© 東洋経済オンライン 「1日1万歩」を目標に頑張る人も多そうですが……(写真:cba / PIXTA)
新しい年を迎えて、今年は運動を始めよう!というビジネスパーソンも多いはず。中でも人気なのが、ウォーキング。今や、健康のために歩く人は、全国で4000万人ともいわれる。しかし、「健康のために」と始めたウォーキングが、実はあなたを病気に導くものだったとしたら……。
15年に及ぶ追跡調査で、「健康のいい歩き方・悪い歩き方」を突きとめ、『あさイチ』『おはようニッポン』『たけしの家庭の医学』などメディアでも話題沸騰の医学博士が、あなたがついやってしまう「やってはいけない」ウォーキングについて明かす。
「毎日1万歩は歩いているから大丈夫です!」
「毎朝、犬の散歩を日課にしています」
「歩くだけじゃ物足りなくて、ランニングも始めました」
「ウォーキング」を生活に取り入れている人はとても多いようです。
人は、いったい何のために歩いたり、運動したりしているのでしょうか?すべての方に共通している目的が、ひとつあります。それは「健康」のためです。
しかし、これまで健康によいと信じてきた歩き方が、実は「健康を害するもの」であったら、あなたはどう思いますか?
私がみなさんにお伝えしたいことがあります。まず「1日1万歩」を目指す、という考えをやめていただきたい、ということです。
歩数はひとつの目安にはなりますが、歩数「だけ」を信じて、一喜一憂していては、健康長寿という点では、間違った運動になってしまうからです。
私は長年、生涯を通しての健康づくりの研究に携わってきました。
群馬県中之条町に住む65 歳以上の全住民5000人にモニターとなっていただき、1日24時間365日の生活行動データを15年にわたって収集・分析し、身体活動と病気予防の関係について調査してきました。その結果、「誰もが健康であり続けられる歩き方」が存在することがわかったのです。
けれども、健康にいい「歩き方」は、残念ながらまだまだ広くは知られていません。そのため、「健康のためにちゃんと歩いているよ」と自負している人が健康を害してしまっているケースが、数多く見られるのです。
代表的なものが、「毎日1万歩を歩けば健康になる」というものです。
これは、かつて健康スローガンとして掲げられた「1日1万歩以上歩こう」が、世の中に広まったからのようです。
「毎日1万歩以上歩いてさえいればOK」という誤った認識をさらに推し進めたものが、「歩けば歩くほど健康になる」という考えです。
この言葉を信じ、毎日万歩計をつけて、1万歩よりも2万歩、2万歩よりも3万歩……と一歩でも歩数を伸ばそうと頑張っている人もいるのではないでしょうか?
けれど、「歩けば歩くほど健康になる」という認識もまた、大きな間違いです。実は運動のしすぎは、健康効果がないどころか、健康を害することになります。なぜなら、免疫力が低下するからです
私の知人である、経営者の男性もそうでした。
彼は、得意先との会食が多く、忙しい毎日を送っていたところ、1年間で10キロも太ってしまいました。そこで、メタボ対策として40歳の時にウォーキングを始め、やがてランニングへ移り、ついには経営者仲間に誘われてトライアスロンに挑戦するようになりました。
トライアスロンの練習を始めてから1年半後、大会に出場すると、見事に完走。
メタボの頃とはまったく違った、引き締まった体型になり、どこから見ても健康そうになりました。
ところが、40代半ば。9度目の完走を目指して大会出場を目前にしていた頃、体に異変が生じました。手足がしびれ、太ももの裏側やふくらはぎに痛みが出るようになったのです。
診断の結果は、動脈硬化。経営者の男性にとって、トライアスロンは激しすぎる運動だったのです。
動脈硬化は、血管が詰まる病気です。血管というのは、もともとはきれいなパイプ状の形をしているのですが、血流中のいろいろな物質が悪さをして、血管内を傷つけるのです。若い頃は、血管内の傷をキレイに修復する力があるのですが、歳を重ねると、傷の修復が間に合わなくなります。その結果、血管内が細くなったり、でこぼこした状態になったりしてしまいます。
激しい運動をしている時、人は心臓からものすごい量の血液を送り出します。大量の血が、流れにくくなった血管を通ろうとすればするほど、血管は詰まっていきます。「激しい運動ができるほど、健康度も上がっている」という認識も、間違っているわけです。
一方、効果的なウォーキングというものも存在します。
日本人の「平均寿命」は、男性が79・94歳、女性が86・41歳です。
高血圧症、糖尿病、脂質異常症、心筋梗塞、脳卒中、認知症、ガンなど生活習慣病……健康に対する不安を数え上げれば、キリがありません。
ところが、こういったすべての病気に対して「ある指標に基づいたウォーキング」が効果的であるということが、研究を通じてわかってきました。
ひとことでいえば、やりすぎでもなく、足りなすぎでもない「ほどほどの運動」です。「ほどほどの運動」こそが、あなたの健康に対する「万能薬」なのです。
先ほどの経営者の例でお伝えしたとおり、「歩けば歩くほど健康になる」と思って歩きすぎれば、免疫力が低下し、病気になりやすくなります。「やりすぎは体に毒」なのです。
だからといって、「足りなすぎても体に毒」。犬の散歩やスポーツクラブでの運動で疲れてしまい、それ以外の時間にぐったりしていては、健康を害してしまうのです。
では「ほどほど」の運動とはどんなものか。
「ほどほど」といっても感覚値ではありません。しっかりとした指標があります。「歩数」でも、「消費カロリー」でもありません。では、いったいどんなものでしょうか?
