勝又壽良の経済時評
日々、内外のニュースに接していると、いろいろの感想や疑問が湧きます。それらについて、私なりの答えを探すべく、このブログを開きます。私は経済記者を30年、大学教授を16年勤めました。第一線記者と研究者の経験を生かし、内外の経済情報を立体的に分析します。
2017-09-29 05:00:00
韓国、「3大リスク」家計債務・高齢化・失業率を解決できるか
S&Pはすでに警戒している
閣僚に教授経験者を揃えたが
韓国国民は、迫り来る経済の構造リスクに気づいているのだろうか。
朴槿恵(パク・クネ)前大統領が、性格的に「人見知り」であったゆえに、「不通大統領」と言われて敬遠されてきた。
文在寅(ムン・ジェイン)大統領は朴氏とは打って変わって「外向的」だ。腰は低くいつもニコニコ顔。
人気の高まるのは当然であろう。まず、その人気ぶりを示す記事を紹介する。
「文大統領の人気はトップアイドルを彷彿(ほうふつ)とさせる。芸能界の熱狂的ファンとよく似ている。
支持者は大統領を『私たちのイニ』(イニは大統領の名前の愛称)と呼ぶ。
大統領の登山服、履き古した靴に甲論乙駁(おつばく)状態だ。
文在寅グッズも人気を集めている。
人気作曲家がつくったという大統領にささげる曲まで登場した」
(『朝鮮日報』9月17日付コラム「批判なき文在寅ブーム」)
文氏の人気は大変なものだ。
時給の最低賃金は、2020年に約1000円に引上げる。
公務員を17万人増やす。
非正規雇用は正規雇用にするなど、国民ウケする政策をズラリと並べた。「ポピュリズム全開」という感じである。
だが、韓国経済を襲う大津波の兆候が見え始めている。
皮肉にも、文氏の大統領就任がそのリスクを高める要因になりそうだ。
具体的には、「所得主導経済」である。
最低賃金の大幅引上げに象徴されるように、賃金だけを引上げても韓国経済は好循環過程に移行できるものではない。
この点は、私もブログで一貫して主張している。
所得が増えるには、企業の生産活動が活発でなければならない。
ところが、文政権は「反企業主義」である。企業性悪論に立っているから、企業はできるだけ規制しておかなければならいと見ている。
この「反企業主義」の下では、所得は増えないのだ。この理屈を次のコラムが説明している。
「世界で250万部売れた『マンキュー経済学』は、そのうち30万部以上が韓国で売れた。
この教科書は一様に、『所得は成長の結果であり、成長の源泉でない』で教えている。
これほど熱心に経済学原論を勉強してきた韓国で、所得が成長の源泉という正反対の所得主導成長論が通じるのは本当に驚く」
(『中央日報』9月13日付コラム「経済学原論と正反対の危険な所得主導成長」)
『マンキュー経済学』とは、懐かしい書名だ。現政権のトップは、この経済書を読んでいないのだろう。
この書は、1998年に米国で出版されて以来、世界的なベストセラーになっている。
日本語版邦訳は私の古巣、東洋経済新報社である。
文政権は、経済学の常道から外れた「所得主導経済」なるものを実験しようとしている。
結果は、「失敗」という形で「文人気」に水を掛けることになろう。
失敗が分かっていて突進するのは、「カミカゼ経済政策」と言わざるを得ない。
韓国経済は、これまでの「成長神話」が崩壊した。
戦後の急成長は、日本からの技術と資本の応援があったからだ。
そのことを完全に忘れて、「慰安婦だ」、「徴用工だ」と日本批判に余念がない。
日韓には深い溝ができており、ここ数年は日本企業と韓国企業の交流が断絶してきた。
これが災いして、韓国企業は世界の技術動向から置き去りにされた。
まさに、「反日」が、韓国経済の墓穴を掘った。謙虚でなかった報いを受けているのだ。
S&Pはすでに警戒している
『中央日報』(9月15日付)は、
「韓国、格付けを脅かすのは北核より家計負債」と題する米国格付け大手スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)のキムエン・タン常務(アジア・太平洋地域の格付け総括)のインタビュー記事を掲載した。
この記事では、韓国経済の抱える構造上の問題を指摘している。
家計債務・高齢化・青年失業率の三大リスクである。
