か ら け ん


ずっと走り続けてきました。一休みしてまわりを見ます。
そしてまた走ります。

『こっちも被害者や』 皇子山中いじめ殺人事件 追補4 市教委は責任逃れの鵺の巣窟

2013年01月08日 | 受験・学校

言いも言いたり。税金をかすめ取り執行機関の監視が届かないことをいいことに自分達だけの楽園を作った。これが大津市教委だ。子供が一人二人死のうとこの楽園は崩せない。その証拠に沢村憲次教育長は法外な1200万という年収をもらいつづけ、事件直後、海外豪遊旅行でコアラを抱いた。

今は市町村合併でなくなったが、その昔、僕は田舎の教育委員会を訪問したことがある。全員直立不動の姿勢をとって僕を迎えた。夜は官官接待だ。既得権を逃すまいと恥も外聞もかなぐり捨ててチヤホヤごっこの狂宴が始まった。

「左の方に行っちゃあいけませんよ」と耳打ちする地域の有力者がいた。官官接待の場に地域ボスがいるとは二重におかしなことになっている。若い僕を神のように奉った。これで官僚はのぼせあがっていい気になるんだ。

ところで、大津市教委はまともで、そんなことはなかったとか言うのか。何にも上にゴマすらないのに60万円もらって事件直後にもみ消しのためコアラを抱きに豪州に行けませんよ。

日本全体が大きなピラミッドになって、低辺の礎石たちはもはや能力では上昇できないから、揉み手すり手でピラミッドの階段を上ろうとする。

あきらめろ。

どこの会社で人格者が昇進したか、部下から慕われるれる人が昇進したか。低脳無教養の上司は仕事の流れを把握せず思いつきで命令を下してきたではないか、苦心惨憺の仕事の成果は上司の低脳無理解によってどれほどつぶれてきたか。

まさにその最も究極に下品な人間が河村憲次教育長だ。自らの職に汲汲とし不必要で不用意な発言を繰り返す。毎日のように。

僕は普通のブログが書きたい。クルマは下品になったので書かない。しかし、ほかに話題はごまんとある。ところがこの沢村がイライラさせるのだ。げにバカの罪はおおきい。

自殺直後のアンケートに不備がある。当たり前だ。不良グループの前で書けと言っても本当のことが書けるものか。それにしては皇子山中の生徒はよく書いた。書いているだけで不良に憎まれるのに勇気ある行動だ。皇子山中にはまだまだ5人も6人も殺す不良はいる。

沢村憲次はなんといったと思う。「さっと目を通しただけだったから分かりませんでした。」

2回目のアンケートについては生徒から愛想を尽かされた。市教委はここでもウソをつく。

188名の回答がありました。これは嘘である。担当者は責任をとれ。

真実はこうだ。わずか5%の30名が答えただけで残りは白紙だった。なぜとことんウソをつくのか。大津県教委、滋賀県教委、皇子山中学。個個の事象についてはそんなにいつまでも記憶するものではない。しかし、あなた達のことを耳にするたび嫌な黒い雲のようなくさいガスが立ち込める。

Posted at 2012/07/25


『何や、死んだんか』 皇子山中いじめ殺人事件  追補3 市教委はコアラと仲良し

2013年01月08日 | 受験・学校

大津市で昨年10月、市立中学2年の男子生徒(当時13歳)がいじめを苦に自殺したとされる問題で、その翌月に同市の沢村憲次教育長がオーストラリアへ視察旅行に出かけたことが、批判を浴びている。

 市教委による追加の全校アンケートで「葬式ごっこ」などの回答を得た2日後に出発していた。
                                     読売新聞 7月21日(土)
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大津市の沢村憲次という教育長はいったいどんな道徳観をしているのだろう。子供が死んだらその理由のいかんを問わず原因の調査と追及に東奔西走の日々を送るはずだ。

その理由がいじめであることが確定してから逃げるようにオーストラリアに公費で遊びに行った。しかも本人は毎日、なにもすることなく過ごしているのに年収1200万とは異常じゃないか。たった300万か400万かの生活保護と比較して自分の給料の安さをひがみねたむ人が増えたが、バカでもなれる中学の教員上りが1200万とはおかしいじゃないか。

海外旅行つきの生活保護だな。

沢村憲次は今回の対応が不見識であったし、テレビに野卑な人格をさらして文科省の地位まで貶めた。しかしやめても年金は60万/月を上回る法外な金額となる。

こんなこと言うと頭悪いのが登場して偉そうに、生活保護費を全国レベルでみた場合と、教育長の給与の全国合計とかを比較して生活保護費不正受給問題が、ことが大きいとかほざく。

だれが今社会政策の話をしているか。

ばか。

個人の道徳性、沢村憲次の道徳性の問題だ。公人は個人攻撃されねばならない。全てのエネルギーを税金からえている公僕であるからだ。自治労が勤務時間中に組合活動をしてはならぬように、沢村憲次は勤務時間中にオーストラリアにコアラを抱きに言ってはならない。

しかもいじめ殺人事件の真相が明らかになった瞬間逃げるようにオーストラリアに行った。その学校は自分の前任校だ。

普通のオーストラリア旅行には一人60万もかけない。沢村憲次教育長は60万以上の豪遊旅行をした。ひとが死んでいることなど全く気にならないからできることだ。

死んだら話は聞けない。
こっちも被害者や。
アンケートはざっと見たので見落とした。
加害者の人権も守れ。
じゃれ合いというからじゃれあいだ。
いまごろ警察がしゃしゃり出てくるのか。
いじめは自殺の原因ではない。
加害生徒は暴力をふるい成績表を破ったりしたがいじめではない。
被害者遺族との訴訟は続ける。