「ほどほど」の運動とは……
1日24時間の総歩行数=「8000歩」
そのうち中強度の運動(歩行)を行う時間=「20 分」
この2つを組み合わせた数字です。
「8000歩/20分」
これが、私が研究をもとに導き出した健康長寿を実現する「黄金律」であり、あなたの健康を維持するための重要な数字なのです。
では、「運動強度」とはいったい何でしょうか?
運動強度を表す「メッツ(METs )」という単位があります。この単位「メッツ」の言葉をとって、私の提唱する健康法は通称「メッツ健康法」と呼ばれています。METs とは、「代謝当量」という意味です。
音楽を聴いている時、読書をしている時、テレビを見ている時など、「安静にしている時」を「1メッツ」とします。1メッツの酸素摂取量は、年齢・性別にかかわらず、1分間に体重1キロあたり3・5ミリリットルと決まっています。「1メッツ」は世界共通のものさしです。
この安静時の「1メッツ」を基準に何倍のエネルギーを消費するかで、活動の強度を示します。
「3メッツ」は、安静時の3倍の代謝をしている活動、「7メッツ」は、安静時の7倍の代謝をしている活動という意味です。最大20数メッツまであります(ただし、20数メッツはマラソンのオリンピック・チャンピオンの数値です)。
最近では、どの活動がどれくらいの運動強度をもつのかが明らかになってきています。参考までに、国立健康・栄養研究所が発表している「身体活動のメッツ表」からいくつかを表に抜粋して掲載しておきます。
「運動強度」とは、聞き慣れない言葉ですし、少し難しいかもしれません。
しかし、あなたの今後のウォーキングで大事なポイントとして、まとめると、たったひと言になります。
「なんとか会話ができる程度」の速歩き
それが、あなたにとっての「中強度」の運動です。
のんびり散歩のように、鼻歌が出るくらいの歩き方だと、ゆっくりすぎます。競歩などのように、会話ができないほどの歩き方だと、速すぎます。「中強度の運動」を測る基準は、「なんとか会話ができる程度」の速歩きなのです。
では、ここでみなさんにひとつ問題を出します。
速歩きをするのに、もっとも適した時間帯は1日のうちのどこでしょうか?
①早朝、②日中、③夕方、④就寝前
どの時間帯か、わかりますか?
正解は、③の夕方です。
そして、もっともおすすめできないのは、①です。
まず、なぜ、夕方に速歩きをするのが最適なのでしょうか。夕方の4〜6時は人間の体温がいちばん上がる時間帯です。夕方に速歩きをすれば、筋肉に刺激が与えられ、血液のめぐりもよくなります。そして、ピークの体温がさらに上がります。そのため、最高体温と最低体温の差は広がります。
また、夕方のピーク時から徐々に体温が下がり、就寝時の体温に至りますから、夕方の体温が高ければ就寝時の体温も高くなり、起床時よりも就寝時のほうが高くなります。そして、平均体温も必然的に上がります。
そして、朝が危険な理由。それは、朝起きた時、人の体は「カラカラの状態」だからです。水分がカラカラの状態ということは、血液がドロドロの状態ということです。そんな状態で、いきなり運動を開始するとどうなるでしょう?
心疾患や脳卒中が起こるリスクが高くなります。事実、脳卒中や心疾患の発症を時間帯別に見ると、午前中に集中しているのです。脳卒中や心疾患を予防するためウォーキングを機に病気が発症してしまったら本末転倒。ですから、あなたの健康を維持するために「起きて1時間以内」のウォーキングは避けていただきたいのです。
では、「8000歩/20分」のウォーキング生活は、どのくらい継続して行うと大きな効果が得られるのでしょうか?
1つの大きな目安は、2カ月です。
なぜなら、2カ月であなたの「長寿遺伝子」にスイッチが入るからです。
長寿遺伝子とは、体内で細胞の損傷を防いだり、エネルギー生産に影響を与えたりしている「サーチュイン(Sirtuin)」という酵素をつくるはたらきをもった遺伝子のことです。
2003年、アメリカのマサチューセッツ工科大学のレオナルド・ガレンテ博士が、酵母の長寿遺伝子「Sir2」(サーツー)を発見しました。その後の研究によって、人間には「Sirt1〜7」までの7種類が存在することがわかっています。
長寿遺伝子は、誰もがもっている遺伝子であるにもかかわらず、普段は眠っていて、いつどのようにすれば活性化するのかまでは解明されていませんでした。ところが、その後もさらに研究が進められた結果、2012年にスウェーデンのカロリンスカ研究所によって「1日20分程度の中強度の運動を2カ月続けることで、長寿遺伝子のスイッチが入る」ことが証明されたのです。
ちなみに、「8000歩/20分」の生活を中断してしまうと、長寿遺伝子はどうなるのでしょうか?
2カ月間ほど休むと、長寿遺伝子は残念ながら再び眠りに就いてしまいます。ですから、あなたの体内で眠っている長寿遺伝子を目覚めさせ、そして常に活性化させておくためにも、「8000歩/20分」のウォーキング生活を毎日続けてほしいのです。