ふんばろう宮城プロジェクト

東日本大震災から発足した「ふんばろう東日本支援プロジェクト」公認団体として2013年4月から活動する復興支援プロジェクト

おのくん誕生2周年・めんどくしぇ祭りに参加して感じたこと

2014-05-15 22:58:35 | 活動報告
 この数ヵ月、被災地の復興ボランティアについていろいろと考えています。

 ふんばろう宮城プロジェクトの前身、ふんばろう東日本支援プロジェクトは当初から「必要とされる支援活動がなくなれば組織は解消。早く解消することも目的のひとつ」というスタンスで活動を続けてきました。なまじ組織が大きくなると、本来の目的(支援活動)を見失ってしまい、寄付金などが事務所の維持費用や組織に携わる方々(専従者など)の人件費の比重が大半を占める―などといった方向に使われてしまう“間違った”ケース(NPOなどの形態とは異なる団体として)をこれまでも見てきました。ふんばろう宮城プロジェクトは事務所も持たず、もちろん参加するメンバー全員がボランティア(有償ボランティアとは私の中にはありません)として、無理せず時間に余裕があるときにできることを続けていますが、「人手が足りない」とか「何か必要とされていることはないですか?」という相談を受ける度に、誰のために(特に被災地支援のための)ボランティア活動というものがあるのか―と思うのです。
 
 震災から3年。まだまだ復興への道のりは長い―と感じつつ、被災者支援のあり方も専門性を帯びてきています。ひきこもりがちな独居老人とのコミュニケーションをとるためにイベントを催すことはもちろん大切ですが、気がつけばお会いするのはいつもの方々。本当はそのような場に参加できず気持ちがまだ立ち直っていない方への支援に力を注ぐべきなのかもしれない。でも、そう思ったところでカウンセリングの資格もない熱血漢の対応によっては余計に悪化することもある。「黙って話を聞いてればいいから」という無責任なことはできないわけで、この分野はやはり専門家にお任せするしかないと思っています。他方、震災によって失業され無収入となっている方をサポートする問題もあります。「かわいそうだから」といって金銭的な支援を行ったとしても果たして、その方が自立していく上で(震災直後ならまだしも)どう作用するのか。生活保護の申請を手助けすることのほうがベターな時もあるわけです。
 復興庁や各地域の行政機関でも被災地復興の業務に従事する臨時職員を募っています。その多くが建設、土木関係となっています。被災した地域の集団移転や嵩上げに伴う用地取得などの作業が追いつかないのでしょう。また、産業面のサポートにおいても経験豊富な人材が名だたる企業から派遣され、さまざまな販路を得て震災前より業績があがっているところも少なくありません。
 
 ちょっと横道にそれてしまいましたが、それぞれ役割分担があると思うのです。震災直後は多くのボランティアがアクセル全開で、「平等」が壁になって動けなかった行政側を尻目にスピード感あふれる物資支援などに取り組んできました。でも、3年経って感じることは行政の役割(生活困窮者のセーフティーネット)、企業の役割(営利およびCSRの追求)、そして行政や企業がやらない、できないことをボランティアが担うということじゃないかなと。
 そして、自分(ボランティア団体)の役割は終えたなぁと感じれば、当初の目的がブレないうちに組織を解消して、これまでの人とのつながりを個人レベルで続けていけばいいのだと思います。
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 浜風がビュービュー吹き荒れた4月20日。小野駅前応急仮設住宅の皆さんが主催した「おのくん誕生2周年・めんどくしぇ祭り2014」が小野市民センター(東松島市)で開催され、ふんばろう宮城プロジェクトの有志6人で焼きそばブースのお手伝いをしてきました。
    
 毎年、仮設住宅や被災地の自治会のお祭りなどで、焼きそばを提供してきたふんばろうなので、ノルマ(笑)の200食(正確には187食だったかな)をこしらえ、なんと完売でした。

 
 今回は支援活動という意識もなく、めんどくしぇ祭り実行委員会から依頼を受けて(いろいろな人たちのつながりで)人的なお手伝いだけでした。仕入れの経費などはすべて実行委員会が持ち、自力で全国のおのくん里親のためのお祭りを成功させました。おのくんを毎日縫い上げるおかぁさんたちとイベントをプロモートする優秀な人たちが行き交う小野仮設住宅は、これまでにない自治会運営のモデルと言えるでしょう。(こせきかつや)

【5/16 追記】
おのくん生誕2周年へ訂正しました。