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大阪の陣のあった激戦の茶臼山一帯から大阪城まではそう遠くあるまいと思いタクシー行ったが直ぐ着いた。室町幕府が地方統制力が無くなり、有力地方の守護大名が天下統一を目指す織田信長は天然の寺城の浄土宗の総本山「石山本願寺」を攻略したが講和により信長に石山本願寺引き渡した。本能寺の変の後、天下統一を果たした豊臣秀吉は石山本願寺に難攻不落の広大な城をきずき、「太閤さんの城」として親しまれていたそうで、大阪の陣(冬・夏)で豊臣を滅ぼし、大阪城は徳川幕府の近畿、西日本の監視の要塞城として摂津国を徳川幕府の天領とした。現在の大阪城は徳川幕府が普請(修築)された城で、秀吉時代の大阪城の1/4程度の広さしか無いそうだ。
大阪城へは5年ほど前に城址公園の観梅に行き3度目だと思うが、今回は大手門から入城した。場内に入ると大阪城の巨石、「蛸石」およそ36畳敷き(60㎡)、推定130t。岡山藩主・池田忠雄(姫路の池田輝政の三男)が寛永元年(1624年)に寄進した物で、備前産の花崗岩が用いられているそうだ。平日のせいか観光客は中国圏、東南アジアなどの観光客が多い。城内の大砲は明治20年頃、時計がまだ普及していない時の空砲時刻を知らせる大砲だそうである。大阪城の天守閣の高さは約90m弱でエレベーターで上がられる。降りるのは階段で降りるのだそうだ。
エレベータで天守閣へ上ったが見る景色は大阪市内のビルとマンションばかり、天守閣にいるのは異国語ばかりの観光客ばかり。下りる時は係員に言えばエレベータが利用で来るが下り階段は両手の手摺を使って℃にか下りた。7~2Fは大阪城ミュジアムとなっており、4~3は黄金の茶室などがあり撮影禁止となっている。
豊臣秀吉、真田幸村、黒田官兵衛、加藤清正や後藤又衛門の冑がったが来場者被って写真が撮れる。(有料)
手摺を使って1Fを出たが地上までは手摺の無い10数段の石段があり家内の肩を借りて2段ほど降りると警備員が駆け付け「こけたら大変です。」といって車椅子や荷物の等専用のエレベーターに案内され難なくグラウンドへ降りることができた、一休みと思い茶店に行く途中、真田幸村の衣装の人と記念撮影をしている。無料の陣羽織を借りている人はスタジオの係りの方は中国語または英語で対応しているが外人観光客のようだが一人だけ日本人の太った爺さんがいた。
茶屋でソフトクリームを食べていると太鼓の音がする。
くのいち忍者の手裏剣なげで中国の方が星形手裏剣投げていた。外人観光客はサムライと忍者に興味があるようだ。
大阪城を題材にした小説、映画やTVドラマは多くあるが帰途途中の真田十勇士(、猿飛佐助、霧隠才蔵、三好清海入道、三好伊三入道、穴山小助、由鎌之助、筧十蔵、海野六郎、根津甚八、望月六郎の10人)の立て看板があったが子供の頃立川文庫の漫画や講談社の講談絵本に熱中し、そのほかにも後藤又兵衛、伴団衛門、島左近や木村重成などの「大阪の陣」での猛将・知将の活躍を読んだものだ。真田十勇士は幸村に仕えた家来ではあるが殆んどは講談調に脚色された架空の人物だそうだ。
時計を見ると16時を回っている。地下鉄谷町線まで歩き御堂筋線で乗り換えさらに難波駅から阪神電車で三宮駅から自宅に帰ったが11,263歩歩いたが久しぶりの大阪であった。
でも一度も上った事も無く、今日 色々見せて頂き感激しております・・・
Uさんの侍姿 お若くって、お元気そうで、素的ですよ
それに、見事な兜 これは戦う為の物じゃ無いでしょうね、今、大河ドラマの 真田丸を楽しみに見てるので、より一層興味深く拝見致しました。楽しかったです・・・
50年前の大阪城付近はアベック(現在は死語で現在はカップル)銀座だっただったと思います。
ではお城どころでは無いでしょう。
初めて30年前に大阪城に入りましたが、あまり記憶に残っておりません。
現在は資料ばかりで、あまり興味がありません。
「剣を抜いた侍」の画像ですが幸村の殿に手を引かれ、どうにか写真撮影台上がりました。
お似合いですよ。
お気づかい、有り難うございます。
画像は元気なポーズでも、幸村殿の手を借りて下段、後は歩く姿はヨタヨタ歩きです。
脚の筋肉の衰えを感じ筋力のストレッチ運動が必要です。
以前に比べてすっかり様変わりしていますね。
陣羽織姿、強そうな侍です。
歩きましたねー 脚を労って下さい。
越後、新発田藩は薩摩藩、同様の豊臣よりの外様大名ですが、よたヨタの老侍が刀を抜き駆けつけましたが、ヨタよた歩きで幸村の殿が、一心寺まで追い詰めた家康を取り逃がし、幸村の殿に大目玉でした。(笑)
子供の頃は漫画の猿飛佐助、霧隠歳臓や三好清海入道の大ファンでした。
私は大阪に17年も勤務し、しかも職場は大阪城からほど近い東区(現在の中央区)だったので、何度か訪ねたことがありますが記憶がだいぶ薄れました。
ここでも観光客は外国人が多いようで歓迎すべきことですね。
眞田十勇士も子供の頃はファンでしたが、
こちらも名前を見て思い出すのがやっとです。
コメント
大阪城は3度目ですが大河ドラマ「真田丸」の影響で再度行ってみたくなりました。
平日なので城址公園や天守閣は中国圏や東南アジア系の観光客が大半でした。
歳がえも無く、童心に返って画像のスタイルですが先が短くなると「何でもやってみたくなる」心境です。
海外では日本漫画の影響で侍や忍者が人気なようです。