地球散歩♪

いもとなおこのBLOG

モザンビークの楽園編。

ベイルートの建築

2018年06月09日 | middle east


ベイルートでおそらく一番印象的だったのは
このモスク
中東のモスクの建築っていうのは
調和が凄くて荘厳かつ
どこまでもディテールが繊細で
言葉を失うほど
本当に美しい
さらに
お隣が教会なんです

ダウンダウンの建築も
かなりゴージャスだけど
内戦が終わってから
この10年くらいで急速に再建されたということで
昔の建築を再現してるということだけれど
あまりにも立派すぎて
不自然過ぎて
フェイク感さえ漂うのです
インスタ映えはするけどねー

ずっと来たかったベイルートにお仕事で来られて
幸せです
これにてベイルート投稿はおしまい
エーゲ海投稿に戻ります笑

レバノンで同窓会

2018年06月07日 | middle east
レバノン食ネタ。

レバノン料理の中でも大好きで、
自分でも作れる。
と言いたい(笑。しかし簡単な前菜のメッゼのみやないかーい)お料理が以下。

ファトゥーシュ


タブッレ


ムッタバル


ハムス


ああ、食べた食べた !
メッゼだけしか載せていないけれど。。

たまたま、スリランカ時代の同僚がベイルートに出張で来ていて、
コンゴ人の彼とは8年ぶり、
スリランカ人でナショナルスタッフだった彼女とは4年ぶりにあった。

私たち歳とったねといいながら、
あの時の昔話や、
昔の同僚の話を懐かしく話して、
偶然にもこうやってまた会えたことが嬉しくて、
コンゴ人の彼と私は
レバノン料理に舌包を打ちながら、
昔みたいにワインをたらふく飲んだのでした。

コントラストの街

2018年06月06日 | middle east


まだフラフラは続いているのだけれど
さっきベイルートから帰国して家に着いて
相変わらず仕事は山積みで
これからまた仕事して
明日また空港へ…。
何も考えず
苦にも感じず
ただ淡々と今週を終え
週末は島に行こう。

ベイルートはなんだか不思議な街だった。
内戦の痕跡がまだ一部生々しく残る中、
ダウンタウンの発展と言ったら。
ニューヨークの5th アヴェニューもびっくりだよ。
すごい建築に、ブランドのお店。
誰が買えるねん。

あまりもフェイク感半端ない。
だってちょっと離れたら、リアリティが広がっているんだもの。

最初の写真、モダンな建築の隣に、昔軍隊か何かの建物だったらしき、戦闘のあと。

さて仕事しますか。
その前に暑いから夜食に素麺食べよう。


ベイルートも初上陸

2018年06月02日 | middle east

2時間寝て、朝4時には空港へ。

フラフラな私は、
乗り継ぎのイスタンブールの空港でマニキュア、肩首マッサージをしてもらい、
マッサージのお姉ちゃんは寝ぼけている私に
「足もやりましょうね」と返事させ、
その間私は爆睡してた。

