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注射するだけで老化の進行を遅らせられる? 順天堂大チームが開発した「老化細胞除去ワクチン」 202207

2022-07-06 11:38:00 | ¿ はて?さて?びっくり!

注射するだけで老化の進行を遅らせられる? 順天堂大チームが開発した「老化細胞除去ワクチン」
 デイリー新潮 より 220706  新潮社 


 有史以来、人類が求めた“奇跡の妙薬”が現実になる日が近づいている。順天堂大学の研究チームが開発したのは人体に注射するだけで老化の進行を遅らせるワクチンだ。世界が注目するアンチエイジングの最前線を、科学ジャーナリストの緑慎也氏がレポートする。

 ***


10年で市場に
【】世界的な研究をリードする南野教授

 初めて中国全土を統一した秦の始皇帝は、家臣に不老不死の妙薬を探させたと伝えられる。同様に、中世ヨーロッパで権勢を振るった各地の王も、錬金術師に自らの死を回避させる秘薬の調合を命じたという。

 永遠の命とまではいかなくても、若さや健康の維持を求める人間の願いには、時代も洋の東西も関係ないようだ。それは医学や科学が目覚ましく進歩した現代でも変わらないが、「不死」はともかく、我々は「不老」には手が届きそうなところまで来ている。

⚫︎キーワードは「老化細胞」
 ワクチン注射で老化を防ぐ――。こんなニュースが世界を巡ったのは、昨年12月10日に科学誌「ネイチャー・エイジング」オンライン版で公開された論文がきっかけだった。

「ワクチンの役割は感染症への抵抗力を人体に与えるだけではありません。私たちのワクチンを接種したマウスで糖尿病につながる糖代謝異常が改善されたり、動脈硬化の病巣が縮小したりすることを確認しています」

 そう語るのは研究チームのリーダーで、順天堂大学大学院医学研究科循環器内科教授の南野徹氏だ。チームが開発中のワクチンには、老化が早く進み寿命が短い早老症マウスの寿命を延ばす効果が確認されたという。その詳しいメカニズムに迫る前に、南野氏らが開発したワクチンと、老化予防との関係を説明しておこう。

 キーワードは「老化細胞」だ。正常細胞は一定期間ごとに分裂するが、老いた細胞(老化細胞)は分裂しない。といっても活動をすべて停止するわけでもなく、さまざまな炎症物質を周囲に活発にまき散らす。俗に「ゾンビ細胞」と呼ばれる。

「老化細胞の蓄積による慢性炎症が糖尿病、動脈硬化、アルツハイマー病などの加齢に伴う疾患の発症や進行を引き起こすと考えられています。われわれのワクチンはこの老化細胞を減らすのです」

⚫︎なぜワクチンが効果的?
 なぜワクチン接種で老化細胞を減らせるのか。普通のワクチンは、毒性を弱めたウイルスなど病原体そのものか、病原体の特徴の一部を持つ。実際に病原体が体に入ってきたとき免疫系の飛び道具「抗体」を速やかに体内に作り出すのが主な目的だ。たとえばファイザー製やモデルナ製の新型コロナワクチンには、ウイルスの表面にある「トゲ」(スパイクタンパク質)を体内で作り出す働きがある。このトゲの形に合わせた抗体を作り、免疫系が病原体を速やかに攻撃できるようにするのだ。

 老化細胞除去ワクチンにとって、このトゲに当たるのがGPNMBと呼ばれるタンパク質だ(以下GP)。
「GPを標的とするワクチンの接種により免疫系を鍛え、老化細胞の除去を早めようという発想です」

 GPは老化細胞でどんな働きをしているのか。

「まだ仮説ですが、GPはリソソームと呼ばれる細胞内小器官に作用しているのではないかと考えています。リソソームは細胞内で不要になったタンパク質を分解する、いわばゴミ処理場のような機能を持っていますが、GPはその働きを維持できるようにサポートしているのではないか」

 老化細胞ではリソソームが弱り気味であるため、GPがお助け隊としてたくさん駆り出されるのかもしれない。だからこそ目印として活用できるわけだ。

⚫︎当初は受け入れられず…
 南野氏が研究を始めたのは約20年前のことだ。千葉大学医学部を卒業し、循環器内科の臨床医として医療現場に立つうちに、心筋梗塞や動脈硬化の治療の難しさを痛感するようになったという。

「急性心筋梗塞で病院に運びこまれてきた患者さんに対して、たとえばステント(筒状の医療機器)で血管を広げる治療をしても、一時的には効果があるのですが、しばらくすると血管の別の場所が詰まって運ばれてくる。そこを治療してもまた別の血管が詰まる」

 それはさながら「もぐら叩き状態」である。

「ステント治療は命を救う画期的な技術ですが、長期的に血管を元に戻せるわけではありません。何か別のアプローチはないかと研究しているときに血管の細胞の老化というテーマに出会いました」

 だが当初、学会などで研究内容を発表しても「血管と細胞の老化に何の関係があるのか」と取り合ってはもらえなかったという。

⚫︎糖尿病患者の内臓脂肪に老化細胞が蓄積
 潮目が変わったのは2002年、ハーバード大学医学部留学から帰ってしばらく経った頃だった。ヒトの動脈硬化の病巣に老化細胞が蓄積していることを世界ではじめて証明し、医学誌「サーキュレーション」に発表したところ医学界で大きな注目を集めたのだ。

