12月15日(金)
今年最後の姉妹でのお出かけ 忘年会を兼ねてと言う事でしたが。。
この日が都合がいいと久しぶりに3人揃って出かけました。
中々行けずにいた「道の駅まえばし赤城」に
生憎の曇り空で雨の予報もあったのですが行って見る事にしました。
着いてすぐに雨がぽつぽつと降り始めてしまいましたが
取り敢えず観光案内所でパンフレットをもらい
近くの農畜産物直売所を覗き
フードコーナーに 丁度12時近くで混んでいました。
あまりにもザワザワしていて食事をする気にもなれず
雨は降り始めるしで魚屋さんと農畜産物直売所に寄って買い物をし
赤城南麓の蕎麦屋さんに行くことにしたのですがどこも定休日で
結局2時近くになってしまい
いつも行く桐生市の町中にある昔ながらの喫茶店に。。
ここのあんみつはほどよい甘さで美味しくてお気に入りです。
写真を撮るのを忘れて食べかけの写真になりました💦
ここまで来たので天神町にある天満宮に寄って見る事にしました。
1350年頃に京都より北野天満宮の分霊を合祀した事から
桐生天満宮となった。社殿は群馬県の重要文化財に指定されている
ここは孫が高校受験の時にお参りに来た所で久しぶりでした。
天正九年1581年に徳川家康公が東征の折には徳川家代々の祈願所として
朱印地を賜り天正19年には桐生新町の宿頭として整備され境内地や
社殿は壮大なものとなりました。
慶長五年の関ヶ原合戦には軍旗に用いる旗絹を当宮御神前に供えて
戦勝祈願を吉例として境内には織物市が開設され後の桐生織物繁栄の
礎となりました。
裏に回ると建物に凄い彫刻が見られるのですが4時過ぎて
日が落ちてきて暗くなり始めてしまいましたので改めてまた
来て見る事にし今年も無事過ごせた事を感謝し帰る事にしました。
2023.12.15 姉妹でお出かけ
天満宮の彫刻は関口文次郎という公儀御用達棟梁として有名で
1731∼1807年に活躍した彫り物師の棟梁です。
江戸時代の伝説的な名工になぞらえて「上州の甚五郎」と呼ばれたと
桐生市ホームページから拝借しました。
その関口文次郎が自分の子供と弟子8人で彫った彫刻だそうです。
外壁の彫刻の彩色はほどんどなく夕方の4時過ぎに見たので薄暗く
何が彫ってあるかは判りませんでしたが建物全体に彫刻が施してありその多さにびっくりでした。
いつもきれいな写真を見せて頂いていますので
ぜひ掲載される事を楽しみにしております!