なぜ給与は安いまま?働く人を貧しくする日本に専門家が警鐘
bizSPA!フレッシュ 210915
1990年以降、雇用が不安定になり、実質賃金も上がらず、働くことに不安を抱えているのはビジネスパーソンだけでなく、子供世代でも珍しくない。とりわけ、“派遣切り”や“年越し派遣村”など、派遣労働はネガティブなイメージが根強い。
日本の派遣会社数は海外と比較すると圧倒的に多く、なにか政治経済の思惑を詮索したくなるほどだ。政治経済に精通している政策コンサルタントの室伏謙一氏(@keipierremulot)に、派遣会社の数の多い理由から、日本の労働事情の現状を聞いた。
◆派遣会社数の多さは労働事情の歪み
まず、派遣会社が多い理由を室伏氏に聞くと「大手企業が人件費を削減したいがために、政府に構造改革を促した影響です」とキッパリ。
「企業としては人件費、社会保険料の負担が大きく、どうしても抑えたいコストです。そこで大手企業を中心に構成されている経団連が自民党に働きかけ、派遣法の改正に踏み切らせました。契約社員を雇用しても人件費削減は可能ですが、契約社員ではいちいち人を集めなければいけない。
一方、派遣社員の場合は派遣会社が人材を抱えており、必要な数の人材を派遣してもらえる。労働者派遣は企業が人材を安く簡単に利用できる非常に便利なシステムなのです」
◆かつては自ら派遣労働者になる人も
室伏謙一氏
続けて、「かつては自民党の派閥が機能しており、おかしな政策が通らないように抑制均衡が効いていましたが、小選挙区制が導入されて以降、そうしたものが機能しなくってしまっています」と日本政治の劣化を嘆く。
「政治家は多額の献金を経団連からもらっているため、経団連の意向、つまりは大手企業が有利になる政策推進に拍車がかかり、今なお進められています。多元主義が当たり前となっているヨーロッパ諸国では、さまざまな職能団体や利益団体、宗教団体の利害や意見を代弁する政党が存在し、その調整を経て政策が形成されるので、『特定の業界(団体)の声に過剰に耳を傾ける』ということはありません。派遣会社数が世界的に突出している現状を鑑みると、いかに日本の政治・労働事情が歪んでいるかがうかがえます」
かつての派遣労働者は、正社員ではない自由な働き方を求めて自らなった人も多かったという。しかし、度重なる規制緩和という名の改悪により、今では“雇用の調整弁”になってしまっている。
室伏氏は「昔のように規制をキチンとして労働者が守られている状態であれば良いですが、いまや派遣労働は企業にしかメリットがないと言ってもいい状況」と一蹴した。
◆テレワークも人材費削減が狙い?
総務省「労働力調査」などによれば非正規労働者の中でも派遣社員は1割に満たない。そのため「派遣労働に関する問題に過剰に反応しなくてもよい」と主張する識者は少なくないが、室伏氏は「問題視すべきは派遣社員の割合ではなく、人件費削減のために労働市場が大きく歪められていること。派遣労働の問題はそのひとつに過ぎません」と、日本の労働環境全体の変化に注視することを促す。
「第二次安倍政権から続く『従来の働き方を見直して“ジョブ型”にしましょう!』『フリーランスとして柔軟に働きましょう!』といった動きは、菅義偉政権でも継承されました。
この流れの背景には、派遣労働と同じように人件費削減が隠れています。ジョブ型に関しては、成果が評価指標になるため『期待した通りのものではない』と適当に難癖をつければ、給与を減らすことも可能です。
コロナ禍以降、もてはやされたテレワークも同じ理屈。テレワークも仕事をしている姿が見えないおかげで、働き方にケチをつけて人件費削減ができます。そのうえ、労働時間も曖昧になるため、残業代削減も狙え、企業にとってはとても都合が良い。
また、“柔軟な働き方”で言うと、“副業推進”が挙げられますが、これも結局は『給与を上げたくないから他所で稼いで』という言い訳を企業に与えるもの。給与の低さを主張する労働者の口をふさぎ、自己責任論を押し付けるための口実に過ぎません」
◆誰もが独立で活躍できるわけではない