「これをきっかけに、動脈硬化と血管の老化の関係が重要であると認識する研究者が増えたと思います。その後、我々は糖尿病の患者さんの内臓脂肪に老化細胞が蓄積していることも証明した。その論文もよく引用されています」

 南野氏は血管の内側を裏打ちする血管内皮細胞の老化に関する研究を進め、13年頃、遺伝子データベースを活用し、ついにGPにたどり着いた。

「それから8年かけて、老化細胞除去ワクチンの研究成果を論文にまとめることができました。研究には長い時間がかかるんですよ」

⚫︎始まった老化細胞除去薬探し
 日本発の老化細胞除去ワクチン。その効果はまだマウスで確認されただけである。が、「ヒトへの応用の第一歩です」と期待を寄せるのが、公益財団法人がん研究会がん研究所「細胞老化プロジェクト」プロジェクトリーダーの高橋暁子氏だ。

「15年から、老化細胞の除去を目的とする研究が爆発的に進んできました。この年、抗がん剤として使われているダサチニブと、植物に含まれる黄色い色素で、フラボノイドの一種のケルセチンを組みあわせてマウスに投与すると、老化細胞が除去されたという論文が出たのです。これを発表したのは米メイヨークリニックの研究者らで、彼らはこれら二つの薬剤の投与により、加齢に伴うさまざまな疾患の症状が緩和したとも報告し、世界に衝撃を与えました」

 こうして、新たな老化細胞除去薬探しが世界中で始まった。だが、候補薬のほとんどは既存の抗がん剤の中から見つかったものだという。

「南野先生らの、ワクチンによって老化細胞を除去するというアプローチは全く新しいものです」

⚫︎老化細胞ががんを防ぐ?
 体に悪影響を及ぼす老化細胞を取り除けば、たしかに健康になりそうだ。しかし、どうして人体には老化細胞なるものが年を取るにつれてたまっていくのか。

「細胞がさまざまなストレスを受けると、中に収められた生命の設計図であるDNAに傷が入ります。少しの傷なら修復機構が働いて正常な状態を取り戻せますが、修復できないほどの傷が入る場合もある。このときアポトーシスと呼ばれるプログラムが働けば、細胞が自ら死んで事なきを得ます。ところが、アポトーシスの仕組み自体が壊れた細胞は、がん細胞か老化細胞になるのです」

 延々と分裂し続け、生命に差し迫った脅威を与えるがん細胞に比べれば、分裂しないまま生きている老化細胞の害は少ないように思える。

「がんを抑制するのが老化の役割の一つです。老化の仕組みが働かないマウスを作ると、がんを発症することをわれわれも実験で確かめました。細胞は老化することでその細胞自体ががんにならないようにしているだけでなく、老化細胞が免疫系に働きかけ、周囲の異常な細胞を排除してがんを防いでいると考えられています」

⚫︎老化細胞の「二面性」
 だが、その一方で老化細胞は炎症物質を出し続け、その影響で肉体は徐々に蝕まれてしまう。

「実は、がんの発症率や転移率は老化細胞の蓄積によって上昇するのです。マウスに高脂肪食を与えて太らせると、老化細胞がたくさんできるのですが、高い確率で肝がんを発症します。また、マウスにタバコの煙を吸わせると、肺に老化細胞が増えるとともに肺へのがん転移率が上がることも分かっています」

 老化細胞はがんを抑制するかと思いきや、一転してがん化を促進し始める。高橋氏はこれを「老化細胞の二面性」と呼んでいる。

「細胞の老化にはがんを抑制するだけでなく、傷の治りを早くしたり、病原体に感染した時に免疫系の攻撃部隊を早く呼び込むなどの作用があります。ところが老化細胞が一定数以上に増えると、今度は悪さをするようになるわけです」

 仮に免疫系が正常に働いていれば、老化細胞は適切に除去される。しかし、加齢で免疫系の機能が衰えたり、細胞がストレスを受けて老化細胞が過度に増えたりすると、老化細胞の出す炎症物質によって慢性炎症が起こってしまう。

「とくにがんが発生した後、老化細胞はがんを抑制するのではなく、悪性化や転移の方に寄与しているのではないかと見られています。日本でも年齢が40歳を超えるとがんの罹患率が跳ね上がるのは、老化細胞の蓄積と関係があるかもしれません」

⚫︎顔の片側だけ老化
 細胞は生きている間にさまざまなストレスを受ける。いまや目の敵にされている肥満、喫煙、高血糖などがその最たる要因だ。

「最近では新型コロナウイルスの感染が気道や肺の細胞を老化させるとする論文も発表されています」

 老化細胞の影響を如実に示す例として有名な写真がある。男性の顔を正面から捉えた写真なのだが、顔の左半分にだけシワが深く刻まれ、たるんでいるというもの。顔の片方だけが古老のように老いているのだ。

「この写真はわれわれの業界ではよく知られています。この方は撮影時69歳でした。アメリカのトラック運転手で、28年間、運転中に左側から日差しを浴び続けたそうです。顔の左側だけ年を取ったように見えるのはそのせいだと考えられます。12年にアメリカの医学誌に掲載された論文では、紫外線ストレスによって顔の片側の老化が早まったと報告されました」