ざっとこれが大津市教育長の沢村憲次の発言だ。ほかにもイラッとくるものはいくらでもある。

滋賀の田舎の貧乏人がやっとつかんだカネづるに、子供の悲鳴も踏みにじって豪州旅行にいきこの世の春を謳歌した。多忙と低賃金に耐えガキ相手しかできない半端な大人と見られる視線に耐え、田舎の中学校を回りゴマすり校長になりさらにゴマすり教育長になった。そうしてやっとつかんだフラッグには市教委と書いてあった。沢村がそれを離すはずない。貧乏の握力は常軌を逸する。

ひがみ、ねたみ、すね、いじけ、からいばり、それらが混然一体となって沢村憲次を構成している。まさか人の死を悼む心の機微が存在しえようか。

彼はやがて豪州旅行と退職金と法外な給料と年金を握って死ぬ。

僕らは空っぽの手のひらで死んだ中学生に、きちんと「希望」を握らせてあげなければならない。

Posted at 2012/07/24

皇子山中いじめ殺人事件  追補2

2013年01月08日 | 受験・学校

殺人6日前、「生徒がトイレでいじめられている」という情報が担当教諭に寄せられて、先生達が対応策を検討していたことが分かった。いじめと指摘する生徒に対し会議はケンカと決めつけた。
                                 2012年7月15日朝日新聞
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中学の先生たちはいそがしい。いつ教材研究をしているのかと思うほどだ。その上、文科省の研究指定校になるとウソの美辞麗句で飾った膨大な紙の無駄を作るため何日も徹夜する。まさにこの皇子山中学がそうだった。

いじめのない学校づくりに本校はこんなに努力していますと言うことをだらだら書いた電話帳みたいなレポートを文部省の役人の前に差し出す。そして喧嘩の弱い子が死ぬ。真の姿は人殺し学校だ。

犯人を泳がす悪の花園だ。

ケンカが弱い子は「喧嘩でした」というほかないのが分からんのか。「いじめ」でした、と言ったが最後、便器なめですんだらいい方だ。

滋賀県は組合の力が強くないので教研(組合の教育研究大会)に力を割かれることはあまりない。全てを日教組のせいにしたがる右翼は学校の成績がよかったのかな。

滋賀県ではないが、とにかく、報告書、成績、採点、教師個人の評価、意味のない会議(小学校上りの教員が特に好きだ)を一日1~2コマの空き時間にやらなければならない。

バカはカッコつけたつもりか、僕が行くと会議室に多くのレポートが並んでいる。先生方には悪いが僕は一度も読んだことはないし今後も読まない。低質だ。僕には掃除用具の箒がどこに何本あろうと関係ない。

校長にもっと本質論議をしましょうと言っても、どこで覚えたか、本人も意味が分かってない教育法規集を念仏のように唱えるだけだ。僕は立ちあがって首を絞めたくなった。

これじゃあことが起こったときに対応する能力はない。さすがに高校になるとこんな三文オペラはない。ちゃんと名の通った大学になるとそんな馬鹿競争は夢にも思いつかないことだ。

それは学生に影響しアカデミックな雰囲気の中、考える学校が存在する。

昨日、九大の川越清衣先生のリニアコライダーについての講演を聞いた。実験屋はすごい。

いいかげんね、中学校はバカ狂想曲をやめなさい。面白く楽しくなんて学校のすることではない。
正義や真理の厳しさを教えろ。日本以外では幼稚園からそれをやってるぞ。

厳しさを喪失した集団には暴力がはびこる。    写真は始めてモザイクなしで会見した校長

Posted at 2012/07/18

皇子山中いじめ殺人事件  追補1

2013年01月08日 | 受験・学校

①「死んでくれてうれしいとか、おかしい」などと、男子をいじめていたとみられる生徒が自殺を嘲笑していた可能性をうかがわせる記述が複数あることが12日、関係者への取材でわかった。
2012.7.13 産経ニュースWEST

②自殺した大津市の中2男子生徒が通っていた中学校。家宅捜索を受ける異例の事態になって以降、校長が14日夕、初めて記者会見した。身ぶり手ぶりを交えながら、淡々とした表情で「まずかった」と釈明した。
                                       2012.7.14 産経ニュースWEST

③・校長「お互いが手を出していたということで、ケンカと判断した」
 ↓
・記者「当事者の生徒が『いじめていた』などと言わないと判断できないのか?
 それならば、どうやっていじめを判断するのか。教員はいじめを疑わなかったのか?」
 ↓
・校長「それは…答えられません」
 ↓
・記者「答えて下さい」
 ↓
・校長(困りつつ笑みで)「えへっ………答えられません」
      http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/120714/waf12071421070025-n1.htm

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犯人の親はPTA会長だ。事件後、母親は自殺を悼む集会で、我が子の無罪をトクトクと述べ時間をほとんどと使った。これは他の人の発言を押さえるもので適切な議事運営ではなかった。一般に生徒の年齢が若くなればなるほど、PTAと学校との関係は密接になる。

