今週のGooお題は「やすらぎ」
私こと楽学教授は商売柄、「やすらぎ」ってなんだ?とまず定義を考えてしまう。
<安らぎって心拍数低下、意識の薄らぎ、前頭葉からドーパミンが出て脳からアルファ波放出、眠り、かな?><そのとき心は温かく優しい気持ちとなる。その時のことか>と。
そこで学生との会話。
学生「え!先生のいうそれって眠りか、死ぬ時ではないですか?」
楽学教授「そうです。だから<安らかにお眠りください>っていうでしょう」
学生「そそ、そんな!死んだら安らかかどうかも分からないではないですか!」
楽学教授「いえいえ、分かるのです。脳死の前に、脳の中で最後まで生きている『海馬』というところがあります。実験でそこを刺激するとお花畑の夢を見ます。白人であろうが黒人であろうが、日本人であろうが死の淵から生き返った人が皆同じ夢を見てますね。キリスト教でも仏教でも天国、極楽浄土をお花畑一杯に描く。あの知の巨人、立花隆の「脳」「臨死体験」という本にこのことは書いてあるよ。皆、死は怖いので命が消え去る直前の安全装置が『海馬』なのだと。だから、死に行く人の多くはその瞬間、すーと笑顔になる。変だと思わないかい。死後硬直がはじまるはずなのに、顔の筋肉がほころぶんだよ。笑顔って。これは今や科学になりつつある。私は昔、この本を読んだとき、<お!死ぬって怖くないんだ!>とちょっと安心。でもやっぱり死にたくないけどね。どうせ生命は皆死ぬ。虫から動物に至るまで皆怖いはずだから、その恐怖への安全装置があるってのは極めて合理的な仮説であるね。」
さてさて、話題が「やすらぎ」から「死ぬときの安らぎ」にすり替わってしまったけれど、生活の中で安らぎではなくて、「いままでの人生の中で最も安らいだ時は?」に勝手にお題を変えてしまおう。以下、私の体験実話。
「救急車の中で服をずたずたに裂かれるとき」
私が大学1年生。明日から夏休みというある日のこと。友人が帰省するという。その友は自転車を持っていて、私は持っていなかった。
「おい、夏休みの間、自転車を貸してくれないか。俺はバイトで1週間くらい帰らないんだ。バイト先がちょっと遠くてバスを使うのはもったいないので」
そこで、借りた自転車でアパートへ向かった。広い道路。車が片側3車線で並んでいる。横断歩道を迂回するのも面倒なので、その車の間をぬって渡った。反対車線側へ出て、視界が開けたとたん、猛スピードで車が一台、こちらへ!
「やばい!」
借りたばかりの自転車に乗っていて、あわててブレーキ!
ブレーキがきかない!ブレーキレバーはすかすかではないか!
「あ!もうだめだ!」
私は自転車にのったまま左側の真横から、跳ねられた!
どーん!
私は、<もう駄目だ。ぶつかる>と思ったとき、とっさに死を免れるためにはどこを守らねばならないか?と思った。
<それは手や足ではなく、頭だ!>
両手で思い切り頭を抱え覆った。そしてそのままぶつかった。
まず、車のフロントガラスを割る。そして跳ね返されて空中を飛んだ。
その飛んでいる間、それまでの短い人生の場面が次々と浮かんだ。
<そうか、これが走馬灯というやつか>と考える余裕さえあった。そして、<死ぬな>と思った。
最後の望みは<頭を打たないこと>と一方で心の中の生への執着が命じていた。
落下。強烈に地面に叩き付けられた。
<意識はまだある!生きているぞ!>
しかし、体は全く動かず、自分の周りに血が流れ出していた。
右腕と足から血が吹き出している。
人がどんどん集まってくる。だれかが私を道路の端まで運んでくれた。
「まだ、生きているぞ!救急車を呼べ!」だれかが叫んだ。
そして、しばらくして救急車がサイレンを鳴らして近づいてきた。
痛みは全くない。しかし、体が全く動かない。
救急車の中へ運ばれた。
突然静寂な空間となった。
救急隊員「もう、大丈夫ですよ」
そして、血だらけの服をはさみで切り、全身チェックを開始した。
赤信号も関係なく、ひた走る救急車。
命の安らぎのひとときであった。
じっと目を閉じ、服を裂く音を聞いた。
その時のはさみの音は今も、忘れない。
手術後のその夜。
全身にとてつもない痛みがよみがえった。
「いててて!!」
それは生への喜びがもたらす痛みであった。
そして一月半の夏休みは総て、病院のベットの上となってしまった。
外科病棟はほとんどが直る人たちの希望の病棟。
様々な年齢、職業が入り交じる。荒くれ男を仕切る看護婦さんも含めて、毎日毎日が楽しい笑い。
人生最高の安らぎの日々となった。これが本当の怪我の光明。
楽学独り言 <こんどは臨死体験をしたいな>
神の声 <あわてなさんな。もうすぐだから、楽しみにとっておきなさい>
