置き忘れた手紙を運んでくる
心の隙間からこぼれる様に
君といたあの夏の日の思い出を
波がかき消して行く

潮風微笑み返した6月の
海辺のカフェテラス

https://youtu.be/1jkq8QgPN7o

 


穏やかな夜

2016-07-11 00:00:51 | Weblog

『穏やかな夜』

夜のとばりに眠り誘う様に
甘い夜風が胸をかすめる
膝に開いたダイアリーめくれば
時の 速さに 戸惑いも隠せない

やるせない日々もときめきの日々も
思い出せるならば今では懐かしく
若気の 至りだと 笑い話で
許して しまえる穏やかな夜

君が残した愛の欠片らを
拾い集めて辿る夜には
少しはにかむ笑顔想えば
時のはかなさに侘しさも隠せない

手にした夢もこぼれ落ちた夢も
決して一人ならば何も出来なかった
重ねた手のひらを離さなければ
優しいままの時が過ぎたのに

月灯り蒼く照らす甘い夜風の穏やかな夜

https://youtu.be/MuE_vblwWzo

2016年6月 作詞作曲&歌


頑張れ高校球児

2016-07-09 23:11:40 | Weblog

今年も全国高校野球大会の予選が始まった。

憧れの甲子園を目指して高校球児たちの熱いドラマが繰り広げられる。

3年間夢を追い続けて一途に頑張ってきたが最後の夏となる球児もいる。

そんな高校球児への応援歌として今年作った歌。

 

『最後の夏』

 

真夏のグランドで追いかけた夢

燃え立つ太陽と汗にまみれながら
土の匂いがする夏風の中
駆け抜けた青春の光は眩しくて
このまま果てしない夢を
目指して諦めもせずに
倒れそうな時にもくじけそうな時にも
涙見せずに走った
二度とない日々なら今この時を
心の奥に刻んでいつまでも忘れない
 
 
夏草に寝転び見上げた空に
浮かんだ真っ白な雲の行方を見つめ
最後の夏だねとつぶやきながら
笑顔で交わす約束瞳は輝いて
夕陽に染まるグランドで
流した汗や涙が
憧れ求めた青春の証と
呼べるくらいになるまで
心のフイルムに焼き付けながら
命の限り燃やした最後の夏だから
 
見果てぬ夢になろうとも
信じて諦めもせずに
倒れそうな時にもくじけそうな時にも
笑顔絶やさず走った
二度とない日々なら今この時を
心の奥に刻んでいつまでも忘れない
 
https://youtu.be/bSPVAU8NVmw
 
https://youtu.be/bSPVAU8NVmw
 
 

戦後71年で最も大事な選挙になる

2016-06-29 21:20:28 | Weblog

7月10日は参議院選挙。

今回の選挙ほど重要な選挙はないと思う。

今回の選挙で自民公明に三分の二を取られてしまうとその後には憲法改悪が待っている。いよいよ戦後71年もの長い間守り続けてきた平和憲法が破壊されてしまうのだ。

有権者の半数は自分が投票したからといって何も影響はないし、誰がなっても同じだし、そもそも政治のことなんて興味もないし、なんて考えで投票には行かない。

しかし、今回の選挙結果で憲法が変えられてしまうとなると話は違う。棄権者に影響がないことはないし、誰がなっても同じではないし、興味がないなんて言ってられる世の中ではなくなってしまうのである。

自民党の憲法草案がどのような内容なのか分かっていれば選挙に行ったのになどと後悔してもどうにもならない事態が始まるのだ。

イギリスで行われたEU離脱か残留かの国民投票では離脱派が勝利したが、選挙が終わるや否や何百万人の国民が後悔して国民投票のやり直しを求めている。こんな内容なら離脱に賛成などしなかったのにと多くの声が聞こえる。離脱を先導した党首たちもいきなり違うことを言い出し、そんな事は言った覚えがないなどとまるで安倍晋三のようなことを言い出す始末。

今回の選挙に半数以上の有権者が棄権してくれれば自民公明にとっては思う壺である。投票率が低ければ低いほど自公に有利になる。そのためにマスゴミを使い「自公既に三分の二に迫る勢い」なる新聞報道を使い世論操作を行う。テレビなどの党首討論でも安倍晋三の持つ時間は以上に長く、山本太郎などの発言は短く、途中で話を遮断されてしまうこともよくある。

安倍晋三は今回の選挙での争点をアベノミクスを後戻りさせるのか加速させるのかなどと言うが、この言葉になど騙されてはいけない。そもそもアベノミクスは破綻した経済政策であり今更信を問う問題ではない。しかも消費税増税を延期することにも信を問うとか言ってるが消費税増税延期はアベノミクス失敗のせいでありこれも今回の選挙の争点にするのはおかしい。