世のお母様方思い当たるでしょう。ところが高校ともなるとPTAはまず口出ししない。高校はすべて受験校だ。専門家たる教師に任せた方が能率的だ。親には分からないのだ。まだまだ中学ではPTA会長のい圧力と母親の錯乱が校長室で始まると、一つの脅しが成立する。笑顔で。

「まさかうちの子がいじめなんてできるわけないでしょう、校長さん。」

がんじがらめで被害者は地域の蜘蛛の糸に絡みとられていた。大津署を退職した無能署長は近所の病院に天下りしている。

「ここはあなたも利用するでしょう」いわずもがなである。

極めつけはこれだ。大津市教育委員会の委員長はもと皇子山中学の校長だ。

つまりみんな仲良しグループでありかばい合うのは以心伝心だ。それにしても市教委の委員長の給料は高すぎる。事務員はコネで採用したことをいいことにこき使い、自分はなんと年間1200万の給料だ。

この魑魅魍魎達に慣れ合いが起こらないという人がいたらその人は同類だ。

その証拠に大津市教委はこの件に関する民事訴訟を取り下げていない。いじめもなく過失もなくあったのは「じゃれあい」だという。

人が死んだことに対する責任者の会見が笑顔の会見になるなんて。

だから、死んだ人から聞き取りはできない、とか、加害者にも人権がある、とか、モザイク掛けないとテレビに出ないと駄々をこね、支離滅裂なことを言って笑いだす。

いじめの根は深かった。  画像は「校長」

Posted at 2012/07/17

人の悪口ばかり言ってだと。頭悪いのもいい加減にしてね。皇子山中いじめ殺人事件。最終編。

2013年01月08日 | 受験・学校

脅し、ねたみ、ひがみの類をずいぶんいただいた。今後、そのたぐいは土曜日にまとめてほしい。

ところで、自分はその中学の関係者でもないのに口だけ出すのはおかしいという意見もいただいた。

これは日本人の低脳がよく納得してしまうドグマの一つだ。たしかに、物事はやってみなきゃあわからない。外野にいてああだこうだというな。という言い方が的を射ている場合がある。

僕は反論したい。今回の場合は、外野から口だけ出すなというのは少なくとも的外れだ。やって初めて(関係者になって)分かるのはバカだ。

我々がより多くの情報を求める行為を本能的にとるのはなぜか。それは、その情報の真偽の判断、分析、法則化、それによる新たな情報の取得により現場にいなくとも真の値に近づくことができることを知っているからだ。

こうして共有された情報は個々人相互に議論を生む。行政が、指示や、通達や、規則や、命令や、前例だけにとらわれているとしたら、われらは選挙する意味を失う。そういう機械人間ばかりならキャリアを選ぶ必要はない。世論を的確に迅速につかむべくキャリアたちは徹夜の努力をしている。

ネットや新聞やその他のメディアとの間に相互流通する世論があってこそ政策は決まっていく。つまり、いかに権力の最末端たるやる気のない無自覚な田舎行政であろうとも、「世論」というものが文科省エリート官僚を通じて県教委市教委校長へと伝達される。その伝達は金科玉条となる。

つまり「上」からの圧力には平身低頭な市教委はもみ消しをためらった。金科玉条のトップダウン方式は弊害もある。しかし、この場合は少なくとも世論が悪だくみにブレーキをかけたと言える。

田舎の中学の人殺し事件に矮小化してはならぬのだ。それはまさに第三者こそが沈黙しないことによって可能になった。

我らは「明日は我が身」という自覚を持つべきだ。だからこそ我らは世論を形成し、あるいはときとして相互に戦わせ、ひいては立法府における少年法のあり方にまで議論は及んだ。

関係者でもないくせに知りもしないでつべこべ言うな。という田舎くさい暴論は明治維新以後は聞いたことがない。

この暴論によっては県警が介入したことに関する説明はつかない。ただの田舎の人殺しとしてしか自覚がないから関係者以外は黙れとか言うんだ。

ことの本質はこうだ。「拷問によって殺された人間をだれも救おうとしなかったこと。」「今だにことあらば隠そうにかかっていること。」

この事態に対して第三者だから黙れというのは、死者に対しどんなむごい仕打ちをしていると思っているのか。

Posted at 2012/07/13

今度こそは、今度こそはしくじるな、滋賀県警。気合を見せろ。皇子山中いじめ殺人事件 6

2013年01月08日 | 受験・学校

グリコ森永犯を目の前で取り逃がし、その汚点に苦しむ滋賀県警。今度は虎の子の防犯課(生活安全課)を専従20人も動員して市と市教委にガサ入れに入った。

ふつう、僕らが目にするのはやさしい交通課のおまわりさんだ。僕のベレッタ(ショットガン)を検査するために防犯課のおまわりさんはしょっちゅう家に来る。この人たちに睨まれたらまずウソはつけない。

自殺といじめは因果関係はない。いじめ自体も確認してない。なんてうそぶいていた老醜丸出しの市教委よ。取り調べもその調子で受けてもらおうじゃないか。

任意同行の意味が分かっているのか。ただ手錠をしないだけのことだ。

県警本部長が捜索方針について談話を発表したのも極めて異例だ。普通何も言わないか、通り一遍のことしか言わない。敵に手の内をさらすことになるからだ。それでも言ったということは、何が何でもアンケートの原本とその他の資料を探し出す意気込みを表している。署員の士気を鼓舞し確実な押収品をとるよう求めている。