「次に“フリーランス”ですが、フリーランスは収入が不安定になりやすく、誰でもできる働き方ではありません。当然、仕事を与える企業側が優位に立てるため、弁護士や税理士、著名なクリエイターといった一部の人くらいしか活躍できません。『ウェブデザインできます!』と普通の人が言っても、企業に都合よく使い倒されるだけ。
フリーランスの場合、社会保障負担もなくせるため、派遣労働以上に企業側のメリットがあり、企業が推進したい理由がよくわかります」
テレワークや副業は“新しい時代の働き方”というキラキラしたイメージがあるが、人件費削減の狙いがあったことには驚きである。
◆公務員の非正規化はデメリットしかない
また、人件費削減でいうと公務員の非正規化が進んでいるが、室伏氏は「公務員を非正規化する必要なんてありません。デメリットしかない」と危機感を募らせる。
「行政は民間企業のように利益を出すことが目的ではありません。公共の目的のために安定的に必要な人員を確保して運営しなければいけない。もちろん暇な時期もあるかもしれませんが、いざという時に必要だから確保されているのであり、安易な人件費削減などはもってのほか。
公務員の非正規化が進められた背景には、小泉政権時に竹中平蔵氏が中心となって始まった“三位一体の改革”にあります。
コロナ禍以降、もてはやされたテレワークも同じ理屈。テレワークも仕事をしている姿が見えないおかげで、働き方にケチをつけて人件費削減ができます。そのうえ、労働時間も曖昧になるため、残業代削減も狙え、企業にとってはとても都合が良い。
また、“柔軟な働き方”で言うと、“副業推進”が挙げられますが、これも結局は『給与を上げたくないから他所で稼いで』という言い訳を企業に与えるもの。給与の低さを主張する労働者の口をふさぎ、自己責任論を押し付けるための口実に過ぎません」
◆誰もが独立で活躍できるわけではない
「次に“フリーランス”ですが、フリーランスは収入が不安定になりやすく、誰でもできる働き方ではありません。当然、仕事を与える企業側が優位に立てるため、弁護士や税理士、著名なクリエイターといった一部の人くらいしか活躍できません。『ウェブデザインできます!』と普通の人が言っても、企業に都合よく使い倒されるだけ。
フリーランスの場合、社会保障負担もなくせるため、派遣労働以上に企業側のメリットがあり、企業が推進したい理由がよくわかります」
テレワークや副業は“新しい時代の働き方”というキラキラしたイメージがあるが、人件費削減の狙いがあったことには驚きである。
◆公務員の非正規化はデメリットしかない
また、人件費削減でいうと公務員の非正規化が進んでいるが、室伏氏は「公務員を非正規化する必要なんてありません。デメリットしかない」と危機感を募らせる。
「行政は民間企業のように利益を出すことが目的ではありません。公共の目的のために安定的に必要な人員を確保して運営しなければいけない。もちろん暇な時期もあるかもしれませんが、いざという時に必要だから確保されているのであり、安易な人件費削減などはもってのほか。
公務員の非正規化が進められた背景には、小泉政権時に竹中平蔵氏が中心となって始まった“三位一体の改革”にあります。
地方交付税交付金や国庫補助金などを減らし、地方自治体が人件費削減に踏み切らざるを得ないように仕向け、結果、非正規化・民営化が進められました。その後、窓口業務を中心に派遣社員に置き換える地方自治体が増え、竹中氏が取締役会長を勤める人材派遣会社・パソナグループは多額の利益を得ました。
利益追求のために竹中氏を始めとした人が『日本は公務員が多すぎる!』『公務員はまともに働いていない!』と嘘を並べて行政を空洞化させましたが、必要な部門に必要な人材がいないことは、私たちが安心して生活を送れなくなるリスクがあります。公務員の非正規化を止めさせ、むしろ公務員を増やしていかなければなりません」
「公務員=減らしても良い」とイメージしている人も珍しくない。しかし、イメージと現状が離れていることは往々にしてあり、とりわけ公務員の現状については、冷静に見極める必要がありそうだ。
◆私たちは株主のために働いている?
