石造美術紀行

石造美術の探訪記

滋賀県 湖南市(旧甲賀郡石部町)東寺 長寿寺石造多宝塔

2007-01-24 23:43:09 | 宝塔・多宝塔

滋賀県 湖南市(旧甲賀郡石部町)東寺 長寿寺石造多宝塔

近江で2基しかないとされる石造多宝塔のうち、旧甲西町菩提寺の廃・少菩提寺跡の普会塔(少菩提寺多宝塔)は重要文化財指定、近江の石造塔婆類では高島市拝戸水尾神社層塔と並ぶ最古の仁治2年(1241年)の造立銘があり、しばしば諸書に紹介されているのに対し、野洲川の対岸にある長寿寺のものはあまり詳しく紹介されていない。

長寿寺多宝塔は、本堂(国宝)への参道右手の薄暗い林の中に凛然と勇姿を現す。角ばった石材を一辺あたり5個前後並べた方形基壇を二段に重ね、そのDscf3420中央に基礎を据える。基礎の手前に石造の香炉か水船のようなものが置かれているが、これは当初からのものではないだろう。台形のやや不整形な基礎は低く大きい。基礎上面には方形の一段を薄めに繰り出している。その上の塔身は方柱状で四隅に面取り加工を施す。幅が狭く高さが勝る。その上は裳階にあたる下層笠で平面方形、下面素面で軒は厚く先端で反り上がるが強い感じはしない。軒棟を短くして上面に広めの平面を整形し、その中央から低い円筒状に饅頭型を受ける部分を立ち上げる。饅頭型部は平面円形で側面はやや直線的に立ち上がり途中から曲線を描くが崩れ気味である。饅頭型と上層笠の間には別石の斗拱部分を挿み込む。斗拱部は他の各部に比してやや大き過ぎの印象を受ける。斗拱下部は方形平面いっぱいに低く円筒形の首部を形成し、饅頭型の上部でこれを受ける。首部に続く斗拱本体は四辺を斜に切り、そこから連続して垂直に立ち上がる平面方形とし、上層笠を受けている(複雑な形状を言葉で説明するのは難しいので写真ご参照のこと)。上層笠も軒は厚く先端でやや反る。さらに上にもう一段別石の笠を載せ錣葺屋根を表している。上層笠頂部には露盤を薄く彫成し、さらに相輪伏鉢状のものを繰り出しているようであるがはっきり確認できない。その上に相輪に代わり宝珠を載せる。この宝珠部は伏鉢と宝珠をくっつけたような形状で、あまり例をみないものである。宝珠伏鉢部は笠頂部の伏鉢部分よりも径が大きく、どことなく不自然な感じがあり、後補の疑いがある。木造多宝塔で相輪の代わりに宝珠とした例は知らない。ただし単層の石造宝塔では若干例がある。長寿寺塔は、塔身の幅が狭く斗拱部が大き過ぎるためか”頭でっかち”で安定感に欠け、宝珠も何か不自然で全体的に各部のバランスが悪く、まとまりのない印象が強い。川勝博士いわく「寄せ集めのように見える」(※1)所以である。安定感があってスッキリまとまった少菩提寺塔に比べるとデザイン的には数段劣る。また、少菩提寺塔に比べ小さいようにいわれるが(※2)、相輪がない分高さは低いが、基礎幅や下層笠の軒幅などはむしろ長寿寺塔が大きく、規模の点では少菩提寺塔に勝るとも劣らない巨塔である。花崗岩製、高さ約364cm、基礎の幅約170余cm、下層笠の幅約136cm(※3)。湖南市指定文化財。

少菩提寺塔との共通点は①ほぼ同規模である、②石材が同じ赤茶っぽい花崗岩、③格狭間などの表面装飾がない、④ノミ跡が生々しい表面の様子、⑤別石斗拱部を持つ、⑥上層笠が二重(錣葺)である、⑦基礎上面に方形の一段を繰り出している。相違点としては、①低い箱型に整形した少菩提寺塔基礎に比して長寿寺塔の基礎は不整形の台形である、②少菩提寺塔は基礎上一段と塔身の間に平たい切石を挟み、外見上二段とし塔身下に空間を設ける構造だが長寿寺 塔にはない、③長寿寺塔の塔身は面取が施されるが少菩提寺塔にはない、④長寿寺塔は首部が斗拱部と同石とし、少菩提寺塔は饅頭型部と同石、⑤斗拱部が長寿寺塔は斜面付一段で少菩提寺塔は二段、⑥少菩提寺塔は露盤が高く、長寿寺塔では露盤部を薄くDscf3428して伏鉢を同石で立ち上げる、⑦少菩提寺塔は相輪を有するが07、長寿寺塔は相輪の代わりに宝珠を載せる。⑧少菩提寺塔は紀年(仁治2年)を含む造立銘を刻むが長寿寺塔には銘が見出せない。このほか各部の縦横比など細かい相違はこの際述べない。

無銘の長寿寺塔の造立年は不明とするしかないが少菩提寺塔を機軸に考えるほかない。この“不細工さ”を退化とみるか発展途上とみるかで判断は分かれるだろう。いずれにせよ鎌倉後期を降ることはないと思われるが、小生は面取り塔身の古調を評価し、発展途上と解釈する。長寿寺塔がやや古く、少菩提寺塔でデザインの完成を見ると考えたいがいかがであろうか。博学諸彦のご批正をお願いしたい。

写真上、左:長寿寺多宝塔…うーんちょっと不細工かな…

右:少菩提寺多宝塔(高さ454cm)…これは文句なく美しいでしょ…

参考

※1 川勝政太郎『歴史と文化 近江』 87ページ

※2 田岡香逸『近江の石造美術』6 19ページ

※3 池内順一郎『近江の石造遺品』(下) 312ページ

最古銘の少菩提寺塔より古いかもしれないといってイコール近江最古の石塔ということではないので勘違いしないで欲しい。仁治2年よりも古い可能性がある無銘の石塔は、石塔寺三重層塔を筆頭に県内にはまだいくつかあり、石仏や石碑にはさらに古い紀年銘をもつものがある。


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