田舎警察大津署は人が死んでいるのに事故としてでも事件としてでも受理すらしなかった。学校もアンケートで疑問があると回答した生徒のみ詳しくその経緯を聞く形式で、めんどくさいと思った生徒あるいは報復を恐れる生徒は何も書かなかった可能性が強い。狭い教室でだらだら書いていたらあいつがチクッたとすぐ分かる。

それでもなお多くのいじめの結果が出たのだ。生徒は勇気を出して書いたものを、それを隠そうとしたのが校長だ。

自殺の練習があったなかったどころの話ではない。

「トイレで殴る」などの暴力行為や「ハチの死骸を食べさせる」などの嫌がらせがあったことがわかった。
「脅して銀行口座番号を教えさせ、金をとった」などの恐喝行為もあったとされ、
「『自殺の練習』といって首を絞めた」「葬式ごっこをしていた」との情報もあった。
恐喝・万引強要・暴行・脅迫・自殺強要・全裸にさせたうえ、射精を強要。

ここまでの屈辱を味わったら相手を殺すか、そうできない人間は死ぬのが自然だ。「証拠がない」という程度の言い訳が通ると思っているのか。いいか。滋賀県警とは犯人を取り逃がすと本部長は焼身自殺するほど気合が入っているんだ。

「おまえくやしかったろ。止められなくてすまん。」 なぜこの一言がいまだにいえない。

Posted at 2012/07/12

涙の次はカネでごまかす、大津市、市教委、校長。 皇子山中学いじめ殺人事件。 5

2013年01月08日 | 受験・学校

涙も乾かぬうちに今度は和解を申し出てきた。和解、すなはちカネだ。

涙はマスコミに向けるふりをして、あるいは中学生に向けるふりをして、気持ちは世論にむいていた。事前事後の対応の不誠実さを糾弾されると、その反証として泣くことを覚えたようだ。

それが一段落もしないまま、早く解決を図って闇の中へ押し込もうとしている。市や市教委の言い訳は見えすいている。「遺族の方にも納得していただきましたから。」「子供たちがこれ以上動揺しないようにしてください。」

そんな言葉に騙されて調子に乗って平和主義を気どってはならない。なぜか。

① 市と市教委は、「自殺といじめの因果関係があると思って調査する」と言っただけだ。和解に応じた以上、和解文の中にはいわゆる「口止め条項」というのがあって、後でなんと言われようと被害者は抗弁できない。(和解は判決と同様の効力)

② 自殺の練習以外にもいじめ事象はたくさんあった。これについても幕引きを図ることは必定だ。「証拠はあるか」といなおるが、日本の司法を舐めるでない。たわけ。何百枚というアンケートも早く改ざん焼却したかろう。しかしながら、それがある限り裁判所は「嘘でここまで一致した回答はできない」と判断する。ここでもみ消し工作に乗ってはした金に喜んでは親ではない。

③ 加害者は全く別の立場にたっている。被害者とは仲良しグループだったそうだ。僕も人殺しをしたら仲良しだったということにしよう。つまり、今回の問題は、戦後もたらされたアメリカ式の空想的民主主義に無能にもいつまでもこだわって、不良の天下を作った立法府の責任も問うている。

被害者の御両親へ

今は一刻も早く事件のことは忘れたいお気持ちだと察します。しかしここで事をかたずけては、犯人たち及びその親が万歳三唱をするだけです。僕は市と和解して口止めされてはいけないと思います。この和解はきわめて被害者に不利な内容となります。この和解によって被害者が発言を封じられると同時に市、市教委はいくらでも前言を翻すことができます。その代わりにカネを渡したじゃないかと和解書に書いてあったでしょう。

警察の事件の半数は少年事件です。あたりまえです。だれでも死刑にならないうちに人殺しをします。このことを見越したあくどい奴らは、なんのおとがめなしの御沙汰で笑いながら遊んでいます。

皇子山中事件の他にも多くのいじめ殺人事件はあります。今後も弱くて優しい子は殺され続けるでしょう。

いいえ。そうあってはならぬのです。悪魔との和解に手を伸ばされないことを期待します。

Posted at 2012/07/11

何だ、大津市では泣けば済むのか。市長、校長。いじめ自殺事件 4。

2013年01月08日 | 受験・学校

人殺しをもみ消すために校長は全校放送で泣いて見せた。中学生の関心ですらお涙の代価にいただきたかったのだ。

ところが、泣いてごまかすなんてのは一般の人はあまりしないが、地位に執着する低能公務員ほど簡単に泣くものらしい。僕はそんな校長なんぞ、しかも人殺しを過去にも出している田舎中学の校長なんて頼まれてもしない。バカほどきたない職に執着する。

ところが語るも涙の物語だが、公務員は低質で低脳で陰湿になればなるほどその地位に執着する。キャリアと呼ばれる人たちは、家柄も学歴も能力も体格も顔もそろっているので、みんながあこがれるキャリアの職自体にもあまり執着がない。気に食わないことがあったらさっさと辞めて、ハーバードに行って勉強しなおすか、その程度のことだ。

けっして校内放送で泣きじゃくったりしない。ところがこの校長、つい先日までいじめはないと言っていたし今もそう言いつづけているのに子供が死んで半年以上たってなぜか悲しくなったそうだ。