 年齢が同じでも若々しい人もいれば、老けて見える人もいるのは当然だが、この写真が興味深いのは、同じ一人の人間でも、ストレスを受けた場所の違いで、老いのスピードが変わることだ。

「生年が同じなら“物理学的加齢”はみな同じ。しかし、老化細胞がどれだけたまったかで表される“生物学的加齢”は生年が同じでも個人差がある。もちろん、我々が重視しているのは生物学的加齢ですね」

⚫︎老化細胞の蓄積量は測れる?
 では、いかに生物学的加齢を測定するのか。糖尿病のリスクを評価するには血糖値が、心筋梗塞や脳梗塞のリスクを評価するなら血圧というように、特定の指標が生物学的加齢にもあるのだろうか。

「まさに今、老化細胞が体内にどれくらい蓄積しているかを表す指標を巡り、世界中で研究が進められているところです。日本で17年にスタートした国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の『老化メカニズムの解明・制御プロジェクト』や、21年にスタートしたアメリカ国立衛生研究所(NIH)の『細胞老化ネットワーク』の主たる目的の一つがこの指標の確立です」

 マウスなら解剖することで、老化細胞がどれくらい蓄積しているかを調べることが可能だ。しかし、生きている人間の場合は血液や尿、唾液といった体液の成分を調べた上で、老化細胞の量を推定するしか方法はない。

⚫︎「一般化」への努力
 では、もし正確な指標があれば、「あなたの生物学的加齢は70歳。物理学的加齢の50歳より年を取り過ぎているので、老化細胞を除去しましょう」との診察をもとにした治療が一般化するのだろうか。

 先の南野氏は、現状では難しいと語る。

「その理由は、厚生労働省が老化を病気と捉えていないから。だから“老化を治す”という効果や効能を持つ薬が保険適用されることもないんです」

 加齢に伴う疾患は決して少なくない。動脈硬化や糖尿病、アルツハイマー型認知症、肺線維症、慢性腎臓病、変形性膝関節症……。少なくともマウスを用いた実験では、老化細胞を除去することで、さまざまな症状が改善することが報告されている。にもかかわらず、広範囲に効果があることを理由に一般的医療として認められないというのであれば何とも歯痒い話だ。

「だから、まずは特定の疾患に対する老化細胞除去ワクチンの有効性を検証したいと考えています」

 では、その特定の疾患とは何か。

「目下選定中ですが、まだ有効な治療薬のない疾患が最初の候補になる。マウス実験でわれわれの老化細胞除去ワクチンに動脈硬化の症状を改善する効果があると思われましたが、すでに動脈硬化には良薬がある。疾患を特定できたら効果を示して保険適用を達成し、段階的に対象疾患を増やしていきたい」

⚫︎これまで難しかったがんの治療に
 一方、がん研で老化細胞とがんとの関係に注目して研究を進める高橋氏が望んでいるのは、まったく新しいタイプのがん治療薬だ。

「確かに分子標的薬や、オプジーボなどの免疫チェックポイント阻害剤は画期的な治療薬ですが、それでも奏効しない患者さんは一定数存在します。これらの薬は特定の遺伝子の変異によって発症したがんには効きやすい一方、喫煙や肥満、加齢といった、遺伝子にランダムな変異が入った結果として発症するがんには効きにくい。老化細胞を標的とする治療薬によって、これまで難しかったがんを治療できるようになることを期待しています」

 老化細胞は炎症物質を出して慢性炎症を引き起こすなど、人体に悪影響を及ぼしているとはいえ、それを取り除いたら取り除いたで、例えばがんが発症しやすくなるなど、何か不都合はないのか。

「最近の論文では、たくさんある老化細胞を除去しすぎると臓器の形を保てなくなったり、血管を再生できなかったりといった弊害が起きると報告されています。それに対して、老化細胞そのものを除去するのではなく、老化細胞が出す炎症物質をブロックするような治療法を模索すべきだという考え方も生まれているんですよ」

⚫︎抗体医薬のデメリットは
 先の南野氏も、老化細胞を根絶やしにする必要はないと強調する。

「がん細胞の場合は手術や抗がん剤治療などで根こそぎ除去しないと、どこかに残った1個が分裂をくり返して再発してしまいます。しかし、老化細胞ならゼロにする必要はなく、半分にすれば効果が出ます」

 先述の通り、南野氏らのワクチンは免疫系に働きかけてGPというタンパク質を目印に抗体を作らせ、老化細胞を除去できるようにするものだ。ワクチンは免疫系に抗体を作らせるが、GPを目印に老化細胞を攻撃する抗体自体を直接送りこむ方法もある。いわゆる抗体医薬だ。

「現在、人への応用に向けてワクチンとともに抗体医薬の開発も進めています。ワクチンと抗体医薬のどちらにも一長一短があり、ワクチンの場合は目印とするタンパク質(抗原)に対する抗体が複数できます。その分、効き目が高いと考えられますが、逆に言うと、どんな抗体ができるかは免疫系次第なので、こちらではコントロールできない。一方、抗体医薬では基本的に1種類の抗体を送りこみますが、何か副作用が出た時は投与を中止すればいい。ただし、抗体医薬はワクチンに比べると製造コストが格段に高い。その点が大きなデメリットです」

