遊心逍遙記その2

ブログ「遊心逍遙記」から心機一転して、「遊心逍遙記その2」を開設します。主に読後印象記をまとめていきます。

『教場』  長岡弘樹   小学館

2023-05-10 15:27:27 | 諸作家作品
 つい先日、新聞を読んでいるとさかんに「教場」と称するテレビドラマの宣伝を目にした。テレビドラマは視聴していない。テレビドラマの宣伝広告にはこの本とそのシリーズ本が併記されていた。この作家の作品を読んだことがなかった。そこで原作に関心を抱き、第1作になる本書をまず読んでみた。
 本書は、最初「STORY BOX」のVOL.1からVOL.18の間で期間を置きながら順次掲載された。当初は『初任』というタイトルだったそうである。全面改編して2013年6月に単行本が刊行された。2015年12月に文庫化されている。
 因みに直近では、フジテレビ開局65周年特別企画「風間公親-教場0」と題して、主演木村拓哉でテレビドラマ化され、放映されている。このシリーズは、『教場Ⅱ』『教場0』が既に刊行されている。直近のテレビドラマ化は、たぶん第3作がベースとなっているのだろう。
 
 本書は、短編連作集で6話を収録。ストーリーの場所は警察学校。登場するのは初任科第98期短期課程の学生達。彼らは警察学校の構内にある『さきがけ第一寮』で寄宿生活をする。大部屋を簡単なパーティションで区切っただけだが、一応全室個室の体裁になっている。入校後50日が経った時点で、既に4人が脱落し、退校していた。37人が在籍という状況からストーリーが始まる。
 この初任科短期課程の学生達が座学として授業を受ける教室が「第三教場」と称される。教場には専任の教官が付く。入校当時は植松教官が付いたのだが、肺炎に罹り入院することになったので、この教場の教官は、風間公親(キミチカ)係長が引き継ぐことになった。いわばこの教場の学生が一つのチームである。そこでは連帯責任、その結果としての行動にも繋がって行く。
 
 この短編集は、初任科第98期短期課程の学生37人の中で、数人に焦点をあてる形で、教場で発生するトラブルを描き出していく。警察学校とはどのような環境か。そこで初任科短期過程の学生はどのような内容の授業を受け、どのような実技訓練を積むのか。そのプロセスが点描される。
 最初にエピローグのことに触れておこう。入校したばかりの第100期短期課程の学生40人を第三教場の教壇から眺めて、初っ端に風間が言ったことである。警察官に憧れているものはと問いかけ、手を上げさせた。そして、風間は言う。退校届を書きここを去れと。一週間もすれば憧れなど打ち砕かれる。「それにだ。きみたちの前に第98期を受け持ったが、気持ちの休まる暇がなかった。連中がしばしばトラブルを起こすせいでな。あれですっかり懲りたよ。だからわたしとしては、一人でも減ってもらった方がありがたいわけだ」(p293)と。

 ここに収録された6話は、学生達が起こすトラブルと風間の対応を描き出している。
 各短編ごとに、簡単にご紹介して行こう。
<第1話 職質>
 授業内容:職務質問について。職質のロール・プレイングを学生にさせる
 学生の平田和道と宮坂定の間で起こるトラブル。宮坂は風間から一日の授業が終わったらその日に気づいたことを風間に報告する課題を与えられた。いわば、一種のスパイ行為だが、宮坂はそれを命令と受けとめ実行する。それが宮坂を救うことになる。平田は退校する。
 宮坂の報告に対する風間の目のつけどころ、学生たちへの風間の観察力が発揮される。
<第2話 牢問>
 授業内容:2時限目に取り調べについて。5時限目は文化クラブ活動。
 「現場での初期捜査活動について」(練習交番に代表者3班の7人の待機から開始)
 「似顔絵クラブ」に属する楠本しのぶと岸川沙織の間のトラブル。
 クラブ活動の際に、しのぶは沙織に、かつては取り調べに「牢問」が行われていたことを教える。
 風間はしのぶに岸川にときどき手紙が来るが、その差出人は君かときく。しのぶはただの悪戯と答えた。しのぶには隠された意図があった。
 準備として、検問実習のために使う車のボディのワックスがけに楠本しのぶが格納庫に行き、作業をしているときにトラブルが起こる。それは一種の牢問の状態を生み出した。「良い警官と悪い警官」の役回りの利用、そして「思い込みは刑事にとって命取りだ」という教訓が興味深い。