僕の知り合いにも同様のがいる。養護学校、今様に言うと特別支援学校。そこの生徒がいなくなり死体で見つかった。校長をしていた彼は、幼稚園児がアメをほしがって泣くように慟哭し死んだ子供がかわいそうだと言った。もちろん演技だ。こんなに悲しんでいる私がいますから人事異動で飛ばさないでください。拝むように泣いた。極貧の中で育ち奨学金で卒業した彼は、普通なら保育士にもなれない境遇にありながら勝ち取った地位だけに、職への執着はすさまじかった。

学年が10クラス程度の普通の高校は、大体年間一人ぐらい死ぬ。子供が部活で死ぬのはよくあることだが、泣きじゃくる校長がいたら僕は資質を問題にしていた。いない。絶対にいない。なおさらマンションからの転落死だと主張しているんだろ。じゃあ泣くな。

こういったしょうもない地位に汲汲としてはならない。みんなが、つまらぬ職場のつまらぬ地位の上昇志向狂想曲を奏でるものだから、自殺の真相が闇の中に消えつつある。ヒラより課長がよかろう、部長が、専務が・・・

どうでもいいことに対して何よりも価値を置き、どうせ使い捨てになるところに泣いてしがみつき人間性をなくし人の死に対しても無感覚になる。

大津市教委に漂う老醜、市長のブス顔、校長の嘘泣き。遺影にも押しピンを押す加害者、裁判を楽しみにしろとうそぶく加害者、お前も殺したろかとネットで叫ぶ加害者。

そして、ラーメンとパチンコとグルメと温泉情報に余念のないブロガー。

良心を磨き合える人がいることを信じます。

Posted at 2012/07/10

本人が死んでいるので事情聴取できません。大津市いじめ自殺事件。

2013年01月08日 | 受験・学校

それなら僕は大津署の前に言って殺人をおこそう。絶対立件できないはずだ。本人が死んだら事情聴取できないので立件しないんだろ。

それで父親の被害届を受理しなかったわけか。違う。単純に落下事故であったとしても警察は駆けつける。相当のことがないかぎり警察が事故に出動しないことはない。ましてやこれはほとんど事件だ。

父親は3回も大津署を訪ねている。低脳警察はその場しのぎのいい逃れにすらこと欠いてとんでもない弁解をした。死んでいるので捜査できません。

ばか。

死んでいるから捜査するんだろうが。

何が何でも立件、捜査しないという決定があらかじめあったのではなかろうか。

それは他の行政機関でも同様だ。痴呆の、いや地方の長たる市長はもう一度アンケートをするといって記者会見で泣いて見せた。それは愚にもつかぬ演技だ。いじめ自殺から半年たっている。突然悲しくなったのか。見え透いた芝居もいい加減にしろ。そんなに泣きじゃくるのは自殺を知った直後ならまだしも、「いじめはなかった」という市教委以外の意見を聞くつもりはない、と言い張ってきたのに、突然今日になって悲しくなったのか。

低脳なりになんとか言い逃れをしようと、会見の練習までして臨んだ会見でボロ出しまくりの醜態を演じる市教委。

逃げまくる県教委。人ごとのような文科省。

保身の構図がある。教員は査定に響くと事件を抑え込もうとし、市教委は人事異動に怯えて事件を抑え込み、県教委は他人事のような顔をして文科省の追及をかわす。つまり、警察も市長も市教委も人が死んだことなんてどうでもいいのだ。

戦後とりいれられた委員会制度は委員の公選制が守られていたかぎりにおいては一定の機能を果たした。しかし、首長による教育委員の任命制が強行されると委員会は形がい化し、文科省を頂点とする単なる上意下達機関になり下がり、文科省からの出向としてキャリアがお目付け役に来るぬけがら組織になった。

その当時は、中央集権による国家意思の統一はいかなる矛盾をはらもうと推進すべきものであり、日教組の力を県教委を通じてそぐためには欠くことができなかった。

今やその制度は疲労をおこしている。制度を根本から変えるのは大変だが現状の市教委は百害あって一利なしと思いませんか。彼らの高給こそどうにかならないものかと思う。

働かないで人殺しに加担している何十人という市教委の人間達。天網恢恢とはいかないものか。

Posted at 2012/07/08

加害者にも人権だと? そりゃ裁判が決めることだ。

2013年01月08日 | 受験・学校

大津市の中学いじめ自殺問題の続編です。

僕は嘘をつくと顔に出るとしつけられました。写真は大津市教育委員会です。

大津市教育委員会(以下市教委)は嘘をつき続けている。最初自殺問題についてアンケートをとったときいじめはないと言った。ところが生徒間、地域のうわさに耐えきれなくなると、事実を確認できず公表できなかったと言った。

事実を確認できなかったというのが第一のウソだ。確認しようとしてない。市教委は加害生徒への聞き取りを意図的にまったく行っていなかった。実名でアンケートに答えた生徒にのみ事実関係を聞いたがそれはまさに尋ねるだけに終わった。中学生がアンケートに実名でいじめがあったと答えることはどんなに勇気のいることだろう。次の標的は自分になるかもしれないのに。

虫の死骸を食わせた、自殺の練習をさせた、ということがポイントだがそのことには触れもしなかった。

この著しく加害者の側に傾いた「調査」なるモノのでたらめを追及されると、教育的配慮に基づいたことと、加害者にも人権があるからだと居直った。

これが第二のウソだ。殺人容疑のかかる「キ○ラ」はもはや教育の範疇にはいない。どうして教育的配慮が存在しえようか。中学校は人殺しに教育を施す場所ではない。どうしても学びたいなら家裁の指示に従え。

