シリル・ノールが大統領府に飛び込んできたのはそれから六時間ほど後のことだった。
「どうしたんだ、ここは! 守衛もいないのか! 鍵すらかかっていなかったぞ!!」
車を降り、殴り込み同様に入ってきたシリルを、最初に迎えたのはエミールだった。
「おお、ムッシュー、ここに入ってきてはいけません」
そうは言ったが、じつは大統領府の鍵を開けておいたのはエミールだった。彼が電話でシリルがこっちに向かっていることを知り、一計を案じてみたのだ。
「ジャルベールはどこだ! 話がしたい。シリル・ノールが来たと伝えろ! 国がどういうことになったか、すべて教えてやる!!」
鬼のような剣幕でまくしたてるシリルに気おされ、エミールは何も言えなかった。後を追ってきた護衛官に目で合図したが、彼も戸惑うばかりで何をどうしたらいいかわからず、しきりに首を振った。それを見たシリルは、瞬時に事態を把握した。逃げたな。馬鹿どもが。
そのままずかずかと執務室に向かうシリルを止める者はいなかった。執務室がどこにあるかは、議員時代に何度も通ったことがあるので知っていた。
堂々と廊下を歩く自分を、かろうじて残っていた職員たちが陰から呆然と見ているのを、シリルは感じた。誰も何もしようとしない。これは完璧な無政府状態だと、シリルは思った。馬鹿どもが集まって、政治をだいなしにしたのだ。
ノックもせずに執務室に入ると、蠅が一匹、頬をかすめた。死臭がした。
窓の下に、毛布で覆われた死体があった。シリルは目眩がした。
なんだこれは。これが国の中枢か。馬鹿なのか、これは!?
心の叫びは、声にならなかった。
シリルは死体に近づき、毛布をめくって顔を確かめた。ジャルベールだ。間違いはない。
「コンドは? フランソワ・コンドはどこだ?」
シリルがそばにいたエミールに尋ねると、エミールは副大統領コンドが逃亡したことが、ジャルベールの自殺の原因ではないかと言った。シリルは顔を覆った。ため息も漏れなかった。
これは何かの滑稽劇なのか? そうであればいい。だがそうではない。絶望的だ。最悪だ。どうすればいい。どうすれば・・・・・・
いつの間にか、十数人の護衛官が、彼の周りを囲んでいた。その視線には、何か重要なことを指図してほしいかのような願望が含まれていた。
(つづく)