赤い彷徨 part II
★★★★☆★☆★★☆
↑次にお星さまが増えるのはいったいいつになるのでしょう…
 



前回からのつづき)

二の丸から望む天守と廊下櫓門。平日ということで人影も疎らでした。こちらは言うまでもなく全国に12ある現存天守のひとつですが、これは先述の山内一豊公が築城した当時のものではないようです。1727年に起きた高知城下の大火により天守を含む数多の建造物が焼失という憂き目に遭ったのだそう。



角度を変えて天守を見上げます。さて、そしてその焼失の2年後から再び普請に着手し、1747年の山内豊敷公の治世に一豊公の時とほぼ同じ工法を用いて再建されたのだそう。



こちらの懐徳館はいわゆる「本丸御殿」ですが、「懐徳館」の名称はご維新以降高知県に移管されてからのものだそうです。この建物は、城主が日常住まうためのものではなく、正規の対面所として建造されたものということのようです。



こちらも天守と同様1727年の大火で焼失後に再建されて1747年に完成。残念ながら建物内は撮影禁止ですが、高知城や時の権力者の歴史、幕末に活躍した土佐人などを紹介するパネル展のようになっていました。「長宗我部派」としては、山内氏が入国するまでの歴史に興味津々でした(笑)



現存する城郭御殿建築は全国でも珍しいそうで、天守と直結しているというのも特徴的なのではないでしょうか。



さて、天守内もやはり撮影できる場所は限られているので、写真はいきなり天守の最上階に飛びます。まずは南の海側。海側とは言ったものの山にさえぎられており「太平洋ぜよ」というわけにはいかず。山の手前に見える建造物は高知市野球場と思われます。高校野球の県予選や四国アイランドリーグの舞台になっているのでしょうか。



構内を見下ろします。山内一豊公の像が小さく見えますが、面白いのは一豊公の像より高いところに夫人の見性院(まつ)の像があるところ。言うまでもない「内助の功」で有名な奥方ですが、そのあたり世の中的な夫婦間の序列を象徴しているのでしょうか。



(つづく)

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Here’s a look at how the Red Sox could be assembled. bos.gl/fJ5AFol pic.twitter.com/AkMvvpkQ2b

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駄目アシスタントとしていつも監督に説教され監督学校では語学の習熟不足で退学を勧められバイトでも仕事の不出来で店長にゴリゴリに詰められ何一つうまくいかなかった時。道でバッタリあなたと出会い、腰が抜けた僕をみながらあなたは笑顔で「Hola!」と言ってくれました。クライフよ、永遠なれ!

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うずらのウォールステッカーΣ(OωO )デカすぎる…でも欲しいかも( ˙罒˙ ) pic.twitter.com/t06E9bJf4O

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有働アナ「いっちゃいそう」

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