介護はイヤだ

両親への積極的な介護をしていなかった(両親は平成24年度に相次いで死亡)、ダメな子供の戯言を書いています。

母が色々と

2012-03-21 18:37:31 | 日記
この間の救急車コール以降、母の調子が悪く、先週および昨日は父のところへは行きませんでした。

まず母の調子ですが、次のような状態です。
 ・顔のむくみ
 ・水分の補給を体が受け付けない
 ・空腹は感じているが食欲がない
 ・低体温症?
 ・自力で体を支えられないことが多い

それぞれを状況説明すると
「顔のむくみ」
 ホホ及び目蓋(上下・左右)にむくみが認められ、以前と同じく視野を狭めている。時として右目は目蓋のむくみで塞がる。
 その結果、列記した他の状態が多少好くなったり必要に駆られて料理等を行っても、まともに出来ない。
「水分補給の拒絶」
 これまでも書きましたが、就寝中に喉の渇きを抑えるために、枕元にペットボトル(500ml)を置いており、これまでは1晩で1本飲みきっておりました。
 しかし、現在はどのような体制で飲もうと、胃が受け付けないのか直ぐに戻してしまい、トイレへ直行。色々と心配なので16日(金)~18日(日)の3日間は布団を並べて寝ていましたが、大凡30分毎に水分摂取してはトイレに行っておりました。
 また、最近は自家製の紅茶をやめて三ツ矢サイダーを飲むようになったことをこれまでに書きましたが、多少の効果はありますが、大きな違いはありません。母も違うものであればどうにか飲めるのでは無いかと思ったようで、『別の飲み物を買ってきて』というので、2週間前からスーパーやコンビニをいくつも回って「三ツ矢サイダー まる搾りオレンヂ」「白い三ツ矢サイダー」「三ツ矢サイダー オールゼロ」「ファンタ グレープ」「ジンジャーエール」「カルピスウォーター」等々を買ってきたのですが・・・50歩100歩。他にもパック入りのジュース(200ml)が安売りしていたので5種類購入したのですが、2口3口飲んだら『もう飲めない』と言って、私が後片付け。食欲やむくみのことを私なりに考えて、点滴と同じような成分であれば胃での吸収がよくなったり、利尿効果が増すのではないかと思いで「ポカリスエット」と「DAKARA」を18日と19日に枕元に置いといたのですが、一番効果が無かったです。
 結局、「三ツ矢サイダー」と「三ツ矢サイダー まる搾りオレンヂ」が僅かですが他の飲み物よりも多く飲めるので、今日はその2種類を買ってくるように言われております。

※ちょっと私が気分悪くなってきたので、一旦ここで終わらせて、続きは後日※

当たるも八卦ですね。

2012-03-13 17:37:29 | 日記
チョトとした気の迷いで、『占いサイト』の無料占いをやってしまいました。

表示された結果(一部)をコピペすると

※飾り気のない、率直な人柄だが、いつも緊張しているように見える。
※強気な態度で、自己過信におちいることも多い。
※周りの人に従うことが嫌いで、何ごとにも自説を貫いて妥協せず真っ直ぐに突き進むため、他人と衝突することも多い。
※また、周りから憐れみや同情を受けることを一切期待しない、意地の持ち主でもある。
※豊かな才能で仕事一途に励む、一匹狼的な人である。
※努力家で、仕事には抜群の能率を上げるが、周囲と協調していこうということに無関心なため、チームワークの面では難点がある。
※独立的な職種が望ましいが、組織の中でも、強い統率力を発揮できる。
※芸術的な感性にはやや弱く、官僚型の組織に向いている。

社会に出て多少揉みくちゃにされるまでは我が強く、他人に頼るよりも自分で解決しようとして状況を更に悪くする事が多かったので、当たっているのかな~と思ってしまう部分もありますが・・・チョット違うような気もします。

所詮は無料サービス。
入力した個人データは生年月日だけですから、それ程核心を突けるものではないというのは、分かってはいたけれど【注】、つい、遊んでしまいました。

【注】
20代前半までは占い関係の本を読むのが好きで、「四柱推命」や「気学推命」のそれなりに厚い本を買っておりました。
しかし、私には向いていなかったようで、同じ生年月日の人間に対して個々に異なる占い結果を出す事ができず、いつのまにか止めてしまいました。
因みに最後に本で勉強した占いは『宿曜占星術』で、私は「斗宿」