やっと着いた先はベイルート。
レバノンは初。
ずっと来たかった街。
パーティータウン。
女性の化粧が凄い。
あんなに塗りたくってたら化粧品減るの早いやろな。。

タクシーの運転手の運転が荒い。
降りる時には、お釣りはもらう大前提で、さらに「チップないの?」だって。
ないよ、と即答。

何だか落ち着きのない、せわしない街だ。

素敵スポットお伝えしたいけれど
疲れすぎてホテル着いたら爆睡。
明日は歩きたいけど
仕事終わらなすぎてヤバイ。
でも動けない。。

アンタルヤの違う景色

2017年02月05日 | middle east

Rixosホテルで気持ち良く寝て、

朝ご飯も美味しく頂き、

今日は月曜日、仕事初めだ。

名前も知らなかったリゾート地のホテルで迎えることになったけれど、部屋にちゃんとデスクもあるし、快適だ。

こうなったら帰ることに慌てず、ここでじっくり落ち着いて仕事するのだ。

休み明けで会議もいくつかあったけれど、それも逃れ、メールとスカイプでたったかたったかと必要な仕事をこなした。

悪くないな・・・。

他の足止め旅行客もみんなくつろいでいる。

相変わらずターキッシュ空港からの連絡はないので、

夕方にはスパでターキッシュ・ハマム(トルコ式風呂)を予約した。これはもちろん有料。

これが思いのほか、最高に良かった。

ハマムは以前モロッコ旅行で一度だけ経験したけれど、

大理石みたいなお風呂場でゴシゴシと垢を擦ってくれて、

最後に大きな袋に入った気持ちのいい泡をぶわっとかけてくれる。

泡がこんなに気持ちがいいものだったなんて・・・。

担当のお姉さんのマッサージの技術も最高に良くて、

私の肩こり具合に驚いて、

徹底的にほぐしてくれた。

マッサージに厳しい私が満足することは少ないのだ。

すっかり気持ちよく上機嫌になった私は、仕事を続けるのを諦め、時差ボケも手伝って、早々に眠りに着いた。

 

朝の6時くらいに目が覚め、良く寝たなあ、と思っていたら、電話がなった。

「7時半の空港行きのバスに乗ってください」

 

やっとだ!3泊足止め後、やっと光が見えてきた!

このときの喜びと言ったら。

時差ボケも幾分解消し、気持ちも軽い。

一昨日の夜とはエラい違いだ。

ウキウキと朝食を済ませ、7時半前にバスに乗り込むが、なかなか発車しない。

もー、ブラジル人ってば!

聞くと、ツアー客御一行様のうちの一人がまだ起きてきていないという。

そういうの、添乗員さんがちゃんと事前に確認しておいてよ・・・。

はやる気持ちを抑え、再度アンタルヤ空港へ着き、チケット売り場に並び、

1時間半くらい並んだところで、ようやくチケットが発券された。

 

あああ・・・!

 

誰かと喜びを分かち合いたかったけれど、

一匹狼だからさっさとその場を去り、荷物を預けて登場ゲートへ向かった。

 

雪のイスタンブールに飛行機が着陸したとき、

乗客は拍手喝采となった。

 

イスタンブールでもまだあちこちで長蛇の列があった。

イスタンブールの滑走路はここ数日ずっと閉鎖されていたから、多分、あのときに手際良くアンタルヤからイスタンブールへと発ったベルギー人も日本人たちも、

きっとイスタンブールでまた足止めを食らっていたと思う。

そう思ったら、アンタルヤのゴージャスなホテルで2泊できた私は、ラッキーだった。

そう思うことにして、飛行機はようやくイスタンブールを経ち、私はアテネに着いた。

日本を出てから、5日くらい経っていた。

また一つ、私の海外珍道中のネタが増えた。

さあ、明日からまた仕事だ。


まだまだ遠い帰り道。

2017年02月05日 | middle east

な、なんということだ・・・。

怒りで震える私は、私は引き下がった。

「あなたがイスタンブールまでのチケットしか発券できないことはわかりました。

とりあえずイスタンブールまでで良いので発券してください。あとは自分で何とかしますから」

「いや、それはできません。あなたはアテネ行きのチケットを持っているのですから。あなたの気持ちは十分に察します。でも私にはあなたのチケットを発券することはできないのです。」

「なんでそれを、2時間前に列に並ぶ前に言ってくれなかったのですか?」

もう、ターキッシュ航空に文句を言っているのか、

トルコ人の配慮のなさに文句を言っているのか、

どうでも良くなっていたが、とにかく怒りが収まらない。

圧力鍋みたいになった私は、泣きそうになりながら(いや、多分泣いてた)、

意を決してチケット売り場に並んだ。

あと2時間か、3時間か・・・。

みんな怒り心頭で、誰かがターキッシュ航空のスタックと口論になって怒鳴る度に、

みんな拍手喝采で応援を送る。

この穏やかな私でさえこんな状態なのだから、

誰かが発狂したり、窓口のガラス戸を叩いたりしても、もはや何も不思議ではない。

 

少し時間が経ったところで、誰かが大声で怒鳴った。

「今日のイスタンブール行きの便はすべて欠航になりました」

 

なんてこったよ・・・(涙)

 

