カール・マルクス光文社このアイテムの詳細を見る |
私の学生時代は、大学紛争の終わりの時代であった。マルクスを読むことは進歩的インテリのステータスかのごとき風潮があった。資本論が分かるなどいうのは天才技であった。私には全く分からなかった。昔はマルクスを読めば左翼、それを攻撃すると右翼というように、中身も理解せずレッテルを張り合った。それは結局ものごとを突き詰めて考える思考を停止させた。しかし、科学者は同時に哲学者である場合が多い。物理学者は常に世界とは何かを考え、生物学者は常に生命とは何かを考える。最近はあまりにも世の中がめまぐるしいので、若者たちはそんなことを考える暇などないかもしれないが、これはいつもいつも大事だと思っている。結局つきつめた思考が人間を前へ進めてきた。その思考生活は哲学者に似ている、というかそもそも科学者に与えられる欧米での学位は「PhD」、すなわちphilosophical Doctor(哲学博士)だからね。そんな潜在意識がずっとある中で本屋で出会った一冊、吉本隆明「カールマルクス」。
吉本隆明と言えばマルクス主義者嫌いの戦後最大の思想家と言われていたっけ、と理系のつたない頭にも記憶が蘇る。読み始める。前半はマルクス紀行。なんと攻撃的かつ詩的な文章か!かつて繊細な若者に受けた訳が分かるような気がする。
それにしても難しい。不断使わないことばが羅列されている。文章が長い。点だけで文章を区切り、3行も4行も続ける。大江健三郎の文章も蓮見重彦の文章もやたら長いが、点の区切りで、すこんすこん胸に落ちるのであまり難しさを感じなかった。しかし、せめて立花隆や司馬遼太郎のような、1文半行程度の文を書いてくれ、と思いつつ。
しかし吉本隆明はむずかしい!文章が分からず、前へすすめない、引っかかる。
でも、自然と人間の関係をどう考えるか、という問いかけがマルクスの24歳の時の学位論文であったということは興味深い。20代の彼の思考を初期マルクスということは記憶にある。そしてそのキーワードが「疎外」ということばであることも聞いたことがある。「三位一体」ということばも聞いたことがある。
吉本氏によると自然と人間の関係でこれほど明確に、これほど完璧に言い表した人はマルクス以外にはいないという。言わば環境科学元祖。それが本当かどうかは分からないが、ちょっと興味がわく。なぜなら、今ほど環境だなんだと人間と自然との関係が話題になり、それが地球と人類の未来のための基本ある、とすることを多くの人が受け入れはじめているかに見えるからである。自然農法、無農薬野菜、自然学校、絶滅危惧種指定、などなど20世紀の終わりに政治や経済としての共産主義はついえても(まだ滅んではいない?中国で北朝鮮で生きている?)その偉大な自然と人間との関係の哲学は受け入れられている、ということになるではないか、と思ってしまう。
では、その関係とは?
マルクスのことばでは、自然は人間にとって「非有機的身体」であり、人間は自然にとって「有機的自然」である、という相互関係があるという。そして、このことから人間の自然からの「疎外」という関係がいえるという。なんじゃこれ?のっけからわからん!だめだ!むかしと何も変わっとらん、この自分の頭、と思う。でもふと考え始めると、ーー。
いよいよ来週からまた忙しい季節がはじまる。だめだ、こりゃ考える時間がないな!
先にドイツのその時代でも振り返るかな。ちょうどマルクスの生きた時代は日本で言えば幕末から明治初期だしね。日本はその時のドイツから学んだから。でもそれはマルクスの側ではなくビスマルクのドイツ帝国(プロイセン)の側から。その裏にマルクスはいたのだね。
いつかまた、つづく。