[FT]日本の公的債務への懸念は行き過ぎだ
2017/9/7 6:30
(2017年9月6日付 英フィナンシャル・タイムズ紙 https://www.ft.com/)
1000兆円。1,000,000,000,000,000円。国内総生産(GDP)比239%。
日本の公的債務の壮大な規模を示すだけで、予告された惨事の戦慄が走り、道徳的な警鐘が鳴る。
これほど大きな債務は間違いなく金融の大惨事に終わるはずだ。
ギリシャを見ればいい。それで議論は終わりだ。何か手を打て、それも今やれ、怠け者め――ということだ。
急速な高齢化が進むなか、日本は公的債務と共生するという選択肢をとらざるを得ない
債務は日本の経済的な議論をまひさせ、税や歳出をめぐる政治的な意見対立を抑え込み、あらゆる景気刺激策に影を落とす。
だが、財政のアルマゲドン(終末)を告げる20年間の警告にもかかわらず、債務危機は一度として起きなかった。
米リーマン・ブラザーズ破綻と東日本大震災の規模のショックにもかかわらず、危機に近い事態さえ起きていない。
トレーダーの間には、日本国債の空売りを指す名前がある。「ウィドウメーカー」がそれだ。
■4つの解消法はいずれも現実味なし
金融の善悪を説く物語は大抵、債務の悪習を浄化する清めの危機で終わる。
だが、そうした危機は永遠に起きないかもしれないことを受け入れるべき時が来た。
日本はこれまで、世界一のペースで高齢化が進む国民を円滑に養ってきた。
景気回復の息の根を止めた2014年の消費増税など、深刻な政策ミスにつながったのは、中途半端でつじつまの合わない債務危機への不安だった。
国が多額の公的債務を解消する方法は、4つしかない。
成長、返済、デフォルト(債務不履行)、そしてインフレだ。
成長は論外だ。
安倍晋三首相が何を言おうとも、人口が縮小しているうちは、日本は成長によって債務から抜け出すことはできない。
どれほど多くの貿易協定に調印しようとも、どれほど多くの改革を完了しようとも、無理だ。
大規模な移民受け入れはすべてを一変させるが、債務比率でそのような根本的な社会的選択を決めるべきではない。
返済は成長と同じくらい難しい。
債務を返済するためには、医療や年金、国防への支出がどんどん増えるにもかかわらず、何年にもわたって財政黒字を出す必要がある。
そして国が黒字を出すためには、消費者、企業、あるいは外国人が財政黒字に相当する額の赤字を出す必要がある。
増税の見込みと不確かな年金給付を考えると、日本の家計が貯蓄を積極的に使い果たしていくとは考えにくい。
となると、デフォルトかインフレという2つの危機的結果が避けられないように思える。
だが、デフォルトは全く意味をなさない。
日本の債務のほぼすべてを、中央銀行と国内金融システムが保有しているからだ。
もし債務を返済しなければ、政府はただ単に、銀行の資本増強を迫られるだけだ。
自己に対してデフォルトすることになるわけだ。
インフレ率の上昇――日本が過去20年ほど達成できずにいる2%ないし2%強のインフレ目標――は、穏やかに債務を軽減することで、害になるどころか助けになる。
インフレ上昇への移行の過程で、日銀が制御を失い、物価急騰を許してしまうことは、あり得なくはない。
だが、政府には、いわゆる「インフレ税」を導入する動機がほとんどない。
日本は物価に敏感な年金生活者に満ちた資産保有国だ。
年金生活者の貯蓄を台無しにする以上に、政治的な自殺を遂げる早道はない。
公的債務を解消する4つのルートはいずれも、あり得ないように思える。
また、日本が世界最大の債権国であることを考えると、投資家のパニックと円からの資金逃避が4つの道のりのいずれかを選ぶよう政府に強いると考える明白な理由は何もない。
■5つ目の選択肢「債務と共生」
となると、比較的妥当な5つ目の選択肢が残る。
公的債務を解消するな。債務と共生していけ、ということだ。これは驚くほど実行可能だ。
債務危機が生じる可能性に疑問を投げかけた、先見性のある論文を2005年に執筆した米コロンビア大学の経済学者デビッド・ワインシュタイン氏と共著者のマーク・グリーナン氏は、
近く発表するアップデート版で、日本が国債パニックを避けられた理由を3つ挙げている。
金利負担の低下、高齢者向け歳出の容赦ない抑制、そして大幅な増税だ。
日本が債務に対して支払う実質金利は着実に低下してきた。
短期金利がマイナスになっている今、国は短期の借り入れを行うのにお金をもらっている。
日本の外貨準備やその他の公的金融資産からの収入を考慮に入れると、利払い費の管理はさらにたやすくなる。
その結果、安倍氏の下で実施された景気刺激策は、長年増加し続けた日本の債務をついに安定させた。
債務総額は2012年にGDP比237%だった。国際通貨基金(IMF)は、2022年の債務が同232%になると予想している。
低金利は、財政の持続可能性にとっては、既存の債務は大した問題にならないことを意味している。
それ以上に重要で、無駄の多い公共事業の評判を裏切るのは、日本が医療・年金支出について厳しい決断を下してきたことだ。
高齢者に対する1人当たりの歳出は実質ベースで減少した。
税収は2000年以降、GDP比で6ポイント増えている。
「このアプローチが続けば、日本は金融危機も大規模なインフレも避けられる可能性が高い」とワインシュタイン、グリーナン両氏は書いている。
■人口減で崖っぷちは続く
日本には散財する余裕はない。
ベビーブーム世代が高齢になるにつれ、各種手当の給付に資力調査を導入し、富裕税や消費税からの税収を増やす必要がある。
だが、日本はそれができることを示してきた。
このため、差し迫った危機への不安を捨て、即時の財政引き締めへの要求を取り下げるべき時が来た。
安倍氏の政策は日本の債務を安定させた。
景気後退時に利下げできるほどインフレ率が上昇し、好況期に財政黒字を出せるほど経済が強くなるまで、このまま回し続けていくことが不可欠だ。
日本のような人口動態を持つ国は、常に崖っぷちに近い場所にいる。
だが、歳出の規律を守れば、崖から落ちる理由はない。ウィドウメーカーには、まだまだ大勢の犠牲者が潜んでいる。
By Robin Harding
(2017年9月6日付 英フィナンシャル・タイムズ紙 https://www.ft.com/)