もう怒りと悲しみと疲れでヨレヨレになった私は、

放心状態になりかけたけれど、

ターキッシュ航空ではない他の航空会社の便が飛んでいることを知り、

それを使ってとりあえずイスタンブールへ行こうと決めた。

アテネへの便はそれから考えよう。

 

100ユーロくらいの便を買い、荷物の超過料金まで払い、

1時間くらい待った。

イスタンブールに着くのは夜の11時くらい。どこに泊まろう。

知り合いに連絡したけれど、連絡が着かない。

夜遅いし、雪だからあまり動きたくないから、空港の近くの格安ホテルに泊まろう・・・。

 

ふと思い立って、明日のイスタンブールからアテネの便を何とかおさえるため、

再びターキッシュ航空のチケットカウンターに並んでみた。

例の日本人グループを助けていた、優しそうな、しかも仕事ができそうな、髪の毛をソフトモヒカンに立てたお兄さんの列に並んだ。

何となく、この人なら、何とかしてくれそうな気がしたのだ。

お兄さんは、親切で同情的で、しかし説得力のある声で言った。

「サンライズ航空の便で行くと、イスタンブールの郊外の空港に到着し、面倒なことになりますよ。

今日は私たちの指定のホテルに泊まって、明日のイスタンブールの便で行った方が良いですよ。

今からアテネ行きを取っておきますから。ビジネスクラスを用意します」

「いや、でももうサンライズで取っちゃったから・・・」

「私が返金してもらえるように一緒に頼みます」

なんて頼もしくて優しい・・・。

このソフトモヒカンのお兄ちゃんは、酷い酷いターキッシュ航空の、輝く星だ。

間違いなく、今この世で私が最も信頼する男だ。

 

結局ヤクザみたいなサンライズ航空は返金を固辞し、

私は争う気にもなれず、

ホテル行きのバスを待った。

いつの間にか、もう夜遅い。

アテネの友人に電話したら、涙が出てきた。

あのベルギー人は、日本人たちは、無事にイスタンブールに発ったのだろう。

私だけ置いてけぼりでまだここにいる。

 

スペイン人の団体客と一緒にバスでホテルへ向かった。

添乗員さんが、「明日は帰りますよ!」と元気にマイクで話している。

日本のツアーからの帰りらしく、私が日本人だと告げると、「日本は素晴らしいね!!!」と興奮して声をかけてくる。

こんな褒め言葉はいつものことだから慣れていて、いつもなら「ありがとうございます」と謙虚に微笑むのだけれど、

今だからしみじみ噛み締める。

本当に日本は最高だ。

 

45分後にホテルに着くと、歓声が上がった。

Rixosという海沿いの、一流のホテルだった。

「屋内プールまであるらしいわよ!」

あまり関係ないけれど、何となく気持ちが和んだ。

昨日のゴテゴテホテルと違い、インテリアのセンスはいいし、インターネットも通じるし、食事のビュッフェは100種類くらい品が揃っていた。

「バーもすべて無料です」

ワイン一杯で、かなり気持ちが和んだ。

ターキッシュ航空は私の扱い方をわかっていた・・・。

血迷ってサンライズ航空に乗り換えなくてよかった。


再びアンタルヤ空港へ。

2017年02月05日 | middle east

なんとびっくり!

前回の投稿から一ヶ月近く放置してしまい、

数少ない読者の皆様がもしかして続きを期待してくださっていたかも知れないのに

新年早々いい加減さを露呈してしまいました。

もし待ってくださっていた方がいらっしゃいましたら、本当に申し訳ございません・・・。

言い訳としましては、

新年早々、面白いブログを!と気合いを入れてしまったため、

ギリシャに帰国して続編を書くまとまった時間を作ることを怠り、

自分で自分の首を絞めたような形になったままズルズルと時間が経ってしまったという訳です。

というわけで、まずはかなり錆び付いてしまった続編をどうぞ。

--------------------------------------------

 

お昼になったので、レストランに行きがてらロビーに下りると、

何だか様子が違う。

あんなにうじゃうじゃ人で埋まっていたロビーが、

少し閑散としているではないか・・・。

受付に聞いてみると

「あ、みなさんもうバスに乗って空港へ向かっていますよ。あなたも早くバスに乗ってください」

「は?えっと・・・今って・・・ 今?!」

 

なんで教えてくれないのーーー!!!(怒)

 

慌ててエレベーターに乗って部屋に戻るも、カードキーが効かなくなっていて、

また急いで受付に戻る。

こういうときのこういう手間!!!

