勝又壽良の経済時評
日々、内外のニュースに接していると、いろいろの感想や疑問が湧きます。それらについて、私なりの答えを探すべく、このブログを開きます。私は経済記者を30年、大学教授を16年勤めました。第一線記者と研究者の経験を生かし、内外の経済情報を立体的に分析します
2017-06-11 05:00:00
韓国、「THAAD」米国に不審持たれて呆然「必ず設置します」
文大統領、政権発足早々に対米外交で躓く
文在寅大統領は、「こんなずはじゃなかった」と臍(ほぞ)をかむ思いであろう。
スタンドプレーの気持ちで、「THAAD(超高高度ミサイル網)」を格好の朴前政権批判の対象に取り上げたところ、思わぬ方向へ飛び火した。
米国の不審を買ったのだ。
私は文氏について「小人物」の気配濃厚という、大変に失礼なタイトルを6月3日のブログにつけてしまった。
その後の動きを見ていると、どうも「大人物」ではないという妙な自信を持つにいたった。
その理由は、THAAD(超高高度ミサイル網)の設置で、国防部の幹部を解任するなど小手先のことが好きで、それが大統領の威厳発揮と誤解しているように見えるのだ。
朴前大統領の政策は全てひっくり返す方向を明らかにしている。
朴氏も、前大統領の政策をひっくり返したから、文大統領だけを責める訳にはいかないが、継続すべき政策はなかったのだろうか。
THAAD設置は、米国との関係もあって中止できない。
こういうジレンマで、少しは抵抗してやりたいとの子供じみた気持ちが災いを招いた。
今回のTHAAD追加4基の環境影響評価は、嫌がらせという見え透いたやり方に違和感を覚えるのだ。
『朝鮮日報』(6月6日付)は、「THAAD環境影響評価は手続き順守か 配備の妨害か」と題する社説を掲げた。
韓国の法律によると軍事施設については、一般環境影響評価を不必要とされている。
THAADはもちろん軍事施設である。韓国国防部は、この立場に立って環境影響評価を受けなかった。
ところが新政権は「待った」を掛けてきた。この命令が正しいかどうかだ。北朝鮮問題が厳しくなっているおりTHAAD設置が、環境影響評価を受けるために、最低限1年以上も遅れるデメリットが明らかになった。
文政権では、民族派が多数を占めているとされている。
民族派は、南北朝鮮統一を目的にしている。
この立場からすれば、THAAD設置が北朝鮮敵視を明確にするという理由で反対だ。
だが、夢のような話を重視し、北朝鮮のミサイル攻撃に対して無防備であっていいはずがない。
文大統領が、今回のTHAAD設置を一般環境影響評価に付して設置への時間稼ぎをし、民族派の顔を立てようという狙いと読める。
だが、米国は神経を使っている。
文氏のかねてからの発言から見て、THAAD設置を白紙に戻す前哨戦と捉えているのだ。
現に、「中国にいい顔をしたいために今回の一般環境影響評価問題を持ち出してきた(CNN)」と勘ぐり始めている。
文氏は、国内の民族派と米国の間に挟まって動きがとれない。
THAAD撤回はできない政治情勢である。
国内手続きを踏んでいるから、設置が遅れるだけと弁明しているのだ。
この問題は文氏が当初、想像していたよりも複雑な波紋を描き始めている。
スタンドプレーで始めた今回のTHAAD問題は、文氏の大統領評価を下げるだけに終わりそうだ。
(1)「韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領は5日、慶尚北道星州郡に配備されている米国の最新鋭地上配備型迎撃システム『高高度防衛ミサイル(THAAD)』について、法律に基づいて適切な環境影響評価を行うよう指示した。
国防部は当初、THAAD配備に使用するため在韓米軍に70万平方キロの敷地を供与する計画を進めていたが、実際は約32万平方キロしか供与しなかった。
これについて大統領府は『33万平方キロ以上が供与された場合に必要な一般環境影響評価を回避するためだった』と指摘している」
後述のように国防部の解釈では、軍事施設についての一般環境影響評価は不必要とされている。
となれば、大統領府が強引に理屈づけている「33万平方キロ以上が供与された場合に必要な一般環境影響評価を回避するため」は成立しない。
だいたい、38度線で敵対している「準戦時下」で軍事施設に一般環境影響評価は現実離れした話だ。
いかにも、民族派が言い出すことである。
THAADは、電力設備の設置がまだ終わらず、北朝鮮ミサイルの監視ができなかったという。なんという醜態か。これが、文政権の実態である。
(2)「その根拠は、敷地の追加供与計画の要点が記された昨年11月の国防部内部の報告書だ。
仮に一般環境影響評価が行われた場合は公聴会などの開催が義務化され、その結果、配備に至るまでどれだけ時間がかかるか予想もつかず、少なく見積もっても1年以上は間違いなくかかるとされている。
THAAD配備自体がすでに終了している事実も見逃せない。
大統領府はTHAAD関連の報告書にTHAADの追加搬入など必要な事項が意図的に書かれなかったとして、報告書作成の責任者とされた国防政策室長をすでに解任している」。
無理矢理に、報告書作成の責任者とされた国防政策室長をやり玉に挙げて詰め腹を切らせた感じである。
THAADの残り4基の搬入は韓国メディアで報道済みである。
しかもTHAAD1台は6基の砲から形成されていることも周知のこと。
文政権の大統領府が軍事知識の不足で騒ぎ立てたに過ぎない話だ。
騒ぎが大きくなって収拾に困り、一般環境影響評価問題にすり替えている。