⚫︎副作用の心配は?
 老化細胞除去ワクチンの接種には、副作用の心配はないのだろうか。

「マウス実験では副作用が少なく、効果が長く持続することを確認しています。既存の抗がん剤を元にした老化細胞除去薬では、アポトーシスを止めている遺伝子の働きをブロックするように作用するものが多いのですが、これだと元々アポトーシスを起こしにくい血球系の細胞にも作用してしまうので、貧血になったり白血球が減少したりなどの副作用を起こしやすいのです。われわれのワクチンはそれに比べると、精度よく老化細胞に絞って取り除ける治療になると考えています」

 今、ヒトでの安全性を確かめる臨床試験の準備をしているところというが、今後の課題にはリアルな側面も。それは医術より算術、つまり資金集めだという。

「ワクチンや抗体医薬の開発にも、臨床研究の実施にも巨額の資金が必要です。まずはスタートアップを作って、VC(ベンチャーキャピタル)の方に出資してもらう予定。幸い、昨年末に論文を発表すると、国内外から連絡を頂きました。どこと組むかを検討しているところです」

⚫︎「ワクチンが市場に出るのは10年後くらい」
 南野氏は5年以内に結果を出したいと意気込む。

「その次の段階で、特定疾患に苦しむ患者さんへの臨床試験を開始したい。早く見積もっても、ワクチンが市場に出るのは10年後くらいでしょうか」

 10年と聞いて、思わずため息が出そうになった。が、南野氏も高橋氏も、表情はあくまで明るい。

「人類が科学的な方法で老化をコントロールし、健康長寿を実現する可能性が出てきたということ。研究者の世界では、10年なんてあっという間ですよ」(高橋氏)

 歴史上の偉人たちが欲した夢の薬。その実現は、現代人の手が届くところにまで近づいている。


▶︎緑 慎也(みどりしんや)科学ジャーナリスト。1976年大阪府生まれ。
出版社勤務後フリーとなり、科学技術等をテーマに取材・執筆活動を続けている。著書に『消えた伝説のサル ベンツ』(ポプラ社)、近著に『太陽系の謎を解く』(新潮選書、NHK「コズミックフロント」制作班との共著)がある。
「週刊新潮」2022年6月30日号 掲載
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イーロン・マスクも参戦の「AIに感情は宿るか?」大論争の行方は ロボット支配は当分心配しなくてよい? 202207

2022-07-06 11:25:00 | なるほど  ふぅ〜ん

イーロン・マスクも参戦の「AIに感情は宿るか?」大論争の行方は ロボット支配は当分心配しなくてよい?
  現代ビジネス より 220706   大原 浩


グーグルがいま、本気で開発している「量子コンピュータ」は、世界をどう変えるのか?

⚫︎大きな論争がくり広げられている
 AIは「人工知能」とも呼ばれる。「『知能』であるからには人間と同じように『意識』を持つようになるのであろうか?」という問いかけを、以前から我々は抱いている。

 最近も、日本経済新聞の「『AIに感情は宿るか』 米国で論争、マスク氏も参戦」(6月25日)という記事を見かけた。

【写真】米国・ホワイトハウスが警戒する量子コンピュータの「脅威」

 1968年制作の映画「2001年宇宙の旅」(スタンリー・キューブリック監督、アーサー・C・クラーク原作)を最初に観た時に度肝を抜かれたことをよく覚えている。その後10回くらいは繰り返し鑑賞したが、何回観ても傑作である。
 ラストシーンの「謎」も色々な論議を呼んでいるが、宇宙船ディスカバリー号に搭載した最新型人工知能「HAL(ハル)9000型コンピュータ」が「意識」を持つ物語展開も当時斬新であった。長く孤独な宇宙探索の良き相棒が「恐ろしい敵」に変貌するのである。

 かなりスリリングなストーリーなのだが、果たしてAIが進化して「意識」を持ち、意図的に人間に危害を加えるということは起こりえるのであろうか。

 SF的な話ではあるが、最近のAIの進化は目覚ましく、コンピュータやロボットに人間が支配される未来がやってくることを真剣に心配する読者もいるだろう。

 ルネ・デカルトが「われ思うゆえにわれあり」と述べて以来、確実に存在すると考えられてきた「意識(自由意志)」が「本当に存在するのか」ということも含めて考えてみたい。

⚫︎人間(生物)は電気仕掛けの人形ではない
 よくある誤解は、人間の脳は電気信号で動いておりコンピュータ(AI)で代替可能だというものである。

 もちろん脳波とは脳から流れ出る電流であり、脳内を電気信号が駆け巡っていることは間違いがない。しかし、そのことと「脳が電気で動いている」ということとは異なる。

 基本的に人間は「化学反応」によって生命を維持している。摂取した食物を消化し、「生体のエネルギー通貨」と呼ばれるアデノシン3リン酸(ATP)を活用しながら体を動かしているのだ。
 人間の体の内部にある脳も例外では無く、食物のエネルギーで動いているのである。「頭(脳)が疲れたから甘いものが欲しい」という言葉が、日常よく使われることは周知のとおりだ。

 また、神経細胞内の信号は電気的に伝わっていくが、隣の神経細胞に信号を伝える結合部分であるシナプスでは化学物質によって信号が伝わる。
 すべてを電気信号で伝えれば瞬時に情報が伝達されるが、結合部という重要な部分において「化学物質での伝達」というより遅い方法を選択したのは、当然進化上の理由があると考えるべきであろう。