さらにエラそうに第三のウソをつく。「加害者にも人権がある」そんならなぜ死んだ生徒をほったらかしにしたか。市教委とは、たかだか田舎の中学校のまとめ役で県教委のご機嫌をうかがっていればそれで済む。何を血迷って加害者の人権のみが優先するアンケート処理をまともだとほざくのか。

バカのようだから言っておくが、加害者の人権がどれほどどのように制限されて行くのかは司法権の範疇だ。田舎のぼけ老人の校長上がりの痴呆が発言することではない。

自殺した子供がキャッシュカードの番号を聞き出されていた、死んだ蜂やスズメを食わされた。担任はそれを知っていた。殴るけるの暴行を見て「やりすぎるなよ」の一言しかない。

つまりこれは若い教師の力量を越えている問題だ。一人で抱え込むには事が大きすぎたのだ。教育の範囲を越えている。

早めに腐ったリンゴをとりださなかったから箱全体のリンゴが腐っていった。

亡くなった中学生のお父さんへ。

僕は心配します。警察も市も市教委も学校もどこも協力してくれない、まさに四面楚歌の状況だと思っていませんか。こんなとき、人間はあるときスーッと気が抜けたように悲しみに負けちゃって、やる気をなくす時があります。
長い戦いになると思います。あまり遠くを見ないで目の前のやるべきことに集中するのはどうでしょう。
僕も大事な人をなくしました。でも僕はこう考えるのです。今でも僕はその人の声をはっきり聞くことができます。今はお子さんの声を思い出すなんてどんなにつらいことでしょう。でもいつか必ず、楽しい声だけ聞こえるようになります。
今はパンドラの箱の中から気持ちの悪い人間たちが出てきている途中だと考えましょう。パンドラの箱の片隅に体を震わせながら、希望がちゃんとのこっています。

Posted at 2012/07/07

死んだ中学生の無念を晴らせ、学校、大津市、滋賀県、国

2013年01月08日 | 受験・学校

大津市で昨年10月、市立中学2年の男子生徒(当時13)が飛び降り自殺した問題で、同級生の暴行があったという話を別の同級生の母親から聞いた生徒の父親が、被害届を出すため大津署に3回にわたり相談したものの、被害届が受理されていなかったことが関係者への取材でわかった。
                                            2012年7月5日朝日新聞
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昔、グリコ森永事件というのがあった。ここで滋賀県警は犯人に1mと迫りながら、容疑不十分として取り逃す。要するにやる気がなかったのだ。あるいは頭が悪かったのだ。

張り込みをしておきながら、極めて不審な行動をとる犯人を決め手がないとして県警は「GO」サインを出さなかった。そこで犯人は張られていることに気がつきつつもトイレに行ったり屋上に行ったり余裕しゃくしゃくで逃走する。

こんなときは現場で判断しろ、バカ。1メートルの距離だ。ぶつかって因縁つけて公務執行妨害と挙動不審と逃走で十分逮捕できたのに。

このやる気のなさをまた見せてくれた。被害届の不受理ということがどうも信じられない。警察はどんなことがあっても必ず事件と事故との両面から捜査する。

死んだあとに学校が行ったアンケート調査もおかしい。学校は最初いじめはなかったと言っていた。その証拠をでっち上げるためアンケートを実施した。ところが100人以上が証言したため隠しきれなくなって、いじめはあったが自殺との因果関係はなかった、と態度を変えた。

僕は思う。学校の豹変ぶりにアンケート自体の信頼性が疑われる。生徒が書いた原本を公開せよ。学校関係者の誰一人悲しい顔をしていなかったのが一層この事件を痛ましくした。

加害者の親は子供がやってないというからやってないと言っている。中学校の名前、加害生徒すべて伏せられる。分かるのは死んだ子供の名前だけだ。

加害者の親3人は市に対して請求棄却を申し立てている。アンケートは関係ない人間が書いた推測であるという。

だというなら、そのためにもアンケートの原本の筆跡鑑定が必要だ。現在は筆跡を分析することにより圧力があったかどうかまで分かる。子が子なら親も親だな。腹を切って詫びろ。人殺しの親のくせに。

この不良の親たちこそ自殺の練習をしろ、腐った雀を食え。

どうせ高校も行くところがなかった不良たち、少年院で通信教育を受けて素知らぬ顔で社会に出て見ろ。大津署だから助かっただけだぞ。

Posted at 2012/07/05

猫に魚屋の番をさせる

2013年01月08日 | 受験・学校

表面的な体裁だけ整えていても必ず間違いが起こることを言った朝鮮のことわざだ。さすが言葉の国だ。この手のことわざがごまんとある。

話を少し過去に戻して。僕らが就職する頃は文系でも理系並の人気だった。中卒が金の卵だった時代は過ぎても、女子は高卒、男子は大卒の天下だった。

どんなに優れた高校であっても、ホームラン級のバカはいる。ところが高度成長の時代にはそのホームランたちにも行くところが用意されていた。警察と消防と自衛隊。

僕が教員をしていたころ地元の警察署長さんが訪ねてきて「絶対間違ったことはさせません」といってそのホームランを連れていった。常時募集の三バカトリオは今でこそなかなかの難関になった。

