松本春男の綾瀬市レポート(日本共産党元市議会議員)

2023年4月の綾瀬市議選で福田くみ子さんに
バトンタッチしました。

県議大山奈々子さん、誕生日3月16日(わたしも)

2017年03月28日 | 日記
 3月議会も終わったので、いろんな人のブログ見ています。
 港北区選出の大山奈々子さんの、誕生日翌日(17日)記事に、誕生日は前日の3月16日と書かれています。
 あれ、3月16日、私の誕生日と月と日が同じでした。
 私は、大山さんより年齢が高く、今年の誕生日に介護保険対象日、市内を走るコミバスは1回180円ですが、65歳以上は100円で乗車出来るカードの申請を行いました。

飛行機の搭乗と国境

2017年03月28日 | 日記
 先程、書いたタイの航空会社は私がバングラデイィシュに入る間に倒産しました。
 往復チケットを購入していたら、帰国費用が無く困ったと思います。
 コルカタからバングラディシュのダッカ空港に向かう便で解りました。
 当時の日本の企業の人たちは、国際空港の税関職員にパスポートを見せるとき、現地の1か月分程度の高額紙幣を挟んで提示すると、税関職員がパスポートだけ返してくれると言われていました。
 私は、コルカタのボールペン1本だけでした。8月初旬にダッカの空港近くを低空で飛行していたら、陸上が見えるよりも水没している土地だらけでした、
 大洪水が起きていました。洪水の話は別の機会に書きます。

 10月初旬で、3カ月の滞在期間が過ぎるので、飛行機は代金が高いので、滞在期間の切れる日にバスでコルカタに向かいました。
 バングラディシュとインドの国境には、税関や他の手続きのため、列車の踏み切りにあるような、竹のゲートが3本づつあります。
 バングラディシュの手続きが終わり、インド側の入国手続きを行うなかで、インドへのビザが無いので,入国させないと言い、バングラディシィ側は今日が滞在期限の日で、一度出国したので、インド側の入国スタンプが無いと入れないともめています
 高額な代金の飛行機を利用する人間にはビザなし入国を認めても、陸路を利用する人にはビザを要求しています、 
 その日かなり時間が経過して、バングラに戻りました。ダッカに帰って、代表がバングラ政府と交渉して、アグリメントが交わされ、その後は3カ月一度の国外出国は無くなりました。
 その時の交渉は、交渉とは名ばかりの、脅し脅迫と思われます。国の省庁に出向いて、大臣をここに呼べと迫ったりと激しい戦いが有ってようです。
 他の国の団体が数年前から交渉しても、許可が出ないのに早かったそうです。
 私は、雨期にコレラや赤痢で何人が亡くなった家の横を行き来したり、1キロほど離れた町でパンパン音がするにでどうしたのと村人に聞くと強盗団が警察署を襲って銃撃戦が続いているので、今は行かないように言われたり、地主の物置を借りて宿舎に、大家さんを殺しに強盗団が宿舎の前でライフルを発射しています。音はパアン・パアンと聞こえます。
 町のバザールに向かう道に人が刺されて苦しんでいても、すぐ横を大勢の人が歩いています。小さなボートで大きな町に向かう途中、走る船の1メートル横に若い女性の水死体が浮いています。船長に船を止めるよう言いましたが、無視されました。当時は数十人の死亡では新聞報道されず、数100人以上死亡すると報道されていました。
命の危険は有りますが、人が殺される以外は、楽しくのんびり暮らせました。

格安旅行代理店「てるみくらぶ」破産で、40年以上前の

2017年03月28日 | 日記
 昨日(3月27日)、格安旅行会社「てるみくらぶ」が、東京地裁に破産申請を行ったと報道されています。 
 負債総額約151億円、申込済みのツアー約3万6000件で約99億円の代金を受け取っています。大半は返金されない可能性が高いと言います。現地ホテルの宿泊など代金が未払いのため、旅行者本人が自己資金で対処しなければなりません。
 これまでチケットを受け取った方は、只の紙切れです。現在、旅行中の方は、自己資金で対処しないとホテル等の宿泊もできません。

 40年以上前のことを思い出しました。22歳の時、バングラディシュにボランティ活動で向かうとき、チケットの購入手続きは、他の方々に行って貰い、搭乗のため羽田空港に向かい同行する女性メンバーと一緒に荷物預けの手続きを行う所で問題が発生しました。
 当時の格安チケットはタイの航空会社ですが、有名な航空会社出ない航空会社でした。
 格安チケットは2種類ありました。ひとつは1年間以内のみの往復で使用出来るチケット。
 もう一つは、片道チケットです。お得なのは往復チケットですが、私の場合、帰国時期が1年以内か、数年続くのか不明なので片道チケットを購入していました。
 私たちが購入してあるタイの航空会社は羽田とバンコックを週2便運航していました。
 当時,タイの会社の搭乗手続きの代理業務は日本航空が行っていたと思います。
 受付カウンターで言われた言葉は、飛行機の座席が一杯です。何と座席数以上に予約を受けていたのです。
 空港スタッフが、SNS(スカンジア航空)に振り替えて戴きました。ランクが上のSNSの搭乗出来て結果は良かったです。
 バンコクで一泊して、インドのコルカタ(当時はカルカッタ)空港に、乗客が少ない遅い便で到着しました。
 国際空港で荷物検査を受けていたら、税関職員が私の荷物の中のボールペン1本が欲しい言っています。私はあげないと言ったら、欲しい。嫌だが続きました。
 バングラディシュに滞在は当時3カ月しか認められないので、一度コルカタに出てきた日本人メンバーが出国カウンターの外で待っていましたが、ボールペン一本でもめているのを見かねて、外から荷物検査所に入ってきて、ボールペン1本を国際空港の職員に渡して、インドに入国出来ました、