これら問題が、文政権の掲げる「所得主導経済」によって解決できるとは思えない。
それほど根が深いのだ。
解決へのヒントは、次の点に要約できる。
規制緩和による経済活性化が大前提だ。
最低賃金を引上げて解決できるような小手先の問題でない。
はっきり言えば、アベノミクスの精神を見倣うことである。
(1)「韓国経済にとって長期的には、3つの課題が横たわっている。
①この2年間に急速に増えた家計負債の問題。
②高齢化問題も時間の経過とともに目立ってくるはずだ。
③青年失業率は経済だけでなく長期的に政治的な影響があるだろう。
若者が就職できない。また、就職が期待に及ばなければ政治的な余波が生じるものと見られる。所得不均衡も深刻化している」
S&Pは、韓国経済の抱える三大リスクとして、次の点を上げている。
① 過去2年間に急速に増えた家計負債の問題。
② 高齢化問題は今後、時間の経過とともにさらに目立ってくる。
③ 高い青年失業率は、経済面だけでなく長期的に政治面不安問題として影響する。
以上の三点を並べると、韓国経済が危険な状態にあることは、誰にも分かるはずである。
こうした構造問題にメスを入れなければ、いずれ破綻するに違いない。
構造問題にメスを入れるとは、脱「既得権益」を鮮明にすることである。
文政権は、財閥制度の合理化を旗印に掲げている。
もう一つ、既得権益集団である労組に対しては手つかずである。
労働改革は、産業構造の変化に合わせて行なわなければならない。
だが、労組が文政権の強力なサポートをしてきた。この切っても切れない関係が、韓国経済の合理化を阻んでいる元凶である。
(2)「家計負債の増加問題は、政府が選択できる政策手段を制限するというマイナスがある。
家計負債が増えれば、その負債返済が優先されるので可処分所得が減る。
可処分所得の減少は、個人消費を減らすので企業の売り上げが落ちる。
そうなると、企業は設備投資を抑制する。
銀行の貸出先が減るので、不動産業への貸出も縛られる。
政府が不動産業の振興を展開できる余力が減る。
こうして、不動産価格が急落すれば、銀行は担保価値の目減りが起こり銀行経営が不安定になる。
すぐにこういう一連の影響を及ぼすのだ。しかし2、3年以内は格付けに影響は与えないだろう」
韓国の家計債務の増加要因は、不動産購入に伴う借り入れが大きな理由だ。
韓国の家計は、資産(純資産)構成で不動産比率が極めて高いのだ。
実に74%にも達している。米国の35%、日本の44%と比べて異常な高さである。
韓国人が不動産所有にこだわるのは、金融資産へのなじみが薄いという側面もあろう。
金融資産であれば、負債が増えるはずもない。
一度に高額の支払いがないからだ。
韓国社会全体が、儒教という過去回帰型文化ゆえに、不動産を珍重して金融資産に興味を持たないという性向が強いのであろう。
その点、日本がNISA(少額投資非課税制度)によって、金融資産へ国民の関心を誘導していることは効果的である。
(3)「ベビーブーマーが引退後に個人事業をしたり、家賃を受けて生活するために家を買おうと融資を受ける。
どんな事業であろうとリスクはある。
しかも韓国では中小企業と自営業者の実績がそれほど良くない。
資金を借りて事業をしても所得として戻ってこないことがある。
高齢化で国内の需要が減れば賃貸料も減り、住居価格自体も落ちるリスクがある。この場合、韓国の家計が悪化するだろう」
2016年の人口構成比で、韓国は高齢層が若年層を初めて上回った。
韓国統計庁によると、16年11月1日時点の総人口は前年から0.4%増の5127万人で、
うち65歳以上が678万人(13.22%)、0~14歳が677万人(13.20%)だった。
韓国の高齢者の半数は、後述の通り貧困層に当たるとされる。それだけに、高齢社会の韓国経済に与える影響が懸念されている。
老後資金づくりは、理想を言えば年金に頼ることが基本だ。
韓国では、年金制度が未成熟である。
年金受給が可能な高齢者の78%は、年金を全くもらえないか、年金をもらっていても受給額が月25万ウォン未満(約2万5000円以下)に過ぎない。
老後の生活に備えるべき資金が、子どもの教育費に消えてしまう例も多い。
最近も、子どもから米国の大学院留学費用を支払へという裁判が起こされ敗訴した例がある。