ぎゃーーーーーー!

落ち着いて、落ち着いて・・・

再度部屋に戻って重たいスーツケースをがちゃがちゃと締め、

やっとこさ転がしてロビーに戻ると、

最後のシャトルバスは行ってしまったところだった。

忌々しい気持ちをコントロールして、タクシーで一人空港へ。

ここは日本ではないのだ・・・。

もう十何年も日本を離れているのに、

何を今になっても母国と比べているのだ・・・。

 

昨日も居たアンタルヤ空港に着くと、

相変わらず人でぐちゃぐちゃだ。

全体的に昨日よりも動揺の量は減り、

怒りが増えている模様。

チェックインカウンターには長蛇の列ができていて、

また相当待たされることになりそうだ。

私は気長に待とう、と、読みかけの本を取り出して、読み始めた。

 

ふと横を見ると、チケット売り場にももっとうなだれるような長蛇の列があった。

あそこには行きたくない。

絶対に・・・。

 

今思えば、なぜあそこで周りの人に聞かなかったのだろうかと思う。

例のベルギー人の即席相棒を失ってから、

私は孤高の一匹狼と化していた。

私の列のすぐ隣に日本人のグループがいたというのに、

私は声をかけられなかった。

昨日今日会ったばかりの見知らぬ人同士がこんな災難を経験するうちに、

彼らはぐっとチームワークを高め、

うまく言葉で言い表せない、日本人独特のノリで盛り上がっていたのだ。

大学時代に3年間アメリカに留学し、

日本の大学に戻った時に感じた、あの溶け込めない雰囲気、まさにそのものだ。

あれからほとんどの時間を海外で過ごしている私には、

このノリがとても異質のモノに感じてしまい、

「いえーい」と記念写真を撮ったりしている彼らに、ついつい声がかけられなくなってしまった。

ああ、何をやっているのだ、私は・・・。

 

彼らのうちの一人が、どこかから興奮してやってきた。

多分、チケット売り場から来たと思われる。

何やら歓声をあげ、盛り上がっている。

一人をチケット売り場に派遣し、

他の者はチェックインカウンターで並んで待つというそのチームワークの良さ。

私は同郷の迷い人を誇らしく思った。

誇りに思っている場合ではない。

私も多分、何とかせねばならないのだが、

すでに一時間以上並んでしまっていたため、

今さらこの時間を水の泡にして、チケット売り場に行く気に到底なれなかった。

前後の人たち(日本人ではない)に聞くと、彼らも同じ口で、

「今さら向こうに並び直すなんてそんなことできないよな」

ということで安心し、さらにあともう1時間並んだ。

そしてとうとう自分の番になったところで、

目を瞑って祈ってみたが、

こう告げられた。

「ここではイスタンブール以降のブッキングはできません。チケット売り場に並び直してください」


そして、爆睡。

2017年01月09日 | middle east
うたた寝の筈の不貞寝は、とんでもなく長い眠りを誘った。

あれ、ここはどこだ…?
そうか、トルコにいるんだった…。

最初に起きたのは数時間あとで、
とりあえず、相変わらず人種のるつぼみたいになっているロビーに降りて、
まだみんながいることを確認し、
家族や親しい人に連絡した。

ランチに食いっぱぐれたので、
またゴテゴテ装飾の部屋に戻って、
キンキラキンのベッドカバーの下に潜り込んだ。
途中で何度か、廊下にいる若者のキャッキャキャッキャ五月蝿い声で起こされたけれど、
いいよなぁ、若者は…
こんなトラブルもみんなと一緒で楽しいんだろうなぁ…
インドネシアからの旅行者かなぁ…
などと思っているうちにまた眠りに落ち、
そうこうしているうちに、
朝の5時くらいになっていた。

よく寝てたな…
昼も夜もご飯食べずに…
って、えええっ!
16時間くらい寝とるやないか!
赤ちゃん以来か!

