世界はキラキラおもちゃ箱・第3館

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人魚姫のお話・2

2015-06-22 05:26:51 | 夢幻詩語

 おばあ様は、部屋の前にある少し広く作った海の庭に姫様たちを座らせ、話をしました。
「人間と人魚と言うのは、心も体も違うものでできているのだよ。神様がわたしたちをお創りになったとき、人間の体は土から創られ、わたしたち人魚の体は水から創られたのだ。だから、人間は死ぬと土に帰り、人魚は死ぬと水の泡になって消えてしまうのだよ」
 姫様たちはただただびっくりして、話を聞いていました。
「では、心と言うものは、何でできているの?」
 末の姫様が聞きました。するとおばあ様はうれしそうな顔で末の姫様の顔を見つめました。
「おおや、賢い子だね。よくおきき、心と言うものは、不思議な光でできているんだよ。でもね、光にもいろいろな光があって、人間の心を作っている光と、人魚の心を作っている光とには、違いがあるんだよ。とても難しい話だから、これ以上のことは、もっと大人になってから教えてあげよう」
「どんなふうに違うの?」
 末の姫様はもっと話が聞きたくて、おばあ様に詰め寄りました。
「おやおや、熱心だね。そうだね、ひとつだけ教えてあげよう。人魚の心のほうが、人間の心よりちょっとやわらかいんだよ。さあ、今日のお話はこれまでだ。次のお勉強の時には、人間のことをもっと勉強するために、海の上まで連れて行ってあげよう。そして、人間の世界というものを、見せてあげようね」
 姫様たちがうれしそうに歓声を挙げました。末の姫様はあんまりにうれしくて手をたたきました。そして姫様たちは、おばあ様について、また御殿へと帰って行ったのです。

 それから七日ほどたった日、おばあ様は姫様たちを連れて、海の上へと行きました。姫様たちは、おばあ様について上に泳いで行くにつれ、お日さまの光がだんだんと明るくなり、水も軽くなってくるのを感じていました。そうして海面近くまで来ると、おばあ様は貝の鈴を鳴らしながら姫様たちを振り返り、言いました。
「さあ、いよいよ、海の上に出るよ。だいじょうぶ、人魚は海の中でも海の上でも息ができるからね。怖くはない。あまり危ない所にはいかないからね」
 そう言っておばあ様は、最初に海面から首を出しました。姫様たちも、つぎつぎに、おばあ様に従いました。みんなが海の上に顔を出すと、おばあ様が指を差しながら言いました。
「さあごらん、あそこが陸というものだ。人間が住んでいる国だよ」
 姫様たちは、お日さまの光のまぶしさにびっくりしながらも、おばあ様が指さす方向に目を凝らしました。するとそこには、クジラよりもずっと大きな陸があって、その上には、人魚たちの町とは全然違う、不思議な町がありました。耳を澄ますと、人間たちのざわめきや、聞いたこともないような不思議な歌が聞こえてきます。
「さあ、ここから泳いで、近くまで寄ってみよう。人間に見つからないように、用心していこうね」
 そういうとおばあ様は、貝の鈴を鳴らしながら、静かに陸に向かって泳ぎだしました。姫様たちはどきどきしながらついていきました。
 港は人がいっぱいいてあぶないので、おばあ様は、港を少し過ぎた所にある、海ぎわに建てられた人間の家々のところに連れて行きました。そこは海から切り立った低い崖のようなところで、崖の上には変わった形の家が並んでいて、なんと家の上におおいがついていました。姫様たちはもちろん、どうして家におおいがついているのか、おばあ様に質問しました。
「それはね、人間は水が苦手だからだよ。陸の世界では時々、神様が天から水を降らすので、それを避けるために、家々におおいをかけるのだ。そのおおいを、屋根というのだよ」
 姫様たちは崖から少し離れたところから、しばらく人間の町の様子を眺めていました。姫様たちのいるところから、人間の姿が見えました。おばあ様の言っていたとおり、二本の足を動かして、器用に地面を歩いています。姫様たちはそれに何よりびっくりしました。海を泳いで行く人魚もすばらしいが、ああして二本の足を器用に動かして歩いていく人間も、なんとすばらしいものに見えることでしょう。姫様たちは、少し人間がうらやましくなりました。
「よく見たかい。おもしろいものだろう。では次に、王様の御殿に行ってみよう」
「え? もう帰ってしまうの?」
「いや、海の底の王様の御殿ではないよ。この人間の国にもちゃんと王様がいて、王様の御殿があるのだよ。そこは海ぎわに建っていてね、広間から海に降りていく大理石の階段があるのだよ。広間の壁にはたくさんの絵やタペストリなどが飾ってあって、あまりに美しいので、人魚も時々そこを見にいくのだよ」
 そう言いながら泳いで行くおばあ様の後を、姫様たちはわくわくしながらついていきました。陸の国の王様の御殿につくまでには、半時もかかりませんでした。遠くから見ると、それは大きな丸い屋根が五つほどもあるとても大きな建物でした。ひなげしと一角獣を図案化した王家のしるしを染め上げた、美しい旗が一番大きな屋根のてっぺんでひるがえっていました。そしてそれよりは小さいが同じしるしを染め上げた旗のついた大きな船が、海にせり出した御殿のそばの海に浮いていました。
おばあ様が、人間に見つからないように頭だけ出して泳ぐのだよと注意しながら、姫様たちを、王様の広間の前に案内しました。ちょうど、広間には人間はひとりもいなかったので、姫様たちは、かなり間近から、広間の中を見渡すことができました。おばあ様の言った通り、広間は美しく飾り立ててあり、不思議な花の模様がびっしり描かれた美しい壁紙が貼られていて、ひなげしと一角獣の絵を織り上げた大きなタペストリが壁の真ん中に飾られていました。花や美しい女の人を描いた絵などもたくさん飾られていました。天井にはガラスを組み立てた美しい灯りがあり、広間の隅には金銀や宝石で飾られた化粧箪笥のような不思議な箱などもありました。
 もっと近くから見ようと、末の姫様は思い切って広間に近寄り、海に降りていく大理石の階段に触りました。見ると、壁に飾られた絵の中に、一人の少年を描いた絵があります。青い立派な服を着たその少年は、どことなく、前に見た大理石の彫刻の少年に似ていました。もっとよく見ようと大理石の階段を上ろうとすると、おばあ様が声を殺して姫様をしかりました。
「それ以上近寄ってはだめだよ。人魚は人間に姿を見られてはならないのだよ。人間が人魚のことを知ったら大変なことになるのだ。なぜなら、彼らの心は、人魚よりずっと硬いからなのだよ。さあ、今日はこれまでにして、日の暗くならないうちに帰ろう」
 そう言っておばあ様は海の中に沈んでいきました。姫様たちは、もっと陸の世界を見たいと名残惜しそうでしたが、すぐに心を変えて、おばあ様の後についていきました。ただ、末のお姫様だけは、あの絵をもっとよく見たくて、本当に残念そうに、何度も後ろを振り向いていました。

 それからまた何日かが過ぎました。おばあ様がお城のお仕事で忙しくて、あまりかまってくれないので、姫様たちは、それぞれに与えられた小さな庭や部屋の中で、歌を歌ったり、本を読んだり、サンゴを削って人形をこさえたり、飼っている小さなイザリウオの世話をしたり、海藻をほぐした糸を編んで小さな上着をこしらえたりしていました。ただ、末の姫様だけは、あの肖像画に描かれていた少年の顔が忘れられず、部屋の中でぼんやりと座ったまま、物思いにふけっていました。

(つづく)





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