そうやって筆記試験も面接もなくコネのみでかき集めるように採用したものだから今頃になって困ってきている。この公務員という類は前もってとか展望とか予測とかいう単語とはおよそ無縁だ。

その大量無能集団は定年半年ぐらい前から行く当て探しに夢中になり仕事は上の空だ。もちろん上の空でなくともまともな仕事ができるような人たちではない。その仕事のつけはすべていま採用されている、難関をくぐった若い警官たちに覆いかぶさる。

キャリア系の天下りは能力の有効活用という視点から一定の意義がある。ところが所轄底辺公務員は能力として見るべきものがない。

交番に、落とした財布が届けられたので取りに行った。何枚も書類を書かせてあげくのはてに印鑑を押せという。そんなら電話した時なぜ言わんのか。

落ちている財布を届けたときも同様だった。僕はもう財布を届けることはない。バイクを盗られた時も盗られる方が悪いと言ってきかなかった。低脳は言われたとおりのことしか言えない。

そんなホームランも若い時はさほど痴呆が進行していないので何とか邪魔にはならないが、50代後半になると女房に威張るしか能はなくなっている。

5分前のことを忘れる痴呆はなんとパチンコ業界に天下りしている。その数や半端ではない。バカはバカなりに居場所を見つけるようだ。交通安全協会。セコム。東電。日本電気。双日。伊勢丹。・・・
実務能力が求められるようなセコム以下の会社にはそれなりの階級が必要だが、自動車学校にいるようなのは実にホームラン級のバカだ。

これで不正がないというのは、「ちゃんと見張りを置きましたよ」と言い訳する上記の朝鮮のことわざどおりの茶番だ。

パチンコ業界、恥を知れ。

Posted at 2012/07/03

ファシストの巣窟、福岡の公立高校 その5

2012年12月29日 | 受験・学校

さもありなん、さもありなん。福岡県の話だ。労働組合としての実態が全くなかった、第二組合ゴマすり低脳ひがみ集団は解散した。今後は校長を囲む会としてより一層低脳ちょうちん持ちの性格を鮮明にしていくようだ。

福岡県は0時間目とか朝補習とかがあって高校の先生は大変だ。よくバカにならないもんだ。いつ教材研究するんだろう。生徒を英単語テスト、古文の助動詞の活用テストで追い込んで、日曜には模試をしてホントみなさんよく頑張る。その結果、バカになるということが分からんから高教組も非組合員も今や大差なくなった。

お先真っ暗の絶望生産工場だ。親は親で吐きそうなほど品のない服装をして式典に来る。すこしは考えろ。朝鮮人の式ではないんだぞ。

あるとき、不良の服装をして公立高校に来るなといったら言われた親が逆上した。会議室にいたらPTAの幹部の親はサングラスをして入ってきていた。クルマもバリバリ改造のキャンピングカーみたいなのできた。ごろつきだから子供も多分ごろつきだろう。

僕は客人だったが、失礼な服装とクルマはやめろと言った。公立高校に来るときはバカ車はやめろ、クラウンにしろ、それが買えなかったら西鉄バスで来いと言った。30分ぐらいいあったが、バカはいつも馬鹿にされているので言い逃れが上手だ。いつも言い逃れだけ考えて生きているから。

しかし、ここでサイエンスが低脳に言い負けたら文明は崩壊する。とにかくおかえり願ったが、学校にミーハー車で来ることの異常性について理解することはなかったようだ。糸島高校、もっとしっかりしろ。他にも福岡市周辺には吐き気がする高校が多い。筑前、玄洋、香椎、須惠、宇美商。ただただ一人の進学者もないことを祈るのみだ。屑のくせに日本人づらをしてもらっては困るのだ。

日本の邪魔になっているその無教養、汚い字、だらけた生活。そんなことをして尖閣だ竹島だと言ってほしくないのだ。

たった15年しか生きてないのに、人間はこうも差が出るのかと思わせる素晴らしい高校もある。

福岡県の柏稜高校では、ほんの数センチ女子の髪が長いと言って血しぶきがあがるほど殴りつける。ところが仙台一校では髪の長さは自由だ。50にもとどかぬ柏稜高校の偏差値に対して仙台一校はおおよそ65以上をキープしている。制服もないのだ。生徒がポケットに手を入れないようにポケットを縫いつける玄界高校とは大違いだ。

テレビで高校生クイズを見て、僕は本当に安心した。仙台のナンバースクールは冴えている。昼休みにラーメンを食いに外に出てもいい。何が悪いか。僕は家に帰って昼寝をしてから午後の授業に行くぞ。何が悪いか。意味もなく研究室からでられないアホより僕はいい授業をしている。

一校の生徒の透き通ったまなざしを見よ。集中力を見よ。正当な論議をする力を見よ。

Posted at 2012/05/27

気違いたちの小学校

2012年12月15日 | 受験・学校

ジェンダーとに関して書く。

気違いにもレベルがあろうと思うがこのあたりの小学校はホームラン級だ。なんとお粗末な日教組、マインドコントロールされたような左巻き教師。と批判すれば喜ぶ人は多い。

ところが現在は組合に加入する教員はほとんどいない。日教組の牙城であった福教組ですら崩壊の危機にひんしている。しかし組合に入れば組合に入ったバカが誕生するわけで、入らなければ入らないバカがいるだけだ。福岡教育大のままごと教育と学生たちの乱れた生活が毎年バカを生産しているが、このことはまたあとで述べる。