母 チョット寝込む

2012-03-12 13:11:53 | 日記
先週の土・日は、母の調子が良くないので父の所へは行きませんでした。

3/10(土)
 終日、雨だったせいもありますが、母がまともに食事を取らないので、父の所へは行きませんでした。
 朝6:30頃に母屋へ入ると、母が何かボソボソ呟いている。近付いて話を聞くと「頭の芯が痛くって、気持ちが悪い。ご飯は要らないから一人でたべろ」と言う事でした。 無理に食べさせる手立て知らないので、いつもの様に洗濯機を回した後、一人で朝食を済ませる。
 洗濯物を部屋の中に干したり、色々としているうちに10時になってしまった。チョット一息と思って居間に敷いてある昼寝布団に横になると、再びボソボソが聞こえてくる。再度、母の枕元に行くと、今度は「オカユを作れば食べてあげる」と上から目線の指示。それではと言う事で、ワザと(意地悪ではなく気を使って)味の付いていないオカユを茶碗1杯分程度作る。
 念のために『オカユは何処で食べるの?枕元に持って来ようか?』と尋ねると、起きてテーブルで食べるとの返事なので、テーブルにオカユを入れた茶碗と置き、味調整用も兼ねて「漬物」「シラス干し」「のりの佃煮」を用意。用意が出来たと声を掛けると、母はヨタヨタしながらもテーブルに着き、「オカズは要らないのに」といいながら目の前に置かれたオカユを一口食べて「味が無い」とのクレーム。『塩気をつけてしまうとダメだから、そのために用意したオカズだよ。薄く伸ばしたコンソメスープで味付けした方が良かった?』と問うと、食塩をホンの一掴み振って欲しいというので、台所から食塩を持ってきて、目の前で量を確認させてからオカユに振り掛けると、気持ちが悪いといっていた病人にしては割と早めに食べ終わる。未だ鍋にはオカユが少し残っているので、お代わりを勧めたが「要らない」といわれたので、ネコの餌に(お米を粗末にしている訳ではないから神様の罰は当たらないと思うけれど・・・)。先ずは、数メートル歩けく程度には体力は残っているようなので一安心。
 昼食は、私がうたた寝していたせいで13:30頃。切り餅を焼くから道具を持ってきてと言うので、食欲が出てきたのかと期待したら、私に食べさせる為だけに餅を焼き始めました。10時にオカユを食べたのでお腹が空いていないとのこと。
 15時頃になると3度目のボソボソが始まったので耳を近づけると、「ホットケーキを焼いてあげる。1袋でも2袋でも良いから、粉を溶いて。粉はコンロ台の下に入れてある。」と、またもや上から目線の指示。とりあえず1袋だけ溶いて母に声を掛けると、起き上がり、台所でホットケーキを焼き始める。要は、これが母の昼飯代わり。
 夕方になると、多少は具合が良くなったのか、夕食の準備をするという。待っていたら、鍋一杯の熱々のオカユ(お茶漬けで味付け)。私、猫舌なもので『子供の頃から熱いオカユは食べずに、あったかいご飯に水を掛けて食べてるでしょう』と文句を言って、盛られたオカユを約30分放置した後に一口食べたら、食道と胃が焼ける様に熱かったので、更に20分放置して茶碗1杯のオカユを片付ける。鍋にはどう見ても茶碗3杯分が残っているので、『何でこんなにいっぱい作ったの?』と問うと、「(私が)おかわりするとおもったから」との返事。私は余程の事が無い限り、どんな器(カレー皿、ドンブリ、茶碗)であろうとも盛られたご飯は1膳しか食べないので、またもやネコの餌。

3/11(日)
 昨日とは打って変わって晴天でしたが、未だ母の調子が良くないので、父の所へは行きませんでした。
 目覚しをかけていないのに、昨日と同じ6:30頃に母屋へ。
 最近の朝の定例作業[仏壇の水を取り替える。洗濯機を回す。居候猫達にエサを与える。居間に昼寝用布団を敷く。居間のストーブに火をつける]を終えるとまたもやボソボソ言っているので、枕元に近付くと「味噌汁に卵を落として暖めておけ」と、今日は命令口調。言われたとおりにして、ご飯の用意が出来た事を言ったら「食べない」の一言。じゃ~味噌汁に落とした卵は何なのと聞くと、私が食べる分だとの返事。自分で食べるオカズは自分で作るから心配しなくても良いと言って、一緒に朝食を食べようと催促すると、渋々起き上がって、「お椀にご飯を少し盛って、みそ汁の汁だけ掛けたもの」を要求。
 10時頃、「懐中電灯の豆電球がおかしいから、電器屋に連れて行って欲しい。お父さんの所には寄らない」というので、いつものスーパーから200m程度先にある電器屋へ。懐中電灯はスイッチの接触が悪い為ではないかと言う事で、新しいのをそこで購入。購入後、何の気なしにそこの奥さんと色々と世間話が始まり、「具合が悪いのだったら、子供の心配するよりも、自分の体を治さないと」と、母は諭されてしまいました。
 その後、いつものスーパーに寄ってというので、スーパーでソコソコ買い物をして家に戻ると12:30。
 16:00頃になって私が番組表を確認した所、17:00からの再放送は放映されるが、19:00からの放送は東日本大震災1周年の特番で潰れている事が判明。母にそのことを伝えたら途端に不機嫌に。体調が悪い時だから、余計に見たかったのだと思うと、不謹慎ながら震災特番なんか不要と思えてしまいました。
 夕食は昨日と同じでオカユ。今度はよく冷ましたからと言うので一口食べたら、作った本人も認めるほどにメチャクチャ味が濃い。またもや変な料理シリーズが始まるのか!始まればブログに書く話題が増えはするけれど、身の危険がある。

母 パニック?