世論調査では安倍晋三の消費税増税延期を評価するが多数を占めているとマスゴミは報道するが、これも完全に狂っている。そもそも消費税増税など誰も望んでいないし絶対反対だったのだ、それを権力にもの言わせて強引に実施しようとしたものを中止することを評価するとは言わない。殺人を犯そうとしていた犯罪者が殺人を思いとどまったのを誰が評価するというのだろうか。しかもどんなことがあろうとも断じて実行すると政治生命を賭けたような言いぶりで断言したのだからそれが出来なかったことに対する国民への謝罪と辞任するなどしてケジメを付けるのがまともな神経の持ち主のすることだ。

選挙では本丸の憲法改定のことには全く触れないが、安倍晋三らの腹の中には憲法改正しかない。選挙後に憲法改正に着手しても我々は国民からの信を得たからと声高々に言い張る姿が目に見える。憲法改定が行われれば個人的人権はなくなる、国民主権でもなくなる。平和も維持できず国防軍が創設され戦争の準備が着々と整えられて行く。一番恐ろしいのは緊急事態条項が盛り込んだ憲法になると内閣が法律と同等の決まりを作れてしまい、場合によっては選挙も行われなくなりヒットラーの全権委任と同じくすべての権力を安倍晋三が握ってしまうことになる。まさかそんな恐ろしい憲法が制定されるなんて思ってもいなかったなどと後から分かっても遅過ぎるのである。

衆議院でもそして参議院でも過半数、三分の二を取ればどんなに野党が反対したところで数の原理ではかなわない。戦争法案でも特定秘密保護法でも武器輸出法でも増税でもそして開戦でも全て内閣の閣議だけで決まってしまう。つまり日本の将来、国民の命も安倍晋三閣下様の胸先三寸で決まってしまう世の中になる。

憲法とは権力者が暴走しないようにそれを縛るためのものであるのに、その憲法を無視し憲法違反を堂々と犯し集団的自衛権の行使容認を決めてしまい、力にものを言わせ安保法案を決めてしまう行為を暴走、独裁、悪政と呼ばずになんと呼べばいいのだろうか。そして挙げ句の果てに日本国憲法そのものを変えてしまい世界中のどこまでも軍隊を派遣し、獲られた領土を軍事力で取り返す戦前の日本に戻そうとしているのである。

民主主義、立憲主義、平和主義の日本が根底から崩されようとしているのが今なのである。唯一この動きを止められるのが我々国民が持つ選挙権なのだ。今ならまだ選挙があり不正選挙が行われない限り民主主義が行う事ができる。今ならばまだ止められる、今ならばまだ間に合うかもしれない。だから今回の選挙は日本が終わるのか救えるのかの重大な選挙なのである。我々が本当に望んでいるのは安倍晋三が作ろうとしている日本ではないはず。多くの国民が本当に望んでいるのは戦争のない平和な暮らし、原発のない安全な暮らし、TPPなどない安全で安心で主権をなくさない暮らし、米軍基地のない沖縄の人の幸せな暮らし、そして格差のない社会のはずだ。これら全てのものを真逆に行おうとしているのが今の政権である。

今の憲法なら主権は国民にある。独裁者にこれ以上日本を破壊させないために国民が立ち上がらなければならない時がきたのである。我々ひとりひとりの声は小さいかもしれないが同じ考えの人たちとは深い深い無意識層では繋がっており必ずや大きなうねりを起こして何かを変える事ができると信じている。

今回の選挙から18歳以上の若者も国民最大の武器投票権を行使できる。日本の未来はそんな若者たちのためにある。自分たちの未来が自由も人権も平和もない世界で良いのなら棄権してもいいかもしれないが自分がやったことは全て自らに降りかかってくるということを理解しておかねばならない。

7月10日参議院選挙の日、僕は必ず選挙に行って1票を投じる。主権者として。


桜満開の入社式

2016-04-02 09:46:01 | Weblog

いよいよ4月になり桜の花も満開を迎えた1日恒例の新入社員入社式が各地で行われた。

長崎では必ず十八銀行の入社式が新聞やテレビのニュースでは紹介されるのだが、今年はいつもの晴れ晴れとした入社式とは決して言えないはずではと思ってしまった。

大学を無事卒業して晴れて地元では優良企業である十八銀行に入社できた本人やその家族はこれで自分の将来、息子の将来も安泰だなどと安心していたに違いない。先日のニュースを聞くまでは。

十八銀行は来年福岡ファイナンシャルグループの子会社になってしまい事実上地元長崎の十八銀行としての起業生命は終わってしまうことになった。しかもその後は同じ子会社化されて先に身売りしていた親和銀行と合併させられてしまうのだ。十八銀行に合格して入社が決まった時にはこんな話は知る由もなかったわけで正に青天の霹靂としか言い様がない。

そんな中で行われた入社式で頭取さんは「驚いたと思うが、10年、20年先を見据えた判断。本県を輝く古里にしたい。やりがいのある仕事と思ってもらえると確信している」と挨拶した。