<第3話 蟻穴>
 授業内容:自動二輪の運転講習、水難救助訓練、自主学習(刑訴法の小テストの準備)
      災害救助訓練、屋外で車に搭乗の運転者に対する職務質問
 鳥羽暢照と稲辺隆の間でのトラブル。柔道担当の須賀から鳥羽は「射撃場」への呼び出し紙片を伝令の学生から受ける。射撃場に行くと、そこには稲辺が居た。一昨昨日の金曜日の夜に、稲辺が出抜けをしたという嫌疑での詰問だった。その夜、稲辺は自習室に居たと主張。鳥羽も居たので証言してくれるはずと。ところが、鳥羽は稲辺の気配に気づいたのだが、見ていないと返答した。彼には嘘をつかねばならない原因を自分の日記に書き込んでいたのだ。日記に事実以外を書くと、それは退校処分の理由になる。
 稲辺は思わぬ報復の手段をとる。
 風間は鳥羽の日記の記述箇所に一定の特徴があることに気づき、その裏読みをしていた。短編の各セクションは鳥羽の日記文で始まる。そこに伏線が敷かれていたことに、後になってから気づくというお粗末さ・・・・・。

<第4章 調達>
 授業内容:(実習)警備勤務。この時点では、風間教場の学生は34人に。
   服部教官による犯罪捜査用模擬家屋で、外傷のない死体発見の処置について。
   逮捕術。
 日下部准と樫村巧美が警備勤務に当たっていた。校内でも寮内でも所持できないはずの禁制品を風間教場のある学生が持っているのを日下部が話題にした、日下部は禁制品が物々交換で行われ、その調達の要に樫村が関わっていることを突き止めていた。
 打開策として、樫村はある調達を日下部に持ちかける。だがそれは仇になる。
 練習交番に日下部が行くと、そこには樫村と風間教官が居て、風間が持ち込んだ今日の夕刊が置いてあった。風間は二人に交番勤務での特別授業をするという。そこには風間の意図があった。総合的に情報を把握し判断した風間の動きがオチになっている。

<第5章 異物>
 授業内容:練習用パトカーを使った運転技術。教官は交通機動隊の神林係長
      陶芸クラブの活動。風間が整備実施のための装備装着を由良個人に実習指示
 由良元久と安岡学の間でのトラブル。教官の指示を受けて由良が練パトを運転し、四輪スラローム走行を行う。だが、目の前を飛んできた黄色い物体がスズメバチと由良は判断した。咄嗟に運転を誤り、安岡に当たりそうになる。間一髪の所で風間が安岡を突き飛ばす。その結果、風間は足に負傷した。
 由良は安岡の仕業と勘ぐり、白状させるための嫌がらせをする。
 由良は風間から整備実施の一人授業を受けることになる。その結果、由良は異物が練パトに飛び込んで来た真因に気づく。由良は安岡に詫び、償いをする。
 この連作で、ハッピーエンドに終わる最初の短編がこれである。

<第6章 背水>
 授業内容:整備実施訓練 校舎前での献血、自主学習(警察職員に対する懲戒処分)
 都築耀太と日下部准との関わり。都築と宮坂との関わり。
 都築は整備実施訓練のための装備着装に遅れをとる。マフラーが見つからない。日下部は都築を手伝い、マフラーを探し発見した。その感謝の代償として、都築に[卒業文集編纂さん委員]を引き受けさせた。
 都築は献血車の中で、宮坂に卒業文集の原稿を書かせる。その後、献血車に風間が現れる。風間は都築から余分の原稿用紙を受け取り、[我能弭謗矣]と書いた。風間は私の好きな一節だと言い、知りたければ自分で調べることだと告げた。
 その後、事務室で風間は都築に退校届を出せと迫る。ここからの展開がおもしろい。
 「背水」というタイトルがそれを示す。

 風間が都築に告げた言葉を引用しよう。
「警察官という仕事には度胸が欠かせない。ぎりぎりでの戦いを経験できなかった人間にはそれがないから、第一線では使い物にならない。辞めさせるのが本人のためだ。私は経験からそれがよく分かっている」(p267)

 誇張があるかも知れないが、警察学校がどのような授業を行っているのか、イメージが作れる短編連作集である。
 これらの6話がどのようにテレビドラマ化されたのだろうか。

 警察組織の裏方となる警察学校という組織を取り扱った点がやはり異色なのだろう。
 警察小説をいろいろ読んでいるが、このアプローチは初めて。おもしろかった。

 ご一読ありがとうございます。

補遺
教場  :ウィキペディア
風間公親-教場0-  公式サイト  
警察学校 警察学校FQA  :「警察庁 都道府県警察採用案内」
警察学校キャンパスライフ  :「令和5年度警視庁採用サイト」

インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

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