2012-03-08 12:25:19 | 日記
今日の4時チョット前に、茨城県を震源とする地震があったようですね。
丁度そのとき、私は母屋へ向かって歩いている途中でしたので、そのせいで気づかなかったのかもしれませが、母屋に入ると、母が荒い呼吸をしながら何か呟いております。
ビックリして枕元に駆け寄ると「さっきの大きな地震で、心臓がバクバクし始めた。苦しくって起き上がれない。」との事。
私は地震に気付かなかったので、それ程揺れてはいないだろうと思いながらテレビをつけてみると、震度1を記録した場所にも載っていない。
そこで、『茨城県で地震だって。ここは載っていないけれど、隣の○○市は震度1だよ。震度1は静かに寝ている人が気付く程度だから、実際にはそれ程揺れていないよ』と情報を伝えたら、頭では納得したようです。しかし、心臓の鼓動が元に戻ったといって起き上がってトイレに行ったのは5時30分ごろでしたので、パニックは早々には治まらなかったようです。

今回の地震に限らず、どうも次のようなときにパニック状態になって脈拍が上昇するようです。
 ・当人が起き上がろうと頭で考え、想定した程度の遅延の範囲内で体の方がそれに従って動かない。
 ・傍から見て危ないからと言って体を抱えられる
 ・急に体を引き寄せられる。若しくは、急に体を動かされる。

脈拍が上昇して苦しいと言っている時にどうすれば良いのかが判らず、困って居ります。
やはり「見守り」しかないのでしょうか?

相変らず 介護していません

2012-03-05 12:49:34 | 日記
土曜日に、久しぶりに父の所へ行きました。

10時チョット前に地区の回覧板が廻ってきたのを切っ掛けにして、昼寝布団で横になっている母に出かけようと声を掛けると、しんどそうに体を起こしながらも着替えを開始。
施設に着いたのが10:23
手を消毒して、使い捨てマスクを着用し、2階へ上がる為にエレベーターのボタンを押したけれど、反応ナシ。
1ヶ月ぶりなので忘れておりました。エレベーターは暗証番号が必要です。
暗証番号は誰でも思い出せる九九の一つになって居ります(例えば2918[ニ・ク・ジュウハチ])ので、入力用ボックスのフタを開けて暗証番号を入力。
2階に上がると、母がボソボソ言っているので『何?』と問いかけると、父が何処にいるのか見て来いとの事。
エントランスを過ぎて、部屋へ続く廊下の方を見ると父が日向ぼっこして居ります。
手招きで母を呼び寄せ、二人で父のところへ行くと、父は「今日は遅かったな」と言うだけで、暫く来なかった事は何も言いませんでした。
今回は余り会話が成立しなかったのですが、父の隣で日向ぼっこをしていた方が、すぐ脇にある自室入り口に向かって「あんたいつの間にいたの」と自室内に居る人に方に声を掛けているのに対して、父が「さっきからだよ」「あったけぇ~から、日向ぼっこしているんだ」と返事をしてしまいました。しかし、その方達は父の返事を無視して話が進んでいるので、父はかみ合わない返事を何度も返して居ります。
周りの迷惑にもなるので、父の膝の上に載っているカップについて話を振ると、「お茶(中身はコーヒーです)を返してくる。直ぐそこだから一緒に来い」との事。
食堂に行くのかと思ったら部屋を勘違いしており、職員詰め所の真向かいにあるリハビリ室に入ろうとして居ります。
直前に本人が間違いに気づき、照れ笑い(?)
体調が優れない母を余り歩かせる訳にもいかないし、支えも無しに立っているのも気になるから、いつもの様に「用がなければ帰るよ」と言うと、多少不服そうでしたが「帰れ」と言ってくれたので、10:40頃に施設を後にしました。

その後、いつものスーパーで買い物をしたのですが、持参した袋のキャパを超えた量をカートに入れながら「自転車に載るかしら」と言う物だから、『スーパーの前で待っていてくれるならば、2回でも3回でも分けて運ぶよ』と返事したのですが、どうしても1回で運んで欲しいようで、ワザワザ、レジで買い物袋を購入[最近増えてきた、『袋は有料です』と言う制度]。
自宅に戻ったのが11:30頃でした。

