裁判官宮川光治の反対意見は,次のとおりである。
私は,衆議院及び参議院の各議員を選挙する権利は,国民主権を実現するための,国民の最も重要な基本的な権利であり,人口は国民代表の唯一の基礎であり,投票価値の平等は憲法原則であると考える。人口こそが,議席配分の出発点であり,かつ決定的基準である。国会は,衆議院及び参議院について,国民の代表という目標を実現するために適切な選挙制度を決定することに関し広範な裁量権を有するが,選挙区や定数配分を定めるには,人口に比例して選挙区間の投票価値の比率を可能な限り1対1に近づける努力をしなければならない。
平成3年6月に至り,政府は1人別枠方式を改革の方針として同審議会に示し,この方針に基づく選挙区の区割り案の作成を諮問した。同月,同審議会は1人別枠方式を採用した区割り案を答申し,平成6年の公職選挙法の一部を改正する法律及び同時に成立した区画審設置法(1人別枠方式は同法3条2項)はこれに基づいている。そして,1人別枠方式の立法理由については,過疎地域に対する配慮,具体的には人口の少ない県における定数の急激な減少への配慮等と説明されており,後者はいわば激変緩和の趣旨と解することができる。
この結果,平成2年10月実施の国勢調査を前提とすると,1人別枠方式の下でされた都道府県への定数配分の段階で最大較差は1対1.822となり,選挙区間の最大較差は2.137であり,較差が2倍を超える選挙区は28存在した。本件選挙当日においては,各都道府県への定数配分の段階で1対1.978という最大較差が生じており,選挙区間の最大較差は1対2.304であり,較差が2倍を超える選挙区は45に達している。多数意見も指摘しているとおり,1人別枠方式が選挙区間の投票価値の較差を生じさせる主要な原因であることは明らかである。
多数意見は,相対的に人口が少ない地域に対する配慮は,全国民を代表して国政に関与することが要請されている議員が,そのような活動の中で全国的な視野から考慮すべき事柄であり,殊更にある地域(都道府県)の選挙人と他の地域(都道府県)の選挙人との間に投票価値の不平等を生じさせるだけの合理性があるとはいい難いとしている。この見解は相当ではあるが,およそ,過疎地域に対する配慮という口的要素,それも行政区画や地理的状況等の口的・技術的要素とは異質の,いわば恣意的ともいえる要素を優先させることは,国会の裁量権の行使として合理性を有しないことは明白であると思われる。
また,多数意見は,1人別枠方式の意義については,直ちに人口比例のみに基づいて各都道府県への定数の配分を行った場合には,人口の少ない県における定数が急激かつ大幅に削減されることになるため,国政における安定性,連続性の確保を図る必要があると考えられたこと,何よりもこの点の配慮なくしては選挙制度の改革の実現自体が困難であったと認められる状況の下で採られた方策であるということにあるとし,そうであるとすれば,その合理性には時間的な限界があるものというべきであるとしている。改革を実現するための現実政治において,譲歩と妥協は付きものであるが,私は,憲法適合性の審査における判断をそうした現実への配慮により後退させるということには,賛成できない。国政における安定性,連続性の確保を図る必要とは,見方を変えれば,人口比例に基づいて各都道府県に定数の配分を行った場合に議員資格を取得できなくなる層の救済を図るということにほかならない。こうした民主的正統性の観念に背馳する政策に,合理性を見いだすことはできない。仮に辛うじて合理性を認めるとしても,飽くまでそれは暫時のものであり,平成8年と平成12年の2度にわたる総選挙を経て,平成14年7月,前年の区画審の勧告を踏まえて区割規定が本件区割規定に改定された頃までには,その合理性は既に失われていたというべきである。立法府としては,遅くともこの時点において,1人別枠方式(区画審設置法3条2項)を廃止すべきであったといわなければならない。
以上,1人別枠方式を採用して定められた本件区割規定は憲法に違反し,本件選挙(小選挙区選挙)は違法である。したがって,事情判決の法理により請求を棄却するとともに,主文において本件選挙の当該選挙区における選挙が違法である旨を宣言すべきである。そして,さらに,今後,国会が速やかに1人別枠方式を廃止し,選挙権の平等にかなう立法的措置を講じない場合には,将来提起された選挙無効請求事件において,当該選挙区の結果について無効とすることがあり得ることを付言すべきである。