忌々しいほどの装飾の部屋は、案外寝やすかったらしい。
時差ボケのせいだけではない、
何かの催眠術にかけられたに違いない。
いや、違う。
出発の前日、終電過ぎてもカラオケしてたからか…。
親友たちを私のスマロスに付き合わせて…。

そんなことより、この状況でこれだけ寝ることができてしまった自分に、乾杯。
ひょっとしてもう誰も居なくなってたりして。

とりあえずお風呂に入り、
さっぱりしたところで朝ごはんへ。←まだ落ち着いてる

朝食会場はまだ早いのに人がいっぱいで、置いてきぼりじゃなかったことに安心した。
みんなお皿を山盛りしてモリモリ食べていた。
こういうとき、人間はサバイバル・モードになるのだと思う。
私も適度に食べて、
またロビーでwifiに繋げようとしたけれど、繋がらなかった。
最悪だ。

どうしたもんかと考えていたところ、
かつての即席相棒だったベルギー人が声をかけてきた。

「Oh hey!どこに行ってしまったかと心配してたよ!
タクシーに乗って、誘拐されたかと!」

かつての相棒は、やはりそういう甲斐性のある人だったことを確認して、私は自分の目に狂いがなかったことを嬉しく思った。

ベルギー「僕はこれから空港に行くよ。
こちらから動かないとどうにもならない。
火曜日には絶対にベルギーに帰らないといけないから」
私「でもイスタンブール発着は大雪で全線ストップしているみたいだけど?」
ベルギー「いや、まずは動かないと!」

10ユーロのタクシーに動かなかった彼は、
ここで動くのか。
でも私の中のギャンブル精神は、
なぜかここでGOサインを出さなかった。
私は直感に従って人生の半分生きてきたのだ。

彼を見たのはこれが最後だった。
とうとう台湾人妻との馴れ初めは聞けなかった。

アンタルヤのホテルに滞在

2017年01月09日 | middle east



バッゲージクレイムでは、
色んな空港から漂着したスーツケースたちがベルトから放り出され、
ぐっちゃぐちゃに転がっていた。
一通り探して、自分の荷物がないことを確認し、
しばらくボーッと待っていたけれど、
いてもたっても居られなくなり、
私はぐっちゃぐちゃに放り出されたスーツケースたちを整頓し始めた。
間にちゃんと通路も作ったりして。
だって、日本人なんだもん。
ああ、気持ちいい。

小一時間くらいそうして過ごしたのち、
無事にスーツケースが出てきて、
ホテルの予約も何とかゲットしたけれど、
空港の外に出たら、
また何の情報もなく、
外で長い間待たされる。
出た、このリアル放置。
どうしてこういうときに、
スタッフで話し合って、
「じゃあ君は外で客をシャトルバスで誘導して」とか
「あと何分位でバスが来ますのでここで待っていてください」と知らせるとか、
何とか考えないものなんだろうか。

ここは日本ではないのだ…。

うろうろしながら聞いても、誰も何も知らない。
第一、大半のトルコ人は英語を話さない。
100人くらいでみんなで待っていても、
本当にシャトルバスが来るのかどうかもわからないので、
私はタクシーでホテルに向かうことにした。
ホテルまでは10~15ユーロというので、
特に疲れているわけでもなかったけれど、
これ以上情報もなく待ち続けて、振り回されるのが嫌だった。
ベルギー人の即席相棒は一緒に来るのを躊躇して断ったから、
一人で向かった。
(あとで聞いたらそのあと10分後くらいにシャトルバスは来たらしい)


ホテルは同じくイスタンブールを回避して足留めになった旅行客で溢れていた。
そんなことより、ホテルの装飾がどエライことになっとるやないか。
キンキラキン、シャンデリア、さらにソファーの色は紫…。
奥にホストクラブみたいな美容室があり、
一度入ると色々厄介なことになりそうだ。