 このように考えると、「コンピュータも脳も電気信号をやり取りする『装置』だからお互いに互換性がある」という考えに対して大きな疑問が生じる。

 よくSFで、人間の脳内の「意識」をすべて電子データに置き換えてコンピュータに転送するという物語がある。しかし、前述のように、脳の情報伝達の重要部分であるシナプスでは「化学物質」によって情報のやり取りが行われているから、「脳内の情報のすべて」を電気信号に置き換えることには無理があるとも思える。

 結局、脳などに流れる電流は、化学反応の「結果」に過ぎないと考えた方が正しいだろう。いくらコンピュータが高度化・複雑化しても、電気仕掛けのコンピュータと人間の脳は本質的な部分で異なっていると考えるべきでは無いだろうか。

⚫︎人間の意識は肉体が滅びれば消滅する?
 また、人間の肉体が死を迎えても意識(精神・心)は滅びないという考え方も、古代から連綿と続く。
 個人的には、このような「魂は不滅だ」という考えに惹かれるし、そうあってほしいと思う。

 だが現実には「健全なる精神は、健全なる肉体に宿る」という言葉が示すように、「肉体と精神は切っても切れない密接な関係」にあるから、肉体が滅びれば精神(意識)も滅びると考えるべきだ。

 最近の研究によって、「脳が指揮官であり、人間の他の体の部分は脳の指令によって中央集権的に統率されている」という考え方が覆されつつある。
 人間の脳と臓器を含む体の各部分は、双方向の情報交換を行っており「お互いに影響を与え合っている」との考えが主流になりつつあるのだ。

 ラジオ、新聞、テレビなどのメディアは、基本的にワンウェイの情報発信である。作り手側が番組を制作し、視聴者は与えられた情報によって動く。
 それに対して、ネットメディアでは読者のコメントなどの反応が番組制作に大きな影響を与える。常に双方向の情報交換が行われていると言ってよい。

 つまり、現在、脳と体の各機関の関係は後者のインターネットのようなものとして捉えられつつあるということだ。したがって、脳だけが「意識」の源ではないということである。

 臓器移植を受けた人が、手術後食事や趣味の好み、生活態度が変わったという話は以前からよく報告されている。「中央集権的な脳」という考えが主流であった時代には「都市伝説」扱いであったが、脳と人間の臓器が頻繁に情報のやり取りを行っていることが明らかになった現在は、真剣に受け止められている。

 人間の「脳」をいくら完璧に模倣しても、それは脳のすべてではないということだ。人間の脳はすべての肉体とワンセットなのである。

⚫︎脳が考える前に体(無意識)が動いている?
 そもそも、意識が「脳」にあるということ自体が科学的に確実なこととして証明されているわけではない。「意識の存在」そのものがいまだに未知の領域である。

 実際、古代エジプトでは、人間の魂(意識)は心臓に宿るとされた。ミイラづくりの際に、臓器を取り出しツボにおさめたが、心臓は「魂(意識)」が宿るもっとも大事な部分として、体内に残して大切にされた。脳は役に立たない器官と考えられ、鼻から引きずり出され処分されていたのだ。

 古代エジプト人は「何もわかっていなかった」と言うのは簡単だが、実は何もわかっていないのは我々現代人なのかもしれない。

 最近世の中の注目を集めているのが、受動意識仮説である。詳しくは、約1時間30分と長い動画ではあるが、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科、前野隆司氏の「意識は幻想か?―『私』の謎を解く受動意識仮説」が非常に参考になる。

 ポイントは33分30秒頃からのカリフォルニア大学サンフランシスコ校、ベンジャミン・リベット氏の実験にある。

 我々の直感では不可思議な現象だが、簡単に言えば「脳が手を動かそう」と考える前に「手が先に動いている」ことが実験的に証明されたのだ。
言ってみれば、手を動かすという判断は手が行っており、脳はその「結果報告」を受けて「自分が手を動かす命令を下した」と思いこまされているのだ。

 なぜそのようなことが起こるのか。解明はまだこれからだが、「(脳の)意識」は体の各部分でばらばらに行っていた判断(意識)を統合してエピソード(1つの物語)として記憶するために発達したとする仮説がある。

 よく「無意識」と言う言葉が使われるが、我々は心臓の鼓動の早さをどうしようとか、ボールが顔面に向かって飛んできたときに危ないからよけようとか、いちいち脳で判断したりはしない。無意識に行動を起こしている。脳ではなく体の各部分が判断することを「無意識」というのは間違いで、それこそが実は「意識」の本質なのかもしれない。

 だから、人体の色々な場所で発生する判断=(無)意識を統合・整理するために脳の意識が発達したと考えることはきわめて合理的だ。

 したがって、脳の意識は人体各所の「無意識」と混然一体となっており、分けることができない。もし、脳内の電気信号だけを模倣したコンピュータが、「意識らしきもの」を獲得したとしても、「無意識」と連結していなければ、「人間の意識」とはまったく異なったものであるはずだ。

⚫︎意識の根源は「おなかすいたから何か食べたい」
 AI(コンピュータ)が「意識」を持たないと考えられる理由は、これらが根本的に「動機」を持たないからだ。

 人間以外の生物が意識を持つかどうかについては色々な議論があるだろうが、犬や猫に意識があると考える人は多いだろう。しかし、それではユーグレナ(ミドリムシ)のような単純な生物はどうであろうか?