改めて政府や企業が露骨なまでの人件費削減を進めている理由を聞くと、室伏氏は「主に“株主資本主義”と“過剰なグローバル化”の影響」と話す。
「まず株主資本主義ですが、金融ビックバンと会社法制定、その後の数次にわたる改正で、株主の力は強くなりました。前回の改正により設置が義務化された社外取締役は株主の代理人です。株主の関心事は配当であり、外国人投資家を中心にその増額を要求してきます。
それに対応するためには、コストの大きな部分を占める人件費、そして設備投資を削らざるをえなくなっています。
利益追求のために竹中氏を始めとした人が『日本は公務員が多すぎる!』『公務員はまともに働いていない!』と嘘を並べて行政を空洞化させましたが、必要な部門に必要な人材がいないことは、私たちが安心して生活を送れなくなるリスクがあります。公務員の非正規化を止めさせ、むしろ公務員を増やしていかなければなりません」
「公務員=減らしても良い」とイメージしている人も珍しくない。しかし、イメージと現状が離れていることは往々にしてあり、とりわけ公務員の現状については、冷静に見極める必要がありそうだ。
◆私たちは株主のために働いている?
改めて政府や企業が露骨なまでの人件費削減を進めている理由を聞くと、室伏氏は「主に“株主資本主義”と“過剰なグローバル化”の影響」と話す。
「まず株主資本主義ですが、金融ビックバンと会社法制定、その後の数次にわたる改正で、株主の力は強くなりました。前回の改正により設置が義務化された社外取締役は株主の代理人です。株主の関心事は配当であり、外国人投資家を中心にその増額を要求してきます。
それに対応するためには、コストの大きな部分を占める人件費、そして設備投資を削らざるをえなくなっています。
しかも現在、上場企業は四半期決算が義務付けられているので、3か月ごとに財務状況をチェックされ、利益を出していない部門や事業の廃止や売却を株主から要求されることもあります。短期間で成果を出すことなどほぼ不可能であるにもかかわらず、です」
◆“過剰なグローバル化”って何?
「資本金10億円以上の日本企業の配当金、経常利益、売上高、給与、設備投資を見てみてください。1997年を100とした場合、給与や設備投資は微減、売上高は横ばいなのに対して、経常利益は3倍、配当に至っては6倍以上になっています。
人件費や設備投資を削って株価を釣り上げ、経常利益を釣り上げて配当金を増やしている実態が読み取れます。これに拍車をかけている四半期決算は、短期主義経営を助長することからヨーロッパ諸国ではすでに義務ではなくなっています。端的に言って、義務的四半期決算は異常な制度であり、早急に日本でも見直さなければいけません」
そして、“過剰なグローバル化”に関しては、「グローバル競争とはすなわち価格競争であり、それは裏を返せばコスト競争です。コストの大きな部分を占めるのが人件費と法令遵守費用であり、これが、人件費が安く規制も少ない低開発国での生産の誘因となっています。
このコスト競争はグローバルな競争ですから先進国内に波及し、「底辺への競争」と呼ばれる人件費の引下げにもつながっています。加えて株主資本主義ですから、グローバル化が進んだことで、この傾向は一層強くなっています。移民労働者の活用はそののひとつの現れです」と現状を解説した。
◆グローバル化をうたう政治家は要注意
最後に“株主資本主義”と“過剰なグローバル化”を脱するためには政権交代しかないのか聞くと、「自民党の中でも、現状の問題点を認識している議員はいます。反対に立憲民主党の中にも、これが分かっていない議員はいます」と答える。
「結局、我々国民が『どの候補者なら日本を良くしてくれるのか』ということを見極めるしかありません。2021年秋には衆議院選挙がありますが、それまでに各政党・各候補者の主張が適切なのかどうかを、判断するための知識を備えておかなければいけません。
とはいえ、書籍やインターネットには無数の情報が転がっているため、見極めることは大変難しい。まずは今回話した『これからはジョブ型だ!』『このままでは日本はグローバル競争に勝てない!』といった人件費削減を正当化する政治家や識者に対しては、疑ってかかることから始めてみると良いのではないでしょうか」
日本の労働市場のいびつな実態がわかっただろうか。“株主資本主義”と“過剰なグローバル化”を改め、安定した雇用、適切な賃金を実現するために、他人ごとにはせずに衆議院選挙までに勉強しなければいけない。
<取材・文/望月悠木>
【室伏謙一】
昭和47年静岡県生まれ。静岡聖光学院高校卒業、国際基督教大学(ICU)教養学部卒業、慶應義塾大学大学院法学研究科修了(法学修士)。政財官での実績を生かし、国会議員、地方議員の政策アドヴァイザーや民間企業向けの政策の企画・立案の支援、政治・政策関連の執筆活動等に従事
Twitter:@keipierremulot
【望月悠木】
フリーライター。主に政治経済、社会問題に関する記事の執筆を手がける。今、知るべき情報を多くの人に届けるため、日々活動を続けている Twitter: @mochizukiyuuki
◆“過剰なグローバル化”って何?