何故か、ある事件の影響が

2012-03-02 12:11:24 | 日記
今回は介護とは無関係です。

先程、私の勤める会社の顧問税理士事務所のHPを見たら、当社の担当税理士の名前は載っているが、共同代表社員であった大先生の名前が消えています。
『あれっ?何があったの!』と思い、大先生のフルネームでネット検索すると、同姓同名の方の紹介等に混じって多少攻撃的[注]なブログを発見。それを信じれば、最近発生した某事件に絡んで代表社員から降りて居りたとの事。
早速、経営陣に話しましたが『特段の問題なし』と言う事で、顧問税理士契約は継続いたします。
[注]それが信条だとHPで宣言しています。


大先生へ。
 私がこれまでに出会った公認会計士は両手に満たないのですが、大先生は信用できると私が心許せた唯一の方です。先生がこれまでに私に行ってくれた指導やアドバイスに感謝して居ります。
 この文章が大先生の目に留まるとは思いませんが・・・・気の利かない私のことだから、いつもの様にお茶の一杯しか出さないと思いますが、もしも疲れたときには当社に遊びに来て下さい。


介護しませんでした

2012-03-01 15:26:23 | 日記
先週も父の所へ行きませんでした。

2/25(土)
 午前中は・・・6ヶ月前にも同様の事を書きましたが、年2回の実地棚卸日。朝からの雨で倉庫内は凄く寒かったです。
 当日、私と組んだ後輩達[2名]が『あなたが出てくるなんて珍しいですね』と言うので、別のグループの有る人達が実行担当者になるまでは、私と当時の物流部門担当部長の2名で1ヶ月間に亙って、日本全国の倉庫を巡回棚卸をしていたが、現在の責任者[役員]になったら物流と営業の両部門における平社員だけで棚卸をするように変更なった事を語ってあげたらビックリしていましたし、私が参加する前々回(平成23年2月棚卸し)までは相性が悪いのか6時間弱は要していたグループが、前回も今回も実質3時間弱(9時集合、12時チョイ過ぎに終了。途中で小休憩あり)で終了したから、二度ビックリしていました。
 別に大した事はしていませんよ。聞く所によると「数え間違いが無いように3名で現物の数量確認を行い、大凡同じ枚数に3等分された棚卸原票を一斉にめくって、自分の所持する棚卸原票に確認した物と同じ品名(容量とロット番号も確認)の記載があったら記入」という方法だと言うから、私が現物の数量確認を担当し、後輩Aは商品管理コード・容量・ロットの順で印字されている棚卸原票(昔は記入欄が印字されたいるだけの用紙)が記入、後輩Bはチェック済みの棚を記録するという、むかし私が2名で行っていた時の分担に変えただけ。あと挙げれば、コンピューターから出力された棚卸原票は「商品管理コード・容量・ロット」の順であるのに対して、現物は異なるルールで並んでいるから、品名と容量を読み上げた後に、7桁または9桁ある商品管理コードに含まれている分類番号[同コードの上の5桁又は7桁]をソラで言う事【注】で、後輩Aが記入ページを見つけ易くなるようにしてあげた程度の事です。
 今回も早く終ったと言う事で、後輩Aがワザワザ遠まわりして私を自宅近くまで送ってくたお陰で、12:30には家に戻れました。
 母と二人での昼食を済ませた後、雨が上がっているので父のところへ行こうと思いましたが、再び雨が降ると大変だと言って母が動かないので、行かず仕舞い。多分「雨が」は口実で、母は体調が優れなかったのだと思います。
 【注】
 商品管理コードを有る程度ソラで言うという芸当は、私が物流部門に居た時には遅くても3ヶ月程度で習得できるスキルだし、社内のデータ検索はこのコードを知らないと時間が掛かるから他部門でも1年いればイヤでも覚えるので、別に個人的能力ではないのだけどね。
 尤も、20年、30年前のソフトは任意の項目でソートや検索が出来なかったのに比べて、今は自由度が高いから、コード番号なんて番号付与の時にしか気にしていないのかもしれません。

2/26(日)
 10時過ぎに母が「買い物に出かけよう」と言うので自転車の準備をしていると、直ぐ近所に住む従兄(2/16のプログに登場)が来て「選定した枝を捨てる為のトラックを呼んだから、捨てる枝とか木材があったら一緒に積んでもいいよ」と言ってたので、庭先に積んで枯らしている枝を運ぶ事5~6回。その間、母は玄関前に停めた自転車に寄りかかっていた為か「体調が悪くなった」と言い始め、結局、父のところへは寄らずに近所のスーパーへ直行。私一人で出かければ父のところへ寄れたのですが、母は自分で品物を見て色々と買いたかった様で、どうしてもスーパーへ行くと言って、自転車から離れないのだから仕方ないですよね。