 多くの人々はそのような単純な生物には意識が存在しないと考えるかもしれない。しかし、すべての生物は「食べ物(エネルギーの素)」を求めて行動する。そして、食べ物を求めるために「学習・記憶」も行うのだ。

 このようなことは「無生物」には見られないが、「食べ物を獲得するために考える」ということが、「意識」の根源ではないだろうか。だとすれば、すべての生物には「意識」があり、人間はそれが複雑に発達しただけとも考えられる。

 さらに、生物が生きていくためには食べ物をエネルギーに変換する腸が必要だ。そして、発生学的に言えば、その腸が進化したものが脳であると言えなくもない。
 したがって、腸を持たない(AI)は、いくら回路が複雑になっても意識を持たないのではないだろうか?

⚫︎量子コンピュータは?
 6月27日公開「株式市場の多数のベンチャーの屍を乗り越えて、ついに『バイオテクノロジーの時代』がやってくるか」、2019年10月25日公開「それでも量子コンピュータが本当に役に立つか疑わしいこれだけの理由」などで述べたように、近未来に量子コンピュータが実用化される可能性は低い。

 だが、前述の無意識も含めた生物の意識には、「量子的振る舞い」が関係している可能性もある。

 生物、無生物を問わずすべての物質は素粒子からできているから、生物が宇宙の普遍的原理である「量子力学」を活用していてもおかしくはない。最近では、光合成の過程で量子的振る舞いが活用されているという説が注目を浴びている。

 そうであれば、量子コンピュータが意識を持ってもおかしくはないのだが、それが意味するのは、「(素粒子でできている)石や川の水などの無生物が意識を持ってもおかしくはない」ということだ。
 もしかしたら、すべてのものに神(精神・意識)が宿ると考えていた古代人が正しかったのかもしれない。

⚫︎唯識で言えば、宇宙と自分の意識は一体である。
 2020年12月4日公開「仮想現実に覆われたこの世界で認識を変えれば覇者になれるのか」、昨年6月26日公開「ビジネスも、投資も、認識を変えれば成功が手に入る…現代に生かす『唯識論』」で「唯識」について述べた。

 真言密教では「自分自身と宇宙は一体である」と考えるが、車いすの理論物理学者として有名なスティーヴン・ホーキング氏も同じようなことを述べている。博士の場合は、宇宙の物質はすべて素粒子でできているのだから自分も宇宙も同じだ、という意味なのかもしれない。

 しかし、いずれにせよ、意識が量子的振る舞いの結果であり宇宙とつながっているのであれば、「AIは意識を持つか」という議論はまったく別の意味を持つことになる。

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関西人には読める阪急線“ナゾの途中駅”「十三」には何がある? 202207

2022-07-06 01:25:00 | 🌇 街案内

関西人には読める阪急線“ナゾの途中駅”「十三」には何がある?
  文春オンライン  より 220708   鼠入 昌史


 ずいぶん前のことだが、京都に住んでいたときによく阪急電車を利用した。京都線に乗って梅田方面にやってきて、神戸線か宝塚線に乗り継ぐとき、まあだいたいは十三駅で乗り換える。そのとき決まって目に入るのが、ホームの上にあるマクドナルドであった。

 まだまだエキナカなどという言葉がなかった時代。マクドナルドが駅の中にあるなんてさすが阪急、すげえなあと思ったものだ。ちょっとテイクアウトしたいと考えたりもしたが、おいしい匂いを阪急電車の中で漂わせる勇気がなく、さすがに行かずじまい。そしてそのマクドナルドはいつの間にかなくなって、ローソンやカフェに店代わりをしていた。

 ……と、そういうわけで今回は十三駅である。

⚫︎バツグンの知名度と存在感だが…
 大阪梅田駅を出発した阪急電車各路線が、淀川を渡って神戸・宝塚・京都の3方向に分かれる分岐点にある。阪急電車ユーザーのみならず、関西在住の人ならば知らぬものはいないくらいのターミナルだ。

 それでいて、「十三」と書いて“じゅうそう”と読むというその難読ぶりは全国にすら轟く。関西には「放出」(はなてん)、「喜連瓜破」(きれうりわり)など難読駅名がいくつもあるが、その中でも知名度でいえば十三が圧倒しているといっていい。

 かくのごとく、バツグンの知名度と存在感を誇りながら、では十三で降りてみたことがあるという人はどれだけいるのだろうか。

 梅田駅からたったふた駅,数分の場所にあり,すべての列車が停まるターミナルなのに,だいたいの人は乗り換えに使うことはあってもわざわざ降りる機会は少ないのではなかろうか。
 そういえば,「十三はヤバいからあまり降りない方がいいよ」などと友人から言われたこともあったような……。

 とはいえ、さすがに梅田駅からほんの数分の駅がそんなにもヤバいわけがなかろう。
地図を見ればあの橋下徹元大阪府知事も出身の名門、府立北野高校も十三駅の近くにあるくらいだし、なんといっても阪急電車の駅である。

⚫︎かつてのマクドナルド跡地には…
 さすがに3路線が分かれる要衝の駅だけあって、十三駅の規模は大きい。構内は4面6線、神戸線・宝塚線・京都線がそれぞれ2線ずつを使っていて、中央に宝塚線のホームがある。それは互いに地下通路と跨線橋それぞれで結ばれる構造だ。