何と、1100万円も支払えという訴状だ。こういうあり得ない話が出るほど、韓国社会は非常識な面がある
韓国では、親が子どもの教育費を工面して大学を卒業させても、満足な就職先はないのが現状である。
この問題は後で取り上げるが、歳をとった親は生活苦、大学を出た子どもは就職難。
まさに、地獄そのものであろう。
この状態をいかに突破するか。
労働改革の必要性がここにあるのだ。労働組合は、既得権益確保のために一切の労働改革を阻む。余りにも身勝手で「むごい」話だと思う。
日本の高齢者は恵まれている。
日本の高齢化対策は世界4位である。
米コロンビア大や南カリフォルニア大の研究者が開発した、高齢化対策指数の「ハートフォード・インデックス」によると、
①ノルウェー、
②スウェーデン、
③オランダ、
④日本、
⑤米国である(『ロイター』9月7日付け)。
日本は、福祉先進国の北欧諸国に次いでいる。このランキングは総合指数であり、高齢者が健康な生活を十分に送れるかどうかを判定したものだ。
閣僚に教授経験者を揃えたが
『中央日報』(9月15日付)は、S&Pアジア・太平洋地域韓国企業信用評価チームのパク・ジュンホン・チーム長の見解も報じた。
(4)「S&Pは、家計負債と人口構造変化、高い青年失業率など構造的リスクを国家信用等級に影響を及ぼす長期的変数だと判断した。
タンチーム長は、『韓国は教育に対する投資が依然として高いのに青年失業率が上昇している』とし、
『若者層が職を得ることができる方向で教育投資が行われなければならない』と話した。
S&Pは昨年8月、韓国の国家信用等級をAA-からAAへと一段階上方修正した後、同水準を維持している」
繰り返しになるが、韓国経済の三大リスクについて、S&Pは①家計負債、②人口構造変化、③高い青年失業率を上げている。
これらの項目をじっと眺めると、共通因子の存在に気づくだろう。
つまり、高学歴の教育を受けながら、それを生かす方法を知らないという皮肉である。
「反日」では国を挙げて日本を糾弾するが、韓国自身が抱える矛盾点には、誰も気づかずにいることだ。
これこそ、保守回帰型文明の落とし穴である。
韓国の高学歴を生かすには、「イノベーション能力」を高めることだ。
それには、諸々の規制を外すことである。
文政権は、「反企業主義」であって規制を強める方向を目指している。
これが、そもそも間違いである。企業は抑制対象でなく活性化させてこそ、初めて成果が上がるもの。その点で、文政権には多くを期待できないのだ。
文政権では大学教授を多数、閣僚に任命している。典型的な学歴政権である。
これでは、抽象的な議論に終始して一歩も先へ進むまい。
ちょうど、大学の教授会を思い出せばいいだろう。韓国の大学教授会は、どうなっているか不明だが、一般的には「教授会万能主義」である。
教授会が学部の人事権すら持つという、「治外法権」的な例が多い。韓国政府が、こういうムードに流されているとすれば、「イノベーション」にはほど遠いであろう。
8月の失業率は前年同月と変わらず3.6%だ。
このうち若年層(15~29歳)の失業率は9.4%で前年同月比0.1ポイント悪化。金融危機に襲われた後の1999年8月の10.7%に次いで最も高い水準である。
若年層は、多くが大学卒である。
日本の昭和初期(金融恐慌時)に大卒失業者が多く出たとき、「大学は出たけれど」という歌が流行った。
今、韓国にそれが起こっているのだ。韓国は大不況でなくても、大卒者の失業率が10%近い社会である。
これは、韓国社会が構造的な問題を抱えている証拠である。
その病根は、社会の閉鎖性にあるはずだ。
既得権益を固守する層が強い権力を握っている。「反日」をやる暇があれば、国を挙げて究明すべきことであろう。
韓国では、多くの大学卒業者が公務員を希望職種に上げている。
卒業後、2年や3年は「就職浪人」が当たり前という社会では、「高学歴」が企業活動に生かせる余地がない。
親が、老後資金まで子どもの教育費につぎ込んでも、「リターン」は期待薄とすれば「親子共倒れ」になる。
韓国最大の矛盾はここにある。
韓国政府が、「教授会」まがいの陣容を構えても、議論するだけで結論は出ないに違いない。インテリ特有の弱さである。
(2017年9月29日)