アホウ太郎が久しぶりにTVのぶらさがりインタビューに写っていた。
中川大臣の訃報のコメントだ。
「この人は、有能なひとで・・・・」と喋っていた
でもオイラ「この人」という「この人」という言葉にどうも引っかかるのだなぁ・・・
普通なら「中川さん」と発言しないだろうか「この人」とは言わない。
なんらかの意図とか悪意が感じられないかい「この人」という言葉は、第三者的での枕言葉としては、誉め言葉が続いてこないよ。
アホウ太郎はアホウだという証明かもしれないが、暖かみを感じるような言葉を選べよ。
中川大臣の訃報のコメントだ。
「この人は、有能なひとで・・・・」と喋っていた
でもオイラ「この人」という「この人」という言葉にどうも引っかかるのだなぁ・・・
普通なら「中川さん」と発言しないだろうか「この人」とは言わない。
なんらかの意図とか悪意が感じられないかい「この人」という言葉は、第三者的での枕言葉としては、誉め言葉が続いてこないよ。
アホウ太郎はアホウだという証明かもしれないが、暖かみを感じるような言葉を選べよ。
オイラは中川元財務兼金融相の死の訃報を聞いて、ブログに
「自分の人生の先が一番見えない悪い時期に、あの世へ旅立ってしまったなぁ・・・」と書いた。
でも人の死の時期を考えると、今まであの世へ旅立った人全員が先が見えない時期に旅立ったんじゃないかと思う。
「もう死んでもいいよ」と叫ぶけどドラマはあるけど、本当に死んでしまったら、
何もならない訳で、それこそ突然の死です。
自殺した人も、先が見えないから死を選択したのであって、やっぱり人の死は、人生の先が見えない時に死がやってくるように思うなぁ・・・
風景写真といっても、オイラが風光明媚な写真を撮れるわけではないので、日常の暮らしのなかで、琴線にふれた光景というか風景を撮っているわけです。
でも、そうそう心に響いてくる光景は無く、無理やり響かせて、後で自分自身が後悔することの繰り返しです。
まぁ、写真は撮ってみなくても、だいたい想像がつくわけですが、でもやっぱり写真は撮って印画紙に定着してみなくちゃ分からない。
その、みなくちゃ分からないという一分の望みにかけているのです。
なんだか心細い写真です。
でも、そうそう心に響いてくる光景は無く、無理やり響かせて、後で自分自身が後悔することの繰り返しです。
まぁ、写真は撮ってみなくても、だいたい想像がつくわけですが、でもやっぱり写真は撮って印画紙に定着してみなくちゃ分からない。
その、みなくちゃ分からないという一分の望みにかけているのです。
なんだか心細い写真です。