ジェンダーとか言って性の差をなくすことに情熱を燃やすバカは更衣室を男女同一にした。男子と女子が同時に同じ部屋で着替える。これは女子にとっては屈辱だ。

専業主婦は社会参加してない不完全な人間だ、ともいったな。じゃあ僕も不完全な人間だ。ひとつ教養の深さについて議論しようじゃないか。

それでもジェンダーはいいなあ、ということになってついには高校でまで男女同じ部屋で着替えるようになった。春日高校がそうだ。

話を小学校に戻す。じつはぼくは小学校は訪問したことがない。しかし近所の子どもが目を丸くして訴えるのをどうしてうそと言えるか。もちろんウラもとっている。

良心的な先生たちが大勢いることも知っている。ところが彼らもを前にしては戦えない。は極端に高額な予算を地区のために使わせるために、恫喝できるところはすべて恫喝した。

どうでもいいことを差別事件だとでっち上げのための予算に流用した。差別語が落書きされていた?。笑わすな、バカ。そんなもん夜中に来て自分たちで書けばいい。差別発言だ?。笑わすな、バカ。そんなもん言った言わないの水かけ論だ。しかし、騒げば金はとれるわけだ。

右翼。叩きやすいところを叩いていないか。数も少ない朝鮮人を相手にすれば勝てる喧嘩だからな。

朝鮮人が不当な生活保護をうけるのもおかしいがなぜの横暴を黙っているか。このから来た小学生は自分がどんなに悪いことをしても親はそれを応援してくれることを知っている。

中学生だったがいつも手のひらに卵大の石を持って人を脅す生徒がいた。かどうか知らない。僕はその学校に行ってまだ15分もたっていないからだ。その生徒はうろうろして女子がきゃあきゃあ言うのを楽しんでいた。ちかづくとその石を投げようとする。

僕は笑顔で近づいてサッカーゴールに座っていたそいつの顎を蹴った。不条理だなあ。そいつが舌を噛めば僕は殺人罪だ。ちょっとほっとしたのは親が「男」だったことだ。告訴はしなかった。

写真は今日クルマを車検に持って行く途中撮ったものです。


Posted at 2012/03/21

ファシストの巣窟、福岡の公立高校 その4

2012年12月01日 | 受験・学校

福岡の高校受験生をお持ちの保護者の皆様。朝日新聞が公立高校の競争率なるものを発表しました。

おそらくこれを見て競争率が3倍だから入るのが難しい、1.3倍だから易しいと思うバカはいません。修猷、福高、筑紫ヶ丘の御三家高校はそれなりに高い競争率になります。落ちてもすぐれた私立高校に行く能力があるし、落ちなくても最近はこの御三家を蹴って私学に行く生徒が増えました。公立高校のファシズムとアホらしい不必要な学校行事は大学入試の邪魔でしかないのです。

校則の中にはバカも極まったというものがあります。本校以外の異性と連れ立って歩くときは担任の許可を得ること。こんな校則のある学校なんて気持ち悪いでしょ。

ところが頭が悪いと学校を選べません。そういうのが底辺校に集まるのです。バカの吹きだまりの学校もまた競争率が高まります。合格したらもうけものという勢いでこぞって受験します。こういう生徒たちの行くところ、入学式を見ると如実に校風を感じます。

人間の顔にはいわゆる勉強をしてない顔というのがあります。教師たちも生徒も保護者も。Scienceにまったく関心のないたるんだ顔。間抜け顔に間抜けグルマ。

バカは改造しまくりのクルマで学校に来る。それがなんでいけないか本気で分からんだろ。だからバカなんだ。

上質とか上品とか無縁の人生を送る者たちの入学式。生徒たちは入学式がはじまるときみんなこう思っている。ああ、おれの人生はここで終わった。

保護者はその感覚さえマヒして無能にも我が子の合格を喜んでいる。教師はもっと底辺の学校への人事異動を恐れ第二組合に入り無駄な補習授業に東奔西走する。

「駄馬を鍛えても無駄ですよね、しかも教える側の予習が間に合ってない。ここのバカ高校で教えるのに予習が必要なほどバカなのに、その予習もしきれていない馬鹿教員。」と、無能な第二組合のバカ教員たちが自虐的に言うのです。哀れでしょ。

無能な第二組合の馬鹿教員たちは荒れた高校への人事異動を恐れ戦々恐々としてよい子ぶっていました。バカは間抜け顔でばれてるのに必死に似合わないスーツを着て。そういった欠陥教員ははっきり自覚のある高教組教員から嘲笑されていました。例外なくそういう実力のある人は高教組、第一組合であり県教委から嫌がらせを受け、さらに底辺校に異動させられていきました。

朝日新聞よ、公立高校競争率一覧だって。そんなまやかしをなぜするか。いままで述べたように競争率と難易度に相関関係はない。朝日の記者ならそれが分かっているはずだ。自分たちが経験してきたことじゃないか。

中3の時、10回以上ある模擬試験を基礎に算出される偏差値ほど雄弁なものはない。

偏差値を公表するといたずらに受験競争をあおるとかいう屁理屈を言う。これだから低能は困る。塾では偏差値は壁に張り出してあり生徒たちは暗記している。

Posted at 2012/03/01