井川の夢の吊り橋にやってきました。吊り橋を渡る前には、必ず説明板を読むのが私の癖です。なぜかというと吊り橋の多くは普通の橋と同じ感覚では渡れないからです。たいていは人数制限があって、現地の環境の特性つまり立地とか横風とかの要素がどのようであるかによって渡る際の心構えが異なるからです。
上図のように、この吊り橋の定員は5人までです。5人以上が渡ってはいけないわけです。
まず橋の全体を奥まで観察して、渡っている人の数を確かめました。すでに吊り橋自体がユラユラと揺れていたので、渡っている人がいることは分かりました。奥に1人、向こうへ渡り切りつつある方が居られました。
観光客なのか、地元の方なのかは見分けられませんでしたが、渡り切ってそのままスッと林の奥に消えてゆきましたので、地元の方だろうな、と思いました。観光客ならば、当地の観光名所の一つであるこの吊り橋を振り返ったり、写真に撮ったり、場合によっては引き返してこちらに再度渡ってくる方がいるからです。
誰も居なくなったので、しばらく深呼吸をし、上着やザックを整え直して全てのポケットを閉めて落し物防止を心がけ、それまで片手に持っていた観光マップもポケットにしまい、両手を空け、帽子を風に飛ばされないように深く被り直しました。いざ、と3回ほど足を踏み出そうとしましたが、震えがゾゾゾッときて止まってしまうのでした。
橋の長さは80メートルで、吊り橋としては小型に属しますが、高さは50メートルと圧倒的です。先に渡った30メートル余りの井川大橋よりも高さがあるのが、高所恐怖症の身にはまさに地獄でしかありませんでした。
ですが、これを渡らないと井川駅へ帰れません。橋を渡らないと県道60号線に戻って大きく迂回することになり、これからゆこうとしている廃線小径へのルートも大幅に変更となって所要時間も30分余り追加されてしまいます。迂回は絶対に避けたいので、渡るしか選択肢がありません。
2分ほどを要しての決心ののち、慎重に渡りはじめました。中央部に達した際にも下を見ないで目を半分閉じたまま、カメラを左右に向けて感覚だけで撮りましたが、その一枚が上図です。谷底の僅かな流れが、恐ろしいほどの下方に見えています。
橋を七割ほど渡ったところで立ち止まり、直立不動の姿勢のまま、両腕を後ろに曲げてカメラを頭の後ろに向けて構えて何枚か撮りました。上図が成功した3枚のうちの1枚です。御覧のように紅葉もまだ色をとどめて綺麗でしたが、この景色を実際に肉眼で見たのは、橋を渡った後で振り返った時のことでした。
12時59分、吊り橋を渡り切りました。橋のたもとに着いてから7分もかかっていました。普通の方なら1分もかからずに渡れるでしょうが、高所恐怖症の身にはとても無理です。勇気と情熱と気合と無茶レベルの突撃精神が必要です。
なので、渡った後の達成感、高揚感、安堵感、開放感といったら、それはそれはもう凄いものでありました。どうしても笑顔になってしまいます。なかなか来られる場所ではありませんので、記念の自撮り。
それからの登りの山道も急でした。山歩きに慣れた身ですが、こんな急坂というのはあんまり無いと思います。
上まで登り切って車道に出ました。上図の道標をみて、進むべき方向を確認しました。目指すは井川駅なので、山道を登り切ったところで左に進みました。
車道はこんな感じの、寂れた下り坂でした。県道60号線から分かれて廃線の堂平駅の跡地へと通じる道で、その先は行き止まりになっているからです。しかし、歩いている私を2台の車が追い越して下まで行き、まもなく2台とも引き返して登ってきて戻ってゆきました。2台とも道を間違えて入り込んでしまったのでしょうか。 (続く)