 ちょうど十三駅の先で線路が分かれるから、その間を使って広くホームを取れるのが2・3号線(阪急電車は番線ではなく号線という)。かつてのマクドナルドはそこにあった。

 それが店代わりしたコンビニとカフェの他には、駅そばや551の売店があって、立派なエキナカ商業施設。なんでも、このホームの駅そばは阪急でははじめての構内営業店舗だったらしく、さらに構内のコンビニは日本で初めての改札内店舗だとか。さすが日本の鉄道経営スタイルに先鞭をつけた阪急電車、エキナカビジネスにおいても先を行っていたのだ。

⚫︎規模の割にずいぶん小ぶりな改札口と駅舎
 さて、そんな構内からそろそろ外に出てみることにしよう。出入り口は東西に2か所。
どちらがメインなのかはよくわからないが、1号線のある神戸線ホーム側、すなわち西口から改札を出る。
 たくさんのお客が乗り換えやら何やらでひっきりなしに行き交うターミナルなのに、改札口と駅舎はずいぶんと小ぶりだ。

 その小さな改札を抜けると、ザ・私鉄沿線、すぐに商店街のアーケードの中に出た。このしつらえを関東の人にもわかりやすく伝えるとすれば、東武東上線の大山駅などによく似ているといったところだろうか。

 十三駅西口のアーケードは、トミータウンという。「十三」を読み替えてトミー、ということなのだろう。アーケードの中に掲げられている横断幕に小便小僧が描かれているのは、線路に沿って北に続くしょんべん横丁から来ているものだと思われる。

 ごみごみした細い路地に小さな立呑み屋やら何やらがひしめき合う、まさしく昭和っぽい繁華街、である(飲み屋街なのに共同トイレがなく、文字通り立ち小便をする酔っ払いが少なくなかったからしょんべん横丁になったとか)。

 反対に線路沿いに南に向けても商店街。十三駅前西商店街というようだが、もともとは波平通りといった。トレードマークが、顔が磯野波平、体が鉄腕アトムという摩訶不思議なキャラクターで、それが一部によくウケていたとかなんだとか。

 まあ、もうそれが許される時代ではないので、波平通りの面影はとりあえず消えて、いまは普通に正式名称の十三駅前西商店街で通っているようだ。こちらの商店街も、しょんべん横丁と基本的には変わらない、雑多なごみごみとした庶民派の町である。

⚫︎駅前には大きな道路…交通量もすごい
 トミータウンのアーケードはすぐに終わり、いわゆる十三の駅前ともいうべき広い交差点に出る。ここを北から南に通っているのが国道176号、通称“イナロク”だ。北へ行けば豊中・川西を抜けて宝塚方面へ。つまり阪急宝塚線と並んで走る。南方面ではすぐに十三大橋で淀川を渡り、梅田のど真ん中でそのまま御堂筋に移り変わる。

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 つまり大阪の大動脈が、十三駅の駅前を通っている。もちろん交通量も多く、さらにひと昔前には他に淀川を渡る橋も少なかったために大渋滞に悩まされていた。十三の繁華街のど真ん中をとおるわけだから、それもまた自動車交通の大動脈にしてはボトルネックだっただろう。

 そこで建設されたのが国道176号の十三バイパスで、淀川の下流側の新十三大橋ともども1967年に完成した。十三大橋が南行き3車線・北行き1車線、新十三大橋が北行き一方通行4車線。路地レベルの道ならまだしも、大通りでこれなのだから、大阪はクルマでうろうろするのにも意外に難易度が高い。

 十三駅前で国道176号を渡った先の西側も、まだまだ繁華街が続いている。庶民的な飲食店からちょっと怪しげなオトナのお店から、昔ながらのスナックから……。
 繁華街を抜けて淀川沿いに向かって南に進むと、ちょっとした大通りを渡った先はラブホテルが集まっている。上品なイメージをもって十三駅にやってきたら、驚くに違いない。十三とはそういう歓楽街なのだ。

 歓楽街としての十三は、駅の反対側、東口に出てもほとんど同じである。西口よりはいくらか広いが、それでも小さな駅前から2本のアーケード商店街が伸びていて、隙間を埋めるようにして路地裏の飲み屋街。マルーンの輝く阪急電車の要衝の駅は、徹底的に庶民のために作られた、そんな町の駅なのである。

⚫︎歓楽街だけじゃない「十三」の“顔”
 こう書くと、十三ってやっぱり猥雑な歓楽街なんですね、で終わってしまいそうだ。しかし実際にはそれだけではなく、ライブハウスやミニシアターなどが集まるサブカルタウンとしての一面も持っているという。

 第七藝術劇場は知る人ぞ知るミニシアターらしいし、ウルフルズがインディーズ時代に活動していたライブハウスも十三に。
 さらに、ねぎ焼きという関西人以外にはあまり馴染みのない大阪のソウルフードも十三が発祥。このように、梅田から淀川を挟んだ先の衛星歓楽街には、大阪の庶民文化の粋が詰まっているといっていい。

