月一 2013年02月14日 | 日記 便利な高台にある父の墓は昭和33年に他界したとき母が建立した。 私高校2年生の時である。 母は赤い字で入っていたのだが晩年を関東で送ったので自身は「憩い」なる墓標で、も一つの墓、多摩墓地に眠っている。 月一で訪れる父の墓の前でいろいろ語りかける。 でも死んだ人は何も語ってくれない。 「おとうさん 私は強くなりたい。力を貸してください。」 お願いをして枯れた花と殻になった水入れを持ち坂を下る。 瀬戸の陽は暖かい。