進歩派政権は、こういうえげつないことを平気で行なう政権である。日本の民主党政権も無様だったが、それを彷彿とさせるのだ。
(3)「つい先日まで国防部は、『環境影響評価は必要ない』との立場を明確にしていた。
環境影響評価法には、『軍事上の高度な機密保護が必要であるか、あるいは軍事作戦を緊急に遂行すべき時と国防部長官が認め、環境部長官と協議した事項』については『環境影響評価を実施しないことも認める』と定めてある。
要するに、最終的には政府と大統領が決められることになっているのだ。
大統領がTHAADについて『北朝鮮の核兵器やミサイルから韓国を守るために必要』と見なし、この法律が定める『軍事上の機密保護』あるいは『軍事作戦を緊急に遂行すべき時』との判断を下せば、THAADを配備して運用することに大きな支障はない」
文大統領は、まだ野党時代の感覚が残っているようだ。
全てを公の場で議論すれば良いという判断だが、THAADという高度の軍事施設の内容を公聴会に掛ける神経が分からない。
その席には北朝鮮や中国のスパイも入り込むはずだ。そういう危険性を考えないところに「野党ぼけ」を感じる。
困った大統領が出てきたものである。
(4)「大統領がそう考えない場合、環境影響評価を理由にTHAAD配備をいくらでも遅らせることができる。
大統領府は『定められた手続きを守っているだけ』と説明しているが、『本当の意図は配備の妨害』といった批判もいくらでも可能だ。
THAADはそもそも同盟国である米国が在韓米軍とその家族を北朝鮮のミサイルから守るために配備を要請してきたものだ。
在韓米軍は大韓民国を守るために存在している。
またTHAADが配備されれば、結果的に韓国の国土のほぼ半分が防衛範囲に入り、その費用も米国が負担する。
ところが韓国が環境影響評価を理由に配備を遅らせたとなれば、同盟国である米国との信頼に傷が付くのは間違いない。
しかもTHAAD配備に反対する声が出た理由はただ一つ、中国が反対しているからだ。
今回のようなことが前例となれば、今後も何か複雑な問題が起こるたびに前に進めなくなるのではないか」
THAADは、米国が在韓米軍とその家族を北朝鮮のミサイルから守るため配備を要請してきた経緯がある。
北朝鮮が、米軍基地を目標にミサイルを撃ち込むリスクを避けるには、THAADが不可欠であるのだ。
米軍はこういう理屈付である。だから、設置費も米軍負担である。
ところが、文大統領は、前述のような話の流れに逆らって、環境影響評価を優先させると主張している。
いかに身勝手かは明らかだ。THAADは、米軍に駐留してもらっている必要コストである。この点が、日本とは全く理解の仕方が異なっている。
『中央日報』(6月6日付)は、「韓国、『THAAD配備撤回は絶対にない』」と題する記事を掲載した。
この記事では、大統領府で騒ぎを大きくした鄭義溶氏が、自ら米国へ赴き「弁明の旅」をしてきた顛末を記している。
米国からは相当な不興を買ったようで、文政権にとっては「高い授業料」についた。
いい勉強をさせられたのだ。これで、文政権は米国に強いロープで縛り上げられた感じである。
(5)「鄭義溶(チョン・ウィヨン)青瓦台(チョンワデ、大統領府)国家安保室長の6月1~3日(現地時間) の米国訪問は、高高度防衛ミサイル(THAAD)配備の未報告問題をめぐる韓米間の誤解を緊急に解消する目的だったことが把握された。
ソウルの外交消息筋は次のように指摘した。『鄭室長は1日、マクマスター大統領補佐官(国家安全保障担当)と会談し、新政権がTHAAD配備を撤回することは絶対にないという点をはっきりと通知した』とし
『会談時間の大半は、環境影響評価など手続き的な正当性を確保するための国内的措置がなぜ必要かを詳細に説明した』と述べた。続いて『鄭室長の説明にマクマスター補佐官は『詳細な説明に感謝する。(韓国政府の立場を)理解する』と述べた』と伝えた」
韓国新政権が、THAAD配備を撤回することは絶対にない。その点をはっきりと通知したという。
文氏は、大統領選挙運動中、米国に対してやや距離を置く姿勢を見せたが、今回のTHAAD問題で、すっかりその行動の自由を奪われた。最初から「陳謝の旅」となったからだ。
(6)「鄭室長の釈明で米国側の懸念が消えたとみるのは早い。
マクマスター補佐官が鄭室長の説明に『同意(agree)』や『支持(support)』という言葉の代わりに、韓国側の立場を『理解する(understand)』という外交的な修辞を使ったのもそのためだと考えられる。
ソウルの別の外交消息筋は、『米国は鄭室長の発言に“理解する”とは述べたが、実際に配備手続きが遅れる場合(鄭室長の説明とは違って)THAAD撤回決定につながるかもしれないと懸念する雰囲気がある』とし『手続き的正当性を確保する過程でTHAAD配備がどれほど遅れるかが最大の変数』と述べた」
外交用語では3種類あるという
①同意する(agree)=賛意
②支持する(support=賛意
③理解する(understand)=ただ聞いておく
今回の米国側の反応は、③理解するである。
韓国側の説明に納得していない証拠だ。もともと、THAADは軍事施設であるから韓国の規定では環境影響評価はしなくて良いはず。
それにもかかわらず、新政権は民族派の顔を立てたばかりに米国の不興を買っている。
外交センスがないものと呆れるのだ。今後の環境影響評価には時間がかかれば、ますます米国の不信を買うだろう。
(2017年6月11日)