南野島男のGood Times

日常感じたことを面白おかしくエッセイ風に書きつづります。
これぞ笑いと勇気の玉手箱!

かもめ食堂

2007-03-30 23:01:29 | Weblog
映画にもいろいろあるけど『かもめ食堂』はいい。 
これといった出来事が起こる訳でもなく、激しい感情が交錯するでもなく、ごく自然な毎日を淡々と繰り返すだけ、それでいて心に残るような言葉をさりげなく使い、観ていてこんなに心地よい映画はない。 
舞台はフィンランドのヘルシンキで景色もよく、この街が持つ独特の雰囲気がまたたまらない。 
出演者は小林聡美、片桐はいり、もたいまさこの3人とあと数人の地元の人が出て来るだけであるが、個性的な3人の会話が気持ちいいくらいに穏やかに続いて行くのである。 
今、「スローフード」とか、「ゆるい」とかが注目されていて、NHKなんかでも『ゆるなび』という番組が結構人気がある。 
『かもめ食堂』ははっきり言ってゆるく、スローで心地良い癒やしの映画で観終わった後はとても気持ちがよくなる。 
そして劇中の言葉は何故か印象に残るのだ。
 
「やりたくないことはやらないだけなんです」
「毎日まじめにやって、それでもダメなら、その時はその時。やめちゃいます。でも大丈夫」
「人に入れてもらったコーヒーはおいしいんだって」
「人はみんな変わっていくものですから」

たいして台詞数が多いわけではないのにひとつひとつの台詞が心に残るのだ。 
退屈しのぎに一人でぼーっと家で映画を観たい方には絶対お勧めの作品だ。 
そして観終わると必ずおにぎり(ソウルフード)が食べたくなるはずである。
僕も今朝は炊き立てのお米でおにぎりを作って食べてしまった。
やっぱり日本人にはおにぎりだよね。


            

はたき込み禁止

2007-03-25 23:18:07 | Weblog
大相撲は白鵬が優勝決定戦で朝青龍を下して優勝した。 
しかし、激しい取り組みを期待していただけに拍子抜けしてしまった。
確かに優勝は欲しいのは分かるが、横綱と大関の、しかも優勝決定戦であれはないだろうというのが正直な感想である。 
優勝決定戦の前には朝青龍が全く同じ「はたき込み」で勝った。 
この時も、横綱がこれはないだろうとため息をもらしたばかりだったのに、その直後には自分が同じことされてしまった。 
テレビを観ていた多くの人も、おそらく僕と同じこと思ったに違いない。 
「自分がやるからだよー」って。 
八百長試合は言語道断であるが、はたき込みを大事な一番でやられるとガッカリする。 
出来ることならば横綱大関戦と優勝決定戦では「はたき込み」は禁止に決めて欲しいものだ。 
相撲史に残る大横綱双葉山は決して立会いで変ることはしなかったそうであるが、横綱というのはそれくらいの偉大な存在であって欲しいと思うし、勝てばいいじゃなくて心の底から満足させてくれる相撲を見せて初めて大相撲だと思う。 

行司の木村庄之助は今日の千秋楽で引退だったらしいが、記念すべき結びの一番と優勝決定戦の最後の仕事が「はたき込み」というため息の出る様な采配だったことはちょっと残念だったに違いない。 
もしかして「はたき込みかよ!」って一番不満をもらしたのは木村庄之助だったかもしれない。

杉山邦博を捜せ!

2007-03-21 21:42:25 | Weblog
最近の大相撲中継はNHKのハイビジョンで見るから観客席の一人一人の表情まで鮮明に見え過ぎる。 
相撲とは関係ないのについついどんな人たちが昼の日中から観に来てるんだとつぶさに見てしまう。 
土俵近くには綺麗な着物を着た芸者っぽいお姉さま方がよくいらっしゃるし、いかにも不動産業で手広く稼いでいて、愛車はベンツですみたいなチョイワル風な男性の胸元に光る金のネックレスまでよく見える。 
枡席の方に目をやると、その唇の動きからは「桝席って思っていたより狭いな」と明らかにぼやいてるお父さんがいる。
たまには芸能人を発見したりもするが、大阪場所に必ず来ているのが大村昆である。
大村昆を発見する度に今やってるのが大阪場所だと知らされる。 
そして何といっても年6場所開催される大相撲に毎場所、しかもほとんど毎日観客席で見ている人がいることを僕は知っている。  
その人は元NHKアナウンサーの杉山邦博氏である。 
この人はNHKの相撲中継を45年に渡り担当してきた名アナウンサーであるが、引退してからもなお、相撲を見守り続ける姿勢には感服させられる。 
いつテレビを観ても必ずと言っていいほどテレビに映っているからたいしたものである。 
特徴はあの薄い眉毛に眼鏡。
毎日座る位置は変わってもあの薄い眉毛ですぐ分かる。 
あそこまで健気に見に来ているんだから、たまには放送席に呼んであげればいいのにとついつい思ってしまう。 
「ウォーリーを捜せ!」じゃないけど、「杉山邦博を捜せ!」なんてコーナーでも作って、発見した視聴者がそれこそデジタルテレビ機能を利用し回答する企画があってもおもしろいかもしれない。 
相撲放送に長年貢献してきた杉山邦博氏に脚光を与える粋なはからいを是非期待したい。