こんな綺麗事言う前に先ずは新入社員に対して謝るのが先だろう。驚いたと思う?!驚いたどころじゃ済まないし、あたかも銀行が正しい判断をした様な言い草にしか聞こえない。頭取が言うのはあくまで企業の論理。個人的な行員にとっては死刑判決を受けたようなもの。

冗談じゃないぜ、企業の論理かざす前に深々と頭下げて俺たちに頭のひとつでも下げて見ろなんて思ってる新入社員の1人くらいいてもおかしくないはずなのに、インタビューに応えた新入社員は「地域のためにという目的は変わらない」などとこれまた心にもないコメントを垂れてしまう始末。

本当に地域のためになれば自分たちの人生は企業の論理でどうされたって構わないとでも言うのだろうか。来年には買収され子会社化され挙げ句の果てに他の子会社と合併させられ、店舗統廃合による人員整理の恐怖を背負うサラリーマン生活も地域のためになるのなら私は構いませんと言い切るこんな若者って、たぶんあの百田直樹が書いて映画にもなった「永遠のゼロ」を観て美化された事実に感動の涙を流すようなタイプなのかもしれない。

もともと銀行というのは「晴れた日に傘を貸し雨の日に傘を取り上げる」と表現されるように自分らの儲けにならないことはやなないのが本質だ。倒産しそうな中小企業に金など貸してくれるはずなどないし、失業して生活に困ってる人にお金を貸してくれることはない。テレビCMなどでも申し込みから最短10分で即決の融資と言ってるが裏を返せば即決でお断りするということだ。「大切にしたい心と心」「ハートの銀行」「地域の皆様の笑顔のために」などと歯の浮くようなキャッチフレーズに騙されて助けを求めて悔しい思いをした人は数多くいる。

先日はSHARPでも入社式が行われたようだがここでも「今年はシャープにとっても新しい門出の年・・・」と社長の挨拶が述べられた。何人の新入社員が心の底から晴れ晴れとした気持ちで入社式に臨んだのか聞いてみたい。

アベノミクスという最悪の経済政策は大企業への減税優遇措置、一般庶民への増税で弱肉強食の世界をさらに拡大させてゆく事になる。企業の論理で偽装された桜満開の入社式で桜ちらした心で入社している新入社員の心の声が聞こえる。

 

 


またひとつ消えゆく風

2016-03-05 17:56:59 | Weblog

大好きなミュージシャンの訃報は胸に迫るものがある。

いつかは誰しも年を取りいつかはそういう日がくるものであるが、まだまだ現役バリバリなのにまだまだこれから素晴らしい歌を世に送り出したであろうにと思える人がいなくなるのは本当に惜しいし寂しくなる。

その人から受けた影響が大きければ大きい程喪失感は強いし、こと青春時代にいろんな場面で聴き続けたミュージシャンであったりすると自分の遠い青春の欠片をどこかに持って行かれたようにも感じる。

忌野清志郎、加藤和彦、松岡直也、大滝詠一、みんな僕の大好きなミュージシャンであり時代時代にこの人たちの音楽が僕の中に存在する。この人たちの音楽を今聴いたり演奏したりするとあの頃の自分が、その時代が一瞬にして蘇る。そしてこの人たちがもう新しい音楽を作り出すことのない現実を受け入れ寂しくなるのである。

そしてまた一人僕の大好きだった村田和人の訃報が入ってきた。

大学卒業して社会人になりたての若造の時、僕は村田和人の音楽に魅了されそれから今日までずっと大ファンを続けて来た。彼の歌は正に夏、青春、恋のドライブには持ってこいの音楽だった。当時買ったばかりの赤い車で海に行く時には欠かせない音楽のひとつであった。

一般的には夏のドライブで聴く音楽と言えば、サザン、TUBE、山下達郎、ユーミンてところがメジャーではある中、僕は村田和人が一押しだった。爽やかな高音の歌声とメロディーラインにサウンド、どれをとっても彼の音楽性は僕の好みにハマった。印象的な夏の歌に「サマーバケーション」という曲があるが、竹内まりあと共演したこの歌は僕の中では永遠の夏曲の定番である。

最近の村田和人も年輪を重ねいいオヤジにはなってはいたが、永遠の夏の匂いは色褪せることなく歌い続けてくれていが、「海辺の街で」の様に遠い夏を振り返る哀愁漂わせる名曲も歌っていた。

62歳という若さでまだまだこれからという時に彼の歌が聴かれなくなると思うと本当に寂しい。しかし彼の作り出した音楽は僕をはじめ多くのファンの人生を豊かにしてくれたことに変わりはないし、これからも心の中で永遠に鳴り続けるだろうと思う。それこそ彼がいつも歌っていた「終わらない夏」だ。

ありがとう村田和人。冥福を祈ります。