「資本金10億円以上の日本企業の配当金、経常利益、売上高、給与、設備投資を見てみてください。1997年を100とした場合、給与や設備投資は微減、売上高は横ばいなのに対して、経常利益は3倍、配当に至っては6倍以上になっています。
人件費や設備投資を削って株価を釣り上げ、経常利益を釣り上げて配当金を増やしている実態が読み取れます。これに拍車をかけている四半期決算は、短期主義経営を助長することからヨーロッパ諸国ではすでに義務ではなくなっています。端的に言って、義務的四半期決算は異常な制度であり、早急に日本でも見直さなければいけません」
そして、“過剰なグローバル化”に関しては、「グローバル競争とはすなわち価格競争であり、それは裏を返せばコスト競争です。コストの大きな部分を占めるのが人件費と法令遵守費用であり、これが、人件費が安く規制も少ない低開発国での生産の誘因となっています。
このコスト競争はグローバルな競争ですから先進国内に波及し、「底辺への競争」と呼ばれる人件費の引下げにもつながっています。加えて株主資本主義ですから、グローバル化が進んだことで、この傾向は一層強くなっています。移民労働者の活用はそののひとつの現れです」と現状を解説した。
◆グローバル化をうたう政治家は要注意
最後に“株主資本主義”と“過剰なグローバル化”を脱するためには政権交代しかないのか聞くと、「自民党の中でも、現状の問題点を認識している議員はいます。反対に立憲民主党の中にも、これが分かっていない議員はいます」と答える。
「結局、我々国民が『どの候補者なら日本を良くしてくれるのか』ということを見極めるしかありません。2021年秋には衆議院選挙がありますが、それまでに各政党・各候補者の主張が適切なのかどうかを、判断するための知識を備えておかなければいけません。
とはいえ、書籍やインターネットには無数の情報が転がっているため、見極めることは大変難しい。まずは今回話した『これからはジョブ型だ!』『このままでは日本はグローバル競争に勝てない!』といった人件費削減を正当化する政治家や識者に対しては、疑ってかかることから始めてみると良いのではないでしょうか」
日本の労働市場のいびつな実態がわかっただろうか。“株主資本主義”と“過剰なグローバル化”を改め、安定した雇用、適切な賃金を実現するために、他人ごとにはせずに衆議院選挙までに勉強しなければいけない。
<取材・文/望月悠木>
【室伏謙一】
昭和47年静岡県生まれ。静岡聖光学院高校卒業、国際基督教大学(ICU)教養学部卒業、慶應義塾大学大学院法学研究科修了(法学修士)。政財官での実績を生かし、国会議員、地方議員の政策アドヴァイザーや民間企業向けの政策の企画・立案の支援、政治・政策関連の執筆活動等に従事
Twitter:@keipierremulot
【望月悠木】
フリーライター。主に政治経済、社会問題に関する記事の執筆を手がける。今、知るべき情報を多くの人に届けるため、日々活動を続けている Twitter: @mochizukiyuuki