 

子供が乗っています

2007-03-20 20:34:37 | Weblog
車を運転していると、前を走っている車の後部に「子供が乗っています」という文字をよく目にする。  
だいたいあの意味するものは何なのであろうか。 
私の車には大事な子供が乗っているから、後ろを走るあなたたちは慎重に走りなさいよという御警告ではあるんだろうが、アレを見る度にどうしてもタカビーに構えたメッセージに思えてしょうがない。 
子供が乗っているから慎重に運転しなくちゃならないのは自分の問題であって、見ず知らずの他人である僕が何で慎重な運転を指図されないといけないのか。 
しかも「乗っている」という事実のみを公表し、だからどうして欲しいという具体的なお願いごとは何も標さないところがよけい不満が残る。
「私はこれだけのことしか言わない。あとはおまえたちが考え実行するがよい」みたいなことなのかもしれない。 

だったら「うちの婆さんが乗ってます」とか「リストラされて失業中の旦那が乗ってます」とか何でも表示ありかよって気になる。 
運転していて「子供が乗ってます」というプレートを見たら最近は「ヘー、もうそんな季節なんだー」とつぶやくようにしている。 
 

国立新美術館

2007-03-16 00:37:47 | Weblog
東京までお上りに行って来たついでに新しく出来た国立新美術館に足を運んできた。 
六本木ヒルズに登り位置を確認し、歩いて行くことにしたが、結構坂なのである。僕たちみたいな長崎人からすると東京ってのはすべてが平らな感じがするのに、意外と東京は坂の街だったのだ。 
そういうわけでてくてくと歩いていたら、うねる様な曲線のガラス張りの大きな建物が見えてきた。 
これが噂の国立新美術館かとその斬新なスタイルには圧倒されてしまった。 
あの有名なというか今度の都知事選にも立候補する黒川紀章が設計したそうだが、やはりこの人はただ者じゃないと感じた。 
ビルの外壁を波のようにうねらせる発想なんかどこから来るんだろうね。 
この人が都知事にでも当選でもしようものなら現在の都庁舎が黒川流にリフォームされるのではと心配しているが、流石の黒川紀章でも師匠の丹下健三が設計したものは壊せはしないであろう。 
ガラス張りの国立新美術館は周りの緑と心地よく共存しているところは、どことなくニューヨークのセントラルパークが見渡せるメトロポリタン美術館にも似ている。 
我が長崎の美術館も建物としては悪くないんだが、隣りにアリコジャパンの巨大な建物が目に入るからガッチリ、いやガッカリする。
芸術を堪能してから休憩にカフェでお茶でも飲んでいると、デーンと目に飛び込む「AIG」の看板。 
やはり一瞬冷めてしまうのである。
 
黒川紀章の設計は確かに凄い。 
しかし実際の建築現場で黒川紀章が作っているわけじゃないわけで、そういう意味じゃ現場で設計書通りに作ってる人も凄い。 
よく意地悪クイズであるよね。 
「大阪城は誰が作ったでしょうか?」「豊臣秀吉!」「残念、答えは大工さん」
こんな乗りと一緒にするのは悪いけど、黒川紀章の数々の作品も作ってくれる人あってのものなんだよね。
 
 

男の渋さ

2007-03-11 01:11:56 | Weblog
よく男性に対して渋いとかいう表現をする。 
いったい何が渋いのかよくわからないが、一言で言うならあまり軽くないということかな。 
若者の甘いルックスに対して、中年男には渋いというほめ言葉で逃げる。 
しかし、渋い中年男はそろそろ加齢臭の兆候であるいわゆる「オヤジ臭」が臭い始める時期である。 
渋い男は同時にオヤジ臭くもあるってことか。 
そのオヤジ臭をごまかすというか、防ぐために効果的なのがが男性化粧品。 
その男性用香水は日本人の中高年オヤジたちにはあまり馴染みがないようだが、これが外人だったら常識的に付けるわけだ。 
ラスベガスなんかに遊びに来ている外人連中はそれこそ浴るようにつけている。 
以前ラスベガスのホテルでエレベーターに乗りカジノへ向かう時、イタリア系のイケメンオヤジと一緒だったがエレベーター中香水の臭いで息が詰まりそうだった。
しかもその外人、シャツの胸元は異常に開けまくり、袖はまくりーの、胸毛見せびらかしーの状態で、そりゃあ匂うわなって感じだった。 

