座頭谷の遭難
昔京の都に一人の座頭が住んでいた。 年来の持病に難渋していたが、ある時有馬の湯が効能あると聞いて早速旅の支度にとりかかった。 近親や近所の人々は、彼の道中を気づかって引きとめたが、彼はきかず人目を盗むようにして旅立った。
その日はとある宿で一夜を明かし、翌日生瀬の宿についた。 そして生瀬の急な渡しも無事渡り、いよいよ難渋な有馬街道へとさしかかった。 日はまだ高いので彼はゆうゆうと杖を頼りに山路をたどっていった。
しかし大多田川の流れを五六度渡ったと思う頃、ふとしたことから道を誤り左手の谷間に迷い込んでしまった。 いくら行っても道らしい道はない。 やむなく通りすがりの旅人でも来たら尋ねようと、傍らの岩に腰をおろし、しばらく休んでいたが、足下を流れる谷川のせせらぎと、木の間をもれてくる猿のなき声とが遠く聞こえるばかりで、人声らしいものは更に聞こえてこない。
つるべ落としの秋の日は、やがて山の端に近づいてきた。 このままじっとして来ぬ人を待っていても仕方がない。 座頭は勇を鼓してもう一度行ってみようと決心し、杖を頼りに谷間深く進んでいったが結果は同じであった。
その中に六甲の峰々に夕闇がせまってくる。 暮れかけた秋の日は急に早くなり、晩秋の夕風がそぞろ肌にしみてきた。 淋しさとと不安のあまり大声をあげて救いを求めたが、答えるものはせせらぎと、遠くにひびく山彦のみであった。 彼の不安はますばかり・・・・・。
ついに秋の日はとっぷり暮れ、飢と寒さが全身をおそう。 さらに持病はつのり、もはや動く力もなく、どうする気力もうせてばったりとその場に倒れた。
夜のとばりは辺りの山々を包み、糸のような弦月が山の端にかかった。 遠くでふくろうが鳴いている。 座頭はとうとうこの谷間に倒れたまま永久に起きなかった。 その後通りすがりの狩人が、この哀れな座頭の遣骸(なきがら)を発見したのである。
それ以来、この座頭の霊を弔うため付近の人たちはこの谷間を座頭谷と呼ぶようになった。
昔京の都に一人の座頭が住んでいた。 年来の持病に難渋していたが、ある時有馬の湯が効能あると聞いて早速旅の支度にとりかかった。 近親や近所の人々は、彼の道中を気づかって引きとめたが、彼はきかず人目を盗むようにして旅立った。
その日はとある宿で一夜を明かし、翌日生瀬の宿についた。 そして生瀬の急な渡しも無事渡り、いよいよ難渋な有馬街道へとさしかかった。 日はまだ高いので彼はゆうゆうと杖を頼りに山路をたどっていった。
しかし大多田川の流れを五六度渡ったと思う頃、ふとしたことから道を誤り左手の谷間に迷い込んでしまった。 いくら行っても道らしい道はない。 やむなく通りすがりの旅人でも来たら尋ねようと、傍らの岩に腰をおろし、しばらく休んでいたが、足下を流れる谷川のせせらぎと、木の間をもれてくる猿のなき声とが遠く聞こえるばかりで、人声らしいものは更に聞こえてこない。
つるべ落としの秋の日は、やがて山の端に近づいてきた。 このままじっとして来ぬ人を待っていても仕方がない。 座頭は勇を鼓してもう一度行ってみようと決心し、杖を頼りに谷間深く進んでいったが結果は同じであった。
その中に六甲の峰々に夕闇がせまってくる。 暮れかけた秋の日は急に早くなり、晩秋の夕風がそぞろ肌にしみてきた。 淋しさとと不安のあまり大声をあげて救いを求めたが、答えるものはせせらぎと、遠くにひびく山彦のみであった。 彼の不安はますばかり・・・・・。
ついに秋の日はとっぷり暮れ、飢と寒さが全身をおそう。 さらに持病はつのり、もはや動く力もなく、どうする気力もうせてばったりとその場に倒れた。
夜のとばりは辺りの山々を包み、糸のような弦月が山の端にかかった。 遠くでふくろうが鳴いている。 座頭はとうとうこの谷間に倒れたまま永久に起きなかった。 その後通りすがりの狩人が、この哀れな座頭の遣骸(なきがら)を発見したのである。
それ以来、この座頭の霊を弔うため付近の人たちはこの谷間を座頭谷と呼ぶようになった。