イノシシだって春になると温かい家庭を持ちやがてウリ坊が生まれ、親の後を駆けるほほえましい姿が見える。増えすぎて迷惑なのは確かだが、それなら山奥にゴルフ場を作るな。また放棄田には餌があることが多い。
鉛玉を食らい電柵のショックを味わいながら命がけでウリ坊のために餌をとる。銃をやめた僕はもう彼らを射殺することはない。
僕を一度でもその牙で突き上げるなら、迷いなく射殺できるが彼らの人生を僕はもう遮断することはない。
これは人にも言えることで、侵入者を射殺したり殺害するのに何のためらいもないが無抵抗の知らない人を殺すことはできない。
「でも向こうが殺す気で来るんだ。」ということに始まる人殺しの理屈はバカでもわかるほど単純だ。なぜならバカでも利用価値があるから納得させ動員する必要があるのだ。肝心なのは相手もそう思っていることだ。
北朝鮮の脅しに振り回されながらも自分を振り返ることは本当はそう難しいことではない。「ミサイル発射が秒読み段階だ。」と言われればたれでも恐怖を感じる。しかしその恐怖はそれ自体で暴走し、敵を殲滅するまでおさまらない。それは兵隊を突撃させるための檄にはぴったりだ。自分の位置、敵の立場を考えてみることはバカには困難なようだ。
日本の組織にはブレーキがあったためしがない。八路軍の攻撃を一番喜んだのは中支派遣軍の参謀たちだ。これでまた増援要請の理由ができた。兵隊は愛国心を鼓舞されて突撃し黙って死ぬ。その組織は720万人に増えた。6千万国民の負担能力をはるかに超えている。
いま防衛費はほぼ教育予算と同額だ。日本のGDPの1%しかない北朝鮮は核兵器を使わない限り勝ち目はない。
ばか。じゃあ前もって北朝鮮を殲滅しておくんだな。そう考えるから兵隊にしかなれないんだ。核がだめなら生物兵器で来るぞ、化学兵器も来るぞ。さあそれらにも対応しなくっちゃ。生物化学兵器の製造は核ほど難しいことはない。中学校の理科室でできる。一人が自爆攻撃すればいい。さあ大変だ。
まず北朝鮮のスパイの朝鮮総連を追い出そう。韓国も日本を攻撃するだろう。大韓民国の居留民団も追い出そう。敵が通常兵器できても核でやっつけよう。そのための日米安保だ。あらかじめ米軍の核を撃ち込もう。
押しつけられた憲法だから改正しようと公然と叫ばれる世の中になったのは上に描いたようなあほの恐怖の暴走がある。押しつけられたからどう改正しようとしているのか。勉強がよく出来なかったかいい先生にめぐり会わなかったかあるいはその両方であったものは、憲法に権利ばかり書いて義務が少ないという。救えないあほだ。憲法とはそもそも権利宣言だ。権利が多くて当たり前だ。
あんパンに餡が入っていると言って怒るようなもんだ。ここを変えてしまったら国は国民に対し恐怖をあおり対話をふさぎ相手をなめてすぐカタがつくと思って泥沼に入る。なぜここで日中戦争を繰り返すのか。