どさくさに紛れて、
中国人やインドネシア人の客たちは、
階段の踊り場でポーズを決めて写真撮影などしてる。
あああ。


自分の階に着くと、
そこはカラオケボックスさながらの、
ピンクの照明。
もう自分の状況が不思議すぎて、
忌々しくさえ感じる。
しかも部屋にはwi-fiが繋がってない。
私は、まだお昼前の11時だけれど、
とりあえずふて寝することにした。


小説風に、トルコ足留め記

2017年01月08日 | middle east
やれやれ、日本でもう一泊待てば良かったか…。
積雪のためにイスタンブールは発着どちらの便も全面的にストップしていると機内アナウンスが流れた。
アンタリアという聞いたこともないトルコ南部の町の空港で降ろされるらしい。
イスタンブールに降ろされるならまだしも、
こんな知らない街で時間を潰すことになるなんて…。

イスタンブールーアテネ間が欠航になったと成田を出る前に知った時点で、
大人しくもう一泊待っていれば良かったのだ。
そうしたら、また、起きたら美味しい朝ごはんが並んでいる日が1日延びたのに…。

しかし、10時間余りの飛行中に天候が変わるかも知れないし、
イスタンブールまでいけば、
アテネまであと一時間足らずだから、
たとえ足留めをくらったとしても、
時差ボケ対応で楽になる筈だ、と、
超楽観主義の私はたかを括っていたのだ。

アンタリアの空港に放り出された私たち乗客は、
次に何が起こるのか何の情報もないまま、
ブツブツ文句を言いながら、
空港をさまよった。

ターキッシュ航空のこんな扱いはこれで2回目だから、
「大丈夫、何とかなりますよ」と私は見知らぬ人たち相手に先輩ヅラしている。
一体何の先輩なんだ。
しかも根拠のない慰めに、あまり効果はないらしい。

第一、飛行機から降ろされても、
ターキッシュ航空のスタッフは誰もいないのだ。
ターキッシュ航空のカウンターだって見当たらない。
ホテルに行かせてもらえるのか、
荷物はどうするのか、
次の便はいつなのか…。

「もう二度とこの航空会社は使わない!」
と鼻息荒く吐き捨てる赤毛の女の子。
ごもっともなんだけれど、
でも冬場の雪シーズンさえ避ければ、
安いし、ご飯はまあまあ美味しいし、
何しろアテネー東京間の乗り継ぎを考えると、捨てがたいエアラインなんだ。
とたまに合理主義になる私は思う。

他の乗客が向かう方向に、
ゾロゾロと着いていく。
「214番ゲートに行けばいいらしい」
誰かが言って、
とりあえず向かってみる。
何にしろ、アナウンスは皆無なのだ。
こういうとき、一度同じトラブルを経験しているのは強い。
何となく、直感で動ける。
一回目のときも、不安にはならなかった自分は、
本当に肝が据わっていると思うけれど。

同じ飛行機で見かけたような人たちと情報交換しながら、
迷っていそうな人に声をかけ合いながら、
導かれる方向に進む。
見知らぬ人たちと、運命共同体になる。
リアリティTVショーみたいだ。

こういうとき、チームで動くのは心強い。
1年前にイスタンブールで大雪のため30時間足留めをくらったときは、
旅慣れしていない若い女の子が相棒となった。
アイルランドだったかの出身の彼女は、
日本で英語の教師をしていて、
でもこんなトラブルには慣れていなくて、一人では泣きそうだから、
一緒に行動しても構わないかと着いてきた。

今回は、ベルギー出身の丸刈りのお兄ちゃんとなんとなくペアで動くことになった。
彼は年末に台湾で台湾人の方と結婚したばかりで、
日本で新婚旅行を楽しんだ帰りだった。
新妻は台湾経由で、あとでベルギー入りするから、
今回は一人だとか。
馴れ初めを聞きたい気持ちをぐっと堪えた。
だってまだ出会って15分くらいだから。

214番ゲートに着くと、
人だかりができていて、
ターキッシュ航空スタッフらしき人たちが、
パスポートを回収していた。
よし。
何とか光が見えた。
そこを突破したら、
今度は荷物を引き取って、
ホテルのクーポン券を貰う。ハズだ。
毎回のステップに、
ゲームみたいに難関が待っていて、
それをクリアして次に進むのだ。