私こと楽学教授は商売柄、「やすらぎ」ってなんだ?とまず定義を考えてしまう。
<安らぎって心拍数低下、意識の薄らぎ、前頭葉からドーパミンが出て脳からアルファ波放出、眠り、かな?><そのとき心は温かく優しい気持ちとなる。その時のことか>と。
そこで学生との会話。
学生「え!先生のいうそれって眠りか、死ぬ時ではないですか?」
楽学教授「そうです。だから<安らかにお眠りください>っていうでしょう」
学生「そそ、そんな!死んだら安らかかどうかも分からないではないですか!」
楽学教授「いえいえ、分かるのです。脳死の前に、脳の中で最後まで生きている『海馬』というところがあります。実験でそこを刺激するとお花畑の夢を見ます。白人であろうが黒人であろうが、日本人であろうが死の淵から生き返った人が皆同じ夢を見てますね。キリスト教でも仏教でも天国、極楽浄土をお花畑一杯に描く。あの知の巨人、立花隆の「脳」「臨死体験」という本にこのことは書いてあるよ。皆、死は怖いので命が消え去る直前の安全装置が『海馬』なのだと。だから、死に行く人の多くはその瞬間、すーと笑顔になる。変だと思わないかい。死後硬直がはじまるはずなのに、顔の筋肉がほころぶんだよ。笑顔って。これは今や科学になりつつある。私は昔、この本を読んだとき、<お!死ぬって怖くないんだ!>とちょっと安心。でもやっぱり死にたくないけどね。どうせ生命は皆死ぬ。虫から動物に至るまで皆怖いはずだから、その恐怖への安全装置があるってのは極めて合理的な仮説であるね。」
さてさて、話題が「やすらぎ」から「死ぬときの安らぎ」にすり替わってしまったけれど、生活の中で安らぎではなくて、「いままでの人生の中で最も安らいだ時は?」に勝手にお題を変えてしまおう。以下、私の体験実話。
「救急車の中で服をずたずたに裂かれるとき」
私が大学1年生。明日から夏休みというある日のこと。友人が帰省するという。その友は自転車を持っていて、私は持っていなかった。
「おい、夏休みの間、自転車を貸してくれないか。俺はバイトで1週間くらい帰らないんだ。バイト先がちょっと遠くてバスを使うのはもったいないので」
そこで、借りた自転車でアパートへ向かった。広い道路。車が片側3車線で並んでいる。横断歩道を迂回するのも面倒なので、その車の間をぬって渡った。反対車線側へ出て、視界が開けたとたん、猛スピードで車が一台、こちらへ!
「やばい!」
借りたばかりの自転車に乗っていて、あわててブレーキ!
ブレーキがきかない!ブレーキレバーはすかすかではないか!
「あ!もうだめだ!」
私は自転車にのったまま左側の真横から、跳ねられた!
どーん!
私は、<もう駄目だ。ぶつかる>と思ったとき、とっさに死を免れるためにはどこを守らねばならないか?と思った。
<それは手や足ではなく、頭だ!>
両手で思い切り頭を抱え覆った。そしてそのままぶつかった。
まず、車のフロントガラスを割る。そして跳ね返されて空中を飛んだ。
その飛んでいる間、それまでの短い人生の場面が次々と浮かんだ。
<そうか、これが走馬灯というやつか>と考える余裕さえあった。そして、<死ぬな>と思った。
最後の望みは<頭を打たないこと>と一方で心の中の生への執着が命じていた。
落下。強烈に地面に叩き付けられた。
<意識はまだある!生きているぞ!>
しかし、体は全く動かず、自分の周りに血が流れ出していた。
右腕と足から血が吹き出している。
人がどんどん集まってくる。だれかが私を道路の端まで運んでくれた。
「まだ、生きているぞ!救急車を呼べ!」だれかが叫んだ。
そして、しばらくして救急車がサイレンを鳴らして近づいてきた。
痛みは全くない。しかし、体が全く動かない。
救急車の中へ運ばれた。
突然静寂な空間となった。
救急隊員「もう、大丈夫ですよ」
そして、血だらけの服をはさみで切り、全身チェックを開始した。
赤信号も関係なく、ひた走る救急車。
命の安らぎのひとときであった。
じっと目を閉じ、服を裂く音を聞いた。
その時のはさみの音は今も、忘れない。
手術後のその夜。
全身にとてつもない痛みがよみがえった。
「いててて!!」
それは生への喜びがもたらす痛みであった。
そして一月半の夏休みは総て、病院のベットの上となってしまった。
外科病棟はほとんどが直る人たちの希望の病棟。
様々な年齢、職業が入り交じる。荒くれ男を仕切る看護婦さんも含めて、毎日毎日が楽しい笑い。
人生最高の安らぎの日々となった。これが本当の怪我の光明。
楽学独り言 <こんどは臨死体験をしたいな>
神の声 <あわてなさんな。もうすぐだから、楽しみにとっておきなさい>