🐶🐶犬🐶🐶
最近、撮影現場に犬を連れてくるスタッフさんが多い。
決まって結構大きな犬で、すごく仲が良さそうなのだ。
聞けば、いつでも一緒だそうで、
「家に帰ると犬だけですよぉ、出迎えに来てくれるのはさ」
なんて言って、目を細めている。
そのたびに、いいなぁ、私も飼いたい、と思う。
けれど、私には、ちょっとしたトラウマがあるのだ。
小さい頃からアパート住まいで、何回か引っ越しをしたものの、
毎度、犬を買ってはいけません的なところに住むことになった。
いつか犬と暮らしたいと思っていたが、どこかで犬を飼うことをあきらめていた。
というのも、犬のことを言うたびに、うちのおかんが、
どうせあんたは世話などできないし、あんた飼うと、犬が死んじゃう」
と恐ろしいことを言うからだ。
好きだからこそ、飼わないでおく。
おかん流の間違った洗脳教育は、見事、成功していたのだった。
会社に入って数年経ち、忙しくて、忙しくて彼氏もいなくて辛かった私に、
ある日、友人が、犬を飼えばいいのに、と勧めてくれた。
安易だ、と思ったが、OLの寂しさは犬でまぎれるよ、と彼女にサラリと言われると、
なんだかそういう気もしてきた。
そういえば、彼女、いつもニコニコしている。
犬ってそんなにすごいの?
犬、欲しいぞ、
なんとしてもここは、お犬様に癒してもらうんだ!
その日に帰宅して早々、思い切って言ってみた。
「ねえ、犬、飼たいんやけど」
おかんは、キョトンとして、
「犬は買われへんて言うてたやろー」と、何を今さら、みたいな顔で言った。
やっぱりそうか。
けれど、今は欲しくてたまらなくなっていた私は、もう一度、粘ってみる。
「このマンションさぁ、ペット禁止やけど、
あんまり吠えへん犬にしたらバレへんのちゃう?」
わたしは、子供らしくごねてみた。
そして、社会人らしく理屈もこねてみた。
「おかんも犬がいたほうが、私が仕事でいない間、寂しくないやろうし」
すると、おかんは、わたしをじっとみてこう言ったのである。
「そんなにあんた、犬が飼いたいんやったら、
おかんが、犬になったるわ」
一瞬、意味がわからなかったが、
おかんは突然、私の前で、赤ん坊のようにハイハイをし、ワン、と言った。
コタツの周りをワンワン言いながら走りはじめた。
私は呆然として、その恐ろしい光景をぼんやり見ていた。
これは止めないと、やばい。
でも、どうしたらいいのか分からない。
おかんは、ワンワン回っている。
わたしは、なんだか泣きたくなりながらも、
ムツゴロウの動物王国を思い出して、おかん犬に抱きついた。
「よーし、よーし、うわしゃしゃしゃしゃ」
寝転がりおかんを強く抱きしめ愛撫する。
おかん犬は、気持ちよさそうだった。
お互い自棄(やけ)になっていた。
トコトン、犬だと思ってやろうじゃないの。
おかんの頭をなで、キスをした。
おかんは、私の腕の中で、ワンワン言っている。
鳴きやまない。
無邪気な犬をやめない。
ダメだ、負けた。
負けたよ、おかん。
わたしは、つぶやいた。
「もう犬を飼いたいなんて、言いません」
するとおかんは、あっさり、そやったらええわ、と言い、さっと立ち上がって台所のほうに消えた。
おかんよ。
それ以来、わたしは、どんなに可愛い犬が現場に来ても、抱きつけない。
(「生きるコント」大宮エリーさんより)
最近、撮影現場に犬を連れてくるスタッフさんが多い。
決まって結構大きな犬で、すごく仲が良さそうなのだ。
聞けば、いつでも一緒だそうで、
「家に帰ると犬だけですよぉ、出迎えに来てくれるのはさ」
なんて言って、目を細めている。
そのたびに、いいなぁ、私も飼いたい、と思う。
けれど、私には、ちょっとしたトラウマがあるのだ。
小さい頃からアパート住まいで、何回か引っ越しをしたものの、
毎度、犬を買ってはいけません的なところに住むことになった。
いつか犬と暮らしたいと思っていたが、どこかで犬を飼うことをあきらめていた。
というのも、犬のことを言うたびに、うちのおかんが、
どうせあんたは世話などできないし、あんた飼うと、犬が死んじゃう」
と恐ろしいことを言うからだ。
好きだからこそ、飼わないでおく。
おかん流の間違った洗脳教育は、見事、成功していたのだった。
会社に入って数年経ち、忙しくて、忙しくて彼氏もいなくて辛かった私に、
ある日、友人が、犬を飼えばいいのに、と勧めてくれた。
安易だ、と思ったが、OLの寂しさは犬でまぎれるよ、と彼女にサラリと言われると、
なんだかそういう気もしてきた。
そういえば、彼女、いつもニコニコしている。
犬ってそんなにすごいの?
犬、欲しいぞ、
なんとしてもここは、お犬様に癒してもらうんだ!
その日に帰宅して早々、思い切って言ってみた。
「ねえ、犬、飼たいんやけど」
おかんは、キョトンとして、
「犬は買われへんて言うてたやろー」と、何を今さら、みたいな顔で言った。
やっぱりそうか。
けれど、今は欲しくてたまらなくなっていた私は、もう一度、粘ってみる。
「このマンションさぁ、ペット禁止やけど、
あんまり吠えへん犬にしたらバレへんのちゃう?」
わたしは、子供らしくごねてみた。
そして、社会人らしく理屈もこねてみた。
「おかんも犬がいたほうが、私が仕事でいない間、寂しくないやろうし」
すると、おかんは、わたしをじっとみてこう言ったのである。
「そんなにあんた、犬が飼いたいんやったら、
おかんが、犬になったるわ」
一瞬、意味がわからなかったが、
おかんは突然、私の前で、赤ん坊のようにハイハイをし、ワン、と言った。
コタツの周りをワンワン言いながら走りはじめた。
私は呆然として、その恐ろしい光景をぼんやり見ていた。
これは止めないと、やばい。
でも、どうしたらいいのか分からない。
おかんは、ワンワン回っている。
わたしは、なんだか泣きたくなりながらも、
ムツゴロウの動物王国を思い出して、おかん犬に抱きついた。
「よーし、よーし、うわしゃしゃしゃしゃ」
寝転がりおかんを強く抱きしめ愛撫する。
おかん犬は、気持ちよさそうだった。
お互い自棄(やけ)になっていた。
トコトン、犬だと思ってやろうじゃないの。
おかんの頭をなで、キスをした。
おかんは、私の腕の中で、ワンワン言っている。
鳴きやまない。
無邪気な犬をやめない。
ダメだ、負けた。
負けたよ、おかん。
わたしは、つぶやいた。
「もう犬を飼いたいなんて、言いません」
するとおかんは、あっさり、そやったらええわ、と言い、さっと立ち上がって台所のほうに消えた。
おかんよ。
それ以来、わたしは、どんなに可愛い犬が現場に来ても、抱きつけない。
(「生きるコント」大宮エリーさんより)