AKB48の旅

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AKB48じゃんけん大会2013感動特集号の秋元氏インタビュー

2013年10月26日 | AKB
よく知られた話であっても、実際のリアルタイムの現場の因果関係は微妙に違う、そういう例は多々あるし、物語というものは、容易に再構成されてしまうもの。実際このあたりのことは、過去ログ「HKTの時系列を振り返る」でも検証してみた。AKB48じゃんけん大会2013感動特集号の秋元氏インタビューで、これに類する、微妙な因果関係に触れていたのが興味深かった。

よく知られた話というのは、SKE初期メンバーオーディションの最終審査で、50人中49番目だった松井Jさんが、機材の不具合からラストに回されたこと。その松井Jさんが「ダイヤモンドの原石」だったという例のやつ。

以下同インタビューから引用

今日、この子に大トリを飾らせるために、それは運なのか、芸能の神様なのかわかりませんが、何かの力が働いたんじゃないかと。順番どおりに審査を受けていたとしても合格はしていたでしょう。でもその偶然のおかげで、まるで舞台が整い、満を持して登場したような鮮烈な印象を受けたのです。そんな彼女のパワーに未来を感じた。それで合格後、当時まだ11歳だったのもかかわらず、シングルのジャケットの表紙に抜擢したのです。

以上引用

それが「大声ダイヤモンド」であり、AKBブレイクのきっかけとなったとされてるのは言うまでもないけど、このインタビューで、あの抜擢は、単純に松井Jさんが「ダイヤモンドの原石」だったからではなく、アクシデントが印象深かったからでもなく、目の前の現実を超えた神の見えざる意思を見たから、言わば「天啓」を得たからであることを、秋元氏は述べてることになる。

以前から疑問を呈してきたように、秋元氏の宗教観というか、秋元氏が披瀝する「神」の概念は、けっこう謎のように思う。因果律に則るような多神教的な態度と、予定律に従ってるとしか思えない一神教的な態度が、モザイク状に絡み合ってるかのように見える。どう考えても矛盾するしかないのに、そこに自覚的には見えないし、悩んでるようにも見えない。さらには、こういう超自然的な存在を受け入れているとしか考えられない言動の一方で、厳然としたリアリストでもあるという。

まあ答えはシンプルに、ベースとしては極めて日本人的な多神教コスモロジーの存在であって、その上で、芸能界という極めて過酷な世界を泳いできた、目撃し続けてきた結果としての、それこそ苛烈なキリスト教的な世界観を、現実として受け入れてきた結果ということなんだろう。これまでにも何度かこの件には触れてきたけど、そんな理解で、当たらずとも遠からずなんじゃないか。