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アルツハイマー薬④

2019-12-07 13:07:00 | お話
アルツハイマー薬④

(その後はどういう歩みを辿られたのですか?)

🔹杉本、ある時飲み会で社内のライバルと大喧嘩し、私は手を出してしまったんです。

そうしたら、「君はもう研究はいいから、人事部に行け」と。

悔しかったですね。

アリセプトが臨床試験の段階に入って、これからという時期でした。

人事部に行っても研究の思いが断ち切れず、一時転職活動をしたことがあります。

でも、どこも採用してくれなかった。

それもそのはずです。

50代目前にして、大学は夜間部を卒業しただけで博士号はなく、論文も1本もない。

これでは採用されるはずがありません。

泣く泣く前人事部の仕事をすることになりましたが、

結果としてそれが非常によかった。

時間に余裕ができたので、仕事終わりに毎日零時まで図書館にこもって、論文を書き続けました。

また、人事部にいたおかげで全国の大学の先生とネットワークができ、

私の論文を読んだ広島大学の先生が声を掛けてくださり、広島大学で学位を取れることができたんです。

それがなければ教授にはなれていません。

つくづく、人生において無駄なことは何一つない。

人生すべて当たりくじなのだと実感しています。

(一見、左遷と思いたくなるような不遇な状況でも、心を腐らせることなく精進されたのですね)

🔹杉本、人事部には結局7年在籍しました。

転機が訪れたのは、アリセプトがようやく新薬として販売開始されることになり、

記念大会が1997年にアトランタで開かれた時です。

開発代表として、母親のエピソードを交えながら開発に懸けた思いを語ったところ、

大歓声と共にスタンディングオベーションが起きたんです。

あれはもう感動の瞬間でしたね。

その後社長が研究所に戻してくれ、60歳の定年まで所長として勤めあげることができました。

(研究者として花道を飾ることができたのですね)

🔹杉本、実は研究者になった頃から、私はある葛藤を抱えていたんです。

母親の影響で『法華経』になじみがあったのですが、

その中に、「生き物を殺してはいけない」と書かれている。

でも研究室では動物実験をしなければいけない。

人間の健康を得るために小さい動物の命を犠牲にしなければならないという矛盾にぶつかった。

(難しい問題ですね)

🔹杉本、それで「もう研究をやめよう」と思った矢先、

人事部に異動になったんです。

だから、人事部から再び研究職に戻った時、

私は「研究に携わっている間は肉を断とう」と自らに誓いを立てました。

以来20年間、一切肉を食べていません。

それだけではなく、毎朝30分間、実験に使った動物たちの供養のためにお経をあげ、毎年法名をつけています。

マウスやサル、イヌといった動物たちのおかげで研究することができている。

ならば、お礼が必要なんですよね。

普通の科学者はそんなことしないでしょう。

これが冒頭でもお話しした、

根拠のない自信につながっていると思うのです。


(つづく)

(「致知」12月号 佐々木洋さん 平岡和徳さんより)