動物が磁気を感覚刺激として利用するためには、特殊な光受容タンパク質「クリプトクロム」と、「ISCA1」(Iron-Sulfur Cluster Assembly 1)というタンパク質の結合が少なくとも必要であることがわかってきています。現にこの結合は、伝書鳩として用いられてきたカワラバトの体内でその仕組みが明らかにされ[Arai et als.2022]、のみならず、磁気感覚をもつことが判明しているショウジョウバエやオオカバマダラ(渡りをする蝶)でも存在が見い出され、またやはり近年磁気感覚をもつことが指摘されるようになったクジラでも見い出されているそうです[出村 2002,p.56]。
そもそも「クリプトクロム」は、光受容タンパク質として青色光を受容し、概日リズムの形成に関わるとされるような、多くの動物種に不可欠のタンパク質ですし、「ISCA1」もまた、もとは細胞内のミトコンドリアで、代謝反応に必要な鉄硫黄クラスターを運ぶタンパク質ですから、ミトコンドリアをもつようになった真核生物には広く共有されるタンパク質です。とするなら磁気感覚とは、一部の限られた動物の特殊な能力というよりは、多くの動物にありふれた、視覚や聴覚に近い一般的な感覚である可能性が示唆されます[出村 2002,p.56]。
とくに「クリプトクロム」は、光受容というその性質上、目の網膜に発現するタンパク質ですから、カワラバトや、あるいはヨーロッパコマドリのような渡り鳥では、地球の磁力線の方向が実際に見えている、いいかえれば磁気感覚は視覚の一環である可能性すらあることになります(ここでは詳述できませんが、その実際のメカニズムがホアとモウリットセンらにより、示されてきています[Hore&Mouritsen 2022=2022])。しかし実際のところ、それはどんな景色となって見えているのでしょう⁉
もちろんまだよくわかってはいません。もし「クリプトクロム」と「ISCA1」の結合からシグナルを受け取る受容体タンパク質が、網膜の中でも桿体細胞に働くなら、磁気の強弱が明暗のちがいとして、錐体細胞で働くなら、色のちがいとして、あるいは網膜内で分布のパターンをつくるなら、磁気の強弱や磁力線の方向が縞模様などの模様になって見えるのかもしれません。
しかし、鳥類のように見えはしなくても、他のさまざまな動物でも、磁気感覚の存在を前提するほかない行動が報告されています。世界中の数百の放牧地の8000頭のウシと3000頭のシカをグーグルアースの衛星写真で調べたところ、安静時には北(正確には磁北極)の方角を向いていることを、2008年にドイツのグループが明らかにしていますし[Begall et al. 2008]、2011年にはアカギツネが草藪や雪の下の小動物を捕獲するとき、75%の割合で磁北極に対して20°東の方角に頭を向けていたことも報じられています[Červený et al. 2011]。魚類ではメバルの回遊行動に磁場が影響することも報告されています[出村 2002,p.57]。いずれも、磁気感覚が前庭感覚等に絡みついて生じている現象かもしれません。実際、磁気感覚が磁力を通して地球との関係性を示すセンサーだとすれば、前庭感覚は重力を通して地球との関係性を示すセンサーですから。
そして最後に、驚くべきことに、私たちヒトにおいても、「クリプトクロム」と「ISCA1」の結合は立派に存在することが明らかになっているのです![出村 2002, p.57] しかし私たちには、ふつう磁気感覚などあるようにはみえません。あるいは少なくとも意識できません。それはおそらく、「クリプトクロム」と「ISCA1」の結合からのシグナルを神経系の電気信号に変換するメカニズムが失われたり退化したのかもしれません。しかし例外というべきかどうなのか、「霊感」の強い人やHSPの人などには、磁気感覚が強い方があります。この方々には、この動物たちの磁気感覚が退化することなく保存されているということでしょうか。ここから「霊感」やHSPの謎の一端が明らかになるなら面白いことです。
それにしてもなぜヒトでは、わざわざこの動物たちの共有財産、磁気感覚を喪失したのでしょうか? いやいや、喪失したそのおかげで、少なくともこの100年来、私たちは実に様々な電子機器を自由に使いまくる自由を手に入れることができたのだ、という意見もあります。しかしだとすれば私たちは、それと知らずに、あるいは無害と思い込んだまま、他の多くの生物種に、人工磁場の悪影響を及ぼしてしまっている可能性も否定できなくなってしまうかもしれませんね。
<文献>
Begall, S.,Červený, J., Neef, J., Vojtech, O. & Burda, H., 2008. Magnetic alignment in grazing and resting cattle and deer, in Proceedings of the National Academy of Sciences of the
U.S.A., vol.105, pp.13451–5.
Červený, J., Begall, S., Koubek,P., Nováková, P. &Burda,H.,2011 Directional preference may enhance hunting accuracy in foraging foxes, in Biological Letters, vol.7, pp.355–7.
出村正彬、2022 「動物たちの磁気感覚」『日経サイエンス』第52巻8号、pp.55-7。
Hore, P. J. & Mouritsen,H., 2022 The quantum nature of bird migration, in Scientific American, vol.326, no.4, pp.27-31. =熊谷玲美訳、2022「鳥には地磁気が見えている」『日経サイエンス』第52巻8号、pp.49-54.