政治経済 2022/06/20 18:30
徴用工問題解決のカギは方法にあらず、身内にあり
牧野 愛博 ,
OFFICIAL COLUMNIST
朝日新聞外交専門記者
尹錫悦大統領(Photo by Chung Sung-Jun/Getty Images)
韓国大法院(最高裁)が2018年秋に日本企業に損害賠償を命じた徴用工訴訟問題を巡り、韓国・ソウル新聞は20日、問題解決を目指す官民合同の協議体が今月末にも発足すると伝えた。
同紙は「日本政府が最も敏感に反応する、日本企業の資産売却を通じた現金化手続き防ぐ作業に乗り出した」と説明した。
韓国外交省は同日、この報道について「記事内容について言及することはない。
我が政府は強制徴用問題に関連した韓日両国の共通利益に一致する合理的な解決案を模索するために努力していく」という内容の記者説明を行った。
関係筋によれば、この動きは事実だという。
徴用工訴訟では昨年、韓国地裁が三菱重工業と日本製鉄(旧新日鉄住金)の韓国内資産の売却を命じており、現金化の作業が最終段階に進んでいる。
果たして、この動きは問題解決につながるのだろうか。関係者の話をまとめると、大きな前進には違いないが、この先、まだまだ難しい問題が待ち受けている。
「大きな前進」としたのは、韓国政府が問題解決に向けて動き出したからだ。
今年5月までの文在寅政権時代は「三権分立で、政府は司法に介入できない」「被害者に寄り添った政治が必要だ」などと主張していた。
韓国大統領府や外交省がまったく努力しなかったわけではない。
当局者の1人によれば、文在寅政権当時も政府関係者が原告団と接触し、問題解決の道を探ろうとしていた。
この当局者は「文在寅は決して日本が嫌いだったわけではない。
ただ、青瓦台(当時の大統領府)には色々な立場の人がいた」と言葉を濁した。
大統領府や外交省には当時、強硬な反日主義者がいたのも事実で、こうした足並みの乱れが、韓国政府としての問題解決の動きを止めていた。
韓国政府の元高官も「文政権は問題解決の動きに耳を貸さなかった。
尹錫悦政権が問題解決の動きを始めたことには大きな意味がある」と評価する。おそらく、今後は、韓国政府が日本企業に代わって原告団に賠償金を支払う「代位弁済」を軸に話が進むだろう。
ただ、「難しい問題」が山積していることも事実だ。
第1に、韓国保守勢力のなかですら、依然、「自発的で構わないから、日本も物心両面で配慮すべきだ」という声がある。
慰安婦問題を巡る「女性のためのアジア平和国民基金」(アジア女性基金)や、2015年の日韓慰安婦合意などで、日本は資金を提供し、首相の慰労の言葉などを添えてきたからだ。
ところが、徴用工は、1965年の日韓請求権協定当時には議論されていなかった慰安婦問題と異なり、韓国側も問題の所在を認識していた。
日本が徴用工問題で新たな譲歩をすることは、請求権協定を破壊し、半世紀にわたって積み上げてきた日韓協力の歴史を台無しにしてしまう。
徴用工問題で結果的に、韓国の行動に対して支援する動きが日本国内で起きる可能性はあるが、韓国が最初から解決案に日本の譲歩や支援を組み込むことは不可能だ。
第2に、日本に譲歩を求めない案でまとまったとしても、実現には法律と予算がいる。
韓国政府で日韓関係を担当した元高官は「代位弁済するには、予算がいる。そのためには法律を作る必要がある。罪刑法定主義ならぬ財政法定主義で、企画財政省は法律がないとカネを出さない」と語る。
そして「法律を通すには、外交通商委員会、企画財政委員会、法制司法委員会などで採決し、最後に本会議を通過する必要がある」と指摘する。
与党「国民の力」は6月1日投開票の統一地方選で勝利したが、国会(定数300)での議席数は115に過ぎない。対して、文在寅政権時代の与党「共に民主党」は170議席だ。
韓国政府関係者の1人は「尹錫悦政権がいくら合理的で、文句のつけようのない解決策を作っても、提案した瞬間、野党が反対する可能性がある」と話す。
いわゆる「反日フレーム」(日韓関係を改善する動きを、韓国では公の場で支持しにくい親日派のレッテルを貼って攻撃する行為)が使われる可能性が高いという。
ソウル新聞が伝えた「官民合同の協議体」に、政治家、それも進歩系の野党政治家が加わっていれば別だが、どうもそこまで幅を広げた動きではないらしい。この問題が解決するかどうかは、日本政府の対応ではなく、韓国の内政にかかっているのだ。
そして第3に、与野党がまとまった法律と予算ができあがったとしても、原告団が納得しなければ意味がない。
韓国政府の元高官は「原告の1人1人から、代位弁済で構わないという承諾を得て、被告企業に対する権利行使の委任をもらう必要がある」と語る。
関係者らによれば、原告団のなかには、「代位弁済で構わない」という人もいる一方、「日本企業からもらいたい」と訴えている人もいるようだ。原告団を説得するための作業も必要になる。
こうした「難しい問題」をクリアするまでにはそれなりに時間が必要だ。それまでに、日本企業の韓国内資産の現金化が行われれば、努力は水泡に帰しかねない。あるいは「官民合同の協議体」が議論している間、各方面は行動を自重してほしい、と尹錫悦大統領が呼びかけるのかもしれない。
日本政府は、韓国側が問題解決の道筋を示していないことを理由に、7月の参院選前の日韓外相・首脳会談を見送る考えだ。「官民合同の協議体」発足をもって、外相や首脳会談開催の号砲となるのかは、依然まだよくわからない。
文=牧野愛博