僕も大いに反省するところだ。「おまえ一人がレポート出さんけん揃わんだろが。」とよく言ってしまう。なぜか日本人はそろえて喜ぶ性向を持っている。原初的ファシズムだ。
我々の態度は、弱い者、貧しい者、障害のあるもの、虐げられている者に対しては、必要以上に高飛車だ。逆に、強い者の前ではなかなかおとなしい。BENTZに乗るとすぐ分かる。みなさんとても良心的な運転をされる。ところがCOPENで出かけると日蔭者のような運転を強いられる。
どこの人間もこうやってものごとを、上下関係にして見てしまうようだ。いいか。上下はない。あるのは違いだけだ。
大正から昭和にかけて、山口の片隅でひっそりと詩を書いていた金子みすずは見抜いている。
最高に無理解であり最高に妨害した夫、宮本啓喜の小人物ぶりに比してきちんと筋を通して死んだみすずの生き方に共鳴する。
宮本は結婚当初から女遊びに狂う。みすずが少し世に認められ始めると悔しさのあまり詩作を妨害する。ときの巨星西条八十と会うときも我が子を背負って会うしかなかった。さらに宮本は協力をしないばかりか、みすずに痳病をうつす。
離婚話が持ち上がる。決定的だったのは、みすずに対し子供を渡せと言われた時だ。日本でみすずのような詩が書ける人はほかにいない。それをさんざん妨害されてもみすずは死ななかった。子供をとると言われた時みすずは冷静に死を覚悟した。
髪を結い写真館に行った。それから母親に子供を頼むという手紙を書き、子供には菓子を与えた。全く道が閉ざされた時、みすずはすべてを受け入れる心境だったのか。翌朝毒をあおる。
これは自殺か。ここまで追い込まれて死ぬのは自殺か。いいや、夫、宮本啓喜による殺人だ。
わずかの救いはみすずの作品のなかに散逸を免れたものがあったことだ。児童文学者の矢崎節夫らの努力で遺稿集が発掘され、1984年に出版されるや、瞬く間に有名になった。現在では代表作「わたしと小鳥とすずと」が小学校の国語教科書に採用されている。東京大学の国語の入試問題(1985年国語第二問)に採用された作品もある。
26歳の死。もっともっと多くの作品と出会えたはずなのに、女を道具としか考えない戦前の教育の大罪もある。しかしなんといっても許せないのは、希世の天才を殺した宮本だ。
TBSテレビでは、童謡詩人・金子みすゞの生涯を描いた『金子みすゞ物語-みんなちがって みんないい-』(仮)を放送することが決定。上戸彩主演。