「それを“じゅうそう”と読むようになったのはますますナゾではあるが…」
 いったい、いつから十三はそういった町になったのだろうか。

 十三という名の由来は諸説があるが、いちばん有力なのは淀川の上流から十三番目の“渡し”があったからだとか。それを“じゅうそう”と読むようになったのはますますナゾではあるが、“じゅうさん”がなまったかなにかしたのだろう。

 そしてこの十三の渡し、本当は淀川ではなく中津川という川にあった。

 明治の中頃まで、淀川の流れはいまとまったく異なっていた。淀川の本流は市街地の中を貫くように南に流れており(いまの大川・堂島川・安治川)、支流の中津川がその北側を蛇行して流れていた。
 そのおかげで淀川が増水するたびに大阪の町は洪水の危機にさらされた。そこで淀川の大改修が行われ、1909年に現在の流路の淀川が完成したのだ。

 十三の渡しは近代以前のものなので、あったのは中津川。ちょうど十三駅前の繁華街のあたりを流れていた。逆に渡しの渡船場はいまでは淀川の底に沈んでいる。
 つまり、明治時代の十三は、川が流れる牧歌的な農村地帯に過ぎなかった、というわけだ。とうぜん、淀川改修以前に阪急電車は来ていない。

⚫︎駅の開業で蘇った名前
 十三番目の渡しに由来する十三の地名は、淀川の改修でいったん消滅する。その名が蘇ったのは1910年に阪急宝塚線(当時は箕面有馬電気軌道)が開業したときのことだ。開業と同時に十三駅という駅の名で、川底に沈んだ地名が復活した。

 そして1920年には十三駅を分岐点として阪急神戸線(当時は阪神急行電鉄)が開業する。次いで翌年には阪急京都線(当時は北大阪電気鉄道)が乗り入れて、神戸・宝塚・京都3方向への分岐ターミナルになった。

 それが大きなきっかけとなって、駅の周辺は一気に市街地化。折しも大阪の人口が爆増している頃合いで、梅田にもほどちかい鉄道分岐点の十三が市街地に呑み込まれるのもごく自然ななりゆきだった。
 その間の1915年には武田薬品の大阪工場が十三駅近くに開設。府立北野高校が十三に移転してきたのは1931年のことだ。

 戦前に築かれた十三の町は空襲で多くが焼けてしまったが、戦後になるとすぐに歓楽街への道を歩む。梅田に広がった闇市やその残滓の歓楽街が戦後復興計画によって立ち退きを求められ、淀川を渡って十三に移転してきた向きも多かったのではなかろうか。
 そうして歓楽街としての十三が少しずつ成長し、現在の姿になっていったのである。

⚫︎いまの「十三」を楽しめるのはあとわずか?
 いわば、十三は大阪の“キタ”にあって、梅田と淀川を隔てて向かう近さと交通の要衝としての地位を得て、市街地化・歓楽街化したといっていい。
 阪急沿線のブランドイメージとはいささか異なる趣なのは、むしろ阪急沿線というよりは梅田の衛星市街地であるからだろう。いっときは、歌舞伎町やすすきの、中洲に並び立つほどの歓楽街とされていたこともあったという。

 かくしてよく言えば庶民的、悪く言えば猥雑な町となった十三。しかし、どうやら今後は大きく生まれ変わることになるかもしれない。
 阪急が十三と新大阪を結ぶ連絡線の建設を計画しており、さらに南海なんば駅からキタに直結してくるなにわ筋線と連絡させる構想も持っているという。

 コロナ前のお話なので実現するかどうかはわからないが、3路線接続という交通の利便性、そして梅田のみならず新大阪にもほど近い十三が再開発のターゲットにならないほうがむしろおかしいくらいだ。

 すでに十三駅の南側の旧淀川区役所跡地にはタワーマンションの建設が進む。繁華街の一角でもマンションの建設工事が行われているなど、開発の予兆はあちこちに。
 これほどの一等地はないのだからディベロッパーが目をつけるのもよくわかる。もしかすると、いまの猥雑で庶民的な十三を楽しめるのはあとわずか、なのかもしれない。

 ちなみに、阪急電車で神戸線・宝塚線・京都線を互いに乗り換える場合、「座りたい」という理由から十三駅では乗り換えず、わざわざ梅田駅まで行く人もちらほらいるとかいないとか。それはね、不正乗車になってしまうのでやめましょうね。

(鼠入 昌史)



👄約半世紀前、学生時代、通学。ちょっと大きな本屋(梅田の旭屋が1番の時代)もいくつかあって、映画館、レコード店あり、梅田より歩き易く、わざわざ人多い梅田でなく…
梅田は「よそいき」で十三は「近所歩き」の雰囲気。集まる人も沿線各地から梅田へだが、十三は近隣中心。 ある意味安心。近隣の学生にとって行きやすい。
 がんこ寿司も十三発祥だったかと、ネギ焼も有名でなく混む事なく、映画の大きな看板も多く、通学の楽しみ。小繁華街ブラブラし帰路へコースは3つ。
  この頃から、小遣いでせっせと本屋で推理・SFに没頭しだす。そこそこ大きいのでわざわざ旭屋行かずとも(梅田に紀伊國屋、進々堂がない時代)
 武田薬品、ちょっと離れてパナソニック、グリコの大工場が!
懐かしさ満載!
🚉十三構内移動は地下通路と跨道橋の2か所、時折、切符の確認があってキセルチェック!
 阪急そばが◎。

コメント
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