今から37年前、日本でも一世を風靡した男性用化粧品がある。 
当時中学生だった僕も坊主頭にもかかわらず兄貴の影響でそのヘアートニックやヘヤーリキッドを購入した覚えがある。 
坊主頭のどこに付けようもないのに、CMを真似て「う~ん、マンダム」とあごを触りながらつぶやいたものだ。 
「男の世界」というCMの主題歌も大ヒットし、CMに出演したチャールズ・ブロンソンはたいしていい男でもないのに、もはや時の人となってしまった。 
もちろん兄貴の部屋にもチャールズ・ブロンソンのポスターは貼られており、兄貴も相当ブロンソンかぶれしていた。 
正に渋い男を絵に描いたようなのがチャールズ・ブロンソンではなかっただろうか。
CMのヒットでマンダム化粧品は爆発的に売れ、日本人のほとんどはマンダムを付けてるんじゃないかと思わせる程、誰の匂いもマンダム一色だった。 

一頃、いたずらで「あっ、あごに何か汚れ付いてるよ」って教えてあげると、言われた人は自分のあごを手のひらで触る。 
そしたらすかさず「う~ん、マンダム」と声をかけるという他愛もないいたずらが流行ったことがあるが、今ならもうひとつ突っ込んで「欧米か!」で締めてもいいかもしれない。  
しかし、ブロンソンが生きていたとしても「オウベイカ!」などというギャグだけは彼の口からは聞きたくない気持ちである。 
外人が、特にハリウッドスターが日本語を使ったりすると、その瞬間に渋さがなくなってしまう気がする。 
ステーブン・セガールの関西弁だけははっきり言って勘弁して欲しい。 
 



大統領がやって来た

2007-03-05 18:13:59 | Weblog
先日、ロナルド・レーガンが佐世保にやって来た。 
と、言っても空母のことであるが、お陰で長崎のいろんな観光地もレーガンの乗組員で溢れ返っていた。 
アメリカ合衆国は空母にロナルド・レーガンだのエブラハム・リンカーンだのと大統領の名前を付けるのが慣わしになっているらしい。 
現在建造中の空母にはパパブッシュの名前が命名されるらしい。
合衆国大統領という横文字の名前だから様になるのかもしれないが、これが日本だったら駆逐艦を「小泉純一郎」とか「アベシンゾー」と呼ぶことになるのだろうか。 
空母だけでなくアメリカではジョン・F・ケネディ空港もあるし、ワシントン州という大統領の名前から取った州まである。 
日本ではまだまだ人の名前を公共の施設にそのまんま付けるということはきかないが、最近はコンサートホールや野球場も企業名を使う所がでてきた。 
福岡ドームもヤフージャパンドームになったし、渋谷公会堂などはCCレモンホールになってしまった。 
そうなると将来は「マツモトキヨシドーム」や「おーいお茶ホール」みたいなネーミングの施設が出てきてもおかしくない。 
しかし日本武道館みたいな所が「のほほん館」みたいな軟弱な名前になったりすると柔道や剣道の試合も力が入らないかもしれないな。 
名前をそのまんま使うなら是非改名して欲しいのが宮崎県の「シーガイヤ」であるが、この場所こそ東国原知事にあやかって「そのまんまガイヤ」で決まりだろう。

卒業そして旅立ち

2007-03-01 01:50:51 | Weblog
今日は県立高校の卒業式。 
僕が高校の卒業式に出席したのも遥か昔のことになってしまったけど、今でも鮮明に覚えている。 
時代的にもリアルタイムに流れていた、荒井由実の「卒業写真」を聞けばあの頃にすぐ戻れる。 
卒業式前に多くの生徒の前で「いちご白書をもう一度」をピアノの弾き語りで歌った時、チューリップの「青春の影」とどちらにしようか相当迷ったけど、結果的には「いちご」で良かった。

卒業式の日に卒業生たちが学帽の白線とセーラー服のスカーフを一本に結びつけ川に流す「白線流し」は卒業式のドラマチックな光景である。
岐阜県高山市にある岐阜県立斐太高等学校で、学校前を流れる大八賀川で行われるこの白線流しは今やこの時期には卒業ニュースの定番になった。
今日も必ずスピッツの「空も飛べるはず」のBGMと供にフジ系のテレビでやってくれると思う。

高校の卒業式を迎えた頃の自分を思い出す時、ある意味子供時代への決別みたいなものを感じていた自分がいる。 
縛られていた何かから開放される気もしたし、新しい世界へ飛び出す前の期待感も多いにあったように覚えている。
 
卒業式の歌にある学校の校長先生が作った「旅立ちの日に」という歌がある。
今日の行われる全国の卒業式ではさまざまな歌が歌われることだろうが、今や「旅立ちの日に」を歌わなくして卒業式は出来ないというほどになってしまったこの歌を多くの卒業生が歌いながら旅立って行くのであろう。