芭蕉の足跡を訪ねる会のメンバーが新宿で集まった。少し早めの忘年会を兼ねてであったが、前回山形を中心としたレンタカーでの2泊3日の旅は今に至るまで反省会を行わなかった。その反省会も議題ではあったが、既に5ヶ月が経過しているため、まだらの記憶ではお話にならない。1名が新たに加入した。自分を入れての4名の会合であった。
午後3時の新宿駅の待ち合わせは、いつものことであり、待ち合わせ時間の15分前には全員がそろった。平日の3時でも居酒屋は満席の状態であった。予約席の確保は難しかったが、店長の機敏な判断で、客が来る前までは可能となり2時間半の約束で席を使うことが出来た。そのことにも驚いたが、お客の大部分は我々と同年代で、既に盛り上がっているグループもあった。やはり新宿といったところか。
決まって話となるのは同期の近況である。横の連絡はほとんどないようで、皆息災ということで乾杯のビールから始まった。最初は、山形の話も出たが、既に金沢、富山、佐渡は回っているので、次回は芭蕉が逝去した大垣を中心にしたコースになることは分かっていたが、次回で完結となるとどうも淋しいため、浮気心というか、ぼっぱら大垣の他の地のことが話題となった。新たに加わった友人が長く暮らした高知や四国の旅が候補に上がり、とりあえず、友人に計画作りを依頼することとなった。
四国は何度か行っている。高知でカツオと皿鉢料理を食べ、司ボタンや土佐鶴は昔から銘酒であり、飲み助には大変結構な話である。四万十川にも足をのばせば、詩情豊かな四国を満喫できる。友人の話によれば、知人も多く、後3年ぐらいは鼻薬が効くといっていた。この友人は大学卒業後、宗教団体の方で施設長を行っていて、他の3人と異なり、経路の異なる経験を持っている。酔っぱらったときでなければ聞けない話も披露してくれた。
約束した時間となり、席を変えることにし、ビルの地下にあるビヤホールへ行くことにした。宗教の話は、通常御法度と心得てはいるが、疑問が多く、精神の世界は奥が深い。どちらかというと自分は無信心の一人であり、どう考えても信心深いとはいえない。自然科学の世界を歩んだためかも知れないが、目に見えない世界はどうも苦手である。しかし世界中の信仰の世界を見れば、無宗教であることの方が少ないのであろう。見えない世界が存在しないとは断言できないことも確かなことで、精神の葛藤は堂々巡りであり、しばらく悩ますことになるであろう。
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